いつもグロワールをご利用頂きまして誠に有難うございます。
今までフリーダイヤル0120から始まる番号をお使い頂いていましたが、電話機交換のタイミングでフリーダイヤルを廃止させて頂き、今までの0669517314のみにさせて頂きます。
これまでフリーダイヤルをお使い頂いてたお客様には誠にご不便とご面倒をおかけする事をお詫び致します。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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パン職人の修造 江川と修造シリーズ dough is alive
フランスから帰ってきて何日か経った。
パンロンドの奥さんは手回しよく『世界大会優勝!田所修造・江川卓也』ののぼりを店先に付けていた。
修造と江川はパンロンドの出窓のところに世界大会で作ったパンデ
「やっぱこの選考会の時のパンデコレは退けるよ。
「ですね、崩れてきそう、
そんな会話を横で聞きながら、新入社員の花嶋由梨は2人のお手伝
「ねぇ由梨ちゃん、ここに冷却スプレーをかけてよ」
江川は溶かした水飴を接着面に付けながら指差した。
「はい」
由梨は藤岡を追いかけてパンロンドに来た。
動機は不純だが、
とそこへ
「あのさ、修造く〜ん」
さっきまで電話していた親方が話しかけてきた。
「なんですか親方」
修造は嫌な予感がした。
「NNテレビのディレクターの四角志蔵さんから電話があって、
「えー俺テレビとか苦手なんで」
「よしっ!じゃあ決まりだな」と言って親方がまた電話し始めた。
「江川、お前だけ出たら?」
「えー?助手の僕だけ出るなんて変じゃないですかぁ。
「じゃあ修造!次の火曜日にNNテレビに江川と2人で行ってくれ
「はいわかりましたぁ」
「あの、、」
江川の元気な声に修造の声はかき消される。
「江川さん凄ーいテレビに出るんですね!家族と一緒に見ますね」
「うん花嶋さん。
「はい、しばらくはバタバタしますが、
ーーーー
次の火曜日
2人はNNテレビに来た。
「久しぶりに来ましたね修造さん」
「えー?うーん」
なんとも気のない返事をして、待っていた四角のところに行く。
「どうも、これ、言われてたパンです」
「ありがとうございます。シェフ、お疲れ様でした。
2人は6畳の部屋に通された。
台本を渡されてしばらくそれを見ていたが「
「そう言うものじゃないですか?」
「そうかなあ」
自分で話すのも億劫なのにさらに覚えるなんてできるのか、、?
こんなもの無視して答えてやろう。
そこに女優の桐谷美月が挨拶に来た。
「わあ!桐谷さんだあ。ご無沙汰してまーす」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
修造も起き上がり「どうも」と言う。
それをじっと見つめていた桐谷は「シェフ、
「ではまた後で」
立ち去った桐谷を見送った江川は「
「うわー!それだけはやめてくれ」修造はズザーっ!
「じゃあ収録で本気出して下さいね、笑顔を忘れないでくださいよぅ」
「はいはいわかりました」
修造はそのまま顔を伏せて言った。
ーーーー
修造と江川はユニフォームに着替え、
美月は優雅な感じで椅子に座ってディレクターの話を聞いていたが
ウフフ
修造シェフ
やっぱり素敵
世界一の男だわ
修造達はマイクをつけて言われたところに座った。
収録が始まり、司会のアナウンサー埴原亮介(
「こんばんは、司会の埴原亮介です。そして女優の桐谷美月さん、パン好き代表の小手川パン粉さん、アクション俳優のジェイソン牧さんです」
「さて、
小手川が「知ってますぅ〜フランスで開催されたんですよね、各国の強豪達がパンでしのぎを削るんです」
すると埴原が「そう、
テレビではそこで世界大会の場面が流れ、
見ている方は「へぇー!パンの世界大会ってのがあるんだねぇ」
「田所シェフ、助手の江川さん、優勝おめでとうございます」
「どうも」
「
「
「そうなんですね、
「はい、
「田所シェフは大会に向けてさぞ努力をされたんでしょうね」
「入社当時は右も左もわからなかったんですが、
「それだけ打ち込んだから今のシェフがあるんですね」
「俺、すぐ意地になっちゃうんです」
「
次に小手川が江川に聞いた。
「江川さんはどうしてこの業界に入ったんですかあ?」
「僕は修造さんを雑誌で見て、なんだか前から知ってる気がして、
そのあと江川は修造のやった段ボールを使って3種類の温度帯を見
「段ボールを何も知らされずに3分で仕分けるんですね?
「はい焦りましたぁ〜。
皆アハハと笑って盛り上がった所で試食タイムに入る。
「これは?なんてキラキラしたパンなんでしょう」
「
「まあ、このパンだけでもそんなに手数が多いんですね。8時間で
「さて、では3人に食べて貰いましょう」
「見た事ないわあ。色味が綺麗ですね」
「菊のイメージが強く出ていますね、シェフ」
「はい、
「テクニックなんですね」
「パリパリだぁ〜」
「チェリーの風味がしますね。初めて食べたなあ。美味しいです」
「ありがとうございます」
「それともう一種類パンを作ってきて下さいました」
「シェフ、
「これってヴェックマンですよね?ドイツ近辺で作られてる冬のパ
「こちらは自分がドイツにいた時の店で11月頃になると並ぶパ
「どこから食べたら良いか迷いますね」桐谷が困った様に言った。
「人の形だから確かにそうですね、
みんな急に現れた人型のパンに盛り上がった。
試食中に埴原が質問した。
「シェフの世界大会での思いと、
「
「僕実家からパンロンドに来て良かったです。
「お二人は肝胆相照らす仲なんですね」
埴原も桐谷も目から涙が溢れた。
「このお二人なら最後まで極めて行って下さると思います」
「さて、シェフは何か得意な事がありますか?」
「
「そうなんですね、
「えっ?」
「シェフとジェイソンさんこちらへ」
ジェイソン牧が立ち上がって真ん中に立った。
ーーーー
その頃パンロンドでは
由梨は藤岡にパンの作り方について説明して貰っていた。
「パンは粉、水、塩、イーストが有ればできる」
「はい」由梨はメモしながら聞いていた。
「見てて」
藤岡はミキサーのボールに※小麦粉と水とモルトを入れた「
低速でミキサーを5分ほど回して止める。
「こうすると水と小麦粉の中のタンパク質が結びついて※
「グルテン、、」
「そう、
「はい」
「今由梨が見てるのはautolyse自己融解って言うんだよ。
「オートリーズ、、」
「オートリーズは小麦の持つ自分の酵素で糖を分解させて、
「粉と水が出逢ったら(混ぜたら)グルテンができる」
「そう」
「不思議ですね、私、今までそんな事考えた事も無かったです。
「俺なんて子供の頃うどんは『うどん粉』ってのがあって、
「ウフフ」
もしハッピーに音がするとしたらそれはどんな音だろう。
20分ほど経って藤岡が生地の状態を見せた。
「ほら、生地が緩んだ感じになってるだろ?」
「はい、本当だ」
藤岡は「塩とイーストも忘れずに」
ーーーー
一方NNテレビのスタジオでは
修造とジェイソン牧が並んで立っていた。
修造はユニフォームを脱いだ。
筋を伸ばし、
それにしてもでかいな。体格もいい。流石アクション俳優。
すると2人の前に木の板を乗せた台が運ばれて来た。
「板割りか、、」
道着の人たちが来て、板を持って立った。
それでは順に割って頂きましょう!1枚目!
ジェイソンは突きでパン!といい音をさせて板を割った。
え?何今の視線。。と思いながら修造も板を割った。
何のことはない、修造もチラッとジェイソンを見た。なんだよ?
次に2人の空手着の男の人達がそれぞれ1枚ずつの板を持って立っ
「さあ連続割、今度は2枚の板を割って頂きましょう、
ジェイソンが腕と足で軽く割った。
なんだ?できるのか?って感じか?
訳もないぞ!
修造も正拳突きをして、回し蹴りで板を割る。
「修造シェフ!カッコいいですね、どうですか?まだ出来ますか?
3人の道着の男が少し離れた位置で一枚ずつ持って立った。
修造も負けていられない!
拍手喝采である。横に立って2人ともお互いをバチバチに見ている
「いやお二人共カッコいいですね、まだまだいけそうなので今度は
江川はそばに置かれていた水を飲んで、
もうすっかり飽きて、
「もう帰りましょうよ」
江川が小声で呟いた。
ーーーー
一方パンロンドでは由梨の幸せな時間はまだ続いていた。
「パン作りに大切なのは時間と温度なんだ」
「はい」
「さっきみたいに温度に気をつけて、
捏ね上がった生地をケースに入れて、蓋をした。
「乾燥しない様に気をつけて」
由梨は注意深く作業を見ていた。
わざわざ教えてくれてるんだから忘れないようにしなくちゃ。
「
「はい」
おいおいとは順を追って次々に
まだまだこの先があるんだわ。
なんだか毎回宝箱を開ける様な期待が由梨の中に煌めきだした。
ーーーー
収録後
修造はクタクタになって楽屋へ戻って行った。
「江川さん」
「あ!桐谷さん」
「お疲れ様。とても良い収録だったわね。私感動しちゃったわ」
「僕もです」
「ねぇ、今度何かあったら連絡くれない?」
桐谷は自分の連絡先を書いたメモを江川に渡した。
何かとは修造の収録が再びあった時とか?
「あ!そうだ!
「わかったわ。間近になったら教えてね」
「はい。新人の由梨ちゃんも入ってきたし、
「そうなの。楽しみにしてるわね」
「はい!」
「江川さーん」
次に食パンマンじゃなかった。。小手川パン粉が声をかけて来た。
「ねぇ、可愛いねその食パン。僕も被ってみていい?」
「勿論ですぅ〜」小手川は手に持っていた食パンの被り物を渡した」
「ねぇ、どう?似合う?どこで買えるの?これ。ぼくも欲しいなぁ」
「あ!ひとつあげましょうか?それ、私が作ったんですよ。家にまだあるんです」
「本当?嬉しい。ねぇパン粉ちゃんってパン屋さんをいっぱい巡ってるんでしょう?またうちにも来てよね」
「パンロンドなら何回も行ってますぅ〜記事を書いた事もあるんですよ」
「えっそうなの?また見てみるね。そうだ!今度修造さんがお店を開いたら来てよね。招待するね」
「えー!嬉しい。絶対声をかけて下さいね」
「うん」
ーーーー
後日
修造は生地をどんどん練って藤岡と杉本にどんどん分割して布をか
「ねえ、まだあるんですかあ?疲れるなあ」
「杉本、今日は早さに慣れて貰う練習をしてるから。
勿論細かい計算済みで、表を見ながら綿密に仕込んでいく。
「あのな、杉本。今度から2人だけでやらなきゃいけない日
「ヒェ〜」
お店の方にいて、
由梨はその様子を見て、
「あのー、風花さん。。
「えっ?」
「藤岡さんね、攫(さら)われそうになった事もあったのよ」
「
「そう、配達先の人に気に入られてね。
「
由梨はチラッと藤岡を見た。ブリーツェンの成形をしている。
ーーーー
仕事終わり。
風花と杉本は一緒に帰っていた。
「ねぇ、藤岡さんって引っ越したんでしょう?奥さんに聞いたら1
「そうなの?知らなかった」
「
「
「
「
「あっ!あれ見て!」急に風花は小声で杉本に言った。
「ねえ、ついて行きましょうよ」
「え?なんで探偵ごっこ?」
「
「
2人は角を曲がって3丁目の方へ行く藤岡にこっそりついて行った
5回程角を曲がった時「あっ」
「タ、タワマン」杉本も口をあんぐり開けて上を向き、
「どの階なのかしら?」
「わかんない」
マンションの名前は東南エクスペリエンスグランデ「
次の日
杉本は一緒に組んで仕事してる藤岡の顔をじーっと見た。
「
「藤岡さんってお金持ちなんですね。
「え!なんで知ってんの?」
「
「歩いてた、、
「
「なんで」
「風花も一緒だったしぃ。
「やっぱり攫われそうになったから警戒してるのね。
「はい、大変そうです」
夕方
早番だった職人達が帰った後、
「あの」
工場の奥の機械を拭きながら由梨は藤岡に話しかけた。「何?
「
藤岡が由梨に出会ったのは由梨の実家の着物屋花装の近くのパン屋
「由梨、俺は誰かの答えて欲しいように答えたり、
「え?」どう言う意味なのかしら。由梨は注意深く聞いていた。
その時親方が振り向いて「もう時間だから片付けて帰りなよ」
「わかりました親方」
藤岡はしばらく考えて「ま、後で移動して話そうか」と言った。
その後
2人は駅前のオムライスの美味しい店に来ていた。
茶色が基調の店内のテーブルには赤と白のチェックのテーブルクロスが敷かれていて、小瓶に花が一輪さしてある。
シンプルでタマゴはパリッとしたタイプで、赤いソースのかかったオムライスの端をスプーンで掬いながら藤岡が言った。
「美味いんだよここのオムライス」
「本当、美味しいです」
バターの香りが一口毎にふわっと立ち込める。
途中まで食べかけて、藤岡は話しだした。
「今こう言うべきだという場面で理想の答えを言っちまうんだ。
急に始まったさっきの話の続きを聞きながら、
「高校を出てすぐ調理師学校に入ったんだ。
「はい」
と言いながらその先輩が女性なのかどうか気になる。
「優しくてしっかり者でね、なんでも教えて貰っていて、
由梨は目を見てうんうんとうなづいた。
「
「大変だったんですね。頼れるのはその先輩だけだったんですか?
「そう」
藤岡は言葉を詰まらせた。
「そうなんだ、お互いに力を合わせて必死で、
『藤岡君、私転職するの。
そう言われて
その場で怒ってもよかった。
俺はどうなるんですか
あなたがいないなんて
相談も無しに勝手に他所に行くんですか。
そう言えば良かった。
でも俺の口から出たのは
元気で
頑張って下さい
活躍を祈っています。
そんなどうでもいい
当たり障りのない言葉だった
あの人は俺に
ごめんね
と言っていた。
心の疲れたあの人に
行かないで下さい
と言えば良かったのかどうか
「
自虐的に笑う藤岡の話をただ黙って聞くことしかできない。
「俺、初めて人に言ったよこの事を。
藤岡さんも初めて会った時私の話を聞いてくれた。
「あの時俺が言ったんだったね。話せば楽になれるんじゃない?
