パン職人の修造 江川と修造シリーズ dough is alive
フランスから帰ってきて何日か経った。
パンロンドの奥さんは手回しよく『世界大会優勝!田所修造・江川卓也』ののぼりを店先に付けていた。
修造と江川はパンロンドの出窓のところに世界大会で作ったパンデ
「やっぱこの選考会の時のパンデコレは退けるよ。
「ですね、崩れてきそう、
そんな会話を横で聞きながら、新入社員の花嶋由梨は2人のお手伝
「ねぇ由梨ちゃん、ここに冷却スプレーをかけてよ」
江川は溶かした水飴を接着面に付けながら指差した。
「はい」
由梨は藤岡を追いかけてパンロンドに来た。
動機は不純だが、
とそこへ
「あのさ、修造く〜ん」
さっきまで電話していた親方が話しかけてきた。
「なんですか親方」
修造は嫌な予感がした。
「NNテレビのディレクターの四角志蔵さんから電話があって、
「えー俺テレビとか苦手なんで」
「よしっ!じゃあ決まりだな」と言って親方がまた電話し始めた。
「江川、お前だけ出たら?」
「えー?助手の僕だけ出るなんて変じゃないですかぁ。
「じゃあ修造!次の火曜日にNNテレビに江川と2人で行ってくれ
「はいわかりましたぁ」
「あの、、」
江川の元気な声に修造の声はかき消される。
「江川さん凄ーいテレビに出るんですね!家族と一緒に見ますね」
「うん花嶋さん。
「はい、しばらくはバタバタしますが、
ーーーー
次の火曜日
2人はNNテレビに来た。
「久しぶりに来ましたね修造さん」
「えー?うーん」
なんとも気のない返事をして、待っていた四角のところに行く。
「どうも、これ、言われてたパンです」
「ありがとうございます。シェフ、お疲れ様でした。
2人は6畳の部屋に通された。
台本を渡されてしばらくそれを見ていたが「
「そう言うものじゃないですか?」
「そうかなあ」
自分で話すのも億劫なのにさらに覚えるなんてできるのか、、?
こんなもの無視して答えてやろう。
そこに女優の桐谷美月が挨拶に来た。
「わあ!桐谷さんだあ。ご無沙汰してまーす」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
修造も起き上がり「どうも」と言う。
それをじっと見つめていた桐谷は「シェフ、
「ではまた後で」
立ち去った桐谷を見送った江川は「
「うわー!それだけはやめてくれ」修造はズザーっ!
「じゃあ収録で本気出して下さいね、笑顔を忘れないでくださいよぅ」
「はいはいわかりました」
修造はそのまま顔を伏せて言った。
ーーーー
修造と江川はユニフォームに着替え、
美月は優雅な感じで椅子に座ってディレクターの話を聞いていたが
ウフフ
修造シェフ
やっぱり素敵
世界一の男だわ
修造達はマイクをつけて言われたところに座った。
収録が始まり、司会のアナウンサー埴原亮介(
「こんばんは、司会の埴原亮介です。そして女優の桐谷美月さん、パン好き代表の小手川パン粉さん、アクション俳優のジェイソン牧さんです」
「さて、
小手川が「知ってますぅ〜フランスで開催されたんですよね、各国の強豪達がパンでしのぎを削るんです」
すると埴原が「そう、
テレビではそこで世界大会の場面が流れ、
見ている方は「へぇー!パンの世界大会ってのがあるんだねぇ」
「田所シェフ、助手の江川さん、優勝おめでとうございます」
「どうも」
「
「
「そうなんですね、
「はい、
「田所シェフは大会に向けてさぞ努力をされたんでしょうね」
「入社当時は右も左もわからなかったんですが、
「それだけ打ち込んだから今のシェフがあるんですね」
「俺、すぐ意地になっちゃうんです」
「
次に小手川が江川に聞いた。
「江川さんはどうしてこの業界に入ったんですかあ?」
「僕は修造さんを雑誌で見て、なんだか前から知ってる気がして、
そのあと江川は修造のやった段ボールを使って3種類の温度帯を見
「段ボールを何も知らされずに3分で仕分けるんですね?
