2024年11月15日(金)

クリスマスシュトレン

 

今年もグロワールのシュトレンできました。

りんごのシュトレン

陸前高田の紅玉を洋酒に漬け込んでいます。

りんご、レーズン、ユズ、オレンジ、レモン、スパイスを北海道産小麦、パン酵母と合わせています。

とてもソフトで優しい味わいです。

12月4日〜17日まで

阪神百貨店一階にてシュトレンイベントで販売予定です。どうぞよろしくお願いします。


2024年08月20日(火)

お昼のパートさん募集

 

お昼一緒に働いて下さる方を募集しています。

11時から15時まで 製造補助、清掃など軽作業

主婦パートさん大歓迎

詳細は下記URLをご覧下さい。

エアワーク↓

https://6vrqgjr1.jbplt.jp/recruit/40930726

 

よろしくお願いします。


2024年08月20日(火)

フリーダイヤル廃止のお知らせ

いつもグロワールをご利用頂きまして誠に有難うございます。

今までフリーダイヤル0120から始まる番号をお使い頂いていましたが、電話機交換のタイミングでフリーダイヤルを廃止させて頂き、今までの0669517314のみにさせて頂きます。

これまでフリーダイヤルをお使い頂いてたお客様には誠にご不便とご面倒をおかけする事をお詫び致します。

今後ともよろしくお願い申し上げます。


2024年07月24日(水)

早朝パートさんを募集しています。

早朝パートさんを募集しています。

詳しくはエアワークパン屋のグロワールで検索 ↓

https://6vrqgjr1.jbplt.jp/recruit/40700407

にて決まり次第終了です。

よろしくお願いします。

8月の6日から9日まで休ませて頂きます。


2024年05月06日(月)

パンの小説の一覧を更新しました

 

 

パンの小説の一覧を作りました。

 

ブログの表示が5つのお話までしか掲示されないので一覧をこちらに作っています。

よろしければ下にある一覧から好きな話を探して見てくださいね。

このお話はフイクションです。

江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。
引きこもりで不登校だった江川は修造の弟子っこになり、やがて世界大会の助手を経てナイスなパン職人になっていきます。

イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。
どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。

note始めました。3部の途中の江川君がパンロンドに面接に来た所から始まります。少しずつ読みたい方はこちら

パン職人の修造 noteマガジン1話〜 江川と修造シリーズ 

https://note.com/gloire/m/m0eff88870636

パン職人の修造 noteマガジン56話〜 江川と修造シリーズ 

https://note.com/gloire/m/m7dbc331f59d6

パン職人の修造 noteマガジン101話〜 江川と修造シリーズ 

https://note.com/gloire/m/mc296482c0c46

お話の最後にあるハートマークを押して頂くと励みになります。

 

 

イラストだけ見る方はこちら

https://www.instagram.com/panyanosyousetu/

 

 

お話紹介 ↓

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ flowers in my heart

https://wordpress.com/post/pannosyousetsu.art.blog/1097

家族の為に頑張る修造は、、、

 

ワードプレスに引っ越しました。これ以降のお話からワードプレスに移動になります。

パン職人の修造 江川と修造シリーズ prevent a crisis 杉本

https://wordpress.com/post/pannosyousetsu.art.blog/893

えっ!藤岡君ってそうだったの?なお話です、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses

http://www.gloire.biz/all/6318

江川を鍛える為に修造は試合を考えますが、、、

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 製パンアンドロイドと修造

http://www.gloire.biz/all/6250

このお話は以前に書いた製パンアンドロイドリューベの前のお話です。

このお話を読んでから製パンアンドロイドのお話を読んでいただけると嬉しいです。

gloire.biz/all/3877

 

noteで書いたお話バレンタイン短編「OLのお菓子」

バレンタイン特別短編 OLのお菓子

ハート形のパンに書かれたメッセージ。恋の行方は、、、

画像

 

 

noteで書いたお話「やのやのやのと見習いの俺」

やのやのやのと見習いの俺

2万語読み切り。父親から逃げて来た光太郎はパン職人寛吉の所にかくまって貰うと、、、

失敗ばかりだけどまあまあ楽しい日々。だけど寛吉には悲しい過去が、、、

見出し画像

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン屋日和

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン屋日和

市長にイベントで使う飾りパンを頼まれた修造は、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 満点星揺れて

http://www.gloire.biz/all/6117

仕事と家族を大切にする修造、そして藤岡と由梨は、、、

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ ロストポジション  トゲトゲする空間

http://www.gloire.biz/all/5873

人間関係で悩む修造と江川だったが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ リーブロプレオープン

http://www.gloire.biz/all/5748

無事オープンを果たした修造だったが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ リーベンアンドブロートができるまではこちら

http://www.gloire.biz/all/5664

開店準備は楽じゃない修造、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ some futureはこちら

http://www.gloire.biz/all/5619

独立の準備を始めた修造は、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ   dough is alive

テレビに出た修造と江川でしたが、、、

http://gloire.biz/all/5565

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

Emergence of butterfly はこちら

http://www.gloire.biz/all/5498

休日にパン屋めぐりをしていた藤岡君が出会った由梨は、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 

Awards ceremonyはこちら 

http://www.gloire.biz/all/5465

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ stairway to gloryはこちら

http://www.gloire.biz/all/5403

世界大会に出場する江川と修造は、、、

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ surprise giftはこちら

http://www.gloire.biz/all/5330

フランスに到着。江川が思いがげず受け取った贈り物とは、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 

江川 Preparation for departureはこちら

http://www.gloire.biz/all/5273

とうとうフランスに旅立つ時が来た!
準備に忙しい江川と修造の前にやり手の営業マンが現れた。。

 

 

パンの職人の修造 江川と修造シリーズ

Annoying People はこちら

http://www.gloire.biz/all/5211

修造!藤岡君がおこってるよ?

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

One after another 江川はこちら

gloire.biz/all/5158

新たに練習を始める江川だったが、、

 

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 

A fulfilling day 修造はこちら

gloire.biz/all/5105

大地が生まれた!毎日ハッピーな修造

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/5034

杉本に試験を受けさせようとする風花だったが、、、

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 前編はこちら

http://www.gloire.biz/all/5018

いつもぼーっとしているタイプの杉本の特技を発見したパンロンドの職人達は

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ バゲットジャンキーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4967

あのメモを渡してきた男の正体は?

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knittingはこちら

http://www.gloire.biz/all/4872

とうとう若手コンテストに挑んだ江川と鷲羽でしたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain Viewはこちら

http://www.gloire.biz/all/4845

江川と修造は2人で荷物を積んで選考会に出発しました。

そこには、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structureはこちら

http://www.gloire.biz/all/4802

ホルツにてとうとう飾りパンの練習が始まりましたが、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the roseはこちら
http://www.gloire.biz/all/4774

鷲羽はパンロンドに勉強の為に行きます。そこでつい、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ   イーグルフェザーはこちら

http://www.gloire.biz/all/4720

鷲羽と江川はベークウエルのヘルプに行きますがそこでは、、、

 

パンロンドの職人さんのバレンタイン Happy Valentineはこちら

http://www.gloire.biz/all/4753

パンロンドの職人さん達のバレンタインはどんなのでしょうか?

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ スケアリーキングはこちら

http://www.gloire.biz/all/4675

いつも自信満々な修造が唯一怖いもの、それは、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ Sourdough Scoring 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4634

選考会への修業を重ねる江川と修造。江川にまたしても試練が訪れる。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ ジャストクリスマスはこちら

http://www.gloire.biz/all/4588

クリスマスはパンロンドに優しい風を吹かせました。

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ お父さんはパン職人 はこちら

http://www.gloire.biz/all/4548

修造と緑はとっても仲良し。だけど近所の人はお父さんの事を、、、

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  六本の紐  braided practice 江川はこちら

http://www.gloire.biz/all/4477

修造と一緒にホルツで修業を始めた江川を待ち受けていた者とは、、、

 

 

江川と修造シリーズ フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thiefはこちら

gloire.biz/all/4415

やっと職場に慣れてきた杉本。一緒に仕事している店員の風花に危険が迫る!その時杉本は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川 Flapping to the futureはこちら

gloire.biz/all/4365

修造と江川の務めるパン屋パンロンドにNNテレビがやって来た!

みんな頑張って!その時修造は、、、

 

 

ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら

gloire.biz/all/3705

東南駅と学校の間にあるパン屋のパンロンドでアルバイトをはじめた高校2年の咲希ちゃんでしたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら

gloire.biz/all/4249

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら

gloire.biz/all/4129

パン王座決定戦!前編の続きです。 修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。

 

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら

gloire.biz/all/4009

新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。その時修造は、、

 

 

江川と修造シリーズ 新人の杉本君Baker’s fightはこちら

gloire.biz/all/4056

江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、

 

 

江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら

gloire.biz/all/3940

江川が15年前パンロンドの面接で修造と出会った時のお話です。

修造は一風変わった面接をします。。

 

 

製パンアンドロイドのリューべm3はこちら

gloire.biz/all/3877

30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。
利佳はアンドロイドと仕事をする決心をします、その理由とは。

 

 

パン職人の修造第1部 青春編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3032

パンロンドに就職した空手少年の修造は運命の人に出逢います。そして、、

 

 

パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3063

修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、

 

 

パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3065

江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。

 

 

パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3073

律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、

 

 

パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3088

江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、

 

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら

http://www.gloire.biz/all/3100

世界大会の為にコーチとして江川や緑と色々と作戦を練りますが、、

 

 

サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら

http://www.gloire.biz/all/3748

世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。

世界大会のアイデアを練る為に江川と東北に行った帰り道、泊まったペンションで修造が会った夫婦は、、、

こちら

 

パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3596

世界大会が終わった後修造は、、

この後もまだまだお話は続きます。

 

ーーーー

 

このお話を書いたきっかけ。

昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。
私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。

お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。
当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。

入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。
今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。
もっと行っとけば良かった!
お店はいつのまにか無くなっていました。

推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。
そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。

推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。
あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。
そしてそれを読ませて貰うのに!

当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです

????

そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。

修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。

パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています。

世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。
時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。
とても技術を要し、過酷なものと推測します。

大会で修造が作ったパンは調べあげた末、誰とも被らないようなものを作ったつもりですがもしもモチーフが被った場合はご容赦下さい。
その他の一般でも販売可能なパンに関してはこんなに沢山の種類やパンがあるんだとわかって貰えるようになるべく色んなパンを紹介することもあるかもしれません。

世界大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。
そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。
素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。

今後も修造の話は続きます。

応援お願いします。

ここに出てくるお話はフィクションです。

実在する人物、団体とは一切関係ありません。

パンと愛の小説

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2024年02月27日(火)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses  

 

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北風が吹いてリーベンアンドブロートの駐車場の落ち葉がクルクルと舞っている。

 

パンを買いに来たお客さん達はいつもならテラスでパンを食べるのだが最近は店内の暖かい喫茶コーナーが満員だ。

開店当初は不慣れだったスタッフも今では無駄の無い動きをしている。

パン粉(瀬戸川愛莉)はパンの品出しをしながら工房の江川と目が合うとお互いに手を振り合う。

それを見るたび大坂は俺も立花さんともう少し仲良くなりたいものだと羨ましい。大坂は何度か夜中華屋で食事を出来る様になったものの、仕事中目があってもそのまま目を逸らされる。まるでパン箱や製パンの機械でも見ている様に。  

さて

2階の事務所ではパソコンの前に座って事務員兼パン職人の塚田が修造に話しかけた。

 

 

「この調子で繰り上げ返済していくと1年以内に借入金が払い終わりますね」

「だな、でもそろそろ通常の返済に戻すよ」

「え?戻す?何故ですか?やはり借入金があった方がいいとか?」

「そんなんじゃないよ」修造はこの店の自分が動く期間が意外と短いもんだと思った。

2年はすぐやってきそうだ

約束だ

約束とは

律子と約束した2年

自分に課した2年

江川を一人前にする2年

その前に江川にはやって貰う事がある。  

「江川」

「はいなんですか」

「これからお前にはちょっとした試練を乗り越えて貰う事になる」

「えっ?!な、何ですか試練って」 江川は突然修造が試練と言ったのが怖くなり身を竦めながら聞いた「どうなるんですか僕」

「今はまだ言えない」

「ちょっとぐらい教えて下さいよう」

「何があっても俺を信じろ!そして自分を信じるんだ」

「えー」

「俺とお前の、男と男の約束だ」

「男と男の?」なんだか不思議な言葉を聞いた様な江川の表情を見て、場違いな事を言ったと気が付いた修造はバツが悪そうにした「ごめん」  

その日の夕方

江川とパン粉は家でおでんをする為に買い物をして江川の住んでる笹目マンションに帰って来た。

 

 

2人で仲良くおでんを作って煮込みながら江川はパン粉に質問した「ねえ愛莉ちゃん、男と男の約束ってどういう意味なんだろう。女と女の約束も女と男の約束もあるでしょう?」

勿論この言葉の持つ昭和のニュアンスはわかってはいるが実感はない。

「死語じゃない?未だに使ってる人とかいるのね。でもなんか女と女の約束ってよっぽどな時じゃないと使ったらいけない気がするな」

「修造さんがね、僕に試練を乗り越えて貰う事になるって言ったんだ」

「試練?」

「何だろう、なんか怖いな」

パン粉にも男と男の約束事はピンとこなかった様だ。

「でも修造さんを信じろというのは正解だ」  

次の日

事務所にいた修造の元にNNテレビの四角志蔵がやって来た。

「どうも」

「シェフ、何かいい企画があるそうで」

修造は四角を呼び出して2人何時間か話をした。

「成程ね、シェフ、これ企画会議に早速提案してみますが対戦相手はどうやって見つけますか?」

「それは考えてなかったな。パン選手権の時はどうやって見つけたんですか」?

「ある人物に頼んだんですよ、シェフ」

「ある人物」誰だろう、上層部の人物とかか?