時間がゆっくり溶かしてくれる事もある。
こういうのを自己融解って言うのかな。
そう思いながら残りのオムライスを黙って食べた。
「ほら、由梨」藤岡はほっぺをトントンと指さした。
由梨はほっぺに少しトマトソースがついていた。
「あ」
顔を赤らめて由梨はソースを拭き取ったのを見て藤岡はニッコリ笑
食後コーヒーを飲みながら、黙っていた由梨が「あの、
「あの時」
「はい」
俺はちゃんと気がついている。
何故由梨が追いかけて来たのかを。
ただこういうのって人の言って欲しい事を言うわけにいかない場合
藤岡はマンションに帰って薄暗い部屋で1人考えていた。
まだ消化しきれてないんだ。
ずっと胃もたれを起こしてて
俺にはもう少し時間が必要なんだ。
ーーーー
次の日の夕方頃
お店はいつも以上に大忙しだった。
修造達は特訓の為に大量にパンを作ったがそれももう無くなりそう
由梨は江川にあまり生地で丸めの説明をして貰っていた。「ほら、
それを聞いていた藤岡が「幼稚園児か」と突っ込んでいた。
「だってわかりやすいと思って」
「そうだ由梨ちゃん、昨日僕達の映ってたテレビ見た?9時からやってたでしょ?」
「はい、見ました。途中すごく感動する所がありましたね。
「あの後ね、空手の板割りってのがあったんだけどね、
「それで最後の方ユニフォームも脱いでたんですね」
「そうそう、ウフフ」
それを遠くで聞きながら修造は「
「見たかったですよ。修造さんの蹴りや突きを」
「はーい」
去年は親方と2人でつくったヘクセンハウスだったが、
パンロンドでの楽しいひと時も後わずか。
おわり
※オートリーズの時にイーストと塩を入れる店もあれば、塩は後で入れる(後塩法)店もある。
※グルテン パンに粘り気と弾力を与える。アミノ酸からなるタンパク質。
※ Brezelnブリーツェン=プレッツェルの事。
※ヴェックマン Weckmann 地域によって呼び方も形も様々。11月中旬からクリスマスまで見かける。
桐谷美月との出会いはこちら 進め!パン王座決定戦!
https://note.com/gloire/n/n394ace24aa33
江川君のはじめての面接はこちら 初めての面接
https://note.com/gloire/n/n313e7bee5f33?magazine_key=m0eff88870636
由梨と藤岡の出会いはこちら Emergence of butterfly
—
パンの小説の一覧を作りました。
ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作りました。
よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。
このお話はフイクションです。
江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。
引きこもりで不登校だった江川は修造の弟子っこになり、やがて世界大会の助手を経てナイスなパン職人になっていきます。
イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。
どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。
note始めました。3部の途中の江川君がパンロンドに面接に来た所から始まります。少しずつ読みたい方はこちら。
パン職人の修造 noteマガジン1話〜 江川と修造シリーズ
https://note.com/gloire/m/m0eff88870636
パン職人の修造 noteマガジン56話〜 江川と修造シリーズ
https://note.com/gloire/m/m7dbc331f59d6
パン職人の修造 noteマガジン101話〜 江川と修造シリーズ
https://note.com/gloire/m/mc296482c0c46
お話の最後にあるハートマークを押して頂くと励みになります。
イラストだけ見る方はこちら
https://www.instagram.com/panyanosyousetu/
このブログでの新作↓
パン職人の修造 江川と修造シリーズ リーベンアンドブロートができるまではこちら
http://www.gloire.biz/all/5664
開店準備は楽じゃない修造、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ some futureはこちら
http://www.gloire.biz/all/5619
独立の準備を始めた修造は、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ dough is alive
テレビに出た修造と江川でしたが、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
Emergence of butterfly はこちら
http://www.gloire.biz/all/5498
休日にパン屋めぐりをしていた藤岡君が出会った由梨は、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
Awards ceremonyはこちら
http://www.gloire.biz/all/5465
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
stairway to gloryはこちら
http://www.gloire.biz/all/5403
世界大会に出場する江川と修造は、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
surprise giftはこちら
http://www.gloire.biz/all/5330
フランスに到着。江川が思いがげず受け取った贈り物とは、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
江川 Preparation for departureはこちら
http://www.gloire.biz/all/5273
とうとうフランスに旅立つ時が来た!
準備に忙しい江川と修造の前にやり手の営業マンが現れた。。
パンの職人の修造 江川と修造シリーズ
Annoying People はこちら
http://www.gloire.biz/all/5211
修造!藤岡君がおこってるよ?
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
One after another 江川はこちら
新たに練習を始める江川だったが、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ
A fulfilling day 修造はこちら
大地が生まれた!毎日ハッピーな修造
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 後編はこちら
http://www.gloire.biz/all/5034
杉本に試験を受けさせようとする風花だったが、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編はこちら
http://www.gloire.biz/all/5018
いつもぼーっとしているタイプの杉本の特技を発見したパンロンドの職人達は
パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキーはこちら
http://www.gloire.biz/all/4967
あのメモを渡してきた男の正体は?
パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knittingはこちら
http://www.gloire.biz/all/4872
とうとう若手コンテストに挑んだ江川と鷲羽でしたが、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain Viewはこちら
http://www.gloire.biz/all/4845
江川と修造は2人で荷物を積んで選考会に出発しました。
そこには、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structureはこちら
http://www.gloire.biz/all/4802
ホルツにてとうとう飾りパンの練習が始まりましたが、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the roseはこちら
http://www.gloire.biz/all/4774
鷲羽はパンロンドに勉強の為に行きます。そこでつい、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ イーグルフェザーはこちら
http://www.gloire.biz/all/4720
鷲羽と江川はベークウエルのヘルプに行きますがそこでは、、、
パンロンドの職人さんのバレンタイン Happy Valentineはこちら
http://www.gloire.biz/all/4753
パンロンドの職人さん達のバレンタインはどんなのでしょうか?
パン職人の修造 江川と修造シリーズ スケアリーキングはこちら
http://www.gloire.biz/all/4675
いつも自信満々な修造が唯一怖いもの、それは、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川はこちら
http://www.gloire.biz/all/4634
選考会への修業を重ねる江川と修造。江川にまたしても試練が訪れる。
パン職人の修造 江川と修造シリーズ ジャストクリスマスはこちら
http://www.gloire.biz/all/4588
クリスマスはパンロンドに優しい風を吹かせました。
パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人 はこちら
http://www.gloire.biz/all/4548
修造と緑はとっても仲良し。だけど近所の人はお父さんの事を、、、
パン職人の修造 江川と修造シリーズ 六本の紐 braided practice 江川はこちら
http://www.gloire.biz/all/4477
修造と一緒にホルツで修業を始めた江川を待ち受けていた者とは、、、
江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thiefはこちら
やっと職場に慣れてきた杉本。一緒に仕事している店員の風花に危険が迫る!その時杉本は、、、
江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川 Flapping to the futureはこちら
修造と江川の務めるパン屋パンロンドにNNテレビがやって来た!
みんな頑張って!その時修造は、、、
ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら
東南駅と学校の間にあるパン屋のパンロンドでアルバイトをはじめた高校2年の咲希ちゃんでしたが、、、
江川と修造シリーズ催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら
このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、
江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら
パン王座決定戦!前編の続きです。 修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。
江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら
新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。
江川と修造シリーズ 新人の杉本君Baker’s fightはこちら
江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、
江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら
江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。
修造は一風変わった面接をします。。
製パンアンドロイドのリューべm3はこちら
30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。
利佳はアンドロイドと仕事をする決心をします、その理由とは。
パン職人の修造第1部 青春編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3032
パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、
パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3063
修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、
パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3065
江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。
パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3073
律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、
パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3088
江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、
パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら
http://www.gloire.biz/all/3100
世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、
サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら
http://www.gloire.biz/all/3748
世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。
世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、
こちら
パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら
http://www.gloire.biz/all/3596
世界大会が終わった後修造は、、
この後もまだまだお話は続きます。
このお話を書いたきっかけ。
昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。
私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。
お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。
当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。
入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。
もっと行っとけば良かった!
お店はいつのまにか無くなっていました。
推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。
そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。
推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。
あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。
そしてそれを読ませて貰うのに!
当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです
そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。
修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。
パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています。
世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。
時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。
とても技術を要し、過酷なものと推測します。
大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。
その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。
世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。
素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。
今後も修造の話は続きます。
応援お願いします。
ここに出てくるお話はフィクションです。
実在する人物、団体とは一切関係ありません。
パンと愛の小説
いいね・フォローお願いします。
パンの職人の修造 江川と修造シリーズ Annoying People
今日もまたグーググーグーグーっていう喉の奥から響く音が聞こえる。
江川は杉本と一緒にパンロンドの工場の奥で生地の分割と丸めをしていて修造に背を向けて
でも珍しいものをみる様な目で見たら失礼だし、、
江川はちょっとだけ振り向いてまたパッと元に戻った。
凄い嬉しそうな顔してる。
夏が終わり、修造の家族の律子、緑、
久しぶりに会えて嬉しい限りだった。
江川がちらちら修造を見ていると、
「何?杉本君」
「江川さん、顔と首にに赤いブツブツがいっぱいありますよ?」
「半月前、
滝壺に飛び込んだからびしょ濡れになっちゃって、
思い出しただけでも泣けてくる。
おまけに大会の為のスケジュール表を暗記したいが複雑で完全に覚
「杉本君みたいに書いて覚える特技があったらなあ。
「なかなか俺みたいな天才にはなれませんよね」
なんだかすごく腹の立つマウントの取り方をされて頭にくる。
「なにそれ!」
だが杉本は藤岡と2人して製パン技術士3級の試験に受かって、
呑気で悩みのない感じの杉本をみてちょっと羨ましい。
「グ〜」っと江川も喉の奥から変な声を出した。藤岡がいたら冷静に杉本に何か言ってくれたかもしれないが今日は休みだし。。。
目を三角にしながら分割した生地の乗ったバットを持ってきた江川
「おい大丈夫か?疲れが溜まってんのか?無理すんなよ江川」
疲れてる時に優しい言葉をかけられると泣けてくる。
「親方、僕工程が複雑で覚えられなくて」ちょっと涙が浮かぶ。
「うーん。修造の助手は正直大変と思うけど、
と親方も応援するしかないなあと思っていたら。
「江川君、私が良い方法を教えてあげる!」
「えっ?」
2人の会話を聞いていた親方の奥さんが得意げに言い放った。
「良い方法があるんですか?」
「そう!暗記方があるのよ」
「へえ」
「漢字の暗記法なんだけどね、まず覚えたい言葉を見ながら膝に書いてその後眼を瞑って同じように3回ぐらい書いてみるの。どんどん書いていったら良いんじゃない?」
「やってみます」
奥さんは「覚えられなかったらごめんね〜」と言って店に戻って行った。
江川は早速家に帰ってやってみた。
えーとまず目を開けて膝に書いてそのあと目を瞑って膝に書く、、
それをびっしり書いてある工程表の上から下へと何回かやってみた
一行目から二行目へそして三行目へ、、
ーーーー
一方田所家では
「大地はまた重くなったな。首もグラグラしなくなったね」
「あー」
「うー」
とお話の量も増えて、お返事してくれる。
「可愛いなあ」とほっぺをぷにぷにした。
さて、夕方になり、東南マートのセールの時間が近づいてきた。
「さ、緑、出かけよう!」
「うん」
2人はスーパーへの道のりでいつも色んな話をしていた。
「夏休みは楽しかった?」
「うん、
サンマリーンながのとラーラ松本は流れるプールやらでっかい滑り
「ラーラ松本は結構おじいちゃんの家から遠くない?」
「朝早くから車で行ったのよ」
「それは、、」
修造はそんなに若くない巌が朝早くから夜遅くまで面倒見てくれて
「それとね、花火とかスイカ割りとかもしたよ。楽しかった」
「おじいちゃんも楽しそうだった?」
「うん、ニコニコしてたよ。
「そうなんだ」
ひと夏自分の修行の為に家族の面倒を見てくれた巌の気持ちに応え
夕陽が眩しい坂道を降りながら修造は決意を新たにした。
スーパーでチラシを見ながら特売品を探していると「修造シェフ」
「はい?」
「初めまして、私株式会社石田・メリットストーンの有田悠と申します」
名刺を受け取り有田の顔を見た。
メリットストーンって中堅の製パン会社で関東の各駅に一軒あるだ
「
有田は人懐こい笑顔を見せた。
ほうれい線と目尻に深い笑い皺がある。
「シェフ、業界のシェフへの期待感は凄いですよ。
なんだか嘘くさい大袈裟な言い方の様に修造には感じた。
「ここには俺を探して来たんですか?」
「シェフ。そうなんです。
「ご用件は?」
「
え?
なんの話だこれ。
「大会が終わったら是非弊社においで下さい」
え?引き抜き?
修造は思いもよらない声掛けに驚いた。
有田はホルツやパンロンドと離れている瞬間を狙ってスカウトしに来ていた。
「俺、パンロンドで働いてるんです」
「存じております。ですが〜
「すみません、俺、
有田は修造の表情が固くなって来たのを見た。
「わかりました。今日はご挨拶に来ただけです。またそのうちに、こちら御目通しを」
と茶色の封筒を渡して頭を下げて立ち去った。
修造はその中の紙を見て「えっ」
「統括主任、、
さっき夕陽に誓いを立てたのにもう金の話なんて気が散るなあ。
もらった紙を丸めてポケットに入れ「緑ごめんね、お待たせ」と言って
お菓子売り場の食玩コーナーをウロウロしていた緑と買い物を済ま
ーーーー
後日、修造と江川はホルツに来ていた。
修造は有田の話を大木にした。
「メリットストーンはお前の目指すパン作りとは違うだろう」
「会社と俺のパン作りを摺り寄せようとしてるんですかね?」
「ま、お前のステイタスが欲しいんだろうよ」
「俺の?」
「独立するとそういう話は無くなるよ」
修造は花を付ける予定の編笠の土台を作りながら「そうですね、
そしてパンデコレのあれこれを考えを巡らせながら作っていった。
それはこんな風だった。
編笠とそれに付ける花を窯に入れてタイマーをセットした。
「留木さん、良い仕事するな」と呟いた。
蝶の色は青に紫に濃い茶色。「よし、良いのができそうだ」
修造が作っている大会のパンデコレは和装の女性だ。
1番難しいのは流れる帯の模様の土台の生地に、色違いの生地をピッ
修造は大工の様に、嵌め込む生地の膨らみを計算して設計図を作
次に土台作り。平らで安定感が大切だし、
本体と土台はフランスには空港便で送れるのかな?