「はい焦りましたぁ〜。
皆アハハと笑って盛り上がった所で試食タイムに入る。
「これは?なんてキラキラしたパンなんでしょう」
「
「まあ、このパンだけでもそんなに手数が多いんですね。8時間で
「さて、では3人に食べて貰いましょう」
「見た事ないわあ。色味が綺麗ですね」
「菊のイメージが強く出ていますね、シェフ」
「はい、
「テクニックなんですね」
「パリパリだぁ〜」
「チェリーの風味がしますね。初めて食べたなあ。美味しいです」
「ありがとうございます」
「それともう一種類パンを作ってきて下さいました」
「シェフ、
「これってヴェックマンですよね?ドイツ近辺で作られてる冬のパ
「こちらは自分がドイツにいた時の店で11月頃になると並ぶパ
「どこから食べたら良いか迷いますね」桐谷が困った様に言った。
「人の形だから確かにそうですね、
みんな急に現れた人型のパンに盛り上がった。
試食中に埴原が質問した。
「シェフの世界大会での思いと、
「
「僕実家からパンロンドに来て良かったです。
「お二人は肝胆相照らす仲なんですね」
埴原も桐谷も目から涙が溢れた。
「このお二人なら最後まで極めて行って下さると思います」
「さて、シェフは何か得意な事がありますか?」
「
「そうなんですね、
「えっ?」
「シェフとジェイソンさんこちらへ」
ジェイソン牧が立ち上がって真ん中に立った。
ーーーー
その頃パンロンドでは
由梨は藤岡にパンの作り方について説明して貰っていた。
「パンは粉、水、塩、イーストが有ればできる」
「はい」由梨はメモしながら聞いていた。
「見てて」
藤岡はミキサーのボールに※小麦粉と水とモルトを入れた「
低速でミキサーを5分ほど回して止める。
「こうすると水と小麦粉の中のタンパク質が結びついて※
「グルテン、、」
「そう、
「はい」
「今由梨が見てるのはautolyse自己融解って言うんだよ。
「オートリーズ、、」
「オートリーズは小麦の持つ自分の酵素で糖を分解させて、
「粉と水が出逢ったら(混ぜたら)グルテンができる」
「そう」
「不思議ですね、私、今までそんな事考えた事も無かったです。
「俺なんて子供の頃うどんは『うどん粉』ってのがあって、
「ウフフ」
もしハッピーに音がするとしたらそれはどんな音だろう。
20分ほど経って藤岡が生地の状態を見せた。
「ほら、生地が緩んだ感じになってるだろ?」
「はい、本当だ」
藤岡は「塩とイーストも忘れずに」
ーーーー
一方NNテレビのスタジオでは
修造とジェイソン牧が並んで立っていた。
修造はユニフォームを脱いだ。
筋を伸ばし、
それにしてもでかいな。体格もいい。流石アクション俳優。
すると2人の前に木の板を乗せた台が運ばれて来た。
「板割りか、、」
道着の人たちが来て、板を持って立った。
それでは順に割って頂きましょう!1枚目!
ジェイソンは突きでパン!といい音をさせて板を割った。
え?何今の視線。。と思いながら修造も板を割った。
何のことはない、修造もチラッとジェイソンを見た。なんだよ?
次に2人の空手着の男の人達がそれぞれ1枚ずつの板を持って立っ
「さあ連続割、今度は2枚の板を割って頂きましょう、
ジェイソンが腕と足で軽く割った。
なんだ?できるのか?って感じか?
訳もないぞ!
修造も正拳突きをして、回し蹴りで板を割る。
「修造シェフ!カッコいいですね、どうですか?まだ出来ますか?
3人の道着の男が少し離れた位置で一枚ずつ持って立った。
修造も負けていられない!