その時四角は何か言いかけてやめた。

「おっと時間だ、決まり次第ご連絡します」

修造の考えた企画は取り上げられ何だか大袈裟な程大きく扱われる事になった。

大型の会場に仕切りが設けられてセットが作られた。そしてモニターがあちこちに付けられた。  

収録当日

スタッフルームに修造、那須田、佐々木、大木、鳥井が集まった。

「うわ、おれ選手の方じゃなくて良かった」台本を見ながら那須田と佐々木が言った。

『ある人物』とやらが集めた20人の選手には先日招待状が送られていた。

それを受け取った者達は当日控室でスタッフから受け取ったコックコートに着替えて、荷物は全部ロッカーに仕舞う様に言われる。

その中に江川の姿があった。

江川も招待状を受け取り、修造に行くように言われていた。コックコートの左胸の所には『18』と書いてある。

総勢20人がきょろきょろしながら言われるがままに移動し、ひしめき合って暗い部屋に入った。

「なにここ」

「怖い」

「暗い」

「これから何があるんだよ」

と皆口々に言った後

全員が「あっ」と反対側の扉の上を見ながら言った。

 

 

暗い中電光掲示板が光る。  

『混捏(こんねつ)しろ 250gのバゲット10本分』  

皆が読み終わってざわつき出したタイミングで扉が開いた。

全員その向こうの部屋に移動する。

「あっ」

20台の作業台とミキサーの横に材料が置いてある。

江川は18番のテーブルの前に行った。

準強力小麦粉、今測られたかの温度の水、塩、インスタントドライイースト、モルトシロップが置いてある。

そして全員が「あっ」と驚いた。

「秤がない」  

 

 

「秤無しでやるのかよ」20人全員が口々に言いながらそれぞれ材料を目分量で計り、ミキサーで生地を捏ね出した。

皆自分の作業に取り掛かっている。

江川は普段の自分の作業を思い出した。たまに良い感じにメモリぴったりに量れる時があるじゃないか。その時の感じを脳内に甦らせる。 全てが手探りのままミキサーに材料を入れる。 後は感覚で水を足しながら固さを調節した

その後生地をケースに入れてフロアタイムを取ろうとした「タイマーも無いのか」目分量も不安だし、分割までの時間も自分で計らないといけない。

待ってる間隣の者と話したり、自分一人で考える者もいた。

「よう」ポンと江川の肩を叩いた方を振り向いて驚く「あっ鷲羽君。フランスから帰ってたの?」

「休暇で帰ってたんだよ」

「僕パン学校の話聞きたいな」

「後でな江川」今はそれどころでは無い。

皆体内時計をフル活動させている最中だ。半透明のケースに入ってる生地の発酵具合で分割のタイミングを見ている。

その内江川はある事に気が付いた

「あ」

生地と書いてあるから生地を仕上げる所まででいいんだろうか

「でもホイロもオーブンも無いし」

江川は迷ったが、生地にパンチを入れてまたフロアタイムを取った。

かなり時間が経過していて不安だったが、生地の発酵具合を見て決めるしか無い。

焦って早めに分割をしだすものが出てきた。

「まだだ多分」江川は他に聞こえないように口に出した。

「もう少し緩んで来るのを待とう」

ケースの中で生地はゆっくりと発酵し始めどんどん膨らんで大きさが変わっていく。

辛抱辛抱

修造はカメラに映ったその様子を別室で見ながら

以前に送り主のわからないバゲットの本に挟んであったメモに

必ず一番良いポイントがやってくる その時をじっと待つ事だ

そう書いてあった

その事を思い出していた。

「まさにこれだな」

 

 

分割を済ませた者は出口から出て行った。

皆ざわざわして分割を始める者が出てきた。

そんな中、じっと生地が3倍の大きさになるのを待っていた。

「よし」やっと分割だ。

もはや半数が部屋から出ていた。

江川はケースから生地を出しフラットにした、そしてなるべく一発分割を心がける

その時250gで10本分と頭の中で復唱するが

「それは違うんだ」と思う

この分割した生地をこのまま置いて行っていいのかどうかもわからないけどでも250gって書いてあるけど250gじゃないんだ。

「修造さんを信じて」出口から出た。

「また真っ暗だ」早くに出た者はみんなこの暗い所で立って待っていたのか、そう思いながら狭い所で立っていると残りの者が1人2人と出て来て、20人揃ったところで後ろのドアが閉まった。

最後に入って来た男の声で「もう審査が始まってるよ、何人かの審査員が一人分ずつ計量していってる」と言っている。そうだ!やはり重さが重要なんだ、そう思った矢先に新たな電光掲示板が光った。

「番号だ」

「合格者の番号だ」

「俺何番だったっけ」など口々に聞こえる。

「18番だ」江川は自分の番号があったのでピリッと緊張した。

電光掲示板の下のドアが開いた。ここは合格者だけが入る感じなのか。

さっきと同じぐらいの大きさの部屋には台が10台並べられている。

「あっ」台の上にはもう出来上がった生地が並べられている。

「これは?」またしても部屋の奥にある電光掲示板を一斉に見た。  

『生地を同じ重さで100gに分割、できた者から出る』  

「生地を100gに?」きょろきょろした「また秤が無い!」

台の上には生地と手ごなとスケッパー、そして丸めた生地を入れるパン箱。

江川は分割しながら100gを手で計った。

できた者から先にと言う事は、他の者が分割し終えるより先にここから出なくちゃ

毎日やっていても中々出来るもんじゃ無い

それにこれって100gに分割して大きかったり小さかったりしたら最後には他の人と数が合わなくなるんじゃないかしら

製パンアンドロイドなら見ただけで全体の大きさ、持っただけで重さが分かるのに。

でたらめやって早く出ても意味がない

とにかく100gの目安を自分で決めてその通りにしなくちゃ

江川は生地を同じ大きさに横にカットしてそれを等分に分けた

隣の台にいる鷲羽は凄い速さで分割している

だが他の選手を気にしている余裕はない「慎重に速く」と自分に言い聞かせる。

最後の列の分割中  

 

 

あ、これ全部で100個になるのかな、目算では98個だ、2つ足らないや

でも100個って引っかけかも知れない。

江川は迷った。

でも自分で100gと決めて分割した結果98個だったんだからこれでいいのかも

そう思って江川は記事を丸めて箱に入れ、蓋をして急いで出た。

「また真っ暗だ」その声を聞いて鷲羽が声をかけて来た。

「江川お前何個?」

「98だったんだ、100こだったのかも」

「そうか、迷うな」

ってことは鷲羽君も98だったのかな

だとしたらホッとするな

後ろからぞろぞろと残りの者が出てきた

「俺は100個」

「俺は110個」などとバラバラの数を皆口々に言っている。

さっきと同じぐらい待った。

きっと今頃集計してるんだろうな

僕どうなるのかな、修造さんは今何してるんだろう

その時「あっ」また5つ番号がでた

「18がある!」そして次の扉が開く

江川は急いで次の場所に行った、鷲羽が走って行ったからだ。

早く行って次のお題を確認したい。  

 

 

5人が次の場所にたどり着いた、そこに置かれていた物は。

「あっ」

台が5つある、その横には各々大きなミキサーボールに生地が大量に入っているものが置かれている。

電光掲示板が光った  

『体力を使って3分以内にここを出よ』  

えっ僕こんなの3分以内に持てないよ

その瞬間江川の脳裏に※3分間のダンボール面接の事が浮かんだ

あの時も3分だったんだ、あの時修造さんは僕の事を現場処理能力のある優秀な奴って言ってくれたんだ。

江川は生地に食らいついた、だが重くて1回では無理だ。

少しづつカットして移していけばいけるがそれだと時間がかかる.

そうだ

江川は生地の下に手を入れてグッと持ち上げた

そうすると生地がパッとミキサーボールから離れて持ち上がる

ブザーが鳴りだした

それを生地が下がる前に勢いよくドオンと入れた。  

 

 

「これをあと4回!」

あと1分!

江川は最後の生地を勢いよく入れてその時足首を捻ったがそのままの勢いで部屋からまろび出た。

「いたたた」江川の声を聞いて早くにそこに立っていた鷲羽が「転んだのか」と聞いてきた。

鷲羽は絶対に修造の出題に食らいついてくる江川に「お前は相変わらずだな」と言ってきたが以前の様に悪意はない、つい言ってしまうのだ、そしてまた負ける気がするがその気持ちを払拭する。鷲羽は背筋を伸ばして深呼吸をした。

「勝つのは俺だ」しかしよく持ち上げられたな、基礎体力と体幹が大事なんだ、細い奴でも体幹が強ければ持ち上げられる。そういえば北国で育ったって言ってたな「やっぱ北国の人って足腰が強いのか」

ところで残ったのは5人の中の誰なのか?それは5人共が思ってる事だ。

はあはあ言って横に立っている人物なのか?相当急いだのか息切れがひどい「重かった」と汗を拭きながら言っている感じがする。

「あっ」電光掲示板が光った「18番だ」信じられない。「俺の方が早かったのに」と声がしたがさっきみたいに急いで現状を把握する為に次に行きたい「ごめんね」と振り向いて行った後、江川は痛む足を庇い片足飛びで飛んで行った。

「いたたた」足がズキズキする「捻挫かな」

次の現場には3人が選ばれた、鷲羽と江川、そしてもう一人は多分息を切らしてた男だ、日に焼けた肌に黒髪の青年だった。スラリと足が長くて歯が白い。

青年は江川に知り合いに挨拶する様にニコッと笑った。「あっ」見たことある。

この人、パンロンドのお客さんだ。

しかしそんな事を考えている暇は無い、次に江川が驚いたのは大阪が立っていた事だ。

「江川さん」

「大阪君どうして」

「訳は後ですよ江川さん」

見ると鷲羽には園部が、もう一人の青年には同じ年ぐらいの女の子が組んでいた。

電光掲示板が光った  

『2人で50人分のタルテイーヌを仕上げて次へ』  

見ると台の上にあらゆる食材が並べられている『2人で』と書いてあるので一緒に作ると言う意味だ。

見るとさっきより少し広い室内の奥には食材を置くスペースをとってあり、2台の冷蔵ストッカーに肉やハム、魚介類と4台のテーブルの上に野菜、各調味料、洋酒などあらゆる食材が並べられている『2人で』と書いてあるので一緒に作ると言う意味だ。

「お題には2人でって書いてあるから自分で勝手にやるなって事かな」しかし話し合っていると時間が足りなくなってくる。できた者から出口に行かなければならない。2人はとりあえず食材の前に立つ。

「いたた」

「足をくじいたんですか」

「うんそうなんだ」

「そこから指示して下さい」

「うん、大阪君あれとこれと、、」

江川が食材の調達を頼んでる間、鷲羽と園部は息がピッタリで話もせずアイコンタクトだけで食材を決めて運び終わっていた。もう一組は寄り添って食材を選んで運び出した。

 

 

  江川と大坂は時間の無い中細か具何をどう使うかを話し合い、ソースに関しては材料を運びながら大阪が提案したものを採用してする事にする。

食材を大慌てで集めた後、必死になってソースの量を計算した。

慣れて無い場所でのソースを50人分作って最後足りなくなるのは本当に困る、おまけに勝てる物を作らなければいけない。

ソースの次は具材の切り出しを2人で始める。

「大坂君ソースを塗って、僕がトッピングするからどんどん手前と入れ替えて」

「はい」江川は大急ぎで食材を切りながらどんどん大坂とトッピングしていった。

「早く綺麗に!」

後の2組が終盤に差し掛かった時女の子が指を怪我した「いたーい」「咲希大丈夫?はよ手当せな」そう言うと青年はタオルを指に巻いた。そして咲希を端に避けて驚く速さで盛り付け出した。

江川は手を動かしながら青年の会話を聞いて思い出した事があった「咲希ちゃん?そうだ、あの子高校生の時パンロンドでバイトしていたんだ、あの男の子はその時お客さんとして通っていたんだった」

鷲羽たちが終盤に差し掛かって来た時、大坂も作業に慣れてきて2人してどんどん追い上げていった。「できた!」急いで片付けて大坂の背中に飛び乗った「走ってー!」と出口を指さしたのと同時に大坂が「うおーーーっ」と走り出した。  

 

  その時俊敏そうなあの青年が咲希を抱えて先に滑り込んだ。

「あっ」

大坂は江川を背負ったまま滑り込んだが間一髪間に合わなかった。

「3位になっちゃいましたね、江川さん」

「うん、頑張ってくれてありがとうね大坂君」

6人はその場でしばらく待たされた。

「咲希ちゃん久しぶり。元気だった?」

「あ!江川さんだあ。早太郎、パンロンドの江川さんだよ」

「佐久間早太郎です、お久しぶりです」

挨拶しあう4人を見て鷲羽が「江川、この人佐久間シェフの息子さんだよ」と言った。

「えっそうだったの」佐久間シェフと言えばパン王者選手権の時に修造が戦った超有名ブーランジェリーサクマのオーナーだ。

「なあ咲希ちゃんさっきの怪我大丈夫やった?」

「うん早太郎の心配症さん、ちょっと指の先を切っただけだから大丈夫」

「だって咲希に何かあったら俺どうしたらいいねん」

「何言ってるのうふふ」

急に2人の世界に入り込んだのをみて鷲羽が「何しに来たんだよ」と呆れた様に言った。

その時電光掲示板が光る  

『全員で移動』  

突然扉が開いた「今度はなんだ」鷲羽と園部は確認しようといち早く扉の向こうに行った。「行こう咲希ちゃん」と早太郎達も続く。

「俺達もこのドアから出ていいんですかね?」大坂は江川をおんぶしたまま「ひえ~」と怖がっていた。 「何がおこるの?」江川もキョロキョロした。

広いスタジオに観客席があり、そこに50人程の老若男女が座って拍手して6人を出迎えた。その前には審査委員席があり、知り合いのシェフ達が座っていた。

そのまた前には広いスペースがあり、テーブルが置かれている。

その反対側に修造が立っていて6人に手招きした。

6人は緊張の面持ちで横一列に並んで立った。

江川は痛い方の足を少しあげたまま大坂の腕に掴まり立っていた。

突然四方に設けられた大きなモニターに文字が現れた。

「五感を研ぎ澄ませ!パン職人頂上決定戦!」それを見ながら売れっ子司会の安藤良昌が大きな声を張り上げた。

 

 

「観客の皆さん、テレビをご覧の皆さんこんばんはNNテレビが総力を挙げてお送りするパン職人頂上決定戦のお時間が始まりました!パン職人の皆さんには何時間も前から戦いを繰り広げて頂いておりましたが、その中から選ばれた3人のシェフと助手の3人に並んで頂いています」

画面にはそれぞれの経歴と名前が流れた。  

 

 

江川はそれを見ながら「これって誰が勝ち上がってくるかわからないのに20人と助手の20人分が用意されていたの?」と口をポカンと開けたまま見ていたが自分の顔が映し出されて慌てて口を閉じた。

「それではこれまでの試合の様子を順にご覧頂きましょう」

まず1番目の試合では、各選手が生地を作って分割している所が映し出された、その後江川達が出て行ったその後、那須田と佐々木が生地を計量している所が映し出された。

画面にその時の3人の点数が出た。

鷲羽が10点、江川が10点、佐久間が9点

あ、これってまだ勝敗が決まった訳じゃないんだ、これから点数が出るんだ。

もう負けたと思っていた江川はほっとした。

安藤が内訳を説明した「この時の10人の合格者は全員※焼減率を計算していました、私もよくわかっておりませんが、バゲットの焼減率が約22%として計算して焼き上がりが250gになるように計算した者だけが合格だそうです。皆さんの作ったパンは北麦パンの佐々木シェフが成形、焼成してくれましたーっ!」そういって手で指した方から佐々木が200本程のバゲットを台に乗せて運んできた。

今佐々木が運んで来たそれが目の前にある、焼き立てのバゲットだ。  

 

 

江川は自分の読みが合っていてまたほっとした。

自分の読みが合っていてまたほっとした。

「次に2番目の試合の説明を行いまーす。秤無しで100g分割は五感を研ぎ澄まして手を動かす、正確さとスピードを競い合うのです!正解は98個!中には100個ちょうどじゃないかと100個にするために分割したものから少しずつ足した選手もいましたが、あー残念!惜しかったですねえ」

点数がでた。

鷲羽10点、江川10点、佐久間10点

「こちら文句無く勝ち上がってきた皆さんという事で満点です!流石です」

その時の生地は那須田が成形して凄い量の焼き立てを運んで来た。

圧巻のバゲットとブールを見てワーッと満場の拍手が沸き起こった。

「こちら皆さんへのお土産になっておりますのでお帰りには忘れずにお持ち下さい!」と、安藤がパンを指してから説明を続けた「さて、1回目は経験値、2回目は正確さとすると3回目は体力勝負です」

モニターに各選手が生地をケースに移している所が次々に映されていく。

「いやいや凄い迫力ですね、こちらの判定は時間内での生地の移し方もそうですが、ボールに生地が残っていなかった方が合格だったそうです。

江川はそれを聞いて「そうか、普段はナイフでカットしながら生地を移すけど今回は時間がないから手に巻きつけるように全体を持ち上げたんだ、その後カードでひと回し生地を取って行ったのが良かったんだ」そう思っていると、点数が出た。

鷲羽10点、江川6点、佐久間8点

今度はベッカライボーゲルネストの鳥井が食パンを焼きあげて来た。

会場にそれぞれのパンのいい香りがする。自分たちが持って帰るので拍手にも熱が篭る。

スタッフが手分けしてお土産のパンを袋に入れだした。  

 

 

  ーーーー  

ところで

大坂は何日か前に修造から試合会場で江川の手助けをする様に言われていて、なんだか凄く気持ちが高揚していた。

一大事だ

人生の大勝負だ

実際自分が失敗して江川の足を引っ張るわけにはいかない。

そこで江川に黙って色々と練習を重ねていたが中々上手くいかない。

その日立花は仕事終わりにいつもの町中華屋に来ていた。

食べ終えた頃、大坂が入って来た。「大坂君」「あ、立花さん」

「どうしたの?なんだか疲れてない?」

「それが、、内緒だけど修造さんから『パン職人NO.1決定戦』って番組で江川さんが勝ち進んだら俺が助手をする事になって」

「何の助手をするの?」

「タルテイーヌらしいんです。だから俺野菜の切り出しとか練習してるんですが、一体どんな物を作るのか検討もつかなくて」

「まだ何を作るのかは分からないのね」

「はい、現場で作ると思います。江川さんも何も知らされないで出場するんです」

「じゃあタルテイーヌの作業を一から練習しましょうよ。まずは切り出しやソース作りからね」  

 