フランスには食べ物の持ち込みは禁止だ。荷作りの箱を空港で検閲犬にクンクンされて見つかったらはねられてしまうかも。
そんなことを考えながら窯に入れた時江川が話しかけてきた。
「ねぇ修造さん、僕、
「そう?じゃ今度から通しでやってみよう。特訓だな」
「はい」
出来るだけ練習しないと頭で覚えただけでは動きが染み付かない。
機械の置き場を大木に教わって動けるように考えた。
「江川、虫刺されのあと、治ってきた?あの時は悪かったな。
「修造さんが精神統一をしに行ってたって途中で気が付きました」
「まあ心と身体を鍛えに行ってたんだよ。集中力は大事だしな」
「僕なら何をやったら良いですか? 座禅?」
「寝る前に呼吸を整えるとか、音楽聞くとか?」
ーーーー
次の日
修造は工場の奥でいつもの様に仕込みをしていた。
その時奥さんがお店から大声をだして「誰か〜
丁度仕込みの手が空き、次の作業まで時間がある。
「俺行きますよ。すぐ戻れると思うんで」
「じゃお願いね」
「はい」
修造は奥さんに届け先の住所を聞いてメモした。
「ここって最近毎日注文が入るのよ。昨日は親方、
「はい」修造はパンの入った2段のケースを受け取り配達用の軽バン『パンロンド号』に運んだ。
カーナビに住所を入力して出発する。
その時青色の軽自動車が少し離れてこっそり跡をつけていったのを修造は全然気がつかなかった。
現場に到着。
閑静な民家の間に配達先の建物がある。
4メートル程の道幅の道路に車を止めて荷物を運んだ。
「ここでいいのか?」
建物の中には誰もいない様だった。
窓の中を見ると、
修造はドアに貼ってあるメモを見つけた。
『パン屋さんへ この建物の裏に回ってください。
5軒のうち真ん中の建物の赤い入り口を開けて入ってください』
と書いてあるので修造はその通りに行った。
空き家っぽい家が並んでいる。
メモの通り真ん中の廃屋の様な家の赤い入り口の横開きのドアを開けて入った。
「あの〜すみませーん」
返事もない。
ここでいいのか?誰もいないのか?と思って2、3歩
「うわ!モガガ!」こんな時でもパン箱を落とすのは嫌だ。地面に置いた時足を掬われ、両手を後ろに縛られて奥の部屋に放り込まれた。
「なんだー⁈」
ーーーー
一方その頃パンロンドでは、江川が工場の奥から店の方をチラチラ見ていた。
「ねぇ藤岡君、修造さん遅いと思わない?藤岡君と親方が行った時なんて
「あ、ほんとだ。出発してから40分以上経ってますよね」
「でしょう?親方、修造さん遅いと思いませんか?」
「何かあったのかな?江川、ちょっと電話かけてみて」
「はい」
江川は何度もしつこくコールしてみたが出ない。
「出ませんよ!何かあったのかな?」
「事故ったとか?」
「どうしよう!修造さん!」
江川が色々想像してパニくりだしたので「落ち着いて江川さん。大丈夫、俺が見てきますよ」と藤岡が言った。
「俺、道を覚えてるから自転車で現場まで行きます。
ーーーー
藤岡が配達先に着いたがパンロンドの車は無い。
「おかしいな」
自転車を停めて中を覗いたが電気が消えてて建物は閉まっている。
「あの〜すみません!誰かいますか?」
ベルを鳴らしたが誰も出てこない。
一昨日は人が何人かいて調理中の様だった。建物の中にテーブルが置いてあって、
「誰もいないのか、どう言うことなんだ」
藤岡がキョロキョロしていると、
中を覗いたらパンフレットらしいものや封筒が後部座席に置いてあ
メリットストーン?聞いたことあるな、、
そうだ!パン屋の名前だ。一体なぜこんな所に?
建物の周りを一周しようと裏に回ったら40代ぐらいのスーツ姿の
こいつがメリットストーンのやつかな?
動きが怪しい。
藤岡はちょっとその男を観察した。
「何やってるんだ?」藤岡はその男の背後に行って「おい」
「ヒェッ」男は心底驚いた様で腰を抜かしたが、
「そうだよ。俺はパンロンドの藤岡だ。何でここでウロウロしてるの?」
「怪しいものじゃ無いんです。
「それでどこに入ったのか覗いてたの?」
「そうですそうです」
倉庫の裏には建物が4.5軒あってどれに向かって入ったのかは分
「どれかな?」
「おい」
一軒ずつ見ていこうとする男に藤岡が詰め寄った。
「それも早く見つけなきゃだけど、
「えっ」
ーーーー
一方その頃
修造は
椅子に縛られていた。
「おい!誰だ!お前らなんなんだ!モガモガ」
何者かが修造に被せた布を取った。
「あ?」
「え?!」
と2人の社員風の男が修造の顔を覗き込んだ。
1人はロン毛でもう1人は短髪、2人ともカッターシャツでネクタイ姿だ。
一体何故こんな奴らが?
「こんなむさ苦しい感じでしたか?」
「いやもっと綺麗だろ、、、」
「ひょっとして間違えた?」
2人は顔を見合わせてまた修造を見た。
「なんだむさ苦しいって!」
失礼だし、どうやら間違って捕まった様だし。
「どうする?こいつ」
「こんなの連れてったらダメだろ」
はあ?
あ、そうだそろそろ生地の※パンチの時間だ。
江川に言わなくちゃ。
修造は縛られていた紐を手首をグニグニして紐を緩めて思い切り広
「うおりゃあ〜っ!」
そして引きちぎって1人目の男の肩を掴んだ。
ーーーー
その廃屋の前の路端では
藤岡に問い詰められて男は白状していた。
「私はメリットストーン・
「怪しいなあ。何故?」
「
「転職、、しないでしょう?修造さんは」
「はい、断られましたが。
有田は一軒一軒覗きながら言った。
どうやら悪いやつじゃなさそうなので今のところは信用するか。。
「パンロンドの車は知らないですか?」
「えっ?車?」有田は少し戻って車がないのを見た。
「誰か隠した奴がいるのかな?さっきまでありましたよ」
「あ、この家から何か聞こえませんか?」
空き家っぽい家の方からドン!と言う音が聞こえる。
藤岡は耳を澄ませた。
ーーーー
修造は手首を摩った後、1人目の左脇腹を右足で回し蹴りでふっ飛ばした。
一撃必殺。
こんな所師範に見つかったら叱られるな。
1人目は「うがっ」
「グフォ」っとアニメの様な声を出して立てなくなった様なので、
「ひいい〜」っとびびる男の肩を掴んで「おい!電話を返せ!」
慌てて修造のスマートフォンを渡して警察を呼ばれると思っていたら「
拍子抜けして修造を見ていたらもう一度肩を掴まれて「
修造が2人目の男の首根っこを掴んだまま玄関のドアを開けると藤
「修造さん大丈夫なんですか?」
「ああ!今からこいつが白状するから聞いてみよう」
2人目の男は藤岡を見て「こっちが正解だったんだよ」と言った。
ーーーー
5人は壊した椅子を片付けて部屋の真ん中に突っ立って話をし出した。
「私たちは鴨似田フードって言う会社の中途採用で入ったばかりの社員です。私は歩田、こちらは兵山と申します」とショートヘアーの方の男が話しだした。「3日前、
「それで俺を捕まえたのか」
「はい、すみませんでした。実はここの何軒かの空き家は鴨似田が買い取ってマンションにする予定で、その一軒を使ったんです」
「連れてくるなんて簡単に言われたけど凄く難しい様に思えて、
「俺を連れて帰ってどうするつもりだったんだよ」と藤岡が冷静な口調で言った。
「お金でなんとかできると思ったんじゃないでしょうか?」
「そんな訳ないだろう!車もお前達がやったのか?」
「あれは私が裏口から回ってこの建物の裏に隠してあります」ロン毛のほうの男が答えた。
「ちょっと調べればすぐ足がつくだろう!」
「だな、そろそろ警察を呼ぼう」修造も呆れて言った。
修造が電話をしかけた時、なぜか有田が遮った。
「え?」
「あの〜そのレセプションパーティー、私も出ておりまして」
「そうなんですか?」
「はい、うちと取引があるんです。奥さんの鴨似田湘子さんは存じていますがそんな悪い方ではないと思います。警察沙汰になって鴨似田フードに何かあって納品が滞るとうちの会
なんと有田は手を合わせて隠蔽を頼んできた。
「仕方ないな、その奥さんを呼べよ。俺が説教してやる!」
「え〜」っと修造以外の全員が言った。
「踵落としは勘弁してくださいよ」
「ガツンと言ってやる!」修造が力強く言った。
ーーーー
鴨似田フードの鴨似田幸代を怒鳴りつけてやると息巻いていた修造
「あのー奥さん、困りますよこういうの。
「この度は私の勝手な思い込みによりご迷惑をお掛け致しました」
高級菓子折りを渡されて修造は頭をかきながらつい受け取ってしま
「色々誤解があった様で申し訳ございません」幸代はややくねりながら頭を下げた。
「
「具体的にはどんな事を望んでらっしゃったんですか?」
「次のパーテイーでパンとサンドイッチのコーナーに立って頂ければと考えておりまし
それが本当だとするとお前らどんな受け取り方をしたらこんな事に
「すみません」
2人は小さくなっていた。
「私が悪いんです。2回目と3回目の注文は関係ないのにしました
それを見て修造は考えた。
確かに藤岡はイケメンだが再びトラブルになるのは本人も周りも困るよな〜。。そうだ!
「奥さん、
「な、、、!」
藤岡は悔しそうに修造を睨みつけた。毎日一緒の職場にいれば修造がこんな事を言うような人間じゃないとわかってはいるが腹が立つ!
「グ〜」藤岡も喉の奥から声を出した.
「ねっ!こんな顔をいつもしてるんです」
「はい」
奥さんの顔から少しずつ血の気が引いてる気がする。
「おっと!俺そろそろ分割の時間なんで帰ります」
物凄く不機嫌な藤岡はそのまま出て行き、自転車で帰ってしまった。
車を持ってきた2人は修造に言い訳をした。
「確かに奥さんはどうやってもあのイケメンを連れてきて!
「本当すみませんでした」
「今回は有田さんの手前許してやったけどさぁ。藤岡には2度と迷惑かけないでくれよ」
と言って2人を後始末に戻らせた。
修造はもう一度江川に電話した「ごめん、分割しといて。
と言って有田の方を見た。
「修造シェフ、お怪我なくて良かったです」
「あのぐらい全然平気ですよ。。それより有田さん。なんで藤岡と一緒に入ってきたんですか?」
「はい、実はもう一度話を聞いて頂こうとしてここまで追いかけて来ました。で、藤岡さんと修造シェフを探していました。会社へのメンツもありますが、さっきの鴨似田さん達を見ていて金や力づくでは人の心は動かないと思い直しまし
「すみません、力になれなくて」
「今日はいい勉強になりました。私も応援していますから」
ーーーー
パンロンドに戻ると江川が慌てて出てきた「修造さーん!
「全部藤岡に聞いた?」
「はい、
「えっ」
「おい修造大変だったな」
すると藤岡が言った「丸見えですよ、何隠れてるんですか!」
「
「もう良いですよ、あれで事件が解決したんですから」
「クッ」と時どき藤岡の方から聞こえる。
「ねぇ修造さん、
「えっ?
もう一度掘り返す勇気はない。
修造はとぼけた。
おわり
Annoying People 迷惑な人々
どんな時もパンチと分割の時間は忘れない。
※パンチ ケースに入れた発酵中の生地をそっと持ち上げ空気をふくませるように折りたたみまた横にしてたたみ休ませ、また蓋をして発酵させる製パンの作業。パンチのやり方は様々だが、こうすることでグルテンが強くなり発酵を促します。
パン職人の修造 江川と修造シリーズ A fulfilling day 修造
「ねぇ?何か変な音が聞こえない?」
機械の故障だろうか?低い擦れる様な音がする。
グーググーグーグー
みたいな?
パンロンドの奥の工場で作業中
江川がキョロキョロしながらカスタードクリームを炊いている藤岡に言った。
「シッ。聞こえますよ本人に」
藤岡がホイッパーから手を放し、そっと指差した音の方を見て江川の大きな丸い目がもっと丸
修造の鼻歌の音だったのだ。
えっ
修造さんってあんなに歌が、、
音痴というか、この音はどこから?
喉?
肺の奥?
修造はと言えばすごく気分良さそうに謎のドイツ語の歌を歌いながら生
ウキウキして喜びで胸がはち切れそうだった。
修造は2人目の子供が無事産まれて
大地と名づけた。
自分の育った山から見える緑の大地のイメージだそうだ。
「なあ聞いてくれよ江川!ほんとちっちゃくて可愛いんだよ」
「はい」
今日だけでも3回くらい聞いた。
そしてビニールシートに生地を3000グラム測って包み、
「産まれた時なんてこんなにちっちゃかったんだ」
「わあ軽〜い」
「それにしても生まれたての赤ちゃんってこんなに軽いんだ、
杉本があやし始めた。
「生きてるって不思議、こんなに小さく生まれて、
その時店から奥さんが修造に声をかけた。
「明後日の昼に一升パンの注文が入ったからお願いね。
「わかりました、明後日の昼に」と言って注文書を受け取った。
「一升パンってなんですかあ?」と杉本が聞いた。
「
「へー」
「元々は一升餅と言って、2キロの餅米をついて作るもので最近は
「はー」
まずパソコンで文字を書き印刷する(もちろん手描きも)、紙に良い感じに貼りつけたり絵を描く。レイアウトが完成したら文字や絵の残したい部分を切り抜く(直に発酵した生地に直接文字を貼り付けて粉をかけるやり方もあります)生地に乗せてくり抜いた所に粉を振りかける。そのあと落ちる粉に気をつけてそーっと剥がす。それを焼くと焼成後は文字がくっきり出るのです。お願いしたら近所のパン屋さんでもやって貰えるかも。
「俺も大地が一歳になったら凄いのを作るぞ!」
「はい」
拳を高く上げ決意表明をした修造にみなどうぞどうぞのジェスチャ
ーーーー
日曜日の昼
若い夫婦が小さい男の子を抱っこして
パンロンドにやって来た。
「一升パンを受け取りに来ました」
親方が窯の前から「可愛いなあ」と男の子を見て言った。
修造も奥から見ていてニコニコしている。
他のものは子育てに縁のない生活をしてるが、
「あのイカつい修造さんがあんなに笑顔で」
と杉本が言った。
「
「へぇ〜」
ーーーー
さて、その湯船では
修造は大きな手に大地の頭を乗せて親指と小指で耳に水が入らない
「俺がお前を守るからな」
成長する迄危険のない様に、
「なあ」
まだまだ睡眠のサイクルが短い大地を抱っこして寝かしつけ、
週2回休みがあるし、パン屋は朝は早いがその分帰りも早い。
こんな風に静かな時に修造は度々世界大会のパンの構想を練ってい
生地の旨味を追求するのはもちろんの事、
そんな風に考え
宿題をやってる緑の横で一緒になって紙に書いたりした。
パンデコレのデザインを考えて律子に超小声で「これどう?」
「こないだ京都に行ってきて勉強になったんでしょう?