拍手喝采である。横に立って2人ともお互いをバチバチに見ている
「いやお二人共カッコいいですね、まだまだいけそうなので今度は
江川はそばに置かれていた水を飲んで、
もうすっかり飽きて、
「もう帰りましょうよ」
江川が小声で呟いた。
ーーーー
一方パンロンドでは由梨の幸せな時間はまだ続いていた。
「パン作りに大切なのは時間と温度なんだ」
「はい」
「さっきみたいに温度に気をつけて、
捏ね上がった生地をケースに入れて、蓋をした。
「乾燥しない様に気をつけて」
由梨は注意深く作業を見ていた。
わざわざ教えてくれてるんだから忘れないようにしなくちゃ。
「
「はい」
おいおいとは順を追って次々に
まだまだこの先があるんだわ。
なんだか毎回宝箱を開ける様な期待が由梨の中に煌めきだした。
ーーーー
収録後
修造はクタクタになって楽屋へ戻って行った。
「江川さん」
「あ!桐谷さん」
「お疲れ様。とても良い収録だったわね。私感動しちゃったわ」
「僕もです」
「ねぇ、今度何かあったら連絡くれない?」
桐谷は自分の連絡先を書いたメモを江川に渡した。
何かとは修造の収録が再びあった時とか?
「あ!そうだ!
「わかったわ。間近になったら教えてね」
「はい。新人の由梨ちゃんも入ってきたし、
「そうなの。楽しみにしてるわね」
「はい!」
「江川さーん」
次に食パンマンじゃなかった。。小手川パン粉が声をかけて来た。
「ねぇ、可愛いねその食パン。僕も被ってみていい?」
「勿論ですぅ〜」小手川は手に持っていた食パンの被り物を渡した」
「ねぇ、どう?似合う?どこで買えるの?これ。ぼくも欲しいなぁ」
「あ!ひとつあげましょうか?それ、私が作ったんですよ。家にまだあるんです」
「本当?嬉しい。ねぇパン粉ちゃんってパン屋さんをいっぱい巡ってるんでしょう?またうちにも来てよね」
「パンロンドなら何回も行ってますぅ〜記事を書いた事もあるんですよ」
「えっそうなの?また見てみるね。そうだ!今度修造さんがお店を開いたら来てよね。招待するね」
「えー!嬉しい。絶対声をかけて下さいね」
「うん」
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後日
修造は生地をどんどん練って藤岡と杉本にどんどん分割して布をか
「ねえ、まだあるんですかあ?疲れるなあ」
「杉本、今日は早さに慣れて貰う練習をしてるから。
勿論細かい計算済みで、表を見ながら綿密に仕込んでいく。
「あのな、杉本。今度から2人だけでやらなきゃいけない日
「ヒェ〜」
お店の方にいて、
由梨はその様子を見て、
「あのー、風花さん。。
「えっ?」
「藤岡さんね、攫(さら)われそうになった事もあったのよ」
「
「そう、配達先の人に気に入られてね。
「
由梨はチラッと藤岡を見た。ブリーツェンの成形をしている。
ーーーー
仕事終わり。
風花と杉本は一緒に帰っていた。
「ねぇ、藤岡さんって引っ越したんでしょう?奥さんに聞いたら1
「そうなの?知らなかった」
「
「
「
「
「あっ!あれ見て!」急に風花は小声で杉本に言った。
「ねえ、ついて行きましょうよ」
「え?なんで探偵ごっこ?」
「
「
2人は角を曲がって3丁目の方へ行く藤岡にこっそりついて行った
5回程角を曲がった時「あっ」
「タ、タワマン」杉本も口をあんぐり開けて上を向き、
「どの階なのかしら?」
「わかんない」
マンションの名前は東南エクスペリエンスグランデ「
次の日
杉本は一緒に組んで仕事してる藤岡の顔をじーっと見た。
「
「藤岡さんってお金持ちなんですね。
「え!なんで知ってんの?」
「
「歩いてた、、
「
「なんで」
「風花も一緒だったしぃ。
「やっぱり攫われそうになったから警戒してるのね。
「はい、大変そうです」
夕方
早番だった職人達が帰った後、
「あの」
工場の奥の機械を拭きながら由梨は藤岡に話しかけた。「何?
