パン職人の修造 江川と修造シリーズ
背の高い挑戦者 江川 Flapping to the future
はじめに
このお話はフイクションです。実在する人物、団体とはなんら関係ありません。
今日は修造の休みの日。
「ふぁーーーっ」
「律子と緑は友達の誕生日会に行ってるし、
修造はテレビをつけた。
バラエティ番組が流れている。
ママの作った料理はどれでしょう?おいおい、
俺だったらどうかなあ。
ひまだな~
そうだ、
そうしよう。
一方パンロンドでは社長の柚木(通称親方)にまたしてもNNテレ
「はい、あー四角さん。
電話の向こうで四角が答えた。
「パン屋さんにお邪魔して、パン職人さんが普段何をしてるのか撮影して視聴者の皆さんに知ってもらう
「撮影は
「次の水曜日です。放送はその次の日です」
「
「それで、
「なにそれ?」親方は四角の説明を聞いてニヤッとした。
「
修造は電車に乗って鳥井シェフの店ベッカライVogelnest
鳥井シェフの所に来るといつも美味しいドイツパンを御馳走してくれる。それが楽しみの一つでもあった。今日はミッシュブロートにBlauschimmelkäse(青かびチーズ)にイチジクとナッツがのったパンとチーズプレッツエルを出してもらった。どちらも修造の好物で美味すぎてもうここに住みたいぐらいだ。
「ご無沙汰してすみません」
「久しぶりだね修造。あれからどうしてるの?」
「はい、これからパンロンドの親方に恩返しした後、
「
鳥井に大きなパン関連の展示会に連れて行ってもらう事になった。
修造は帰り道、パンロンドの柚木に電話した。
「もしもし親方ですか?
「おっ!修造丁度良かった!
「えっ⁉︎」
「
「あの〜
「十時からって言ってたよ。
「わかりました」
そして水曜当日、修造は律子に「今日展示会に行ってくるよ」と言った。
「
「
東南駅から展示会場迄は電車で二十分だ。
修造と鳥井は展示会の入り口で待ち合わせていた。
「
「ここは業界一の展示会なんだよ。
「はい」
その会場は1日では回り切れないほどのパンやお菓子関連の機械屋
鳥井があの会社はこうでこの会社はこうでと色々説明してくれてい
その時
会場の1番奥ではコンテストが行われている最中だった。
パン職人選抜選考会と看板に大きく書いてあり、かなり大きなコンテストの様だ。
「あれは?」
「今は二十五歳以上のシェフが世界大会に出る為の選考
見ると、四メートル毎に四つに仕切られたブースの中にはパン作りに必要なミキサー、オーブン、ドウコン、パイローラーなどの機械がそれぞれ備えつけてあり、その中では選手と助手の二人が力を合わせて作品を作っている。更にその横では同じように四人の若い職人がブース毎に分かれてコンテストに挑戦していた。
鳥井は続けた。「そして二つの優勝者同士が一緒に世界大会に出るんだ。
修造が興味ありげにしているのを鳥井は見ていた。
「ここに並んでるのは優秀な選手達の作った作品だよ。芸術的で立体的だろ?」
そこには見たことも無いような勢いのある彫刻の様なパン生地でできた作品が並べられていた。
選手達の作った作品を見るために沢山の人達が十重二十重に取り囲んでいる。
「凄いな。パンで出来てるとは思えない」
そこへコックコートを着た大柄な男が近づいて来た。
鳥井がそれに気がつき「修造こっちへ来いよ」と呼んで、大木というコンテストの重鎮を紹介してくれた。
「ベッカライホルツのオーナーの大木シェフがこの大会を取り仕切ってるんだよ。
「
「よう!テレビで見てたよ」
修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。
凄い、こんな高い技術のパン職人が集まってるんだ!
パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。
目をキラキラさせて見ている修造の肩を大木が大きな手で掴んで言
「おい!1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!
「はい」
俺もこの大会に!