「そうなんだ、行って良かったよ」
とか話してるうちにパンデコレのデザインに緑が色鉛筆で色を塗り
それを見ながら紫は紫芋やブルーベリー、※青はバタフライピー、
「和装の女性はどう?」
「着物の?」
「そう」
凄い小声で律子と話し合って色々デザインを描いてみた。
うん、だんだん形になってきたな。
「よし!みっちゃん、スーパーに行こうよ」
そろそろ夕方なので修造は晩御飯の材料を買いに行く事にした。
「うん」
緑と手を繋いでスーパーに続く坂を降りながら「お母さんはね、
「えっほんと?」
しかし思い出してみれば、
「お母さんも複雑だったんだろうな。。緑!
修造はスーパーで山賊焼きの材料と生クリーム、
山賊焼きは長野県松本市近辺の名物で、
「美味しい」
カットした鶏肉を箸で摘んで噛むと、鶏皮のカリッとした美味い食感の後にジュワッとジューシー感、
「だろ?律子!今日デザートもあるからね」
と言ってさっき作っていた牛乳入りのふわふわのパンにミルククリ
「ほら牛乳パン!」
「あ!懐かしい」
律子は大喜びでフワフワの牛乳パンを頬張った。
牛乳パンは戦後長野県周辺に流行したご当地パンで、
今日は生クリームが多めのクリームをつくって食感を軽くした。
「美味しいねお母さん。
「そうね」
授乳中の律子はそこそこ食欲もあり、それが大地の為にもなる。
いつもなら「したり顔」をするのだが、
「ねえ、今度の日曜日お父さんとお母さんが来るの」
「え」
修造はギクッとした。
律子の父親高梨巌はその字の通り案外厳しい。
ーーー
さて、日曜日
修造はその日仕事だった。
巌と容子は長野からやってきて、可愛い孫の所に直行した。
「いらっしゃい。おじいちゃん、おばあちゃん」
「みっちゃん、久しぶりだね。会いたかったよ」
早速可愛い孫の緑に巌がデレデレし出した。
「大地ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんがきましたよ〜」
緑は小さなお母さんの様に大地を抱っこして巌に渡した。
「わあ〜また大きくなったね」
巌は早速容子と代わる代わるで大地を抱っこした。
「あいつはどうした?今日は仕事なのか?」
「お父さん。あいつなんて呼ばないで!名前で呼んでよ」
と律子に叱られた。
「ええ?」
実は巌はまだ修造を名前で呼んだ事がない。
「おい」
とか
「こっちだ」とか
「あっちだ」とか
おおよそ会話とは言えない。
しかし一度は心が通い合ったことがある。
大地が生まれる知らせを初めて律子から聞かされたその時、2人は確かに心が通い、微笑みあったのだ。
とそこへ緑が話しかけてきた。
「お父さんはお仕事よ。ねぇ、おじいちゃん。一緒にパンロンドまでお散歩に行こうよ」
「お散歩かい?みっちゃん案内してくれる?」
可愛い孫と歩けるので喜んで出かけたが、
2人で楽しく話をしながら歩いて東南商店街まで来た。
「ここら辺は変わらないなあ」
「おや」
何故あそこだけ賑わってるのかとふと見てみた。
人が出入りを続けているお店がある。
「あのパン屋だ」
店の手前にあるガラスから見えるものは?
こりゃなんだ?
パンロンドの外から巌は店内に置いてあるものを見た。
「おじいちゃん、これ、お父さんが作ったのよ。
え!
これ手作りなのか?
「パン?」
パンでできてるのか?
これをあいつが?
修造のパンデコレをじっと見てると柚木の奥さんが気がついて店内から出
「いらっしゃい、緑ちゃんとおじいちゃま」
「どうもご無沙汰しております」
修造がドイツに行ってる間、
「ちょっと待っててね」奥さんが店内に入って行った。
するとすぐコックコートにコック帽姿の修造が走って出てきた。
「お、お義父さん。。こんにちは」
「お父さん、おじいちゃんと散歩してきたのよ」
「そうなんだ。どうぞ店内へ。パンを見て行って下さい」
「うん」
巌はいい香りの店内に入った。
なんか並んでるパンが変わったな。
巌が店内を見回した。
「先日改装したんですよ」と奥さんが説明した。
ここは前なかったパンが並んでる。
「この棚は修造さんのドイツパンコーナーなんです」
なんだか誇らしげに奥さんに言われる。
高校を卒業してすぐパンロンドで働き、
修行に行ってこれを造ったんだな。
「どうもみっちゃんのおじいちゃん」
「あ、親方。その節は娘がお世話になりました」
2人は売り場の棚を見ながら話した。
「うちのパンも変わりました。
「へぇ」
「もうすぐ大会がある。フランスでの試合があります。
巌は親方の真剣な顔つきをじっと見ていた。
「色んな事のちょっとずつがあいつの時間を奪ってる気がします。
巌は修造のパンを沢山買って店を出た。
確かに親方の言う通りだ。
生半可な事をしていては
頂点は目指せないだろう。
山の上に立てるものも立てなくなるのか。
帰ると容子と律子が食事の用意をしていた。
「おかえりなさい」
「ただいまお母さん。パン買ってきたよ」
「沢山おまけして貰ったね、みっちゃん」
「うん」
しばらくして修造が帰って来た。
「先程は」
修造は巌にペコっと頭を下げた。
「うん」巌は一言だけ返した。
「修造おかえり。先にお風呂に入ってきて」
「うん、
「はーい」
そんな会話を聞いていた巌は大地を抱っこして「
「可愛いなあ大地ちゃんは」
目を細めて大地を見つめながら「こんな可愛い子供たちなんだ。
その時「大地を連れてきてー」
「わっ!お義父さん、すみません」
「嫌だお父さんったら何言ってんの?」
「ふん」
「ふんって何よ褒めたくせに」
「フフン」
夕食の時、
うーん美味いなあ。
サクッと香ばしいパンだわい。
こっちの黒パンはどんな味なんだ?
うん、酸味があって滋味に溢れている。
こないだのクロワッサンも美味かったがこれもこれも美味い。
巌はパンを噛み締めた。
ーーーー
緑が寝る前に容子が本を読んでやっていた。
「修造君、ワシは今日お前の造ったパンを見てきたよ」
「はい」
「親方も言っていた。
「えっ?」
突然の巌の申し出に驚いた。
妻子を取り上げられるのかと思ったがどうやら違う。
巌はなんだか凄そうな大会の特訓をするべきだと考えていた。
「人生にチャンスは何度もない。
一つの事に集中しなさい」
「お義父さん」
今の生活はハリがありとても楽しいが、確かに一抹の不安はある。
身体が2つあったらいいかもしれないが、、
「わかったな」
「はい、律子と話し合ってみます」
ーーーー
巌達が長野に帰った日、修造は律子に巌の申し出の事を話した。
「そうよね、お父さんの言う通りがも」
「私達、夏休みになったら長野に行くわ。
「ごめんね律子」
修造
本当は一緒にいたい。
でもいつか私達パン屋さんをするんだもの。
「大地、緑、みんなでお父さんを応援しようね」
ーーーー
修造が家族と離れ、1人で修行を始めてまもなく
ベッカライボーゲルネストの鳥井シェフが修造と江川を呼び出した。
3人
「僕、フランス料理とか初めてです。緊張するな」
「ビストロは気楽に楽しめる所だよ。ここの料理は美味いから食べさせたいと思ってね」
鳥井は予めオススメコースを予約していた。
オードブルが運ばれてきた。
「わーオシャレ!」
江川は大きなお皿に並んだ色とりどりの前菜に感動した。
シックな調度の店内で少し薄暗い空間に、料理の部分だけLEDのスポットライトが当たって綺麗。
どれも手が混んでいてひとつひとつの形や味に理由がある。
「うわ〜美味しい」
スープとパンの後メインの鴨肉は村田シェフが運んできた。
「どうも鳥井さん」
「今日はお願いします」
江川と修造には1人2枚づつ皿がある
「これは?」
「2つとも食べ比べてみなさい」
江川はひと皿目の鴨肉をカットして口に入れた。
うわ、ちょっと油っぽいかな?
名店なのに後口に臭みが残ってる、なんか古いものを出されてるのかなって思っちゃう。
江川は修造の方を見た、口には出さないが江川と同じような顔をしている。
もうふた皿目も同じように食べてみる。
「あ、美味しい。同じ料理なのにこんなに違うなんて驚きだ」
「やわらかくて甘味もある。どうしてこんなに違うの?」
2人は顔を見合わせた。美味しい物を食べた時の顔をしている。
村田が説明した「ひと皿目は脂をいい加減にとって高温で調理しているので鉄分の匂いが残るし肉が硬くなる。ふた皿目は鴨肉の下拵えがきちんとしてあります。すばやく室温に戻してドリップをきちんと取ったり、ナイフで余分な脂を丁寧に取ったり、冷蔵庫で脂をしめたり、低温調理したりと各工程で基本がきちんとしてる方は味が整っているんです」
「そうなんだ、こんなに味が違うんですね。僕知りませんでした」
鳥井も2人に説明した「例えば肉の下拵えは前の日にやるのかやらずに始めるのかで随分違
「はい、素材の下処理一つでもそれぞれ理由があり、
食べるのは美食家の審査員ばかりだ。工程のどの部分にも油断はならない。鳥井が言いたかったのはそこなんだろう。
デザートの前に口直しのフロマージュが運ばれてきた。
コンテチーズ、ロックフオール、カマンベール・ド・ノルマンデイーの次に
燻製のチーズを食べた時口の中にスッと風味が通り抜ける。
「美味い」
他のチーズと違う
「うちで燻製にしてるんですよ」と村田が説明した。
「美味いものを記憶に刻みなさい。もっと自分の可能性を高めるんだ」
鳥井はそう言って、次に食材の豊富な輸入専門店に連れて行った。
「世の中には沢山の食材がある。それらの味をなるべく沢山覚えておくんだ。
そう言いながら鳥井はカゴの中に商品を選らんで入れていった。
修造は、その様子を見ながら鳥井の言う『前日準備の重要性』について覚悟した。前の日の下拵えと種の準備、当日の段取りが勝利の8割だ。後の2
「前の日の1時間にどれだけできるか何度も練習をしておけよ」
そう言って鳥井は袋いっぱいのおすすめ食材や香辛料を渡してきた
「応援してるぞ修造」
「ありがとうございます」
「江川もな」
「はい、今日はご馳走様でした。僕勉強になりました」
鳥井は2人に目で合図して去っていった。
「渋いなあ。かっこいい」江川は受け取った袋を両手にぶら下げ、へ〜っと首を横に傾げながら鳥井の背中を見送ってそう言った。
ーーーー
そのまま2人は修造のアパートの部屋に移動した。
鳥井に貰った物を全部開けて順番に味見してメモに書いていく。
「あのチーズの味。あれは美味かったな」
「美味しかったですね」
「うん、あれをタルテイーヌに使えなかったとしても何か他の事に使いたいな」
タルテイーヌにパテドカンパーニュを使いたい。しかしあれは完成までに3日かかるから無理だ。鳥井シェフの言うとおり、基本に忠実にしなければ上手くいかないだろうな。
そうだ!
修造は何かを閃めいてそれを紙に書いてみた。
「江川」
「はいなんですか」
江川は修造を観察していて何かを思い付いたのに気がついていた。
修造はニヤリと笑いながら言った。
「明日からこれを練習して貰う」
紙を受け取り「えっつ」と声を上げた。
「大会前日の1時間にやって貰う」
「僕やったことありません」
江川の顔が引き攣った。
おわり
A fulfilling day 充実した日々
修造が江川に課した大会前日にやる事とはなんなのか?
修造はまだまだやる事が多いようです。
#バタフライピーとは マメ科の植物、チョウ豆(蝶豆)の事。ハーブ。生地に青い色を着けられる。ハーブテイーとしても楽しめる。レモンやライムを垂らすと紫に変色する。
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 後編
前編のあらすじ
パンロンドで働く杉本龍樹は書くとなんでも覚えられる特技を他の職人に発見される。交際中の森谷風花にもスキルアップを進められるが勉強なんて大嫌い。社員旅行で京都に来たパンロンド一行。2日目はどうなる?