 

「えっ?しましょうよって事は立花さんが一緒にって事?」

「良いわよ、以前レストランで働いてたから江川さんの役に立てるかも」

江川さん?と思ったが喜んで手伝ってもらう事に。

急に食欲が湧いてきて運ばれてきたチャーハンをモリモリ食べている大坂を立花は微笑ましい目で見ていた。

次の日から就業後に2人でいろんな調理の練習を開始する。

「ソースってどんなのがありますかね」とパプリカを同じ太さにカットする練習をしながら聞いた。

「クリームチーズにナッツを使ったソースとか、アボガドやリコッタチーズベースの物はどうかしら。フルーツベースもいいわね」と何種類かのソースを2人で練習する。

「タルテイーヌってね塗ったものって言う意味があってね、そもそもこれに使うのは粘性っていうか塗りやすい物を使うの。だからソースもパンに水分が染み込みすぎたり乗りにくかったりしない物を選ぶのよ」

「はい」

「今日は煮詰める練習をしましょう。水分を飛ばして濃厚な風味を出すの」

そう言いながら立花の脳裏にかって同じ職場で藤岡に同じように仕事を教えていた時の事が蘇り、慌てて蓋をする。一瞬目を瞑った後、手鍋を木杓子でかき混ぜる手を早めた。

次の日も切り出しやソース作りの練習する。

「今日はフルーツソースを練習してみましょう」

「甘いんですか」

「香りが良くて肉料理にも合うのよ。オレンジやキウイ、りんご、レモンとかの色んなものがあるわ」

「江川さんはどんなものを作るんですかね。勝ち進んだらの話ですけど」

「先にパターンを考えておくのも良いわね、食材に合わせてソースを提案したら良いかも」

「それは良いですね、俺パターンを考えてみます」  

ーーーー  

そして試合当日

大坂はタルテイーヌの食材を前にして園部、大坂、森岡や他の助手は自分のペアを組む選手が来るまで20人で待っていたがどんどん脱落した選手の助手達ががっかりして帰っていく中心細かった。

園部はじっと黙ったままだったが食材の方をじっと見ているので「あ、何処に何があるのか覚えてるのかな?」と思い自分も順番に食材を見ていった。

とうとう選手の鷲羽と佐久間が入ってきた!そして3番目に足を引きずって入って来た江川を見て心強かった「江川さん」「大坂君どうして」

とにかく選手が来たら早くタルテイーヌを仕上げる様にと修造に言われていたので「話は後ですよ江川さん」と江川を促した。

具材を選んでソースを作って捻挫した足を痛がる江川と作ったものがこれだ

江川らしい華やかな色合いのタルテイーヌだ。

 

 

  材料選びの時に江川がローストポークを選んだので、大坂はここぞとばかりにフルーツソースを推した。

江川がポークとソースの組み合わせを元にトッピングを考えたので急いで掻き集めて準備を始めた。

まずソースはフォンドボーにオレンジの果汁を入れて少し焦がす。ハチミツとと洋酒を入れて煮詰めた後バターを最後に入れる。

カンパーニュに薄くクリームチーズを薄く塗りローストポークの薄切りと、後はカラフルさを出す為に四角くカットした紫キャベツ、黄色いミニトマト、赤いビーツ、を配しソースを振る。トッピングにデイルとカットしたオレンジで華やかさを添える。

そして鷲羽は

濃厚なオランデーズソース(卵・バター・レモン汁)に海老のポシェ(ボイル)を使ったもので、カンパーニュに海老を並べ、両側にバターで炒めたエシャロット、茹でたうずらの輪切り、栗のみじん切り、そしてその上にハーブとカッテージチーズを散らした。フランスのカフェで食べたものを組み合わせた。

 

 

最後に佐久間は薄切りのラムショートロインハムを使った

ソースはハリッサソース

チュニジア発祥のソースでトマト、香味野菜、オリーブオイル、塩、スパイス。それにマヨネーズを少し加えてまろやかにしてレモン果汁を少し加えてパンに塗った後、ラムショートロインハム、紫玉ねぎ、ズッキーニ、パプリカ、キャロットラペの上にヨーグルトソースを振りかけてパクチーを乗せた。個性を出したものになった。  

 

 

  作ったパンは素早く選手別に並べられて50人の観客の審査が始まった。タルテイーヌを3個とも味見して3、2、1と点数をつけていく。

勿論美味しかった物が3だ。

審査の間3組は立ってその様子をじっと見ていた。

自分達の勝負がかかっている。

人々が自分の考えて作ったパンをどんな顔をして食べてるのかを。

「どの人も美味しそうな顔してるな」

「俺のが1番美味しいって」

「私達が作ったものよね、早太郎」

江川は不安だったが司会の横にいる修造を見ていた。

修造さんが俺を信じろって言ったんだ。

僕今日は修造さんが教えてくれた事を思い出しながらここまで進んできたんだからこれでいいよね。

審査員達に紛れて御馴染み大木と鳥井も試食をしていたがそこに佐々木、那須田も集まって来た、そしてその後ろにいた背の高い男に皆話しかけていた。那須田と佐々木はその男を「先生」と呼んでいた。前回の「パン王者選手権」同様デイレクターの四角に頼まれてこの男が全選手をアテンドしていたのだ。大木は後に立っていたその男の方を向いて「隠れてんじゃねえよ」と言っていた。  

 

 

「ふふふ良いじゃない、ライトのおかげでこっちからはよく見えるんだから」そう言ってニヤリと笑った。

そう、ライトに照らされて6人はとうとう結果発表を見る。

今までの合計は

鷲羽 30点

江川 26点

佐久間 27点

そこに投票者の点数が1人1点で加算される。

突然大きな音楽が鳴って安藤が雄叫びをあげた

「さあーっいよいよ集計結果が出ましたーーっ!結果発表ーーっ」

デレデレデレデレデレドーーーン!!!

鷲羽 46点

江川 45点

佐久間 42点  

 

 

  「やった!俺の!俺様の勝ちだ!初めてお前にかったぞ江川!これが俺の実力だ!凄いな俺!やっぱフランスで修行して来たおかげだな。この調子で約束通り大木シェフの所に帰って園部と世界大会を目指すぞ」

ハハハハと笑う鷲羽の声を聞いて大坂が「よくしゃべりますね」と江川に囁いた。

江川は苦笑いしたが鷲羽と園部に向かって言った「2人とも頑張ってね、ねえフランスの学校はどうだったの」

「それは」と言いかけて鷲羽は急に言うのを止めた「いずれまたお前と戦うんだ、お前には教えてやらん!」と首に手を当ててから大きなジェスチャーでシッシッと追い払う仕草をしてきた。

「なんだよぅ鷲羽君のケチ」悔しそうな江川に「フン!またな、江川」そう言って鷲羽は園部と2人で去って行った。

 

 

収録も終わり、パンのお土産がいっぱい入ったバッグをぶら下げて帰る観客の真ん中を歩きながら「鷲羽はきっと世界を目指せるな」と言いながら大木は背の高い男に聞いた「おいお前は誰に投票した?」

 

「うん、ハチミツと洋酒の量が正解だったよね」

 

ーーーー

 

江川は修造に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

首を項垂れて次の日出社した。

「江川さんテレビ見ましたよ、あれ作って下さいよ」

「美味しそうだった」

「お疲れ様でした」など工房のみんなが囲んで声を掛けてくれたが心は晴れない。

大坂だけが立花に「フルーツソースが上手くいって良かったわね」と言われて有頂天になった。

 

 

江川は修造に会うために事務所のある2階への階段を足取り重く登った。

「修造さん」

「江川、昨日はお疲れさん」

「僕負けちゃいました」

「江川、秤なしでちゃんと生地ができた。ちゃんと98分割にできた。生地を取り出せた。美味いタルテイーヌが作れた。お前のタルテイーヌが1位だった。なんか文句あるか」

 

 

それを聞いて江川のモヤモヤは吹き飛んだ。

「1位は鷲羽にプレゼントしてやれ」

 

 

おわり

 

 

タルテイーヌはフランス式オープンサンドイッチ、焼き込みやスモーブロー風など様々なトッピングやパンを楽しめます。今回は3組の個性に合わせてトッピングを考えてみました。イラストは高さを陰影で出すのに乗算とハイライトを使いました。

パン屋さんはパンを作る時に沢山の事を考えています、水の量、温度、湿度、発酵具合、他の生地との時間の兼ね合い、人の配置、休憩時間の采配、お客さんの出入りとパンの製造量の増減、仕入れと消耗品の管理、支払い、シフトの事、事務の事、店のSNS、そして常に人間関係が付きまといます。毎日取り組んでいくうちに徐々に慣れてきて出来る事が分かってきたり他の人にやって貰ったりして日々を乗り切っていくのです。修造は江川という唯一無二の存在に助けられていくうちにある決心をします。そのお話はもう少し後になります。

焼減率とは(分割重量ー焼いた後のパンの重さ)÷分割重量×100

※焼減率=焼成時に(パンを焼くと時に)水分が蒸発するなどしてパンの重量が減る率の事。バゲットの焼減率は22%、計算の方法は(焼く前の生地の重さ−焼いた後のパンの重量)÷焼く前の生地の重さ×100

このお話では焼き上がった時が250gでというお題だったので、焼減率を計算した者の中からより正確だった者が勝ちだった。

250×1.22=305

一般にバゲットの重さは300〜400g フランスでは350gと決まっている。 計算上は287gに焼き上がるのが理想。 ここでは分かりやすいように250gに。

※北海道の北麦パンの佐々木は修造がパン職人の選考会で戦った相手 新潟のフーランジェリータカユキの那須田は修造の憧れのシェフだ 修造は知らなかったがある人物によって皆裏で繋がっている。

 


2023年11月14日(火)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 製パンアンドロイドと修造

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 製パンアンドロイドと修造

 

 

 

リーベンアンドブロートが創業して半年が過ぎた。

修造と江川は2人で生地を成形してバヌトンという発酵の為のカゴに入れていく作業をしている。

そしていつも気の利くカフェ部門の岡田はテキパキと店の清掃を済ませ、窓ガラスの汚れがないかチェックしていた。

そのガラスの向こう、駐車場兼入口の方から『基嶋機械』の営業マン後藤とその他三人の男が歩いてくる。

岡田は店の前に移動して、出迎える為に立って待っていた。

「こんにちは!修造シェフはいらっしゃいますか」後藤は日に焼けた顔から白い歯を見せ、大きくハキハキした口調で言った。

「はい、お待ち下さい」

と一礼して、岡田は早足で工房の修造に声をかけに行った。

修造が作業の続きを立花に頼み、店に行くと来客達はカフェのテーブルに着き、岡田はコーヒーを淹れていた。

後藤は立ち上がって修造の所に飛んでいった「シェフ、今日はお願いがあって来ました」

「お願い?」

修造は初見の客の方を見て頭を少し下げた。

「こちらはNN大学のロボット工学科のアンドロイドを研究している鷹見崇(たかみたかし)教授と助手の三輪みわ子さん、常磐城親(ときわしろちか)さんです」

「どうも」と言いながらロボットとかアンドロイドとか修造の生活とは関係のないこの人達はなんなんだろうと三人をジロジロ観察した。

「アンドロイド?」

「はい、今は色んな職業を手助けするアンドロイドが生まれてきています。人らしく衝撃にも強く。狭い工場でも大丈夫。それでパン職人って重労働だけどそういうのは無いなあと言うわけで今回パン職人の動きを徹底的にデータを取って実現化を目指そうと言う訳です」鷹見はサラサラと説明した。

「工場で働くパン用のロボットアームなんかは既にありますよね?

「そうですね、製パン工場にはあります。しかし町のパン屋さんにそれを置くというのは費用も掛かり場所も無い場合が多い。一般のパン屋では殆ど導入例がありません。高齢化で店じまいするのも体力に自信が無くなるからと言うのが理由の中の一つです。なのでそれを補って少しでも町のパン文化を残したいのです」

「で?」

「はい。是非修造シェフからのデータを頂きたいと思いまして」

そこに後藤が付け足した「製品ができたらパン屋に月額利用料でご使用頂きたいと思います。この企画は基嶋がNN大学に全面的に協力しております」

 

 

 

後藤と教授達の話を聞きながら修造は思った。

抵抗あるな、アンドロイドだって?

手作りの意味わかってんのかよ。

後藤は修造の表情を読み取り付け足した「シェフ、私も辛いんですよ。ご高齢でお店を閉められる時はお店の周りも寂しくなりますし、常連で高齢のお客様もお困りになってるのを見ています。この企画は色んな方の為に考えたものなんです」

成程、高齢化が原因で閉める店を少しでも減らしたり、無くなるその日を遅くしたりできるなら協力しても良い。

修造はそんなふうに思い直して質問した「データって具体的には?

「シェフの動きをモデルにします。詳細にデータをとって正確に再現するのです。この動きの時の力の入れ具合はどうか、手の回し方は?上げ下げの角度は?などの様々な動きを測定してデータを出すところから始めます」と助手の三輪が説明した。

「シェフの動きをアンドロイドに記憶させ、製パン職人として活躍する日も近いでしょう。私は楽しみでなりません」後藤が小躍りしそうな大袈裟な動きで言った。

「一緒に製パンアンドロイドを作り、世の中の役に立ちましょう、シェフ」

「はあ、まあ」

 

ーーーー

 

開発に協力することにした。

それは修造の全然わからない理工学部の世界で、ロボットの設計・開発などのややこしい計算や機械がついて回った。

関節の全てにゴムの様なシールを付けた、手などは特にシールを沢山付けてその上から手袋をする。三輪と常盤が離れた場所でデータを取っている。

「有線じゃないから動きやすいな」

修造が動くとパソコンの立体3Dも同じ様に動く。シールの付いてる所は黄色で表され、関節の動きがデータとして残るわけだ。

何日も何時間も費やした。

そのうち後藤の紹介で、ミーテンリースという会社の川口社長と平方という営業マンがやってきた。

 

 

「開発できた暁には我々が色んなパン屋を回ったり資料を送って製パンアンドロイドを広めたいと思います」といってパンフレットを渡してきた。

アンドロイドのボディの写真の横には修造監修と書いてある。

「修造監修って、別に俺があれこれ言った訳じゃ無いのにな」

「こんな風になるんだ」一部始終を観察していた江川は「イケメンとか美人とかいたら楽しいのにな、色々選べる様にしてよね」と口を挟んできた。

「今はまだまだ開発段階なので考えてみます」と言って関係者達は帰って行った。

 

「ねぇ修造さん、ああいう機械を工場に入れるのって粉とか被るとどうなるんでしょうね。僕たちならお風呂に入れば綺麗になるけど、アンドロイドって隙間とかありそうですよね」

「だな、江川。そう言うのを現場の声って言うんだよ。それ教授に言ってみてよ」

「わかりました」江川は他にも思いつく限りの事をあれこれ紙に書き、それを鷹見に電話して読み上げていた」

それで開発期間は伸びて若干の大きさを変えてみたり薄い膜でアンドロイドを覆って汚れや粉詰まりを防ぐ様に研究が重ねられた。

そして生まれたのが試作機アンコンベンチナルA1-1500

「ねえ、何ができるの?」江川は興味があるらしく常盤と三輪に色々質問していた「分割、丸め、成形、荷物運びとかできるんですよ」

「へぇ」

「試しに一緒に働かせてみて動きを見てみて下さい」

「これってパン屋さんには貸すの?いくらなの?」

「現段階では初期費用300万、月額35万ですかね」

「えっ?高くない?人1人ぐらいいくじゃない?」

後ろで聞いていたリース会社の平方はが説明をした「現段階では体数が少ないので高額ですが、汎用性が高まればおのずと価格も下がってくるものですよ」

 

 

「えーじゃあ平方さんが沢山営業に回らないとね」

「はい、頑張ります」平方がにっこり笑った。

 

ーーーー

 

リーベンアンドブロートでアンドロイドが働き始めた。

実際に現場で起こった出来事や職人の声をデータとして活用する為だ。

誰も使おうとしない。

「忙しくてそれどころしゃないよ」

「ちょっと怖いわ」

という声がある中

「まあまあ、丸めができるんだって、大きさとか分かるのかな?」

江川はアンコンベンチナルA1-1500に名前を付ける事にする

修造がモデルなのでちょっと顔が似ている。

「しゅうちゃんはどうですか?」

「あ、俺小さい頃そう呼ばれてたよ」

江川は親近感が湧く様に『しゅうちゃん』と名付けた。

「しゅうちゃん、これ丸めといて」と言ってアンドロイドのしゅうちゃんに生地を分割して渡した。

「はい、分かりました」江川と台を挟んで前に立ち、しゅうちゃんは生地を丸め始めた。

「えっ」修造ぐらい綺麗に丸めた!