「まずは1次審査に通ることだ!」
「あの〜
「勿論だよ」
修造は実演している選手の前に行って前のめりに見ていた。
それを後ろで見ていた鳥井と大木にそのまた後ろから声をかけてきたニ
二人共コックコートを着ている。どうやら大会の関係者の様だ。
一人はパン王座決定戦に出ていた佐久間シェフで、
「頼んだぞ大木、鳥井もここまで連れてきて貰ってすまん」」
背の高い男は大木達に声をかけた。
四人は心安い関係らしい。
「なんだよ、自分がコーチをしてやったらいいじゃないか」
「俺は他の子のコーチだからね」
そして修造を遠くから見ながら「俺は手抜きはしない。」
修造は一通り選手の作品を見た後会場を出た。
駅まで歩きながら「大木シェフって親切な方ですね」
「
「はい。俺頑張ります」
「はい!みんな~!これ着て!」
その頃パンロンドでは、
いつもTシャツの親方は着るのは嫌だと抵抗したが奥さんには逆らえない。
「
「
「そうだな」
「
「
杉本がワクワクして「テレビってどんなのかなあ〜」
江川は「僕緊張するなあ。修造さんまだ帰ってこないの?」
「ウフフ、大丈夫ですよ江川さん、リラックスしていきましょう」と藤岡が2人を見てニコニコしている。
そのうちにアシスタントディレクターが一人でやってきた。
「こんにちは、今日お世話になります。
親方は台本を開いて「なになに、、パン職人の一日。おいみんな!
「何するんですか?」
えーと、、と全員が台本に食いついていた。
そして「あ、
「ウフフ、楽しみですねこれ!」
「修造さん早く帰ってこないかなあ」
修造はわざとノロノロ帰っていた。
「もうそろそろ撮影終わったかなあ。
その頃。パンロンドにやっとテレビ局の四角ディレクターとさっきのAD、
江川が「あ!マウンテン山田さん!」と叫んだ。
「その節はどうも~今日はよろしくお願いします」
マウンテンはNNテレビのパン王座決定戦の時に審査員席に座っていたお笑い芸人だ。
「いや〜柚木社長!遅くなってすみません」
「早速撮影を始めたいと思います。
そしてみんなが緊張の面持ちの中、アシスタントディレクターが小型のマイクを付けていった。小さなマイクの先をコックコートの襟につけていく、そこから線を後ろに回してその先の本体は後ろからベルトに取り付けられた。
「タレントみたい」と杉本がワクワクして言った。
親方とマウンテンが二人でパン工房の入り口に立ち、カメラの方を向いた。ディレクターが無言で指を三、ニ、
「こんにちはー!マウンテン山田の1日何やってんの?
「よろしくお願いします」
「早速ですが、パン屋さんって早起きのイメージがありますが、
「そうですね、朝は交代制で四時から始めています。
「どんな事をするんですか?」
「奥では仕込み、そして真ん中の大きなテーブルで分割成形、
「
「ボクは昔から力持ちな事と、
急にマウンテンがカメラに向かって「親方は力持ちでショー!」
後で編集して、
「さあ!では親方にはこの粉袋を持ち上げて頂きましょう!」
「まずは右に二十五キロ、そしてもう片方の肩にも二十五キロ」
重っ!
「すごーい親方!ひょっとしてもう一袋ずつ行けそうですね!」
「
もう一袋を右に!
「では左も乗せましょう!」
「う、
「うわー!凄い!親方!まだいけますね!」
「
「パン屋さんってこんなに力持ちなんですかあ?」
やっと粉袋を下ろして貰って「はぁ〜っ」
「気にしないで撮影を続けて下さい」と地面すれすれで四つん這いのまま言った。
「さあ!次は?」マウンテンはカンペを見た。
「ふんふん!はい!
杉本がカッコつけてスケッパーで生地を分割している。
「普段と違いすぎるだろ」と言いながら藤岡が丸めて箱の中に並べていく。
「
「はいできますよ」
「凄い!
「さすが!
「はい!」
「大きさがバラバラだよ」
「ウワオ!」杉本が叫んだ。
「大丈夫です。気にしないで撮影を続けて下さい」
「良かった。
マウンテンは「さあ次は?」とカンペを見た。
「
マウンテンはADがスケッチブックに書いて見せたカンペを見ながら
「Roggenロッゲンと
「ラ、ライ麦」
「さすが!正解です」
そしてゆるい問題が出る様に祈った。
「では次の問題は、小麦の粒の問題ですね!