京都旅行2日目の朝
「なあ、昨日夜指輪買いに行くって言ってたろ?早く寝たじゃん」と同室の藤岡が聞いてきた。
「え、風花が俺に試験の事を言い出して、、」
「逃げたな?受ければ良いじゃん」
「嫌ですよ勉強なんて」
「風花はお前のために言ってんだろ」
そこに江川が部屋をノックした。
「朝ごはんに行きますよ〜」
「江川さん朝から元気ですね」
「うん。今日時代村に行った後、修造さんとパン屋さん巡りするんだ」
「昨日も行ったじゃないですか。好きだなあ」
「パン屋さんが沢山あり過ぎて昨日随分計画を練ったんだ。バスや電車の乗り継ぎも色々あって」
「俺も行きますよ、杉本は風花と用があるらしいから」
「そうなの?じゃあ一緒に行こうね藤岡君」
「はい」
ーーー
時代村では親方がみんなの為に計画を練っていた。
入り口の所にある大きな土産物屋の奥に、お江戸の館があり、全員を連れて行った。そこでは好きな着物を選んで時代劇気分を味わえる。
「好きな衣装を選んで!記念撮影もしよう」
風花は町娘の衣装を選んで、江川は衣裳の1番派手な振袖若衆を、藤岡は新撰組隊士、など其々好きな衣装を選んでいた。
「修造さんは?」
「俺は良いよ」
江川は恥ずかしがる修造を奥に連れて行き、スタッフの人に「すみません、この人にも似合うのをお願いします」と引き渡した。
「どれにします?」
「じゃあ、、、この1番地味なのを、、、」
全員が着替えて写真撮影の後、修造は着物の柄をシゲシケ見ていた。
「ちょっと!風花をジロジロ見過ぎですよ」
「え?違うんだよ杉本。俺はただ日本の文化を学ぼうと思って」
「えー?本当ですかあ?」
「ほ、本当だよ」
修造は忍者の扮装の唯一見える目の周りが真っ赤になって走っていった。
「あれ?修造さんどこ行ったの?」
「忍者はあっちに行きましたよ」
「探してくる」
と言って派手な江川侍も走って行った。
杉本は、新撰組の格好で爽やかに決まっている藤岡を見てにやにやしながら「お化け屋敷行きましょうよ~藤岡さ~ん」と背中を押して言った。
「えー!お化け屋敷!」
聞いただけで足がすくんで背中がゾワゾワした藤岡は「キャーっ」と叫んで走って行った。
「ちょ、みんなどこ行ったのよ?」みんな走って行ったので風花が驚いて言った。
「そのうち合うかも」
「そうね。私達も行きましょ。ねえ、お芝居見に行きたい」
2人は町娘と侍の格好で江戸時代調の建物の中を歩き、芝居小屋を探した。
「あ、あれ」
「うん」
芝居小屋の建物の前に忍者と芸者の格好をした人がいて、呼び込みをしている。
「もうすぐ始まるから入ってって下さい」
中に入ると薄暗い中、みんなそこに座っている。
「あ、杉本君こっちこっち」
江川が手招きした。
お芝居は抜け忍が悪と戦うストーリーで、音とか光とかで演出されている。
「殺陣がすげえ」
杉本はみんなの後ろに座りながら全員の背中を見て「ほのぼのしてあったけえ人達だな。うちのオカンとオトンの言う通りパンロンドに入って良かったよ。それに、、、杉本は横に座ってお芝居を見ている風花の横顔を見た。
町娘の格好も可愛い。
杉本はキュンとした。
修造さんは良い先輩だけど風花は譲れません。
と、勝手にまだ誤解して思っていた。
よし!今日こそ指輪を買いに行くぞ。
ーーー
時代村を出て自由時間になった。
「夜までには昨日のホテルに戻ってきてね」と奥さんがみんなに言った。
「はーい」
杉本と風花は四条大宮駅まで移動した。
ここから河原町までの間に探すつもりだったのだ。
こうなりゃ雑貨屋でも百貨店でも良いから指輪売ってるところを探すぞ。
色んな店に風花が入りたがって指輪の店には中々入れなかったが、それはそれで楽しい。
錦市場で食べ歩きを楽しんだりお土産を買ったり、細い路地に迷い込んで、こんな所にこんな店があるんだねとか、あちこち見て時間の経つのは早い。
「楽しいわあ。旅行に来れて良かったね」
「うん、風花そろそろ指輪見に行こうよ。俺サイズ分からないから」
「それは昨日言ったじゃない?合格したらね」
「なんでそうなるの?なんでみんな俺に勉強させたがるの?俺は遅刻も欠勤もしないで仕事してるのにまだ不満?」
不満と言われて風花も言った。
「不満じゃないわよ。でもやればできるのにそんなにやる気ないのって不思議なだけ」
「だから真面目にやろうとしてるでしょうが?」
「そうじゃないんだってば!ひょっとして磨けばもっと光るのに自ら曇らせてる気がして勿体ないの!」
「俺は修造さんみたいにガチ勢になるのはカッコ悪りぃんだよ」
「なにそれ!どこがカッコ悪いのよ!めちゃくちゃカッコいいじゃない!」
2人は寺町通りの通行人が大勢いる中でどんどん声が大きくなっていった。
風花は売り言葉に買い言葉で、とうとう修造がカッコいいと言い出した。
「俺はただのプレゼントで指輪を渡したいだけじゃないのに!」嫉妬も相まって、普段は絶対怒らない、どちらかと言えば温厚な態度の杉本が語気をちょっとだけ強めてしまった。
風花はその事がショックで「龍樹のバカ!」と言って来た方と反対の、河原町の方に走り出した。
「待ってくれよ!危ねぇって」
人混みの中をうまく避けて風花はどんどん見えなくなっていく。
杉本も瞬発力と動体視力を駆使して人混みを避けて走って行った。
四条河原町の大通りを越えて行く時、ここどこなんだと全く土地勘のないまま心配になる。
そのうち橋が見えて来た。
「風花!」
杉本は段々距離が縮まって来た。
四条大橋の手前で信号を渡り、風花はこのままでは追いつかれると思ったのか急に左に折れて鴨川の方へ降りて行った。
「えっ」
川に向かう階段からピョンと飛んで風花に追いついた。
2人はハアハアと息が上がり話せないまま河原に座った。
辺りは段々暗くなり、川の脇の小道にはカップルがどこからともなくやってきて等間隔に距離をあけて座って何か楽しげに囁いている。
杉本は風花が逃げられないように手を繋いだ。
「ごめん」
風花は下を向いて言った。
「何が腹立ったの?」
「修造さんがカッコいいって言うから」
杉本は正直に言った。
「あの人の事は最近怖いのが少しマシになった程度よ。カッコいいって言ったのはパン作りに対する姿勢の事じゃない」
そうだったのか、、ちょっとホッとしたりして。
それにあんな愛妻家見たことねえもんな。修造さんごめんなさい。
「俺風花が誰かに取られたらどうしようって心配だったんだ」
「私は物じゃないのよ取られるって何よ。私の事信用してないの?」
風花の声は等間隔に並ぶ二人組の遠くまで響いた。
揉めてるの?揉めてはるね。
などと聞こえる。
サワサワと流れる鴨川の音以外には囁きしか聞こえない。
辺りは暗く薄明かりに人のシルエットだけが見える。
杉本は小声で言った。
「風花、パンロンドに入って途中からは俺なりにパン作りを教わった通りにやってきたつもりだよ。俺、まだまだ頼りないけど進歩してるつもり」
「知ってるわ。龍樹は頑張ってる。いつもそばで見てるもの」
「だろ?だから俺はこのままで進んで行っていいと思ってる」
「でもね」
と風花は言い出した。
「何故」
「え」
「そんなに勉強を嫌がるの?書いたら覚えられるなら書いたら良いんじゃない?」
「風花、俺は生涯机に座っての勉強はしないと決めてるんだ」
「大人になっても勉強は続くんじゃない?」
「普通に仕事してるのが俺の勉強だよ。それこそガチ勢の先輩もいるし」
「そりゃそうだけど。何故嫌がるの?」
堂々巡りの会話に気がつきもうやめようと思った時「答えて」と言われて杉本の何かがプチっと音がした。
「しつけえな。絶対やらないから。めんどくせえし眠くなるし」
「そう、わかった」
風花はそう言って立ち上がり、さっき降りた階段を登って泊まるホテルのある四条大宮に向かって歩き出した。
杉本は離れて歩き、風花を見守りながら「もうダメかもな」と呟いた。
ロビーでは修造、江川、藤岡が今日行ったパン屋の話をしている最中だった。
店舗の様子や各店の特徴や売れ筋、シェフの事など。
入ってきた杉本を見て江川が声をかけた「おかえり杉本君、さっき風花ちゃんは上がって行ったよ?」
「そうなんですよ。俺、疲れたんでもう寝ますね。お休みなさい」と言ってエレベーターに乗った。
お風呂に入ってベッドに横になったが全く眠れない。
戻ってきた同室の藤岡が「喧嘩でもしたの?」と聞いてきた。
「風花とはもうダメかもしれません。俺、なんでこんなに勉強が嫌なのか過去を振り返ってました。覚えてないけど何かあったんだろうな」
「トラウマとか?」
「そうかな。勉強の2文字が働いてからもついて回るんだって驚いてます」
「一生勉強だろ。ただ風花の言う勉強はまた違うよね」
「どっちでも俺の嫌いな言葉に変わりありません」
ーーー
「なあオカン」
「ん?」
「俺、いつから勉強嫌いになったっけ?なんでかな」
旅行から帰ってしばらく風花と業務上の最小限の事しか話さず、みんなもなるべく気にしないようにしていた。
ある時帰ってから台所に座って夕食後、洗い物をする母親に聞いた。
恵美子はエプロンで手を拭きながら息子に向き直った。
「あんたは小さい時、神童って呼ばれてたのよ,物覚えが早くて誰よりもやる気あった。そんな時、2階にあった教室から飛び降りて両足首を骨折してね、しばらく休んでから一切勉強しなくなってたわ」
「そんな小さい時に?」
あ、そう言えば俺、小さい時入院してたわ。
その後学校に行ったら、勉強が進んでて浦島太郎みたいになんか色々ガラリと変わってて、1番だった俺が1番ダメになってたんだっけ。
小さい俺はいじけて勉強におさらばしたんだっけ?
つまんねえ理由だな。
大体低学年だったんだからすぐ取り返せたのに、本当にやらなくなって、他との差がどんどん開いていったんだ。
それから荒んでいったんだったな。
やりゃあ良かったな。
今からでも遅くねえってか。
磨けばもっと光るのに自ら曇らせてる気がして勿体ないの!
って言われたな。
もう遅いけど。
マジなバカだな俺は。
——
次の日パンロンドで
藤岡と杉本はバゲットを成形しだした。
細く折りたたんだ生地を伸ばしながら
藤岡は言った。
「お前のスティタスを上げることの方が貴金属より上なんだね」
「なんで俺に資格を取らせたいんですかね」
相変わらず勘が鈍いな、、、
「お前の格を上げたいのさ
愛が故に」
「愛!」
愛か
パッと店の方を見た。
すると杉本の方を見ていた風花と目があった瞬間風花が目を逸らした。
風花
いつも俺のことを1番に考えてくれてる人。
俺が意地になって大切な事を逃したんだ。
「お前には勿体ないのかもね。誰も何も言ってくれなくなって、そのままで良いの?」
うーんそれは、、
杉本は頭を抱えた。
発酵した生地が入った箱を渡しながら修造が言った。
「なあ、勉強じゃなくて知識を身につけるって考えてみたら?※パン屋で2年働いたら2級が受けられるんだ。その5年後に1級、その7年後に特級の試験が受けられるんだよ。先に2級を受けて合格したら自信がついて先に進みたくなるもんだって」
「そうですよね、修造さん、俺も一緒に受けようかな。目標ができますし」
「え?藤岡さんも?」
「とりあえず2人で2級の試験を受けてみようよ杉本。俺達もうすぐパンロンドで働き始めて2年経つじゃん。だから受験資格はあるし」
「はあ」
「勉強は自分の為にやるものだ。書いて書いて書きまくれ!知識をどんどん上書きして行くんだ」修造が力強く言った。
試験の内容は実技試験と筆記試験の両方。
筆記は65点以上あると合格。
実技は食パンを3本作る。その際に中力粉と強力粉を当てなければいけない。
実技試験と学科試験は違う日にある。
学科試験は試験日は決められてるが、実技は2ヶ月間のうちのどれか。
杉本はとうとう藤岡と一緒に申し込みをした。
色々もう遅いかもしれないけど
俺やらなきゃ
自分の為に
毎日実技を意識して
山食パンを仕込んだ。
修造に色々教えてもらい説明を聞く。
ガチ先輩
確かにカッコいいぜ
その時店から風花は杉本を見ていた。
毎日
藤岡が風花に話しかけた。
やっとやる気になったみたいだよ。
来月の11日に試験があるって。
俺達受けてくるよ。
試験は昼前に終わるからね。
ーーー
とうとう学科試験の時が来た。
試験は4択、50問で時間は1時間40分だ。
同じ教室の斜め前に座ってる藤岡はスラスラ書いてるように見える。
杉本も今迄書いてきた全ての問題を暗記してきた。
それに実際にやってみて覚えた事もある。
手応えを感じて試験が終わったが、まだ合格の2文字を見るまではわからない。
藤岡と2人で答え合わせをしながら階段を降りて行く。
「あ、風花」
杉本は校門の前に立っている風花を見つけた。
「お疲れ様」
「まだ合格したかわからないけど、結構早く発表あるみたい」
「うん」
「腹減ったなあ。なんか食べて帰ろうよ」
「あ、俺寄りたいパン屋があるから。じゃあまた明日」
「お疲れ様です」
歩き出した藤岡はちょっとだけ振り向いて2人を見た。
「全然元通りじゃん」
2人は駅の辺りのカフェを探しながら歩いて行った。
「来週実技試験があるんだって」
「そう、頑張ってね」
「うん」
2人は探り探り会話をしながら
少しずつ距離を縮めていった。
「こうやって歩くのも久しぶりだね」
「そうだね」
あのね
毎日お店から
龍樹を見てたわ
一生懸命な姿
私、好きが止まらなかったの。
「実技試験頑張ってね」
うん
「合格したら約束守ってもらうぞ」
「はい」
風花は
マジックを出して
杉本の手の甲に7と書いた。
あ!
これ!?
おわり
※お話の中では技術士と書きましたが
製パン製造技能士 という試験が実在します。
特級、1級、2級があります。
パン製造技能士とは パンづくりの実務経験者を対象として、製パン工程における技能を認定する国家資格
(資格の王道より引用)
https://www.shikakude.com/sikakupaje/panseizo.html
過去問 試験問題コピー申込書
https://www.kan-nokaikyo.or.jp/doc/copy-service0601.doc
技能検定試験問題公開サイト
3級と2級の実技の問題が載っています。
テキストが販売してないとよく書いてありますが、私はモバックショーの仮設の本屋さんで書いました。
あとはネットでラクマなどで売りに出されるのを見ました。
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編
東南駅の西に続く東南商店街の真ん中にあるパンロンドは火曜日が定休日だ。
杉本龍樹と森谷風花は東南公園のバラ園に来ていた。
色とりどりのバラが咲き乱れた綺麗な公園のバラのブリッジの間に立って2人で写メを撮り、ベンチに座って良い雰囲気なのに風花は思い出した事があった。
「全くもうやんなっちゃう」
「なんで怒ってんの?」
「あのね、たまにあるんだけど、男のお客さんに愛想よくするじゃない?そしたら勘違いする人がいてね」
「なに!」
「それでね、何回か来てるとそのうちに奥さんとか彼女とか連れてきて、私にすまなさそうな顔するの!」
「ん?どう言うこと?」
「つまり〜君は僕の事好きだと思うけど僕には彼女がいるんだごめんね。って事よ!」
「勘違いしたんだね」
「すまなさそうにするって何よ!失礼な!何とも思ってないのにフラれた感じになってるじゃない!」
「あはは」
杉本はホッとして笑った。
男のお客さんの何人かは風花目当てなのを知ってるからだ。
実際風花は明るい笑顔で、入ってきたお客さんの心を和ませることがあって人気がある。
「心配だなあ」
—-
次の日
その事を杉本は藤岡に話した。
「風花は目が離せません」
「あのさ、それはね。あれじゃない?」藤岡は店にいる風花の手の方を指さした。
「指輪とか?」
「あ!本当だ!ナイスアイデアですね」
「これで勘違いもなくなるね」
「サイズはどうしたら良いですかね?」
「指輪のサイズ?一緒に見に行ったら?」
「行かないって言いますよ。貴金属に興味ないって言ってますし」
「じゃあ奥さんに聞いて貰ったら?」
えっ?奥さんに?