みんな遠巻きだがじっと観察している。

 

 

「話もできるんだな」

「ホントね」などと言って驚いていた。

江川が違う大きさに生地を分割して渡すとまた綺麗に丸めた。

こうやって見てると動きが修造さんに似てますよね。2人いるみたい」

しゅうちゃんが丸めた生地を正確にバットに並べるのを見て皆が「おーっ!」と感嘆の声を上げた。

ミキサーに粉を入れたり生地の出来上がりを確かめたりってどうやってやるのかな?

「しゅうちゃん、これをミキサーに入れて」

「はい分かりました」

しゅうちゃんはこの工場内の機械の場所がインプットされていて、修造の動きで粉をミキサーに入れて、江川が用意したものを決められた順に入れて行った。

修造はそれを見ながら例えば水の温度は人間が見なくちゃならないとか人が使ったものを適当に置くと探せないとか気づいたことを書き込んでいった。

分割も丸目もできるとして、移動して次の別の作業をさせるのが困難みたいだな。ひとつ所において同じ動きをするんならロボットアームみたいなものになっちゃう。人型で色々動けるんだから俺達と同じ様に動けなきゃ意味ないよ。

しゅうちゃんに色々付き添ってやらせている江川を見てちょっと介護の人みたいだなと思った。

教授はまたやってきて、結構難しい『季節によって水の温度を変える作業』のデータを取った。

例えば冬はお湯で仕込む、夏は氷水で仕込む、季節の変わり目にガラリと気温が変わる時の対処など、気温が何度の時の水の温度はと言う店の過去のデータを打ち込んでいくのだ。

しゅうちゃんは一旦持ち帰りになりバージョンアップして帰ってきた。

少し進歩したものの、しゅうちゃはよく故障していた。

営業に来ていた後藤が「やっぱ粉が入るんですね。毎日綺麗にしてやらないと」と言って粉を拭き取っていた。

江川は結構口うるさいタイプなのか、教授が来るたびにしゅうちゃんの動きに注文をつけてもっと粉の入らない様にやり直せと言っている。

しかしそれは製品の質を向上させるんだから悪いことではない。

しゅうちゃんは何度も試作されて新しいのと取り替えられた。

江川の言った通り男性、女性の容姿や背丈も選べる。

鼻をもっと丸くて可愛く目もバッチリして、などと容姿もシリアス路線では無く親しみやすい可愛いものになっていった。

そしてついに江川の許可がおりた。

「江川お前凄いな」

影響力のある江川に修造は感嘆の声を上げた。

とうとう製パンアンドロイドアンコンベンチナルβ750の基礎が完成し、このリーベンアンドブロートから去る日が来た。

修造はアンコンベンチナルβ750に向かって言った。

 

 

「おい、俺たちはこれからもずっとパンを作り続ける、俺たちの手でだ。お前はこれから世に出て沢山のパン屋を助けるんだ。力のないお取り寄りや、ずっと仕事を続けるのが辛い人達のためにだ。頑張れよ」

それは自分の店のスタッフは勿論、しゅうちゃんを取り巻く人達にも言いたかった事だ。

「これで販売してまたバージョンをアップしていこうと思います」と鷹見が修造に挨拶した。

「中身は書き換えられるからあとはボディの動きが気になる。これから出会うパン屋さんの声に耳を傾けてよね」

しゅうちゃんを引き上げるときに江川が鷹見に言った。

一緒に来た平方が「こちらでは使われないですか?」と聞いて来たので修造は「まだ俺たちパン作れるからね」と言って断っていたが、江川はしゅうちゃんシリーズに情が移り寂しそうだった。

「しゅうちゃん、僕がひとりぼっちになったら一緒に仕事してよね」

こうして製パンアンドロイドはリーベンアンドブロートから居なくなった。

 

ーーーー

 

さて、製パンアンドロイドアンコンベンチナルβ750が世に出ることになった。

今までも製パン用のロボットはあったものの、とにかく故障が多くて困っていたがその原因の多くは粉の目詰まりによるものだ。その点β750は江川のしつこい要請により、ボディの周りを薄くて丈夫なシートでコーティングしてあるから目詰まりは防げる。

動きも滑らかになり、パン作りができるアンドロイドを平方は動画にとってあちこちに営業して回った。

昼前

修造は江川とプレッツェルをラヴゲン液に付ける作業中。

「とにかくチーズプレッツェルが人気がありますね」

「だな」

「修造さん、基嶋機械の後藤さんがお呼びです」

「わかった、今行くよ。登野さん、ここ代わってくれる?」修造は立花と作業中の登野にそう言って後藤と事務所に行く。

「修造シェフ、お世話になります」

「どうも、おかけ下さい」修造は向かい合わせでソファに座った。江川が通販で買ったピンクのソファで、色は派手だが座り心地が良い。

「アンドロイドの展示会をやる事になりまして、シェフにお知らせに来ました」

「それは良かった。誰か使ってくれそうですか?」

「そうですね、好感触なお問い合わせがありますよ。ところでシェフ、その時に製パンアンドロイドと一緒にデモンストレーションをやって頂きたいのですが」

「え!」

ステージでシェフと一緒にアンドロイドがパン作りをするんです」

「俺が?」

 

 

 

後藤は修造が断りそうなのを読んで立ち上がって言った。

「いやー基嶋もですね、世界大会の時は一丸となって修造シェフの応援をしたものですねぇ

「えっ!あ、はい」そう言われて修造はちゃんと座り直した。基嶋が世界大会でのスポンサーになっていて、大会が終わったら講習会をしてくれと言われていた事を思い出したのだ。

「普通の講習会より難しそうじゃないか」

 

実際

アンドロイドと一緒の講習会とは?

一般的な製パン講習会はテーマを決めてやるものだが、大概は開催する企業の宣伝がついて回るものだ。例えばバターの会社ならその会社の製品を使うレシピを作って、それを受講者に配ってこんな風に使うとこうなりますとか、販売はこんな風にしてとか説明する。

機械の会社ならオーブンの機能やらミキサーの機能やらが際立つ様な製品を作って見せる。

「うーん」

俺が自分の動きと同じアンドロイドを人に勧めるのか?そもそも自分の意思じゃなかったのに一体どうやって?

いや待てよ

江川だ!

江川みたいに一緒にやって機能を見せるんだ。

製パンの動作から次の動作への横移動、これが難しい。そして次の作業の為の準備、製造。

となると俺は補助だ。

自分の仕事をしながらアンドロイドにも作業をさせる。

「成程」

修造は後藤と綿密な打ち合わせをした。

三輪と常盤にも細かい入力をして貰った。

実際に製品を使うのはお客であるパン屋なんだから、その人達が使いやすい様にしないとな。

大抵のパン工場は狭いんだ。機械が所狭しと置いてあってちょっとした隙間にも物が置いてある

「普通に歩けるスペースは少ないんだよ」

「後藤さん」

「はいシェフ」後藤はいつもみたいに白い歯を見せて笑った。ほうれい線がクッキリと現れ目尻の皺が際立った。

中々後手に回りがちなこの業界に光を当てる様な事をよくやってくれましたね。開発費も半端ないと思います。この計画が軌道に乗ってくれると良い」

「修造シェフ!ありがとうございます。講習会成功させましょうね」

「やるならやるで色んな人に便利に使える様に思って欲しい。俺はそう思います」

さて

デモンストレーションは製パン製菓の大型の展示会でおこなわれる。3日間あり、同じ会場では例の世界大会への切符が手に入る選考会もある。過去に修造も江川と一緒にここに来て、江川は助手の選考会を、修造は世界大会に出場する為他の選手と争い、2人してフランスに行き世界大会に出たのだ。

「懐かしいな」今日はパンの大会でなく、アンドロイドの補助なので、なんだか不思議な気持ちで会場に入った。

 

修造がアンドロイドと講習会をするとあって、そのブースの前は人が取り囲んだ。修造とアンドロイドが並んで講習を行い江川が司会進行。スタッフに大坂と登野が来ていた。

「今日は3人ともよろしくな」

「俺めっちゃ緊張してきました」「私も」と大坂と登野は変な汗をかいていた。

「練習した通りやれば良いよ。江川は全然緊張してないみたいだけど」3人は江川を見た。もうマイクを持ってイキイキとスタンバイしている。

ブースの後ろや横には開発の関係者が並んでいる。

 

 

「皆さんようこそいらっしゃいました。本日はリーベンアンドブロートのシェフ田所修造さんと基嶋機械のアンドロイドのデモンストレーションを行います。こちらが我が社とNN大学理工学部が総力を挙げて開発した製パンアンドロイドアンコンベンチナルβ750です」と後藤の挨拶のあと、江川が「β750のニックネームはしゅうちゃんです。しゅうちゃーん」そう言って手を振るとしゅうちゃんも「江川さん」と手を振って返事した。

実演が始まった。

修造が台の上に生地を広げて「350gで分割して」と支持する。しゅうちゃんは「はい分かりました」と返事して秤を使わずスケッパーを手に持ち生地を同じ大きさに分割した。

「これを見て下さい」江川は分割した数個の生地を計って見た。

「同じグラムだ」

「そうなんです計りは要りません、見ただけで計測出来て、持っただけで重さがわかります。一般常識的な事や、労働するにあたっての立ち居振る舞いはデータが入っていますし、無限に学習していく事ができます。AI機能で記憶していきますので同じことを何度も教えなくていい。今はパンの基礎的な知識だけですが雇う人の個性あるパンを覚え忠実に再現できるようになります。つまり貴店だけの製パンアンドロイドができあがるのです」

修造とアンドロイドの動きを見ながら、江川の説明をアンドロイド賛成派も反対派も真剣な面持ちで聞いていた。

次に計った生地で「成形してバヌトンに入れて」としゅうちゃんに言うと端にあった丸めた生地から成形をしていく。ポンポン叩いてガスを抜いた生地を裏返して何度か端を中心に向かって折りたたんでいき、それをまた丸めてカゴに入れていく。

会場から「ほお~」という一般客や、パン職人達のため息が漏れた。

何種類かのパンの成形が無事終わり、大坂が焼けたパンをテーブルに並べていくと業界人やパン職人達は観察したり写真を撮ったりどこかに電話したりしていた。

会の最後に「何か質問のある方」という江川の言葉に大木が真っ先に手を挙げた「このアンドロイドが職人並みに仕事できるかは今の内容では分かり辛いけど実際導入の手順はどうするの」

その質問にマイクを向けていた江川が「では後藤さんに伝えて頂きます」と言ってマイクを渡した。

「ご質問ありがとうございます。まず当社の方で基本入力を済ませたあと、働き先の歴史とレシピや工房の見取り図、働いてる方の顔が認識出来る様にデータを詳細に打ち込み、ベリファイ(検査入力)を行ってからの納品になります。納品後は何度でもバージョンアップできますからその点は安心です。初めは見習いですのでできることは少ないですが先程江川さんが説明してくれた通り無限に学習していきます」

他の職人がすぐ手を挙げた「パン職人の就職率が下がるんじゃないかと心配する声があるけど?」

「そうですね、全てのパン屋で導入するならそんな事になるかも知れませんが、基本は人の少ない部所や人手のない職場での仕事上のパートナー、労働の担い手として生まれたものです、そうは言っても皆さんが導入して下さるなら弊社としては願ったり叶ったりです」と、後藤が勢いよく言った。

「田所シェフの所でも使うのかい?」という質問に修造が答えた「実演までして言うのは何ですが、俺の所ではまだまだ必要ありません。ですが人手がなくて日々を何とか乗り切っている店は少なく無い筈です。あと何年頑張れるか分からないと思いながら営業を続けるのは辛い延々と手伝ってくれる存在があるのは嬉しいが使いこなせなくては意味がない。なので導入後はミーテンリースの平方さんが手厚く面倒見てくれる様です」

 

皆一斉に平方の方を見たので平方は慌ててお辞儀をした「私にお任せ下さい」

「リース料の分も売り上げを上げないとな」と修造はしゅうちゃんに言うと、見物客からフフフと笑い声が上がった。

 

これを使うとこんな良い事があると理解して貰いたい、そう思って修造は続けた「パン屋のご主人を今の製パンアンドロイドが超える日が来るとは思いません。それは人間ならパン作り以外の心の深みや経験知識があるからです。お客さんの心がわかるから通じ合えるものがある。だけど永遠は無いんですから、例えば夫婦2人で経営していて突然ご主人が亡くなってしまったら残された者はどうなりますか?勿論一人でやっていけるならそれに越した事はない。でも雨の日もあれば照る日もある、挫けそうになった時、ご主人の代わりに手助けしてくれる存在が大事な時もある。いくらでも仕事ができて、力仕事をしてくれて、指示通り動いてくれて、もしそんなものがあったら夢の様でしょう。俺はそう思ってプロジェクトに協力しました。後藤さんの言う様に、もしかしたら高齢化のせいでどんどん無くなる店が増えるかもしれない。でもそれを少しでも遅らせる事ができたら良い」

アンドロイドのお披露目会の初日は無事終わった。

「いやー盛況でしたね。正直誰も来なかったらどうしようかと思っていました」

「ははは」修造も同じ心配をしていたのでホッとした笑いが込み上げた。

アンドロイドは会場の前に立ち、道行く人達が遠巻きに見たり話しかけたりするので後藤がすかさずパンフレットを渡しに行っていた。

そんな後藤を見て「あのバイタリティには感服するよ」と呟いた。

 

片付け終わって帰ろうとすると「修造さん、送っていきますよ」と平方が声をかけて来た。

「どうも」

「ああ!僕も行きますよぅ」江川も一緒に帰る事になった、大坂達に店の車を任せて3人は車に乗った。

「平方さん今後は営業で忙しくなるんじゃないですか?」

「講習会で撮った動画を配信したり一軒一軒まわって営業する予定です。今度は展示会を計画中です。あ、ちょっと待ってて頂けますか?1軒だけ感熱シールを納品させて下さい」

平方がパン屋の前で車を停めてダンボールを持って急いで入って行ったのを2人で見ていた「リットルパンですって、僕知らなかったな。中にはご主人とと奥さんが働いているんですね、あれ?」

 

 

江川は店の中で話している女性店員と平方の方をガン見した。「どうした江川」「僕の勘ではね、平方さんはあの奥さんに好意を持っていますよ」「なんでわかんの?そんな事。ほんとに奥さん?」修造も店の方を見た。青いエプロンをして、頭に赤いバンダナをしている店員と話している平方は確かに顔が赤い気がする。

「僕のお母さんぐらいの人ですよ」

「じゃあ平方さんと同じ年代じゃない?」

「ところでね修造さん、僕聞きたかった事があるんです」江川は平方を見ながら思い出した事を言った。

「和鍵さんてね、修造さんが好きだったんですよ、知りませんでしたか?」

「ええ?そんな事、でも和鍵さんの母親にもそんな事言われたなあ」

修造は遠い目をして言った。

「気がつかなかったしどうしようもない事だよ。勝手ばかりしてて申し訳なく思ってるのにそれでまだ他の女性に目移りなんてしたら俺はクズだ。律子に合わす顔がないし、それに律子って江川以上に凄く感が鋭いんだよ。ちょっとでも他の女性の事を考えてみろ」修造は背中がゾクっとしたのか身震いをした。