「はい」
「
「
「
江川は緊張で頭がクラクラしてきた。修造に早く帰って来て欲しい。
「パン生地をこねる事をニーディングと言いますが、
「え?えーとえーと」ピーリングでもカーリングでもない、、
よく聞く言葉なので解っているのに、いざ答えるとなると江川は頭が真っ白になってしまった。
えーとえーと?江川は目を白黒させた。「アーリング、イーリング、ウーリング、、」アから順に思い出そうとしていた。
そこにやっと修造が帰ってきた。
店の奥のシューケースの陰で親方が寝転んでいる。
「おう、、修造おかえり、、」親方は力を使い果たして立てなくなっていた。
「もう一度聞きますよ〜あと一問ですよ~」と時間がかかったので撮り直すためにもう一度マウンテンが江川に問題を出した。
江川は急に元気になり答えた。
「ビーディング!」
「さすが〜
「さあ、それではこちらの職人さんに目隠しをして頂きましょう」
「エッ?!」
修造はADに腕を掴まれて「こちらです」
「
「さあ、それではこちらのクリームシチュー五皿の中から愛する奥様の手料理を当てて頂きます!」
マウンテンがクリームシチューの作り手を紹介した「一つは奥様の手料理です。そして名店【グリル篠沢】。
「えっ!律子の料理が?もし外したら俺家に帰れないじゃないか」
修造はぞっとした。それに万が一間違えて律子を泣かせる訳にいかない。
味覚に嗅覚、そして聴覚まで。
しかし決意に反してなかなか難しいものだった。
「修造さん、アーンして下さい」
修造は心の中で真剣に味見した。それはこんな具合だった。
うーん、これが手作りな訳ないよな、レトルト特有の閉じ込められた味がする。これは違うな。
二番目は美味すぎる。プロの味だな。全ての具材が理想的な調和を生み出している。律子には悪いけどここまでの味は中々難しいだろう。
三番目はうー
四番目はあれ?
「全部食べ終わりましたね!どうですか?田所シェフ!
「あの、、三番目と四番目をもう
「おっ!
「知ってますよ」
律子はいつの間にかそっと修造の後ろに来ていた。両手を合わせて祈っていた。
修造、
それでこそ修造よ。
それにしてもADさんの作ったのってそんなに私のと味が似てる
いつも私が愛情込めて作ってるのにわからないものなのかしら?
外したらもうあなたの帰る家は無いからね。
律子はそんな風に思っていた。
修造はシチューを二種に絞り込んでもう一度味見した。
「
俺が律子の事をわからないとでも思ってるのか?
そうなんだ!わかったよ。フライパンの味だ。
焼き目だよ!
「答えは3番だー!」
「正解です!田所シェフ!」マウンテンが叫んだ。
振り向くと律子がウルウルして抱きついて来た。
「修造ありがとう」
「律子俺やったよ」
抱き合う二人を見て「バ、、」
馬鹿夫婦と言うとまた意味合いが違ってくる。
「いや~どうでしょうねベタベタして。これはほんまにごちそう様ですね、ウマウマウンテンですね~」と締めくくった。
これで全ての収録が終わった。
四角が「親方今日はご協力ありがとうございました。今から帰って編集します。明日の夕方のニュースを楽しみにしてて下さいね」
やっと復活した親方が言った。「はい、またね。ありがとう」
テレビ局の人達とと律子が帰って、明日の仕込みを始めた時、
「江川」
「はいなんですか?」
「世界大会に出よう。」
江川は世界大会と聞いて驚いた。
空手の世界大会?そして漫画に出てくる様な大きくていかつい空手家に自分がぺちゃんこにやられているところを想像した。
「せ、世界大会ですか?」足が震えた。
「な、何言ってるんですか?」ちょっと涙がでてきた。
「二年後に。」
「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。
「修造さんとぺ、、ペアで?」修造の後ろに隠れていたらひょっとしたら逃げ切れるかも知れないが捕まったら終わりだ。。。と想像して膝がガクガクする。
修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、
「僕、今から空手を習うんですか?ぼ、僕まだ死にたくないです。」
「何言ってるんだ、パンのだよ!」
「えっ!?パ、パンの?
藤岡はこのやりとりを聞きながら、
「江川さん、頑張って下さいね。」
「うん空手じゃなくて良かったよ。僕頑張るね。」江川から安堵の笑顔がこぼれた。
おわり
—