それは、、
「あ、あの〜奥さん」
杉本は、パンロンドの売れ筋商品山の輝きという山食を大量に切っている柚木店主(親方)の奥さんの所に行って話しかけた。
「何?杉本君」
「いえ、今日忙しいですね」
と言って引き返してきた。
「頼んできたの?」
「いえ、恥ずかしくて」
「まあ、分からんでもないね」
そう言って藤岡と杉本は二人でとろとろクリームパンの成形を始めた。藤岡の伸ばした生地に杉本がクリームを包んでいく。
ふと見ると杉本の両方の手の甲にペンで色々書いてある。
「杉本っていつも手の甲にメモしてるよね」
「親方に言われた配合とか、注文の数とか、俺ここにメモると覚えてられるんですよ」
「確かに杉本ってなんでも忘れるからな、こうして書いておかないとな」
「いつも見てるドラマの主人公の名前とかもここに書いてるんですよ。一回書いたら忘れない」
「へぇ、じゃあ手の甲に今から俺が言うのを書いてよ。覚えてられるかも知れないじゃん」」
「え?何書けばいいんすか?」
杉本は藤岡の言う長い不思議な言葉を書いた。
そして次の日、藤岡が杉本に「なあ、昨日の覚えてる?」
「昨日の?なんのことですかあ?」
「全体的に忘れてるじゃん。ほら、手の甲に書いただろ?」
「あ!※スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!」
「おっ!そう!それ!メリーポピンズに出てくる言葉だよ!」
藤岡は驚いて杉本に指をビシッと当てた。
「杉本凄いじゃん!じゃあ今日は違うやつ」
と言って今度はパン関連の長い言葉を書かせたがさっきのより短い。
次の日
藤岡はまた杉本に聞いた。
「なあ、昨日の覚えてる?」
「ああ、※サッカロマイセスセレビシエってヤツですね?」
「おっ!覚えてるじゅないか!それってパン酵母の事なんだよじゃあこれは?」
藤岡はまた他の、長い言葉を書かせた。
そして次の日「なあ、あの呪文の様な言葉覚えてる?」と聞いた。
「あ、※カザフスタニア–エグジグアですか?」
「こりゃ本物かもしれないなあ」藤岡は小声で呟いた。
江川が興味深げに尋ねてきた「ねえ、、なあに?それ、カザフホニャララ?」
「パネトーネ種の酵母の一種ですよ」
「へぇ難しそう!」
「杉本はどうやら手の甲に書いた事は覚えられる様ですよ」
「えっ本当?もっとやってみようよ」
「江川さん俺で遊んでますよね?」
「せっかくやるんだから身になるものをやろう」
「パンの用語でもっと難しいやつ?」
そこに修造も口を挟んできた「手の甲も良いけどノートに書くのはどうなの」
「俺今までノートに何か書いた事ありません」
と言うか文字なんて自分の名前と住所ぐらいかなあ。ここに来るまではいかに勉強しないかとか学校サボる事に心血を注いできたからな。
「ねぇ杉本君、もっと難しいの書こうよ」
はしゃぐ江川の横で修造が「じゃあパネトーネ種の乳酸菌のラクトパチルス–サンフランシセンシス等!」
「ラクト?」杉本は修造の言う通り書いた。
—
その日の帰り道
杉本は手の甲の文字の話を風花にしてみせた。
「俺ちゃんと覚えてるよ。サッカロマイセスセレビシエにカザフタニア–エグジグアにラクトパチルス–サンフランシセンシス等、、」
風花はそれを聞いて驚いた。
「ひょっとしてちゃんと勉強したらいい線行くんじゃない?」
「えー、俺そんな事やった事ないから」
「本屋さんに行こうよ」
風花は杉本と東南駅横のショッピングモールの大きめの本屋に来た。
「製パンの本を買うのよ!」
「はいはい」
風花が選んだ本は製パンの試験の問題集だった。
「えー?これ?いきなり難しくない?」
「ちょっとずつ書いて覚えていってよね」
「はいはい」
あまりのり気ではなかったので杉本は適当に返事をして本を買った。
ーーー
帰って部屋のベッドの上に買った本をポンと置いてゴロンと横になった。
「あ〜疲れたな」
そう言ってウトウトしていると
「龍樹。ご飯だよ」
母親の恵美子が2階にある杉本の部屋を覗いた。
「あっ!」
わか息子とはいえ、、その息子の横に本が置いてある!
製パン技術士試験の問題集!?
「どっどどどどうしたのそれ!先輩にもらったの?」
「ああ、買ったんだよ。勉強する事になったらしくてさ、、」
「べっ勉強!」
そう聞いて恵美子は父親の茂の所に走って行った。「お父さ〜ん!」そしてしばらくして二人でドタドタと階段を駆け上がり「お前勉強するのか?」と両親が血相変えて入ってきてキラキラした目で杉本と製パンの問題集を交互に見た。
「ちょ、驚きすぎてこっちがびっくりだよ。まだなんもやってねぇって」
「お母さん、龍樹をパンロンドに行かせて良かったね」
「本当だわお父さん、いつの間にか髪型も服の趣味も変わってきて」
「親方や風花ちゃんのおかげだね」
涙を浮かべてこっちを見てるので「もう良いから出てってくれ!」と杉本はキレた。
何かあって気が変わっては大変なので二人はフフフと笑いながら足取りも軽く出て行った。
「ったく。大袈裟なんだよ」ベッドに横になり右足を左足の膝の上に乗せてブラブラさせていたが、ちょっと本を見てみた。
うわ
めっちゃ字が多いじゃん。
勉強?
俺の人生に勉強の二文字はねーんだよ。
めんどくせーな、、
文字を見ると物凄く眠くなってきてそのまま寝てしまった。
—
次の日
江川が嬉しそうに話しかけてきた。
「ねぇ、昨日の覚えてるんでしょう?」
「覚えてますよ。ラクトパチルス–サンフランシセンシス等でしょう?」
「えーと」江川の方がうろ覚えだったがそんな感じだった気がする。
「あってるよ、杉本はきっと書いて覚えるタイプなんだろう」
「見てもあんま覚えられないんですよ。そうなのかなあ」
「そんな特技があったなんて」
「伸ばさないと勿体ないね」
皆口々に言って杉本を取り囲んだ。
「また勉強とか言うんでしょう?めんどくさいですよ」
それを聞いた風花が店から杉本を睨んだ。
ちゃんとやりなさいよと言う意味だ。
「みんな聞いて〜」
奥さんが工場の全員に聞こえるように声を張り上げた。
「今度2泊3日で京都に社員旅行に行くのよ」
「へぇ〜!京都!僕初めて行きます」江川がはしゃいだ。
「修学旅行みたい」
「だな、俺も初めて行くよ」
「舞妓さんとかいるのかなあ」
「自分で着物を着て歩いたら?」
皆急にウキウキし出した。
帰り道、2人で歩きながら相談した。
「風花、一緒に行こうな京都」
「何言ってんの?みんなと行くのよ?京都初めてだわ、何着て行こうかなあ〜」と足取りも軽い。
「何着ても似合うって」
「自由時間とかあるのかな?」
「清水寺行こうよ」
などと話していたが、急に風花は思い出して「ね、勉強してる?」と聞いてきた。
ギクっ
「え?し、してるよ」
「え〜本当にぃ?」
「ほ、ほんとほんと」
そう言って誤魔化したがただの1行も読んでいない。
帰ってベッドの隅の模様と化した本の表紙をめくって見た。
製パン技術士試験問題集
目次の文字数もいかつい
うわ!無理無理
そう言ってまたベッドの隅に置いた。
ーーー
京都に向かう東海道・山陽新幹線のぞみの中で江川はがっくりくる修造を慰めていた。
「緑ちゃん、学校の遠足があって来ないんですね」
「そうなんだよ江川」
「なので奥さんも来れなくて残念でしたね」
「緑が行けないって言うからさあ。。あー一緒に歩きたかったなあ京都」
「僕達パン屋さん巡りしましょうよ。京都ってめちゃくちゃパン屋さんがあってどれにするか迷いますね」と言って江川は旅行雑誌のおまけの京都パン屋マップを開いた。
パン屋さんがずらりと並んでる通りもあるし、狭い地域の中に点々とある所もあるし。
「自由時間とかあるの?だとしても数時間だろ?2.3軒しか回れそうにないなあ」
2人は何処に行くか真剣に悩んだ。
「ドイツパンの店は?」
「こことここかな?あ、ここにもあります」
「一軒一軒距離があるからどのバスに乗るかよく見ておかないとな」
行きの車内のこんな計画もまた楽しい。
京都着
パンロンド一行は清水寺、銀閣寺、金閣寺を巡って王道の京都観光を楽しんだ。
二条城唐門到着
みんなして二の丸御殿の鶯張りの廊下を歩いたり優美な狩野派の障壁画を見たりした。
「欄間彫刻も見事だねえ」
「ですね」
「たまにはゆっくりと観光もいいもんですね」
「豪華絢爛だなあ」
そのあと
杉本と風花は日本庭園を見ながらみんなと少し遅れて歩いていた。
「この池鯉とかいるのかな」
「ほらあれ大きな鯉がいるわよ」
「本当だ」
杉本は歴史の古い池の端の岩を眺めながら言った。
「風花今日夜どっか行こうよ」
「どこに?晩御飯はみんなと一緒でしょ?」
「旅行の記念に指輪買いに行こうよ」
「え、いいわよそんな高そうなもの」
「じゃあ見に行くだけ!お願い!」
「試験に合格したらね」
「し、試験?なんの事?」
「こないだ買った本の事」
「え?なんでそんな展開になるの」
「あの本って試験用の本だったじゃない」
「にしても急に」
「だって私、龍樹に立派なパン職人になって欲しいんだもの」
「立派じゃなくても良いじゃん」
そこに江川が走ってきた。
「ねぇ、これから近くのパン屋さんに行くって、はぐれるから早く来て」
3人は走ってみんなに追いついた。
「電動石臼で挽いた全粒粉を使ったパン屋さんに行くんだって」
「美味そう」
「その近所に歴史の古そうなパン屋さんがありますね」
「そこにも行ってみたい」
ーーー
電車の中で修造が江川と藤岡に言った。
「京都って色んな職業の職人がいて、それぞれ歴史ある仕事をしてる。その仕事の殆どが厳しい修行や時間に追われる仕事をしていて、その合間に手早く食事をするのにパンが最適なんだ、甘いものが欲しい、調理パンが欲しいなどの要望にも答えられるし、手軽に手に入る。それがパン屋さんが多い要因の一つなんだ」
「へぇー」
「みんなパンを愛してるんですね」
「だからパン屋が多いのか」
修造は自分で言って得心した。
そうか
職人が作り出す
京都の歴史、和の心
学ぶところが多いな
世界大会でのテーマでもある
「自国の文化」
きっと活かせる事が出来る。
あちこちよく見ておこう。
街を見渡したら
きっと見つかる。
何軒か廻って修造達はある一軒の歴史のありそうなパン屋さんに入った。
そこはおじいさんが1人でパンを焼いて販売している。
まるでおとぎ話に出てきそうなロマン溢れる店だ。
「こんにちは、おじいさんは1人で仕事してるの?大変じゃない?」江川がパンを買うときに店主に尋ねた。
「もうずっと若い頃から同じ事をしてるからこの歳になってもできるんです。急にやり出したら大変ですやろ。忘れてしまう事も増えてきますし」
「そうかぁ。そうですよね。僕もずっと自分の仕事を続けたいと思っています」
「そうですか、おきばりやす」
店主との会話はあっさりとしたものであった。
江川は店を出てからもう一度パン屋さんの中を覗いた。
優しい顔のおじいさん。
何年も前からずーっとパンを焼き続けてるんだ。僕が生まれる何十年も前から。
凄いなあ。
僕も同じ事が出来るかしら。
朝になってパンを作って焼いてまた明日の朝が来る。
それをずっと繰り返していく。
僕もそうなりたいな。
江川は以前パン催事であったあんぱん屋さんのおじさんの事を思い出していた。
毎日同じ事を何年も蹴り返すのって誰にでも出来そうで出来ない事なんだ。
長く続けた先にあるもの。
最後に自分の焼くパンを自分で見てみたい。
江川はじんわりと心に決心の様なものが固まっていった。
ーーー
みんなパン屋巡りをして店先で買ったパンを少しずつ分けて味見したので晩御飯の時には全員がお腹いっぱいだった。
「うーん苦しいもう寝る」
皆三々五々部屋に帰って寝た。
杉本と風花も其々割り当てられた部屋に戻った。
後編につづく
※スーパーカリフラジリステイックスエクスピアリドーシャス
映画メアリーポピンズの長い合言葉 ➀ Super (超越した)② Cali (美しい)③ Fragilistic (繊細な)④ Expiali (償う)⑤ Docious (洗練された)5つの単語が組み合わさって出来ているのですが、「素晴らしい、素敵な」の意味で使用されます。(元CAが教える~思わず使いたくなるワンフレーズ英会話レッスン~より引用)https://makupo.chiba.jp/article/article-4350-2/
※サッカロマイセスセレビシエ Saccharomyces cerevisiae
パン酵母の事 糖を代謝して美味しい香りのアルコール発酵を行う。
※カザフスタニアーエグジグアとラクトバチルスーサンフランシセンシス等
パネトーネ種は酵母(Kazachstania exigua カザフスタニアーエグジグア)と、数種の乳酸菌(Lactobacillus sanfranciscensis ラクトバチルスーサンフランシセンシス等)が仲良く共存し、それぞれの持つ特徴を、発酵熟成から焼成中に発揮し、パンなどの改良を行う世界的に珍しい酵母と乳酸菌類です。(株式会社パネックスより引用)http://www.panex.co.jp/panettone
会社によって扱う酵母の種類は違います。特許第4134284号、特許微生物受託番号FERM P-16896)などの特許がそれぞれあります。
※京都にパン屋が多い理由 クックドア https://www.cookdoor.jp/family-restaurant/dictionary/13665_resta_056/
パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキー
「修造さん」
選考会が終わった後、北麦パンの佐々木が声をかけてきた。
「俺、絶対勝ちたかったんですよ」
「すみません、、あの、店を休んで特訓してたって聞きました」
「そこまでやって勝てなかったなんて悔しいな。
佐々木はやや自嘲気味な言い方をした。
「こんな事俺が言うことじゃないけど是非次回頑張って下さい」
2
「本当だね、修造さんが言うことじゃないよ」
そう言って佐々木は笑って去って行った。
—
「修造さん荷物を運んで帰りましょう」
「うん、江川良かったな」
「はい、修造さんもおめでとうございます」
「ありがとうな江川。いつか感謝を形に変えるよ」
「感謝なんて、テヘ。僕が勝手にやった事ですから」
そう言いながら2人は会場の裏にある駐車場に荷物を運びパンロン
「控室に戻って大木シェフに挨拶して帰ろう」
「はい」
2人が駐車場から通用口に入り長い廊下を歩いている時、
その時江川と少し距離ができた。
スタッフに紛れてオレンジ色の大きなスーツケースを押した背の高
江川はそのトランクを見て、
男は立ち止まり「おめでとう、頑張ったね」と労をねぎらった。
江川が一瞬頭を下げて行きすぎようとした時、
「これ、お兄さんに渡しておいて」
江川は、
不機嫌に黙ったままメモを受け取りそのまま遠ざかった江川をしば
ーーー
江川は控え室に戻り、大木と話している修造にメモを渡した。
「通路を歩いてたら渡されました」
珍しくイライラしている江川に「どうしたんだ?疲れたのか?