「それなら初めから何も気がつかない方がいいんだ」

「そういうものなんですかねぇ」

そこに平方が戻って来た「すみませんお待たせしました」

「平方さんって独身なんですか?」江川が聞いた。

「はい、もう50を過ぎましたがね。私はね、ずっと気になってる人がいて、とうとうこの年まで独り身のまま来てしまいました」

「え?それは相手の人は知ってるの?」

「いえいえ、それはとんでもない事です。ご存知ないですよ」

「もしこのまま気持ちを伝えないで終わっても良いんですか?それで平気なの?」

「言えませんよ絶対に」平方はアクセルを踏んで発進した。

江川は平方が気の毒で帰るまで車の中でずっとシュンとしていた。

 

ーーーー

 

リーベンアンドブロートの駐車場に北風が初めて吹いた日

修造達はシュトレンを、他の物は店の品を作っていた。

「すごい量ですねぇ、こんな時しゅうちゃんがいたらなあ」

「江川は愛着が沸いてたもんな」」

「だって単調な仕事でも何でも嫌がらずにやってくれそうでしょう」

「そうだ、それを今度鷹見教授に言ってあげよう」

その時建物の裏の倉庫から誰か入ってきて工房の扉をノックした。

立花が「興善フーズの納品じゃない?」と扉を開けて倉庫に納品に来た業者を出迎え数量をチェックしていると「ちょっと大坂くん」と呼んだ。

大坂はダッシュで倉庫に行ったが、その後なんだか立花に叱られている声がする。

「あの修造さん」

「どうした大坂」

「やってしまいました」と言って倉庫に大量に積まれたラズベリーを見せた。

先日アプリから注文した時に20と200を間違えて入力したらしい。

「あっ」修造はすぐ興善フーズに電話して詫びを入れて持って帰って貰った。

「何回もやったらお店の信用がなくなるんだから気をつけてね」と立花から注意されて小さくなっている大坂を見て「これがヒューマンエラーってもんだな」と笑って言った。

 

 

製パンアンドロイドと修造  おわり

 

 

読んで頂いてありがとうございます。

このお話は未亡人の目から見た『製パンアンドロイドリューべ』というお話に続きます。

少し未来にリューべは未亡人の所に現れて手助けします。

そして平方米男も。

 

製パンアンドロイドと修造  おわり

 

 

読んで頂いてありがとうございます。

このお話は未亡人の目から見た『製パンアンドロイドリューべ』というお話に続きます。

少し未来にリューべは未亡人の所に現れて手助けします。

そして平方米男も。

gloire.biz/all/3877

 

そしてその何年も何年も先の話

 

修造はパンで作った小さな薔薇の指輪を平方に渡した。

 

「お幸せに」

平方は修造に作って貰ったパンの指輪を利佳に渡して「今度一緒に本物を買いに行きましょう。勿論前のを外す事はありません、二つすればいいんじゃないかと思っています」

「平方さん、ありがとう。これからはリューベと3人で仲良くやっていきましょう」そう言ったかどうか、それはまたいつか。

 

後書き
製パンアンドロイドリューべのお話が気に入って何度も読んでくれた女の子がいて、それがとても励みになりました。
このお話には自分の希望や願いが込められています。


2023年10月24日(火)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン屋日和

 

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン屋日和

 

「パンが沢山売れるのは晴天の日とは限らないんだ。今日みたいに25度前後で少し曇ってると買い物してる奥さんは「まあこのぐらいの気温で天気なら買ったものが痛まないからゆっくり帰れるわよね」と言うわけで、いつもより店内をゆっくり回って多めにトレーに入れる事になる。俺はそれをパン屋日和と呼んでいる、まさに今日みたいな天気の事なんだよ江川」

 

と秋口にお客さんで溢れ返る店内を見て修造は言った。

 

 

江川も確かにそう言われてみればその通りだと思った。夏場や冬場はテラスもあまり使われていないし、春や秋はすごくのんびりしている。

そう言うのも含めてパン屋日和だ。

「じゃあかき氷日和とかたこ焼き日和とかもありますね」

「だな」と二人で笑ってるとパン粉が「ねぇ卓ちゃん知ってる?女優の桐田美月とお笑い芸人のマウンテン山田が電撃結婚したんですって」とネットニュースを見せて来た。

「えっ!あの二人が?」

画面には二人が指輪を見せているところが写っている。

「私だけを見てくれる彼の優しさが何とかかんとかって書いてますよ修造さん。ここで一緒に仕事したのがきっかけかも」

「へぇ、そうなの」

修造は芸能にあまり関心がなく、本当は桐田の事をあまり覚えていない。

「それにね修造さん!由梨ちゃんと藤岡君がとうとう付き合ってるらしいですよ」

「お前よく知ってんな」

「はい、こないだ由梨ちゃんと電話してたらちょっと教えてくれたんです」

パン粉と江川がその話題で盛り上がっているので、修造は店内のパンの品出しに出た。

「いらっしゃいませ」と声をかけると、中には一緒に写真を撮ってくれと頼まれることもある。

修造の苦手な事の一つだが、最近は嫌がらずにちゃんと口角を上げて笑顔を作る。

なぜこんな野暮ったい自分と写真なんて撮りたがるのか不思議だが、その写真はSNSに上げられる。

江川とか凄い愛想良くてサービス精神もあるもんな。そんな事を考えていると「あの、すみません」と、70歳ぐらいの女性が声をかけて来た。

「お医者さんに糖質を減らせって言われてるのだけど何がお勧めなのかしら」

色々と迷っていたらしいので、修造はSAUERTEIG-ROGGENBROT MIT FRÜCHTEN UND NÜSSENと言うフルーツとナッツの入ったライ麦パンを選び、岡田にパン切り包丁とまな板を貰ってテーブルで薄くカットして一切れ渡した。グレーブラウンの生地の断面にはアプリコットやアーモンドとヘーゼルナッツ、その他のドライフルーツ、オーツ麦フレーク、亜麻仁などが鮮やかに見て取れる。

 

 

「ドイツパンは普段食べられていますか?」

「いいえ、菓子パンとか食パンが多いかしら」

「あまり馴染みがないかもしれませんが、ライ麦パンは低GI食品と呼ばれていて血糖値の上昇が起こりにくい。ミネラルや食物繊維も含まれていて、ドライフルーツはマグネシウムやカリウムなどのミネラルを多く含んでいます、そしてナッツもミネラル、食物繊維、不飽和脂肪酸が含まれている。これを食べたから健康になれるとは言いませんが、お腹が空いたらこれを食べるのは良いことかもしれません」修造は普段無口だがパンの説明になると饒舌になる。

「そうなのね」と言って渡されたパンを食べてみた。

思っていたより固くなくて生地には水分が多く、パサついておらず酸味が旨味に感じられ、それがマッチしてフルーツとナッツがより美味しく感じられる。

「あら、美味しいわ」

修造はまた口角を上げて笑った。

「こんな風に薄く切ってよく噛んで召し上がるとあまり沢山食べなくてもお腹が満たされる」

「やってみるわ」

と言う会話も、周りを人が囲んで皆写真を撮っていた。修造はパンを一口サイズに切って「これどうぞ」と言うと皆一斉に手に取りあっという間に無くなった。

それをみていた立花が「凄い人気ね」と呟くと、大坂が「さすが修造さんですね」と隣に立って返事をしてきた。あれから大坂は何かにつけ話しかけてくる、立花が要るものを先にとってくれたり、高いところの物を取ろうとするので「気を使わないで頂戴」と言われて、流石にアプローチが過ぎると反省したのか最近はちょっとだけ静かになった。

「修造さん、パン好きビクトリィの会長横田元子が取材に来る日ですよ」

江川がホワイトボードの予定表を見ながら言った。

「あ、本当だ、もうすぐ来るね」

岡田にそう言おうと思ったが、すでに店内に落ちたパン屑を掃除してくれたり、パンを綺麗に並べてくれている。

「いつもながら岡田には感謝だなあ」

しみじみとそう言ってると「修造シェフ」と横田が声を掛けてきた。

「この間は長々と車の鍵を探して頂いて本当にすみませんでした」横田は頭を下げた。

「いえいえ、見つかって良かったですよ、パン粉ちゃんのお陰です。あの後番組に出して貰ったんですか?」

「はい、パン粉ちゃん私の知らないパン屋にも詳しくて驚きました。しっかりしてますね彼女」

「そうですね、江川も世話になってる様です」

「さて、シェフ。店内でパンとシェフのお写真を撮りたいんですが、どのパンが良いかしら」

 


横田は店内を見回って「これですかね」と言ってトレーに修造拘りのプレッツェルやブロートを持ってきた。流石業界通、よく調べてある。もしこの時点から「わあ〜美味しそう!何がおすすめですかぁ?」と聞いてきていたら「何も知らないで来たな」とあまり相手にしないかも知れない。なので横田に敬意を表して少し深めの説明をした。特にドイツの修行時代の話やその時仲良くなった親友、世話になった師匠の事も話した。あまり表に出ない話だったので横田は大喜びでボイスレコーダーを回しながら特筆のメモも取っていた。

大会で優勝するという事は過去の話も有り難がられるものなんだなどという事は、この店を開店してから日に日に濃くなっていく。

そして横田の『リーブロ訪問!修造シェフに直聞き』という記事はパン好きビクトリィのホームページに載り、さらに忙しくなっていく。

こうなると時間内に仕事を納めるのは難しい。修造はそんな時、従業員になりたいと言う江川の知り合いからの電話を受け取る。「一人は製造もできて事務もできるの?有難いなぁ!そして仕込みの専門と焼きの専門がいるの?すぐ面接に来てよ!」

と電話を切って江川に知らせた。

「僕の知り合いですか?」

パンロンドかベッカライホルツの職人しか知らないので、誰かと思っていたら「あっ!塚田さん、三田さん、辻さん」以前(イーグルフェザーと言うお話で)鷲羽とヘルプに行ったベークウェルと言うパン屋で知り合った職人達が入って来たので江川は大喜びだった。

三人は江川を囲んで再会を喜んだ。

それを見ていた修造は江川にとって良い環境になって来たと安堵していた。

塚田は顔立ちがキリッとして頭の良さそうな奴だ。その塚田が言うには「僕たちのいたベークウェルは店長の横流しと使い込みが原因で経営が困難になっていました。それで社長があの店を閉めることにして、僕たちは他の店舗にバラバラに移動になっていました。そんな時に江川さんの居る店が開店したと聞いて三人で応募したんです」

「そうだったんだ、色々大変だったんだね」

「これから江川さんと一緒に仕事できるし、修造さんにも仕事を教えて貰いたいです」

「みんなよろしくね」

 

 

「はい」

四人は青春っぽく拳を合わせた。

 

その時

 

販売員の安芸川が店から「修造シェフ」と緊張した面持ちで内線をかけて来た。

「どうしたの?安芸川さん」

「し、市長が来られてます」

「えっ!市長が?」

店に降りてみると良い仕立てのスーツを着た貫禄ある女性と秘書っぽい細い男が立っている。

「いらっしゃいませ」修造が声をかけた。「あなたがここのシェフの修造さんですか、私笹目市長の富沢富美代と申します」と名刺を渡してきた。

「どうも」

「先日私の母がこちらで食べたパンがとても美味しかったと話しておりました。それ以降シェフの話ばかりしております。あなたは世界大会で優勝さなったシェフだそうじゃないですか」

「はあ」

「実は今度笹目中央公会堂で一ヶ月間地域おこしのイベントがあります。イベント会場ににこのお店の出店を記念してパンで何かを作って頂けたらと考えております」

パンで何かを作るって随分ぼんやりしてるなと思って聞いていると「シェフが母に長い名前のパンをテーブルでカットして下さった話を何度もするもので、シェフの事を調べて貰ったらとても立派な着物の女性をパンで作ってらっしゃった。それでどうでしょう、イベント用にパンで大型の飾りパンを作って下さいませんでしょうか」

修造は以前パンの試食をして貰った婦人の事を思い出した。

「あの奥さんの娘さんでしたか、勿論力になりたいけど、もっと長持ちする芸術作品の方がいいんじゃありませんが?残念ながら重みで撓んできたり劣化したりするものなんです」

「そうなんですね、何かいいアイデアがあったらまたお知らせください」

「考えときます」

 

 

市長のお母さんの為なら頑張りたい気持ちはある、だけど他にもっとあるだろう、ブロンズ像とか油絵とか。と言いながら修造の中ではアイデアが大きく膨らんでいく、頭の中でどんな形でどんな大きさで、どこに置くんだろう、どんな人が見るんだろうなどなど考えが止まらなくなっていく。

そして作る工程を考え出すともう止まらない、イラストを描いてここのパーツはこんな風にして、ここはこんな色にして。

 

そしてとうとう作り始めてしまう。

 

ーーーー

 

何日か後

市長の秘書の島田が来た。

「田所様、あれからお考え頂けたでしょうか」

「そうですね、イベント期間中だけ飾っておいてあとは持って帰って店に飾っておくか、欲しいと言う人にあげてもいいとか考えてました」修造は島田に設計図を渡した。

「なんと立派な!ここまで考えて頂いてありがとうございます。ではその様に進めさせて頂きます」

話してると江川と塚田がやって来て「ねぇ、あれってねえ、大変なんだ作るの」と江川が「まさかただって訳じゃないんでしょう?材料費の事もあるし」と塚田が二人で秘書を挟んで言った。

「では帰ってその旨市長に報告してご連絡致します。会議で予算が通ったらお支払い可能です。材料費が分かりましたらメールでお知らせ下さい」

「頼んだよー」

うわ、俺ならそう言うの言い出しにくいなと修造は見ていた「凄いな2人とも」

 

 

そんな訳で修造の芸術作品は公会堂のイベントに飾られる事になった。

 

 

 

沢山の人に分かりやすい物をと考えて、パンのヴィーナスというテーマにする。

生命の息吹と未来への羽ばたきだ。

しかし修造のイメージを実現化するにはパーツの数が半端ないしとにかく重くなるだろう。それを支える為に土台も重くした。

「完成してから運んだんじゃ壊れそうだから現場で組み立てたいんですよ」

修造は秘書に電話した。

そしてイベントの何日か前に土台を現場に運んだ。

イベント会場は公会堂の外にあり、舞台と観客席がある。その上の大きな屋根は白いテントでできている。仮設ではないのでそこでは度々音楽ショーや野外映画会などが行われている様だ。

今回は地域おこしのイベントなので、リーブロはその町にある店という事で修造のパンの作品(パンデコレ)は舞台の後ろの真ん中に飾られる。

「まあここなら外とはいえ雨も掛からないしな、よほどの風が吹かないと大丈夫だろう」

 

 

その日から修造は工房でパーツを作っては会場に持っていって江川と二人で仕上げる日々が続いた。

修造と江川が水飴でパーツが外れない様に仕上げていき、冷却スプレーでそれを冷やし固めていく。

倒れてはいけないので裏側に角材を取り付けて柱に結んだ。島田が夜は誰かしらが悪戯するといけないので囲いを設けてくれていた。

「何日かかけて現場に作りに行ってるんだ」修造は工房で仕事中横にいた和鍵に説明した。

「私もお手伝いしに行って良いですか」

「うん、じゃあ今日の夕方現場に行ってパーツを取り付けてみよう」

「はい」

いつもは江川と来るのだが、今日は和鍵と細かいパーツの取り付けを行った。

作業中

修造がパーツを取り付けながら言った「不思議なものだな、最近まで全然知らない土地だった所で受け入れられて、イベントで一か月の間皆んなに見て貰えるものを作ってる。こうしてパンの可能性を広められるのは良いことだ」

「パンってスーパーに並んでるものだと思ってました。今は違いますけど」

「パンにも色々あるんだろう、この際驚く様なものを作ろう」

「はい」

近くにいると修造の燃える様な熱意と作品から情熱が伝わってくる。

過去に和鍵の周りにいた人を裏切ったり嘘をついたりする大人とは全く違う種類の修造の人間像に対して強い憧れを抱いている。

「私ももっとパンの勉強がしたいです」

「明日手ごねをやってみよう。普段はトッピングとか成形ばかりだから目先を変えてみようか」

「はい!お願いします」

最近の暗い顔に比べて和鍵希良梨の顔色が明るくなった。

 

ーーーー

 

とうとうパンデコレは出来上がった。

 

 

イベント会場には明日の準備で多くのスタッフがいて、皆作業の手を止めて時々振り返っては高さ2メートル50センチで見た目にも圧倒される『パンの女神』を珍しがったり感嘆の声を上げたりしている。

土台の形は修造得意の組み立ての技法で複雑な形を成し、細かなパーツは執念によって作られ組み立てられた。宝石の様な色合いは色を変えた飴細工によって成されていて、輝きを添えている。

 

島田がやって来た「田所様、いやー驚きました!凄いものが出来上がりましたね。明日から一ヶ月間はとうとうイベントの日です。毎日色んな地域の町おこしがやって来て、土日は特に人が動いて賑わうでしょう。市長もお喜びです。こちらイベント終了後は第一庁舎のロビーに飾られる事になっています」

「建物内に運んで貰えるなんて有り難いです。それと礼金まで払って頂いてすみません」

「文化芸術予算から経費が出ました。まさかこんな綺麗で大きいものがパンでできるなんて思いもよりませんでした」

「どうも」

「では明日オープニングで挨拶をお願いしますね」

「えっ?挨拶!?」

「はい、スタッフの朝礼の挨拶みたいな感じでお願いします」

「何を話せば良いんですか」

「シェフの事を知らない方の為に経歴とこの作品を作った訳とかでも良いですし」

「うーん、考えてみます」

「ではよろしくお願いします」

修造は家に帰ってただいまのハグをしながら妻の律子にその事を話した。

「挨拶かあ。明日は来賓客の中にはイベント関係者とか市の有力者とか来そうね」

「そんな人達に挨拶とか苦手だよ」

「イベント開催のお祝いと感謝の気持ちを伝えたら良いんじゃない?」

「そうするよ、おめでとうございますありがとうございますとか言って時間を稼ぐよ」

修造は原稿を書き出した。

笹目市について少し調べてみる。産業は山と畑が多いせいか農業が盛ん、特産物はイチゴや梨など。

他に工業製品の会社も多い。

「うーん、挨拶とは関係ないなあ」

修造は頭を悩ませた。

 

次の日

イベント開催の時刻になり、階段状になった座席には地元の人や来賓客が並んで座っていた。

市長の挨拶が過ぎ「世界大会で優勝したパンのシェフに作品を作って頂きました。盛大な拍手をお願いします」と言う言葉と共にパンデコレの前に掛かっていた垂れ幕が外される。

人々は驚いて「あれパンで出来てるの?」と口々に言っている。

「それでは田所シェフ、皆さんにご挨拶をお願いします」

え!