「
藤岡が由梨に出会ったのは由梨の実家の着物屋花装の近くのパン屋
「由梨、俺は誰かの答えて欲しいように答えたり、
「え?」どう言う意味なのかしら。由梨は注意深く聞いていた。
その時親方が振り向いて「もう時間だから片付けて帰りなよ」
「わかりました親方」
藤岡はしばらく考えて「ま、後で移動して話そうか」と言った。
その後
2人は駅前のオムライスの美味しい店に来ていた。
茶色が基調の店内のテーブルには赤と白のチェックのテーブルクロスが敷かれていて、小瓶に花が一輪さしてある。
シンプルでタマゴはパリッとしたタイプで、赤いソースのかかったオムライスの端をスプーンで掬いながら藤岡が言った。
「美味いんだよここのオムライス」
「本当、美味しいです」
バターの香りが一口毎にふわっと立ち込める。
途中まで食べかけて、藤岡は話しだした。
「今こう言うべきだという場面で理想の答えを言っちまうんだ。
急に始まったさっきの話の続きを聞きながら、
「高校を出てすぐ調理師学校に入ったんだ。
「はい」
と言いながらその先輩が女性なのかどうか気になる。
「優しくてしっかり者でね、なんでも教えて貰っていて、
由梨は目を見てうんうんとうなづいた。
「
「大変だったんですね。頼れるのはその先輩だけだったんですか?
「そう」
藤岡は言葉を詰まらせた。
「そうなんだ、お互いに力を合わせて必死で、
『藤岡君、私転職するの。
そう言われて
その場で怒ってもよかった。
俺はどうなるんですか
あなたがいないなんて
相談も無しに勝手に他所に行くんですか。
そう言えば良かった。
でも俺の口から出たのは
元気で
頑張って下さい
活躍を祈っています。
そんなどうでもいい
当たり障りのない言葉だった
あの人は俺に
ごめんね
と言っていた。
心の疲れたあの人に
行かないで下さい
と言えば良かったのかどうか
「
自虐的に笑う藤岡の話をただ黙って聞くことしかできない。
「俺、初めて人に言ったよこの事を。
藤岡さんも初めて会った時私の話を聞いてくれた。
「あの時俺が言ったんだったね。話せば楽になれるんじゃない?
時間がゆっくり溶かしてくれる事もある。
こういうのを自己融解って言うのかな。
そう思いながら残りのオムライスを黙って食べた。
「ほら、由梨」藤岡はほっぺをトントンと指さした。
由梨はほっぺに少しトマトソースがついていた。
「あ」
顔を赤らめて由梨はソースを拭き取ったのを見て藤岡はニッコリ笑
食後コーヒーを飲みながら、黙っていた由梨が「あの、
「あの時」
「はい」
俺はちゃんと気がついている。
何故由梨が追いかけて来たのかを。
ただこういうのって人の言って欲しい事を言うわけにいかない場合
藤岡はマンションに帰って薄暗い部屋で1人考えていた。
まだ消化しきれてないんだ。
ずっと胃もたれを起こしてて
俺にはもう少し時間が必要なんだ。
ーーーー
次の日の夕方頃
お店はいつも以上に大忙しだった。
修造達は特訓の為に大量にパンを作ったがそれももう無くなりそう
由梨は江川にあまり生地で丸めの説明をして貰っていた。「ほら、
それを聞いていた藤岡が「幼稚園児か」と突っ込んでいた。
「だってわかりやすいと思って」
「そうだ由梨ちゃん、昨日僕達の映ってたテレビ見た?9時からやってたでしょ?」
「はい、見ました。途中すごく感動する所がありましたね。
「あの後ね、空手の板割りってのがあったんだけどね、
「それで最後の方ユニフォームも脱いでたんですね」
「そうそう、ウフフ」
それを遠くで聞きながら修造は「
「見たかったですよ。修造さんの蹴りや突きを」
「はーい」
去年は親方と2人でつくったヘクセンハウスだったが、
パンロンドでの楽しいひと時も後わずか。
おわり
※オートリーズの時にイーストと塩を入れる店もあれば、塩は後で入れる(後塩法)店もある。
※グルテン パンに粘り気と弾力を与える。アミノ酸からなるタンパク質。
※ Brezelnブリーツェン=プレッツェルの事。
※ヴェックマン Weckmann 地域によって呼び方も形も様々。11月中旬からクリスマスまで見かける。
桐谷美月との出会いはこちら 進め!パン王座決定戦!
https://note.com/gloire/n/n394ace24aa33
江川君のはじめての面接はこちら 初めての面接
https://note.com/gloire/n/n313e7bee5f33?magazine_key=m0eff88870636
由梨と藤岡の出会いはこちら Emergence of butterfly
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