「別に、何もありません」
「そうか」そう言ってメモに書かれた文字を見た。
人生は数奇なり
己の運命に流されても己は流されるなかれ
あ!この字!本に挟んであったメモと同じ文字だ!
「江川!この人どっちに行った?」
「さっきの駐車場の方に行きました。
修造の慌て様に驚いて江川が言った。
修造はもう一度長い廊下を走って通用口を出た。
駐車場は搬出のスタッフでごった返している。
「もう帰ったのかな」
仕方ない、
でも気になる
なんだ
流されても流されるな
って
どういう意味だ。
俺は順調だ。
愛する妻と可愛い子供
数奇な事なんて何もない
なんだ名乗りもせずに
速足で廊下を歩きながら
修造は頭の中で文句を言っていた。
—-
新名神高速道路に入った帰りの車の中
せっかく二人とも優勝したのに口数が少なかった。
しばらくすると江川は少し不機嫌が直ってきた。
「僕ホッとしました。これで二人で世界大会に出られるんですね。
「だな」
「僕、鷲羽君がトラブルがあって、
「あんな事になるとは思わなくて園部も気の毒だったな」
「コンテストが終わるまで何も知りませんでした。
「
「へぇ〜。鷲羽君って本当はいい人なのかな」
「口は悪いけど悪いやつじゃないよ」
「帰り際声をかけた時フランスに行くって張り切ってました。
「うん、
「はい」
辺りは段々暗くなり、名古屋を過ぎた辺りで修造が言い出した。
「なあ江川!俺、男の子が生まれるんだよ。
「えっ?」
急にガラリとソフトムードになった修造に江川は驚いた。
ウフフだって、、いつもシブイ感じなのに、、
勝負みたいな事が終わるとホッとして家族に会いたくなるんだろう
「楽しみですね!」
「そうなんだ!どこかに寄ってお土産を買って帰ろう」
「はい。僕もみんなにお土産買いたいです。駿河湾沼津 のサービ
「寄ってみる?夜でも売ってるのかな?」
「いっぱい買っちゃお!
「お前よく知ってんな、、」
—-
夜中、パンロンドに車を返してアパートに帰り着いた修造は、
リビングの明かりが少しだけ差し込む寝室の、緑の可愛い寝顔を見つめて目を細めうっとりしていると、
「お帰り修造。おめでとう」
「律子、ただいま。大変な時に家を開けてごめんね」
そう言って急いでパジャマに着替えて布団に入り愛妻の手をそ
「私絶対勝つってわかってわ」と手を握り返した。
「どう?」
「元気よ、すごく動いてる。ほら」
グニ
と手応えがあった気がする。
「あ!」
修造はそのまま律子の顔を見つめながら目を瞑り寝てしまった。
修造の顔を見ながら「おかえり」と呟き、高い鼻頭をツンツンと触った。
—-
次の朝早く自転車に乗ってパンロンドについた修造は工場に入った
「なんだろう?何かおかしい」
すでに来ていた親方と藤岡と杉本が修造を取り囲んで「
「ありがとうございます。あの、、店の色が変わってますよね?」
「そうなんだよ!こっち来て!」
親方は修造に店の中を見せた。
「あ!!!改装してる」
「凄いだろ?
「はい、修造さんに内緒で動いてたんです。内装は僕も勉強してあれこれ考えました」
「全然わからなかったな、、、」
「お前を驚かそうと思ってな!それにほら見て修造」
「ここにお前と江川のパンデコレを飾るんだ」
「えー!優勝しなかったらどうするつもりだったんですか?」
「どうもこうもねえよ。実際優勝したろうが」
と大声で笑い、
「ここはお前のドイツパンのスペースだ」
修造は親方の行動力にポカーンと口を開けながら感心していた。
「さ!もうすぐ新生パンロンドの開店だ!仕事に戻るぞ!」
「はい!」
その日は修造は親方と色々話し合ってドイツパンの種類を絞り込ん
商店街の人にも受け入れやすいドイツのパンか、、
パンロンドには自慢の山食『山の輝き』、『
修造はドイツで働いていたお店のヘフリンガーの人気のラインナッ
1番上の棚は※ロッゲンブロートとか※
2段目辺りはプレッツェルとカイ
3段目は※Schweineohr(豚の耳)やベルリナー、
その下は焼き菓子を置いて、
午前中店内に満タンに作ったパンも夕方にはすっかり売り切れてま
東南商店街の道ゆく人達はパンデコレをガラスの向こうからシゲシ
親方と奥さんは、シフト表をよくよく考えて書き、佐久山と梶沢、修造と江川、藤岡、
次の休みの日
修造は一人でホルツに来ていた。
オレンジ色のトランクの男が渡してきたものを大木に見せた。
「
「さあなあ」と言った後、
「修造、伝説の流れ職人って聞いたことあるか?」
「伝説の?いいえ」
「伝説のなんて大袈裟だし、少々盛ってると思うんだが」
「はい」
「昔山間部に住んでいて、造園を生業にしていた若者がいたんだ。
ある日軽井沢に呼ばれて、金持ちの別荘の庭の手入れをしていた。
「今窯から出たばかりだよ。
客に「美味いから食べてみなさい」
途端にルヴァンの風味と小麦の旨味が、
男には家庭があったんだが、突然パン職人になると言って、
「ええ?随分衝動的な人ですね」
「お前だって突然ドイツに行きたいって言ったんだろう?」
「え?それは、まあ、あの、はい」
大木は笑いながら「人の事は言えないなあ」と言った。
「どうしても行かなきゃならなかったんだろう」
「あの、、俺ずっと不思議だったんです。
「運命ってのは不思議なもんだよ」
「運命?あのメモにもそんな事が書かれていました」
大木は思い出していた。
俺が若い頃、あいつとNNホテルのパン部門で働いていた。
毎日が発見の連続で、
江川を見てるとあの頃の俺を思い出す。
最後の日に俺にこう言った「
その後俺と鳥井はドイツへ、佐久間はフランス。あいつは世界各地を回って何年も帰って来なかった。
おい!俺は約束を守ってるぞ。
急に、考え込んでいる修造に向かって大木が声を張った。
「これから色々大変だぞ!
「はい」
帰りの電車で結局大木にはぐらかされたんだと思った。
「そいつその後どうなったんだ、、」
でも今日少しだけ分かった。
またそのバゲットジャンキーの事を少しずつ聞き出して点と線を繋
修造は心の中で密かに決めていた。
パンロンドに戻り、仕込み中の親方に「
「ああ、そういえば昔そんな噂を聞いた事あるな、
「へぇ〜」
「会ったことあんのか?」
「多分」
「多分?」
「その人の作るバゲットが美味いんですか?」
「そうだな、
そうかオレンジ色の大きなトランクであちこち回ってるのか。
旅の楽しさと、行った先で出会った世界のパン職人。
勿論苦労もあると思うけどずっと続けてるのは
それでも構わない程
うわ、ちょっと憧れちゃうなあ。
「その人パンの世界に没頭したんですね」
「そうだな、
パンの製法も概念も時とともに変わりつつある。
修造はまた少し分かった気がした。
家に帰って本に挟んである2枚の紙を見た。
まるで俺が数奇で運命に流されるみたいじゃないか。
これが予言めいたものでないことを祈るよ。
いつかまたどこかで出会うだろう。
バゲットジャンキーに
おわり
ロッゲンブロート ライ麦90%以上配合されたパン
メアコンブロート ライ麦100%使用 ひまわりの種、オートミール、胡麻、亜麻の実などの穀物をまぶしたパン
ミッシュブロート 小麦粉とライ麦粉を同量配合したパン
ラントブロート ドイツの代表的な 食事パン ライ麦70%配合
Schweineohr(豚の耳) パルミエの事 ドイツでは豚は幸運のシンボル
パンの流れ職人とは 昭和の時代 戦後からバブル期に至るまで、パン屋の忙しさは熾烈を極めました。戦後甘いものに飢えた人たちがあんぱん、クリームパン、ジャムパン、デニッシュなどを買い求めていましたし、それがバブル前どんどん購買熱が加速していきました。流れ職人斡旋を生業としている人たちが、手の足りないパン屋さんに職人さんを紹介するのですが、短期の人も多く、しばらくするとまた次の職場へ行くパターンが多かったのです。
当時はスーパーもコンビニも無かったのでパン職人、特に父ちゃん母ちゃんの店は毎日が超多忙でした。バブル前、パン業界だけでは無かった事ですが、なるべく世界中の食べ物を紹介する業者や、時間短縮の為の食品を考え出す会社が増えて行きました。
バブル以降はリストラと言う言葉が横行して、その後皆さんもご存じの職業斡旋業がどんどん出てきて流れ職人もそれを斡旋する人も少なくなっていったのです。
このお話に出て来る背の高い男は、どちらかと言うとヘルプ的要素が強いですし、長くやっていくうちに先生として呼ばれて赴く感じです。世界中のパンが見てみたかったのでしょうね。
パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knitting
修造が各ブースを練り歩いていた時
職人選抜選考会2日目は高校生パンコンテストが開催中だった。
その会場の中には前日修造達選手が作った作品がディスプレイされ
江川はそれをひとつひとつ丹念に見ていって、そして最後に修造のディスプレイを見てしみじみと言った「うん、
その後ろでは高校生達が各ブースに分かれてパン作りをしていた。
江川はとてもレベルの高い高校生達のパン作りに驚いて大きな目を
「あの子達凄ーい」
すると「江川君」とお洒落な女性が声をかけてきた。
「ほんと田所さんも佐々木さんも技術が高いわね。江川君もお疲れ様だったわね」
「あっBBベーグルの田中さん、
「いえ、良いのよ。あの時は優勝して良かったわね」
「はい、おかげさまで」
「今日はうちのパン教室の生徒さんが出てるから応援に来たの」
店に料理番組にパン教室か、田中さんも手広いな。と思ったその時、
「またね」
通路を四つ辻ごとにキョロキョロ探していると鷲羽と園部が見えた
年の頃なら自分ぐらいだろうか。
知り合いかな?話しかけないのかな?
「ねぇ鷲羽君、園部君、修造さん見なかった?」
「ごめんね、見なかったよ」
「自分で探せよ!」
うわ!園部君に比べて鷲羽君の言い方腹立つな。
そう思ってそれ以上近寄らず角を曲がって立ち去った。
江川も色々見て回ったが、コンテストの会場は人でいっぱいだし、
寂しくなって会場の外のベンチに座り、パンフレットで場内の地図や参加店を見出した。
へぇ、去年来たのと同じ感じだけど、懐かしいな。
「おい、何を笑ってるんだ」
「あ、大木シェフ。休憩ですか?3日間大変ですね審査とか進行と
「そうだな、
「はい、
「今日の夕方は前日準備だな!鷲羽は手強いぞ、それに他の3人もな」
「残りの3人ってどんな人ですか?
「1人は福岡のSS料理学校のパンコースの沢田茉莉花、1人は関
「きっと技術が高いんでしょうね」
「そうだな、成績の良い若者ばかりだよ。江川、
「はい」
江川は言われた通りにホテルに戻りまた夕方駐車場に行き、
ブースの前の空間で
4人が輪になって立っていて江川を見ている。
「遅かったな」
「あ、ごめん鷲羽君」
大木がやって来た。
「では各自挨拶してから前日準備を始める様に」
皆に挨拶してから江川は思った。
あ、昼間鷲羽君を見てたのはこの人たちじゃ無いんだ。
「鷲羽君、
「知らなかったな」
「そうなの?わかった」
修造はすでに江川のブースで忘れ物がないか確認に来ていた。
「さ、始めて江川」
「はい。僕緊張して手が震えてきました」
「大丈夫だよ、リラックスして。計量は間違えない様に」
「はい」
選手の与えられたブースは4メートルに区切られていて、
先に始める生地の材料や必要なのものからブースの中に入れて、
明日は修造があれこれ手前から注意してくれたり必要なものは後ろから用意
種を作った後、ホッとして「修造さん、
次の日
若手コンテストも早朝から始まった。
皆、緊張の面持ちでスタートした。
鷲羽と江川は隣同士ではなく、間に沢田茉莉花がいたのでお互いの気
緊張してなにかの工程を飛ばさない様に気をつけてスケジュール通りに慎重に。
修造は江川の体調が心配だったが、もうこの場においては頑張って貰うしかない。
江川!お前は個性的な奴だ。その個性とセンスを最大限に生かしてはじけるんだ。
祈るような気持ちで江川の進行を見守りながら修造は横にいた大木に話しかけた。
「大木シェフ、
「江川がお前の助手も自分のコンテストも両方やると聞いて、
「はい、江川は頑張り屋さんだな」
「
「はい、ライバルって良いですね」
鷲羽はパンの専門学校に行ってた時、
コンテストに出た全員が粛々とパン作りを進行させていた。
江川の持ち物の中には修造に貰ったカミソリとホルダーがあった。
江川はそれをまるでお守りの様に思い、握りしめて手の震えを抑えるのに役に立った。
そのうち建物が開場になり、チラホラと人が増えて来た。
昼間になると結果発表迄に会場を回って資料集めをする人達で一杯
今日の夕方はとうとう審査の結果がわかる。
「流石に気になるな」修造も緊張してきた。
修造は、
「江川これ置いとくよ」「はい」
鷲羽のパンも揃ってきた。
いい出来だ。
鷲羽は勝利を意識しだした。
その時、テーブルがバターンと倒れた様な音がした。
「なんだ」
自分のブースの後で大きな音がしたので胸騒ぎがした鷲羽はすぐに
「あっ!園部どこ行くの!」
走り去る園部の背中を目で追ったがそれどころでは無い!