修造は多くの人を前にして用意していた挨拶を忘れてしまった。

なんだっけ?と、客席に座っている律子の顔を見た。

律子は子供達と並んでいて、頑張ってと拳をグッと握ってて見せた。

 

 

仕方ない、普通の事を普通に話すかと覚悟を決めた。

「あの、田所と言います。リーベンアンドブロートは生活とパンと言う意味で名づけました。毎日の生活にパンは欠かせない、そこには色んなライフスタイルがあって、色んな場面で色んなパンが食べられている。縁あってこの笹目市に店を構えたんですから地元のお客さんの生活にリーベンアンドブロートのパンを取り入れて頂けたらと思っています。パン屋さんの仕事は過酷と思ってる人が多いかも知れません。たとえ作ってる所が誰にも見えなくても出来たパンがお客さんといい出会いがあればそれでいい。これからも俺はその為に努力を惜しまないつもりです」

と言って頭を下げた。

剛毅木訥、仁に近し

修造は頑張った。

人々は修造に拍手を送り、無事オープニングイベントが始まった。

 

ーーーー

 

「修造さん、秋なのに季節はずれの台風が近づいて来てるんですよ。三日後の夜にはこの近くを通るらしいですがあのパンデコレは大丈夫なんでしょうか?」

心配する江川に「明日辺り囲いを強固にしようか?」と答えた。

「そうですね、役所の方にも頼んでみたらどうでしょうか?」

「うん、俺電話してみるよ」

ところがその日の夕方にわかに風が強まって来た。早上がりの大坂と立花が心配して見に行くか相談している、それを和鍵も聞いていて、三人で行く事になる。

「修造さん、俺達帰りに見に行って来ます。シートと紐を持っていきますね」

「ありがとう大坂、俺も後で行くよ」

修造も作業が終わったら行く旨を伝えた。

三人がバスで駅前に移動して現場に立ち寄ったら会場の中に外から中心に向かって風が吹き、囲いが倒れていた。

パンの女神がグラグラしている。急いでシートを巻き付けようとしたが風で旗めいて上手くいかない。

大坂が「三人で囲いにシートを巻いて動かない様に固定させよう。俺が囲いを押さえてるから紐で巻いて、その後紐を両側の柱に結ぶ」

しかしダンボールなどの四角い荷物じゃあるまいし、無理に巻くと羽や複雑なパーツが折れる。結構困った状態に陥っていると横風が吹いた「あっ」パンの女神が横倒しに倒れそうになり急いで和鍵が支えたが突風が吹きつけ固定していた角材が外れ、バリバリと言う音と共に和鍵が下敷きになった。

「和鍵さん」バラバラになった破片を避けて大坂が引っ張り出した。

「すぐ救急車を呼んで」ベンチのところに和鍵を運びながら立花に言った。

「パンの女神が」和鍵は破片を掴んで壊れたパンデコレを見てショックを受けていた。

「救急車が来た!」立花が走って救急車から担架を出す隊員に声をかけに行った。

痛いところを色々聞かれている。どうやら手首と足首を痛めた様だ。歩けないので担架に乗せられて移動したので大坂は立花も救急車に乗せようとした。

「パンデコレはどうするの?」立花はパンの女神の方を振り向いた。

「ここは危ないから一緒に行って。俺は修造さんに連絡するよ」と言って立花を救急車に押し込んだ。

「私が残るよ」

「ダメダメ危ないから」

 

 

救急車の後ろのカーテンの隙間から心配そうに覗いている立花に大丈夫と目で合図していると救急車がサイレンを鳴らして動き出した。和鍵を診てくれる病院が見つかったんだろう。遠ざかる立花の視線を見送った後、修造に電話して起きた事を話した。

「大坂ありがとうな。俺は立花さんに電話して行った先の病院に向かうよ。危ないからもう帰っていいよ」と言われるが、紐もシートもバラバラになったのをまとめて、本体を横にした後折れた大量のパーツを集めた。「これって元に戻るのかな」

打ちつけてくる強風の中、なんとか一人で全てをシートで覆い紐を左右の柱に渡して結んだ。

その後立花に電話して病院を聞いて駆けつけたらもう修造が立花から話を聞いていた。

 

 

「修造さんすみません。なんとかしようと思ったんですが、風に煽られて和鍵さんが下敷きになっちゃって」

「二人が悪いんじゃないよ。ありがとうな、もう帰っていいからね」と言って修造は和鍵の病室に入った。

それを見送ってから立花が「あれからどうなったの?」と大坂の服についた落ち葉を取りながら聞いた。

「うん、とりあえずまとめてシートでカバーしたよ、天気が良くなったら治るかどうか修造さんに見てもらおう」

「そうね、和鍵さんは足を痛めたけど検査は明日になるらしいわ」

「今日は入院かな」

「さっき和鍵さんが家族に電話してたわよ。すぐ来ると思う」

「そうなんだ。あんなにパンデコレを心配してたんで、思ってたよりいい奴なんだなと思ったよ」大坂は病室の方を向いて言った。

「こないだは修造さんにパンの仕込みを真剣に教わっていたわ。今日はカンパーニュを教わってた」

「そうだったな」

と、そこで会話が途切れたので

「風が強いから送って行くよ」と会話を繋げた。

「いいわよ、また帰り道が分からなくなるわ」

「うっ!だ、大丈夫だと、思います、それに道々目印になるものを見ながら歩いたら良い。何かいい店があれば言ってください」

「途中美味しそうな町中華の店があるわ、いつもいい匂いがするの」

「それだ!」

「なんだかお腹空いたわね、もう7時過ぎてるもの」

「じゃあそこで飯食って帰りましょう」

「そうね」

「こんな風に話してるなんて俺たち随分仲良くなりましたよね」

「そうかしら」

さっきは随分心配そうだったのに立花は気のない感じで答えた。

 

ーーーー

 

一方病室では手当の終わった和鍵がベットに横になっていた。

「悪かったな和鍵さん。うちの作品を守る為に怪我をさせてしまった。本当に申し訳ない」修造は頭を下げた。

「治療費と休業保証はさせて貰うから」

「骨折はして無いとお医者さんも言っていました。すぐ退院と思うので大丈夫です。私修造シェフの事が大切なんです、だからあれを守りたかった。あんなに何度も作りに行ってたのに結局壊れてしまった」

「自分を責めるのは間違ってるよ」

その時和鍵の両親が横開きのドアを勢いよく開けて、修造を見るなり激昂しながら入って来た。

「和鍵さんのご両親ですか?この度は申し訳ありません」「お前か!うちの娘を退職させようとしたパワハラ上司は!今度はうちの娘を怪我させて!手をついて謝れ!今度こそ訴えてやるからな」と詰め寄った。

「やめてよ2人とも!こんな店こっちから辞めてやる!だからもういいでしょう。疲れたから今日は2人とも帰って」

と言って枕を怪我してない方の手で投げつけた。枕は両親にあたる前に修造がキャッチしてベッドの足元に置いた。

「大嫌い!訴えたら許さない!」

これまでずっと可愛がっていた娘に大嫌いと言われて父親は狼狽えた「何故なんだ、お前の為に言ってやってるんだよ」

「頼んでないわよ!早く帰って」言われた通りにする習性が染み付いている母親は「お父さん、また明日来ましょう、もう辞めるって言ってるし、それでいいでじゃない」母親にグイグイ押されて父親は病室から消えた。

修造はしゃがんで和鍵の顔を覗き込んで言った。

 

 

「今俺を庇う為に辞めるって言ったんだろう。本心じゃないじゃないか」

「いえ、もういいんです」

和鍵はそれ以降、下を向いて何も言わなかった。

大切と言った事に返事が欲しかったが、聞かなくても分かっている。修造にとって律子が一番なのは見ていて分かる。

病室で一人窓の外の吹き付ける風の音を聞きながら「もう色々無理だから」と呟く。

 

 

夜九時頃

大雨が降っていた。

修造は一旦リーブロに戻ってから和鍵の家を訪ねた。

「何しに来た!」

さっきのイライラもあって、父親は玄関先で修造を叱責した。

「先ほどは申し訳ありませんでした」

大嫌いとか訴えたら許さないと娘に言われたばかりなので裁判の話はしなかったが怒りが収まらない。

「うちの娘に怪我をさせて!どうしてくれるんだ」

その後ろで母親は何故娘がこの男を庇うのか不思議で観察する

男らしい責任感のある態度

一本気な感じ、ひょっとして娘はこの男の事が。そう思いながら口に手を当てて修造を凝視した。

修造はバッグから取り出した和鍵のパンを見せた。

「和鍵さんはうちの社員をいじめていました。その後その社員と勝負をして負けたんです」

「希良梨が」

「はい、だけど段々変化してきたと思います。最近は仕事に向き合っていた。俺も和鍵さんに本格的にパンを教え始めた所でした。これを見て下さい」

「これはなんだ?」

「このパンはミッシュブロートと言って小麦とライ麦を配合したパンです。和鍵さんが生地を作ったものです」

そう言って父親にパンを渡して話を続けた。

「今日パン作りをしていた時は辞める様子なんて微塵も無かった。今日は俺を庇う為に辞めると言ってしまったんでは無いですか」

「希良梨があんたの所の職人をいじめていたのか」

「はい、でも今は違います。上手くやっていけそうでした」

和鍵希良梨が高校生の時、担任に娘が同級生をいじめていた事があると聞いたが全く信じずに『うちの娘がいじめなんてする訳がない』と突っぱねて話も聞かず、校長に捻じ込んで担任を糾弾して辞めさせた事がある。その時娘の希良梨はいかにも自分は悪くない様に立ち回っていた。

ところが今は遠回しに店やこの男を庇っている。

「一体何故なんだ」父親の呟きを聞いて母親が言った。

「オーナーの事が好きなのよ」

「えっ」修造と父親が同じぐらい驚いた声を出した。

「だから辞めると言ったのよ。この責任はどうとってくれるの。あなた結婚してるんでしょう、離婚しなさいよ」

「離婚なんてしません。急に何を言ってるんですか」

「それがあの子の望みだからよ」

「飛躍しないで下さい。そんな話をしに来たんじゃない」

「ママ、何を言ってるんだ」父親は両手を振って母親を遮ったが、父親越しに続けた。

「さっきあんたも希良梨が自分を庇う為に辞めると言ったって言ってたじゃない。責任取りなさいよ」

「馬鹿な事を言うなママ」

「問題をすり替えないで下さい。本当の事に目を背け過ぎだ。そんな発想子離れしてないのが原因でしょう。娘さんは職人として自立しかけている、俺はその事を話しに来たんだ。その為にパンを見せたのに」

二人とも話が通じず変な方向に向いてきた。修造にすれば自分のところの職人を大事に育てたいからやってきたのに。

「このまま和鍵さんが成長するのを邪魔してばかりではうちも辞めてご両親とも上手くいかなくなるんじゃないですか?もう変わらないといけない所まで来てるんですよ。あなた達が捻じ曲げてきた結果でしょう」

二人とも黙ってしまった。

心当たりがあり過ぎて困っている様だ。

「俺は明日和鍵さんともう一度話してみます。今日このパンを前にして、今後の事をよく考えてみて下さい」

そう言って出て行った修造をそのまま見送り、二人は食卓にミッシュブロートをおいて向かい合って座った。

「希良梨は大人になってきたんだな。あの男がさっき希良梨は段々変わって仕事に向き合ってると言っていた」

「そうね」

「あの男の言う通り私達も考え直さないといけないな」

和鍵の父親はパンを母親に渡した「これを切ってくれよ。希良梨の作ったパンだ」

「そうね、頂いてみましょう」

 

 

 

和鍵の母親はパン切り包丁でカットしたミッシュブロートを皿に乗せてだした。

クラストは力強く、クラムはしっとりとしている。

「美味しいわね」

「そうだな、こういうパンって固いと思っていたが意外と甘いもちもちした食感なんだな」

「これを希良梨が作ったのね。私達あの子を子供扱いして、気持ちも良く聞かずに決めつけてた所があったわね」

「段々色んな経験を積んで大人になっていくんだな」

二人は生地の断面を見ながらしみじみと言った。

 

ーーーー

 

次の日

強く雨と風が吹きつけていた。

修造は仕事終わりにもう一度和鍵の病院を訪ねた。

「具合はどう?改めてうちのパンデコレを守ろうと怪我をさせてしまった事、申し訳ない」修造は頭を下げた。

「もう大丈夫です。明日退院なんですが、ただの打ち身だったので入院しなくてもよかったのに」

「怪我に変わりはないよ」

「パンデコレはどうなりましたか?」

「大坂が上手くまとめてくれたそうだから後で見に行ってみるよ」

「はい」

「昨日辞めると言っていた事で、あの後ご両親と話してきたよ」

「そうだったんですか。私も昨日よく考えました。今までの自分は間違っていた。真実を捻じ曲げてきたんだなって」

「これからもっと変われるよ。ご両親も和鍵さんの変化と共に変わってくれるんじゃないかな」

「うちの親はやり過ぎるんです。私も両親に合わせてたし、両親も私に合わせていて、それが悪い方にいってたなって思います。江川さんの事、すみませんでした。辞める前に謝ろうと思ってました」

「昨日のことならもう裁判にはならないしだったら辞めなくても良いんじゃない?」

「いえ、もう無理を通したくない。私一人で暮らして新しい環境で一から頑張りたいです」

「そうか、わかったよ。応援してるからな」

「はい」

 

ーーーー

 

嵐が過ぎた後のイベント広場は落ち葉があちこちに散乱して荒れていた。

「今日はどんよりしていて涼しいパン屋日和でしたね、お店も沢山お客さんが来てましたね修造さん」

「だな、江川」

修造と江川はパンのヴィーナスの修復ができるかどうか見に来ていた。

「大坂がちゃんとまとめてくれたんだよ」

よく似たパーツを集めてあったので助かる。前の様にはいかないが、遠目には分からないぐらいには治せるだろう。

「イベントが終わったらこれはもうダメだな。腕も折れてるし」

「残念ですね、あんなに頑張ったのに」江川がシクシク泣きながら修復していた。「仕方ないよ形あるものはいつか壊れるんだ」

「だって」

 