「うわーっ」鷲羽の叫び声が聞こえたので修造が駆けつけた。
鷲羽は膝をついて箱の中を見ながら「園部が」と修造に言った。
中を覗くとマクラメ編みが割れている。
修造は「諦めるな!まだ時間はある!修復するんだ」と言って走り出した。
園部に追いつかなければ。
修造は角を曲がって真っ直ぐ館内を走った。
「園部!待て!」
修造が追いかけて走っている頃、
園部
お前も俺を本当は嫌っていたのか。
あまり周りからよく思われてない俺に普通に接してくれてたのに。
俺は勝手に親友と思ってたのに。
ホルツの入社式で横にいた時からずっと一緒に行動していて、
「俺が人でなしだからか」
鷲羽の瞳から涙が滲んでいたが、
鷲羽の心は割れたパンのかけらの様に砕けそうだった。
修造は長いリーチで走る園部の背中に距離を詰めて行った。
しかし何かおかしい。
園部が見えてきた、その前に誰か走っている。
角を曲がって真っ直ぐ行くと出口だ!
「おや」
興善フーズにいた背の高い男は、走っている3人の男
ブースの中から見ていると先頭を走る男が近づいてきた
「うわ!」
先頭の男が台車に片足をぶつけて勢いよく転けた。
「あ、ごめんね」と言って素早く隠れて見ていると、
「修造さんこいつがテーブルを倒したのを見ました」
「なぜだ!何故やった?」
騒ぎを避け、修造と園部は一般の客から見えないパネルの後ろに男を連れて行っ
よく見ると園部と同じ年頃だ。その青年は修造の掴んだ腕を勢いよく振りほどいた。
「あいつが悪いんだ。専門学校にいた時、
「確かにあいつは無神経なところがある。
修造はその男の代わりに後ろのパネルを思い切り正拳突きをして「
そのあと2人は男を警備員のおじさんに引き渡した。
鷲羽の所に戻る道すがら園部は珍しく口を開いた「みんなは英明の事を悪く言うし、英明は口が悪いけど根性は腐っていない。あいつはいつも熱い奴です。それは俺が保証します」
「だな、園部。あいつは良い友達を持ったよ」
2人が立ち去ったあと、
「ねえ、
「え、これ
「これで大丈夫です。その代わりと言っちゃなんですが~、ねえ、シェフ。
「これが終わったらブラジルに行くから無理かなあ。
背の高い男はそう言いながら「え~」と追いかける興善フーズの営業と戻って行った。
その頃鷲羽は震える手で他の選手に随分遅れてパンデコレの仕上げ
一部修復は無理だったがなんとかつなぎ合わせ、大木が色々アドバイスしながら仕上げること
力なく他のパンの真ん中に置いてあと片付けをしていると、
「ごめん、俺が見てたのにこんな事になっちゃって」
「園部、疑ってごめん。
「園部はテーブルを倒した奴を捕まえようと走って行ったんだよ」
そう言われたが、本当に全然覚えていない。
江川の作品を見た。
案外カッコいい。
蜂の巣と菩提樹の花をモチーフにしたパンデコレ、夢に出て来た草原のサワードウ、親方の教えてくれた「ぶちかましスペシャル」とか言う編み込みパンなど工夫が凝らしてある。
「あいつの勝ちだな」そう思った。
全ての選手が自分のパン作りについて審査員のシェフに説明をしていったが、
さて、とうとう選抜選考会の優勝者が発表される場になった。3日
こういう時って本当に誰が選ばれるかわからない。
鷲羽は若手コンテストの選手の中に混じって立っていた。
大木がマイクを持って司会進行の元
各選手のパンが並べられている前に立った世界大会の出場者から発
憔悴してぼんやりと立って見ていると、修造の名前が呼ばれる。
修造は段の上に立ち、前回の優勝者からトロフィーを受け取った。
大勢の人が修造の写真を撮っていた。
その向こうにそれを見ている佐々木が自分と同じ様な表情で立って
俺分かりますよ。あなたの気持ち。
俺、絶対優勝するはずだったんですよ。
その次は高校生パン教室の優勝者が選ばられた。
その最中、若手コンテストの結果発表が始まる。
会場はザワザワしだした。
江川の名前が呼ばれて、
「おめでとう」
「ありがとうございます」
そんな事を言ってるんだろう。
次に鷲羽の名前が呼ばれた。
審査員特別賞
鷲羽はうやうやしく賞状と盾を受け取り頭を深々と下げた。
そして後ろに立って全員を見ていた。
少し涙が出てきた。
疲れてるだけだ。
鷲羽は少し離れたところに座り込んだ時、横に立った人影を見た。
「大木シェフ」
「俺、自分の性格が原因で色々とダメになってしまいました。
「おい、がっかりするな」
大木は座り込んだ鷲羽の二の腕を大きな手で掴んで起き上がらせた。
「お前はまだ若いんだ。一度負けたぐらいでなんだ。
「えっ」
「俺が目をかけてるのを忘れるな」
鷲羽はパンロンドの親方が言ったことを思い出した。
いつか大木シェフと気心が知れる様になるといいな。
今がその瞬間なんだろうか。
鷲羽の瞳から大粒の涙が溢れた。
「ありがとうございます」
「俺、フランスに行ってきます」
「そうだ!フランスの空気をたっぷり吸って来い!ルーアンに国立製菓製パン学校があって、講師の中にはM.O.F(フランス最優秀職人)のタイトルを持つ先生もいてるんだ。短期コースもあれば2年間学べるコースもある。佐久間に色々面倒見る様に頼んでやる。パスポートを用意しとけよ」
「はい」
鷲羽は天井の無数のライトを見上げて言った。
「下を向くのは俺らしくない」
おわり
broken knitting 壊れた編み目
INBP(Institut National de la Boulangerie pâtisserie)フランス国立製パン製菓学校
M.O.F(Meilleur Ouvrier de France)フランス最優秀職人
パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain View
※このお話はフイクションです。実在する人物、団体とは何ら関係ありません。
Mountain View
「修造、用意はできたの?」選考会の前々日親方が聞いて来た。
「はい、大体は。
「そうか、大荷物だな。
「はい、
「修造!」
「親方!」
2人は親指を上にして掌をガシッと合わせた。
なんだか少年漫画の様なシーンを見て江川の大きな瞳がウルウルし
「修造さん、江川さん、俺も応援してますね」藤岡も2人に握手を
「俺もっす!」杉本も勢いよく言ってきた。
「ありがとう」
修造の瞳にも水分が滲み出る。
「おい、江川」
「はい親方」
「皆、
「
「よし!」
親方は江川の二の腕を挟んでヒョイと持ち上げトン!
関西への車の中で
東名自動車道に入って車を走らせながら
「親方って僕のこと子供みたいに扱いますよね」とこぼした。
「可愛いって思ってるんだろ。親方なりの愛情表現だよ」
「そうなんですかねぇ?修造さん、2時間毎に交代だから休んでて
「はいよ」
大切なものを乗せてるのだから、
早朝6時から始まり、仕込み、一次発酵、分割、ベンチタイム、成形、二次
その後はパンデコレの組み立てだ。
落ち着いてやる、例えミスしてもそんな事ありませんと言う顔をするかも知れ
「とにかく修造さんの足を引っ張らない事だ」
そうこうしてるうちに江川は左の道に逸れて、車は山々に囲まれた東名高速道路 静岡県 EXPASA足柄に着いた。
「修造さん、休憩しましょう」
「んあ?よく寝たな」
「富士山だ」
「きれいだな」
名物の桜海老としらすの乗ったわっぱめしをフードコートに持って行って食べた後、富士ミルクランドのカップ入りのジェラートを買って外のベンチに座る。
2人にとって久しぶりにのんびりした瞬間だった。
天気はよく、駐車場と雑木林の向こうに富士山が綺麗に見える。
「僕、神奈川より西に来たの初めてです」
「江川、日本の山って言うとまず富士山を思い浮かべるだろ?」
「はい」
「
「えーすごいスケール。
「俺の実家はその外輪山のまた遥か遠くの山の上なんだ」
「へぇー」
「俺は大会が終わったらそこで俺のベッカライを作ろうと思う」
「えっ、じゃ僕もパンロンドを辞めてそこで働きますね」
「えっ?」
「えっ?」
この話はこの場では終わったが
修造は心の中で
そうか
と思っていた。
その時
遠くからおーいと声がする。
「鷲羽と園部の2人もここで休憩をしてたんだ」
2人は休憩が終わったのか車に乗り込もうとしてたところだった。
手を振っている2人はなんだか青春ぽくて楽しそうだった。
「あの2人は仲が良いんだな」
「園部君ってよく鷲羽君と一緒にいてますね。僕なら無理だな」
「相性ってものもあるんじゃない?
「それだと僕と修造さんもですよね」
「だな」
空は徐々にだが色が変わりはじめ、富士山を赤く染め始めた。
「さ、行こうか江川。俺が運転するよ」
「はい」
関西に夜着いた4人は会場から電車で2駅程行った安い中華屋で合
流行りの店らしく人でぎゅうぎゅうだった。
皆オススメの満腹セットを頼んで一息ついた。
好きなスープが選べるラーメンに半チャーハン、
「明日午前中材料の買い忘れがないかチェックして、
それを聞いて江川は思い出
「僕、パン王座の時の搬入で失敗してました。
「あの時は焦ったけど、
鷲羽はチャーハンをモグモグ食べながら自信満々で「
「何その自信!信じられない」
宿泊先は会場の近くのビジネスホテルで、
海は黒く湾岸を照らす灯りがどこまでも続いている。
次の日
修造達は会場に車を付けて荷物を運び込んだ。
自分達が使うブースを教えてもらい荷物を置いていると、
会を牛耳るメンバーは皆とてもキャリアの豊富な凄腕のシェフばか
大木の横には鳥井がいてその横の佐久間に小声で聞いた「なあ、
その時、関係者がゾロゾロそろって輪になってきたので大木が「
修造もそれに気がついて見返した。
他にもじっとこちらをみてる者が2人。
1人はブーランジェリー秋山の萱島大吾と言われて手を挙げた。
一方の江川の対戦相手はコンテストが明後日ということもあって鷲
今日与えられた準備の時間は1時間。
種の状態も良いので長時間発酵の生地を仕込み明日の朝に備える。
そのあと会場を練り歩いてあのブースは包材屋さん、
次の朝 修造は綺麗に髭を沿った。江川は髭の無い修造の顔を不思議そうに見ていた。
「とうとう当日になったね。
修造は幼い頃川で溺れていた所を師範に助けて貰って以来、
試合には何度も出て、途中からはよくトロフィーを手にした。
早朝6時
選考会が始まった。修造は空手の時の癖で心の中で「
集中力を身につけて、より精進する。これが今迄の、
どのみち隣のブースはよく見えないし、気にしても仕方ない。
粛々と素早く己れの最大の力を出す。
江川は修造が欲しいと思うものを用意して次の段階を準備していく
人々からは、静かに進行していくパン作りを見ているように感じるかも知れない。
だが実は工程が幾つも編み込まれていて網目のひとつも狂わせない
親方に教わったチームワークと優しさ、大木に教わったバゲット、
修造のパンデコレは編み込みの旋盤に花を施した紫が主
隣の北麦パンの佐々木は修造がパンデコレに取り掛かってから追い
パン王座選手権で負けて、
北の海の荒波に揉まれて大波が来た瞬間それを乗り越えようとする
波のしぶきを立体的に作るのに苦労したが、
ただただ一生懸命に。損得など考えず。わき目もふらず。
その隣のブーランジェリー秋山の萱島大吾は故郷の岡山県英田郡西
双方錐(そうほうすい)
一番左のブースのパン工房エクラの寺阪明穂は、女性らしい感性で雨の降る日
飾られた傘も可愛らしい。
この様に皆個性的で似たものはなく、それ故審査は難しかった。
修造が最後の仕上げをして、江川と2人で片付けに入った。
さて、時間になり選考会はタイムアップになった。
重なる工程を全て終えて、
鷲羽達は選考会の様子を逐一観察して写真を撮ったりメモしたりと
それを見ていない分不利になるが実際に現場での工程を体験した江
「江川ありがとうな、感謝してるよ。疲れたろ?今日はゆっくり休めよ」
「大丈夫ですよ修造さん、今日の結果発表って3日目にならないと
「さあどうかな」
「修造さん、あまり気にならないんですか?」
「そりゃ気になるよ。顔に出さないだけだよ」
夜、疲れ切って早々と寝た江川の横で修造は身重の律子に電話していた「今日精一杯やったよ。こんな時にごめんね家を空けて。
そしてその後、窓際に立ち、江川の寝顔を見ながら「
「いや、今は世界大会が先か」
次の日
大会の中日、修造は色んな企業のブースを訪れた。
「
多くの機械がその職種専用のもので、
規模の大小は違えどミキサー、パイローラー、オーブン、ホイロ、
それらが何十万から何百万とする。
修造は金の話は嫌いだが、
「あ、田所シェフ、昨日はお疲れ様でした。
「
「あ、どうも」
後藤は修造の背中を押すようにしてブースの中に入れ、
「へぇー」
「あらゆる事に対応して、
「どうも」
次に歩いていると今度はドゥコンの機械屋さんの営業マンと目があった。「こんにちはシェフ!」とすぐさま修造を中に引き入れた。
「今日は何をお探しですか?」「はい、
ドゥとは生地の事でそれをコンディショニングすると言う意味でド
「
また「へぇー」と言いながら最新のドウコンの中を隅々まで見た。
そして次にミキサーを見に行った。
色んな機械屋があり迷う。「とりあえず全部見ていくか」
歩いているとパンやケーキの本が売られている所に出くわす。
なんだか興味のありそうな本ばかりで目移りしているとその中に以前パンロンドに送り主不明で届いたバゲットの本と同じものがあっ
結局誰があの本を送ってきたのかは分からないけど勉強になったな
その本にはメモが挟んでありこう書かれていた。
『必ず一番良いポイントがやってくる。その時をじっと待つ事だ』
あの時のメモ、俺はずっと心掛けてパン作りをしている。
誰が送ってくれたんだろう。
「お、修造」
「あ、鳥井シェフどうも」
鳥井はパンパンに膨らんだ鞄の中を覗いて「随分回ったな」
「はい」
「まだ回ってないところはあるの?」
「そうですね、食材関係はこれからです」
「そうか、俺が知り合いを紹介してやるよ」
「去年もこうして一緒に来ましたね」
「そうだな、
何軒か回った後、鳥井は興善フーズのブースに入っていった。
あれ、あいついないのか
鳥井は誰かを探してる様だった。
「修造、ここは大手の小麦粉の卸なんかをやってるんだ。
「ありがとうございます」
「国産のライ麦について知りたいんですが」
「はい、有機栽培の道産のライ麦粉を扱っています。全粒粉、
修造のカバンはもっとパンパンになった。
つづく