「江川」

 

「和鍵さんが辞めるんだ」

「僕お見舞いの電話をした時和鍵さんから直接聞きました。僕に『今までごめんね』って言ってくれました」

「そうなんだな。なんか辛いな。色々あったけど一生懸命やってくれていた」

「予想もつかない事が沢山ありますね」

「それでもひとつひとつ乗り越えていかないとな」

江川はパーツを引っ付けながら言った「あの」

「うん」

「僕も言ってなかった事があります」

「え?」

 

 

江川はずっと修造に言わなくてはいけないと思っていた事があった。

今二人きりなので言うべきかと思っていた。

「僕本当は男の身体なのになんだか男でも女でもなくて、それで心が不安定なんです。愛莉ちゃんだけがこの事を知っています」

「うん?」

修造は手を止めて頭の中でもう一度江川の言う事を復唱した。

修造にとって予想もつかない事だった。

「そうだったんだ。俺は鈍いから江川の悩みを全然気が付いてやれなかった。きっと辛かったんだろうな。だけど俺にとって江川は江川なんだ。今までと変わらず接するよ。教えてくれてありがとうな」

「僕もこれからもずっと今まで通り修造さんとパンが作りたいです。面接で修造さんと初めて会った時、修造さんは丁度生地を捏ねていて、凄く無心で誰が自分の事をどう思ってるかとかそんな事関係ない生き方もあるんだって思いました。僕もそんな風にに生きられたら良いと思います」

これからもと聞いて、修造は2年でお前を一人前にする計画を練っているんだからと心の中で思った。

「ふふふ」修造が建てている計画、それはどんな事なのか。

 

パン屋日和 おわり

 

 

修造の計画の前に

次のお話は製パンアンドロイドが生まれるお話です。

どうぞおおらかな気持ちでご覧ください。

 

 


2023年09月06日(水)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ  満点星揺れて

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 満点星揺れて

 

ここは笹目駅から少し離れたリーベンアンドブロート

その工房で江川は修造の例の謎のドイツの歌のハナウタを久しぶりに聴いた。

グーググーグーグーと聞こえてくる。

大坂がパンを焼きながら「これなんの音かなあ」と言っている。

修造は紙に模様をカッターで切り抜いて大きなパンに乗せて粉を振った。そしてステンシルで絵を描きオーブンに入れた。

ああ〜

大地!

もう一歳だ!早いなあ。

ずっとずっと可愛いままだ!

「江川、オトータンって呼んでくれるんだよ!」

江川が「もう一歳なんですね〜」と感慨深げに言った。

「感激だよ!最近あまり会えなかったからこれが焼けたら持っていこうと思って」

「僕その間頑張るから行ってきて下さい」

「ありがとう江川」

「大地ちゃんの一升パンですか?」

「そうなんだよ大坂」と言って修造はオーブンを覗いた。久しぶりにニコニコしている。

大坂と森田は2人でパンを焼きながら話し合った。

「結婚かあ、俺はいつか結婚とかする気がしないなあ」森田が言うと「俺なんてしばらく彼女もいないのに」大坂が答えた。

「身近な女性は?」

「いないよ全然」

「前の所は社内恋愛禁止だったよ」西森が思い出して言った。

「社内恋愛ってどうなるの?」

「上司に呼び出されて色々聞かれて1人移動になってたよ」

「えっそうなの?一店舗しかないと移動もできないね」

「気をつけよ、というか今は恋愛とかする人も少ないんじゃない?」

「そうかなあ」

立花が「はいこれ、話に花が咲きすぎよ」と注意してきた。

「すいません」と西森と大坂は頭をペコっと下げて立花が渡してきたナスと鶏のタルティーヌを受け取ってオーブンに入れた。

黙ったまま作業して大坂は思った『立花さん素敵だなあ、いやいや社内恋愛はいけないらしいし。立花さんと付き合ったらどんな感じかな。やっぱ俺頼りないから叱られたりするのかな。こら!いけないぞ!なんてな』大坂は馬鹿みたいに1人顔を赤らめた。

「ただいま、ほら見て律子」

家に帰った修造はお帰りなさいのハグをして、ケーキと一升パンを律子に見せた。

「すごいデザインね、ケーキも可愛いし、力作ね」

「だろ、早速大地に一升パンを背負わせてみよう。大地こっちに来て」修造は大地に向かって手を広げた。

「オトータン」大地はヨチヨチと修造の所に来た「パン」「そう、パンだよ」

そう言っていかついデザインの一升パンを座ってる大地にそっと背負わせてみた。初めて重いものを背負ったので泣くかなと思ったが、顔を真っ赤にして、机に捕まって立ち上がった「うわー大地すごい力持ちだね」とはしゃいでいる。

 

 

長女の緑(みどり)はそんな両親の様子を写メして江川に送ってやった。

ピロリロリロピロリーン

「あ!メールが来た?修造さんかな?」とメールを開いた江川は笑顔になった「緑ちゃんからだ。ウフフフ、ねえ見て愛莉ちゃん」

店で作業中の小手川パン粉、本名瀬戸川愛莉に修造の写真を見せた。

「えっ、あの渋い修造さんが家ではこんな笑顔になるのぉ」

「そうなんだ、家族の事になると表情がガラリと変わるんだ」江川はイベントの帰りに必ず妻の事や子供の事をのろける修造を思い出して言った。

「修造さんってどんな場面でも全力なのね」

「今度娘さんの緑ちゃんと空手の試合にでるらしいよ。ヌンチャクの型とか言うのを2人でやるんだって」

「ヌンチャクって何?」

「えーと、二つの棒が紐で繋がった武器?」

「ふーんそんな物が武器になるのね」二つの棒を紐で繋げる?ヌンチャクを見たこともないパン粉にはそれがどんな形なのか想像つかなかった。

ーーーー

その頃

パンロンドでは

「なあ杉本」

「なんですかあ藤岡さーん」

「この漢字知ってる?」とスマホの画面を見せた。躑躅と書いてある。

「なんて読むんですかあ?」

「ツツジだよ」

「へぇ〜むずいっすねぇ」

「手に書いたら覚えられるんじゃない?こういうの得意でしょ?」

 

 

藤岡は見本としてホワイトボードに躑躅と書いた。それを杉本が手の甲に書く。

その藤岡を見て、由梨は誰にもわからない様に小さなため息をついた。

藤岡はとうとう修造の店で探していた立花を見つけたが、あれからその事について何も言わない。

チラッと藤岡を見たが、普段と変わらない様に仕事をしている。

どうなったのかな、もう2人は再会したんだろうか、それともまだ何もないままなのかしら。

この半月程気になって仕方ない。

「あの」

「なに?由梨」

最近動画を撮りに行ってないんじゃありませんか?」

「うん、そういえばそうだね」

もう撮る必要が無くなったからだわ。修造さんの店にいてるあの立花さんを見つけたから。

 

ーーーー

 

リーブロにて

夕方

帰り際、最近では自分から誰にも話さない和鍵に大坂は声をかけた。

「やるならやるでみな同じ向きを見いてた方が仕事しやすいんだ。1人だけ流れと逆に行くのは疲れるだろ。江川さんに負けた以上上手くやっていかないと。初めは愛想笑いでもいつか本気で笑える日が来るって!な!明日から生まれ変わろう!」

明日に向かって拳を振り上げる、声が元々大きい大坂の事を心の中で『ウザ』と思ったが、確かに言われた通りだし、ここではもうそうする以外に無いのはわかっている。

和鍵は江川が仕事しやすい様に型やカップにアルミホイルを引いたりして前日準備を昼の分までやってから帰った。

 

ーーーー

 

東南商店街にある由梨の両親が経営している着物屋『花装(はなそう)』では、明日の浴衣イベントに参加する為に準備で大忙しだった。

東南駅からは随分離れた大きな街の南会館という所で着物屋が集まって行う『夏の大浴衣市』があるのだ。

由梨もこの日はパンロンドを休んで、浴衣を着て手伝いに行く事になっている。

父親と由梨は車に着物やら小物やら展示用のグッズを沢山乗せて前日準備に出かけた。

「あ、ここはリーベンアンドブロートの近くだわ」父親の運転する車は笹目駅の横を通り過ぎ、三つ先の駅を曲がったすぐの所に着いた。

着物を展示しながら由梨は立花の事で頭がいっぱいになった。

こんなにクヨクヨするのならいっそ立花さんに会いに行こうか、それとも藤岡に聞こうかと迷う。

次の日、由梨は浴衣に着替えて親子三人で会場に向かった。

両親は傷ついた由梨の事をとても心配していたので、最近の沈んだ由梨の事が気になっていた。

会場では由梨の浴衣姿を見て同じ物が欲しいと言う客や、帯について色々聞いてくる客の対応に追われていて、しばらくは藤岡の事が頭から離れていた。

 

 

忙しい中、客に丁寧に説明して浴衣の種類や履き物まで見て貰った。

「由梨、後は私達でやるから帰って良いわよ。駅はわかるわね?」母親が声をかけた

撤収作業を終えて会場から帰ると夜遅くなるので、明日仕事の由梨を心配して少しでも早く返そうと思ったのだ。

「電車で」

急に笹目駅の事が頭をよぎる。

由梨は電車に乗ったが、三つ目の駅で降りてバスに乗った。

少し歩くと修造の店だ。

「来てしまった」

強い日差しの中、日傘を差して店へのアプローチを歩く。

それをパン粉が見つけて江川に言った「ねぇ、あの人パンロンドの人かな?」

「あっ由梨ちゃん」と言って江川が走って出迎えた。

「わあ、由梨ちゃん綺麗、素敵な浴衣だね」そう言われてまるで勝負服で来た様で恥ずかしい。

「浴衣イベントの帰りなんです。あの、立花さんはいますか?」

「えっ?知り合いなの?ちょっと待っててね、呼んでくるから」

江川は走っていって立花を呼んできた。

全く初対面の浴衣の女の子を見て驚いていた。

「はい、立花ですが何か御用ですか?」

「あの、私藤岡恭介さんと同じ店で働いている者です」

「えっ」

急に藤岡の名前が出てきて立花は驚いてベンチに座り込んだ。

浴衣姿の女の子が藤岡の名前を出してきた事も不思議でならない。

「どういう事か説明して貰えますか?」

 

 

「藤岡さんは立花さんを探してパン屋さんを一軒一軒訪ねていました。その事はご存知でしたか?」

「いいえ、知らなかった。あなたはその事を知ってるのね」

「はい、だからって私達何もありません。藤岡さんはここで立花さんを見かけてから様子がおかしかった、でもその後藤岡さんが何を考えていたのかはわかりません」

「だからここに来たのね」

「長い間パン屋さんを見て回るのは大変だったと思います。それがあの人の気持ちです、もしご存知無かったのなら言わなくちゃいけないと思って、その事を伝えたくて来ました」

「貴方はそれで良いの?」

立花は由梨の気持ちを汲み取って質問した。

よくはない、よくはないが

このままにして良いのかもわからない。

由梨が困っていると立花が「わかったわ、一度藤岡くんと話してみるわね」と微笑んだ。

由梨から見た立花は凛とした立ち居振る舞いの素敵な大人の女性だった。

帰り道百日紅(さるすべり)の花の咲く駅への道を歩きながら「私は何をしてるのか」と情けなく思う。

そこへ車が追いかけて来てクラクションを鳴らした。

「由梨ちゃん」

「江川さん」

「由梨ちゃんが浴衣で来たって言ったら修造さんが送っていってあげてって」

「すみません」

「僕も久しぶりにパンロンドに行こうっと」

江川は由梨を乗せて、車を東南商店街に向かって走らせた。

「みんな元気にしてる?」

「はい、藤岡さんが杉本さんに難読漢字を沢山教えてました。この間は躑躅って言う難しい漢字を」

「へぇ、会いたいなあ杉本君や藤岡君」「修造さんのお店はどうですか?とてもお客さんが多いですね』

『そうなんだ凄く流行ってる。車で来る人が多いよ。駐車場が広くて便利みたい」

「パン粉ちゃんがいましたね」

「そうなんだ、僕達仲良しになってリーブロを手伝っってくれてるんだ」

「段々パンロンドの人達の知らない生活になっていってるんですね」

「そう、色々あるけど乗り越えて行けると思うよ」

と、そこで車はパンロンドの前に着いた。

「親方ー!」江川が親方のところに飛んで行った。

「お!江川!元気そうで良かった安心したよ」

「はい、少し痩せたけど段々体重が戻って来ました。今はパンの味見し過ぎかな」とお腹をポンポンと叩いた。

由梨は江川の後ろに立っていて、あははと笑うみんなの向こうにいる藤岡と目があった。由梨にアイコンタクトを送っている気がする。

何故江川と帰って来たのか、一人でリーブロに行ったのか、そして立花に会ったのか?そう思っているのではないだろうか。

 

 

心の中で藤岡に

『私、立花さんと会って来ました。勝手にごめんなさい』と詫びた。

「江川さん、ここまで送って貰ってありがとうございました。私片付けがあるので帰ります」江川と皆に会釈して花装に戻った。

それを見送った藤岡は「一度立花さんと話をしないといけないな」と呟いた。

 

ーーーー

 

その日の夕方、誰もいない駐車場で修造はヌンチャクの練習をしていた。

もうすぐ試合なのにあまり練習してないので焦る。

それを見て大坂が飛んで走って来た。

「修造さん、俺も昔空手やってたんです」

「そうなの?」

修造達は急に組み手を始めた。

蹴りを肘で受け止めたり、突きを鉄槌で落として防いだりしてるのを見て、パン粉と安芸川は「ケンカ?ではないですよね?楽しそうに見えます。あははって笑ってますよね」「痛そう」「戦ってる」など遠巻きに見ていた。

パン粉が置いてあるヌンチャクを見つけて「これがヌンチャクなの?想像と全然違ってた」と笑いながら江川に言った「愛莉ちゃん、これを使った演武もあるんだよ」

段々みんなが集まって来て「趣味や特技があるって良いわね、楽しそう」と眺めていた。

 

 

大坂はウズウズして「俺にもヌンチャク教えて下さい」と申し出た。

リーベンアンドブロートLeben und Brot通称リーブロは生活とパンという意味で、修造がパンと生活は離すことができないとして付けた名前だ。

初めはどうなるかと思ったが、徐々に落ち着きを見せ始めてきた。

こうして修造の人生にとって新しく近しくなった大坂と空手を楽しむ日が来たのが不思議で、そして温かい気持ちになれるものになった。そしてそれはやっと平穏を取り戻しつつある江川の笑顔のおかげでもある。

今自分の周りを取り囲む、ニコニコとしたり、あきれた顔の皆んなに感謝している。

 

ーーーー

 

さて

藤岡は立花にやっと連絡をとった。

二人は仕事終わりに笹目駅の近くのカフェで待ち合わせた。

 

 

遅れて来た藤岡はニコッと笑って

「久しぶりですね、ご無沙汰してましたがお元気でしたか?」と挨拶した。

藤岡は相手に対して理想の言葉をつい言ってしまう習慣があった。

「久しぶりね藤岡君。貴方がパン職人になってるなんて知らなかったわ。修造さんの後輩だったのね」

「今はとても良い雰囲気の職場にいます。先輩にも仲間にも恵まれていますよ」

「修造さんのお店も開店当時に比べて落ち着いて来たわ。仕事しやすいわよ」

「修造さんも始め悩んでたので、軌道に乗り始めて良かったですね」

立花はコーヒーカップに砂糖を入れてクルクルかき混ぜていたが手を止めた。

「この間、パンロンドの花嶋さんが突然やって来たわ。こうやってまた藤岡君と会えるのも花嶋さんのおかげね」

「やっぱり、由梨に会ったんですね」

「ええ、多分凄く勇気がいったと思うわ。貴方が私を探してパン屋さんを一軒一軒訪ねていた事も教えてくれた」

「由梨が」

「ええ。なんでも話せる仲なのね」

「そうですね、由梨には何故かなんでも話してしまうんです」

「心が通じあってるのね」

「そうですよ、俺たちみたいにこんな表面上の腹の探り合いみたいな話しなんてしない。こうやってあった以上貴方は俺に本当の事を言わなくちゃいけない。何故俺に連絡先も知らせずに消える様に去ったんですか」急に藤岡は真相の真ん中に向かってハンドルを切った。

「私を恨んでるのね」

「途中そんな時期もありました。でもそれだけじゃない、俺が転職してパン職人になったキッカケは情報を集めて貴方を探しやすいと思ったからです」

「そうなのね」

立花はまたスプーンでクルクル混ぜていたがやがて切り出した。

「あの時は私達とても忙しかったわね、どんどん人が入れ替わる中二人で乗り切ろうとした」

「俺は信頼し切っていた」

そう言いながら別に恨み言を言う為にこんな話ししてるわけではないと思う。

自分はひょっとしてその事を聞く為に探していたのか、会いたいから探していたのなら自分が勝手にやってただけじゃないか。

「すみません」

「言われて当然よ。信頼を踏み躙ったわ。あの時私は医者に療養を勧められていたの。でも気を遣って何も言わなかったから逆に嫌な思いさせたのよね」

それなら寄り添いたかった。そう言いかけたがやめた。

「俺はあなたの事が好きでした。打ち明けるつもりだったその日に辞めると言われた。俺はすんなり手放した事を凄く後悔して探し求めて彷徨った」

 

 

ああ

だから直ぐに連絡しなかったんだ。久しぶりに会ったのにその相手を責める様な事を言ってしまう。これなら表面上の会話の方がましだったと、言った矢先に藤岡は後悔した。

一方の立花にもどうしても言えない、言いたくない事がある。

療養ではなく腫瘍を取る為の手術だった。胸の下から10センチほどの傷が残り、初めは赤く腫れていた。それがとてもコンプレックスだったが、最近になって傷の周りの凹凸もなくなり薄くなってきた。

「時間が必要だったの」

「療養の為ですか?パン屋さんにはいつから勤めてたんですか?」

「一年前よ。その後修造さんのお店に来たの。江川君が面接してくれたわ」

「そうだったんですね、長い事会わないうちに俺にもいろんな事がありました」

そう言いながら由梨の顔が浮かぶ。

俺と由梨は出会うべくして出会ったのかもしれない。

俺があの橋を歩いていたのも

泣いてる由梨を見つけたのも。

俺は彼女を傷つける奴が許せなかったんだ。

なんとか彼女を守らなくちゃ

困難な様に見えたけどあいつはあっさり手をついて謝った。

それ以降いつも俺のそばにいて

もう俺と由梨の間には絆ができている。

「あの子、河に飛び込もうか迷って泣いていたんです。悪いやつに根拠のない噂をばら撒かれて傷ついていた」

「あの時の俺は由梨を取り囲む様々な問題から俺が守らなくちゃと思った。そして由梨は俺の後を追ってきたんです。今は俺が守って貰ってる。そんな気がします」

「そうなのね」

聞いている立花の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。

「私達は長い事合わなかった間にお互いに色々な事があったのよね」

「そうですね。俺、パン屋さんを沢山見たので勉強になりました。まだまだ続けて行こうと思います。立花さんも元気で、良い職人さんを目指して下さい。修造さんがオーナーの店ってちょっと羨ましいけど、パンロンドの親方もいい人なんでこれからも頑張れそうです」

そのあと暫く二人はお互いの顔を見つめあっていたが「元気で」藤岡はそう言って立ち上がった。

 

店から出て行った藤岡を見送り、一人座ったままで残りのコーヒーを飲みながらさっきの涙が溢れてくる。

それを店の外から覗き込んだり引っ込んだりする大坂の姿があった。

仕事の帰りに駅の近くで食事をして帰ろうと思って店内を覗いたら二人がいたという訳だった。

うわ

俺見ちゃった

立花さんが泣いてるとこ。

どうしよう。

なんだよあの超絶イケメンは。

何を話してたんだろう。

お似合いだったのに、超絶イケメンが帰って急に泣き出したじゃないか。

どうする?

声をかけるか、いやいやかけない方が良いのか。

なんで俺がドキドキしてるんだ。

そう思ってると立花が出てきた。

「あ」

「こ、こんばんは」

「こんばんは」見られたくない所を見られた感じで立花は足早に立ち去ろうとした。

今は人と話したい気分ではない。

「送って行きますよ」大坂が付いてくる。

「一人で帰れます」

「だって」

立花は大坂を無視して歩き出した。

だって心配なんですよ。

こんな時しっかりしてる先輩が儚くて頼りなげだとか言ったら『私の事バカにしてるの?』なんて言われるのかな?

 

 

「家は近いんですか?」

大坂は遠くから声をかけた。

立花はちょっと後ろを振り向いてまた前を向いた。

繁華街から住宅街に入る。

「あまり長い事後ろから付いて行ったらストーカーみたいだなと思ってはいます」

「そんな風には思ってないわよ」

「そりゃ良かった」

「私は大丈夫よ、大坂君」

「大丈夫は大丈夫じゃないサインじゃない?」

「そうね、私は嘘つきで本当の事を言わなかったばかりに今こうして一人で歩いてるの」

「さっきの超絶イケメンの事ですか?」

大坂は早く歩いて横に並んだ。

「私は自分の好きな人に心を許してなかった。だから最後にあんな表面上の挨拶をされたのよ」

涙が追いついて来たかの様に頬を伝った。

自分を納得させる為に言ってるんだと大坂には感じた。

傷ついてるんだな。

大人になる程複雑で素直になれない事ばかりだ。

何か言いたいが大坂の恋愛能力ではこれが限界だ。

二人はしばらく黙って歩いた。

8時頃か

開いている家の窓からテレビの音が聞こえた。

昼間は暑かったが、夜になり涼しい風が吹いて立花の前髪を揺らす。

まつ毛を潤す涙も少し乾いてくる。

街灯のオレンジ色の灯りが二人の影を作る。

 

 

「馬鹿なもうすぐ私の住んでるマンションなの。ここ、江川さんのマンションの近くなのよ。時々パン粉ちゃんも来てるみたい」

「へぇ、二人は付き合ってるんですか?」

「さあ、そこまで立ち入った質問をした事ないわ。男と女が一緒に歩いたからって別に付き合ってる訳じゃないんだし」

そう言って立花は数歩離れた。

「おやすみ大坂君」

「あ、はい。おやすみなさい。また明日」

立花は頷いて角を曲がって行った。

流石にマンションまで追いかけるのは気が引ける。

「ところでここどこなんだ。俺は地図アプリ見るのが苦手なんだよ」

スマホを見て駅の方に歩いてるのに駅から遠ざかる。

 

ーーーー

 

 

次の日のパンロンドでの作業中

「ねぇ大坂君」

「なんですか江川さん」

「昨日ベランダで洗濯物を干してたらね、スマホを見ながらウロウロしてる大坂君みたいな人がいたんだ」

「え」

それを聞いていた作業中の立花は大坂を見た。

あの後道に迷ったとは言いにくい。

「ちょっと散歩していまして」

「散歩には見えなかったな、必死な感じだったよね。ねぇ何してたの?」

立花の視線と江川の追求を避ける為に「あっもうパンが焼けますので」と丁度ブザーの鳴り出したオーブンの所に飛んで行った。

 

その夜

 

修造は大坂にヌンチャクを二つ持ってきて渡した。

二人駐車場で稽古をする。

「猫足立ちでヌンチャクの構えをこう持つと敵は次に上から攻撃してくるか下から攻撃してくるかわからない」

 

 

「こうですか」

「そうそう」

手取り足取り教えてもらいながら聞いた。

「あの、修造さん」

「ん?」

「リーブロって社内恋愛禁止なんですか?」と聞いたが、別にまだ『恋愛』にもなっていないのにこんな質問自体厚かましい。

修造はニタっと笑った。

「社内恋愛?フフフフフフ」

修造は勿論そんな事は言えた義理ではない。

18の頃、パンロンドで初めて自分の横を通った瞬間から律子しか見ていなかったので。

「勧めはしないけど控えめにね、ぐらいしか言えないな。誰かと付き合ってるの?」

「いえ全然、森田が言うには厳しい店もあるらしくて」

「確かに周りの人は気を使う事もあるかもね」

「そうですよね」 

「俺もそうだったな、律子に一目惚れしたんだ。いいよ結婚は、二つ年上の賢い妻、可愛い子供」聞きもしてないのに急に修造は惚気出した。

「そうだ大坂、俺とうとう今度の祝日娘と試合に出るんだ。序盤でヌンチャク演武、それと個人の型に出る。休んでごめんね」

「いえ、頑張って下さい」

 

ーーーー

 

空手の試合がある日は火曜日だった。

試合には田所家とパンロンドが休みなので由梨達四人組が応援に来ていた。

 

 

「頑張って〜緑、修造ーっ」大地を抱っこして律子は応援を続けていた。

「修造さーんファイトーっ」

杉本と風花、由梨も声を張り上げた。

藤岡は黙ったままみんなの様子を動画に撮っていた。

2階席から1階の会場を見ている。

その直ぐ後ろで黒い帽子を目深に被った女がひっそりと試合の様子をじっと見ていた。

いや、詳しくはオペラグラスで修造だけを見ていた。

そんな事は全く知らない修造と緑は試合で勝ち進み、次が親子演武の決勝戦だった。

「次の親子は息がピッタリ手強そうだな」修造が向かいのコーナーで試合開始の合図を待っている親子を観察した。修造親子と同じ年頃だ。勝ち上がって来るだけあって動きも正確で所作が決まってる。「お父さん、私、足が震えそう。緊張してきちゃった」

流石に決勝戦ともなるとピリッとする。

修造はしゃがんで緑の目線で話した。

 

 

「緑、自分を信じて、今まで練習してきた1番の動きを思い出せば良いよ。それを心の中に留めておいて身体をいつもの様に動かせば大丈夫。一緒に楽しもう。お父さんは緑と空手ができて嬉しいよ」

「うん、お父さん」

二人はうふふと笑い合った。

「そうだ、勝つおまじないを教えてあげよう。名前を呼ばれたら背筋を伸ばして片手をまっすぐ上げて大きな声で返事するんだ。そうするとその勢いで綺麗な動きができるからね」

すると自分達の名前が呼ばれた。

二人は同時に手を高く上げて大きな声で「はい」と言って審判の前に立った。

父親として、テンポが狂わない様緑をリードして、同じ動きでヌンチャク演武を終えた。

 

15時頃

全ての試合が終わり、大会の成績発表が行われた。

小さい子供達から順に優勝、準優勝などのカップや盾が配られる。

緑と修造も親子ヌンチャクの試合で優勝して大きなカップとメダルを貰った。

 

 

応援団から盛大な拍手が送られた。

「大地、オトータンは個人型でも優勝したのよ。凄いね〜」

律子は一階から手を振る二人に手を振りかえした。

大地が眠ってしまったので、田所家四人は車で先に帰る事になった。

「みんな今日は応援ありがとう」

「修造さんカッコよかったっす」

「気をつけて帰って下さい」

修造を見送り四人は帰り道を歩き出したが、風花が気を使って言った「ねぇ龍樹、私達だけで買い物に行かない?」

「え?何を買うの?」

「それは後で考えるからぁ、じゃあ由梨ちゃん達、またお店でね」

風花は由梨達に手を振って、杉本を引っ張って駅に向かった。

由梨は何度も気を遣ってくれる風花に心の中で感謝の手を合わせ、二人を見送ってから藤岡と歩き出した。

二人ともしばらく話さずに黙って歩いていたが、由梨が「あの、私勝手に立花さんに会いに行ってすみませんでした」と切り出した。

「うん、その後こちらからリーブロに連絡して会って来たよ。話してる間に自分の気持ちを確かめられたかな」

「え」

それは立花への気持ちを確認したのか。

それともどっちの意味なのか。

「あの、以前」

「うん」

「自分が辛かった事や今の自分の気持ちもちゃんと言えるよ」って藤岡さんは私に言ってくれました。もし辛かったらそう言って欲しい。気持ちをちゃんと言ってください。どんな言葉でも良い。真実が知りたいです」

「俺の実家の庭には満天星躑躅(どうだんつつじ)があるんだ」

「どうだんつつじ?」

突然花の話をし始めた藤岡の表情をじっと見ていた。

「そう、初夏に白い花が沢山咲き誇って揺れているが、秋になると葉が燃え盛る様に真っ赤になる」

 

 

由梨は満点星躑躅の様だ。たおやかに揺れていると思えば情熱的な一面もある。

「この木が好きでね、『私の思いを受けて』と言う花言葉もある。秋になると真っ赤になるから満点星紅葉(どうだんもみじ)とも呼ばれている」

そう言ったあと、由梨を見て微笑んだ。

「由梨ありがとう。心配かけたけど、もう終わった事だったんだ。探し求めていた人に会うのが怖かった。そして立花さんに結果的に嫌な思いをさせてしまった」

 

 

だけどその後、心の中にできていた固い砂の塊が時間が経つにつれて段々パラパラと解れて無くなっていった。

あれ以降

俺の中で

何かが変わった

新しい俺に

小麦と水が出会って自己融解を起こす。

由梨と俺の心が溶け合って

「由梨、俺は行きたいパン屋さんがあるんだ。久しぶりに動画を撮りに行くよ。内容も少しリニューアルしようと思ってる。前よりパンの事を詳しく説明したりしょうかな」

「はい」

「リーベンアンドブロートと少し雰囲気が似ててね。テラスがあってそこから湖が見えるんだ。確かそこにもあったんだよ満天星躑躅が。見せてあげたいけど今は丁度葉が青々してるだけだな」藤岡は笑って言った。

「私も行きます」

「遠いよ少し」

「大丈夫です」

「わかった。じゃあ朝から行こうか」

「はい」

 

ーーーー

 

早朝

一車両だけの電車は長閑な風景の中を走っていく。車内には二人と、後は何人かの乗客だけだった。

 

 

 

時々二人で何か話して

また沈黙になるけれど

心が通い合っている気がする。

駅から動画を撮って歩きながら

道標や景色を撮る。

湖が見えて来た。

その向こうにパン屋がある。

「素敵」

「雰囲気良いよね湖のほとりのパン屋」

いつもの様に表から外観を撮った後、許可を取ってから買ったパンをテラスで藤岡が撮影して、由梨はパンの角度や暗い時はライトを当てたり光彩を考えたりした。

撮影が終わった後、テラスから綺麗な水面が見える。キラキラと輝く水面をベンチに座って2人で見ていた。

「見飽きないですね、湖に空や向こうの景色が映ってる」

「由梨」

「はい」

「あれが満点星躑躅なんだ」指差した先を見た。

由梨は近くに寄って見てみた。

以前藤岡の言った通り、この季節には青々と葉が茂っている。

これがそうだと言われないと分からない。

「この葉が秋になると真っ赤になるんだよ。そして初夏には小さな可愛い花が沢山咲くんだ」

由梨が葉の先が少し赤くなっていている、もうすぐ秋なんだわと近寄った時、足元の段差で体が傾いた。

「危ない」

藤岡は由梨の手を取って体勢を整え手を繋いだまま歩き出した。

由梨は驚いたが、藤岡に手を引かれて、そのまま二人で歩き出した。

湖面は静かで鴨が数羽泳いでいる。

二人は暫くそれを見ながら、日差しを避けて木陰に移動した。

「俺には本当に大切なものができたんだ。いつかオートリーズについて説明したね」

「はい。水と小麦が出会って初めてグルテンができる話」

「小麦粉に水を加えると、グルテニンとグリアジンが絡み合ってグルテンができる」

「当たり前の事の様だけど、お互いが必要な素敵な出来事です」

藤岡は急に笑い出した。

その笑顔は最近の苦虫を噛み潰したような表情とは違い、すっきりとしている。

「ごめん、何の話をしてるんだ俺は。俺には由梨が必要だって言いたかったんだよ」

「え」

「俺は由梨が好きなんだ」

藤岡は由梨の肩に手を置いて顔を覗き込んだ。その瞳の中には迷いが消えている様に見える。

私はいつの間にか静かに愛されていたんだわ。

由梨は微笑んでまた二人で歩き出した。

 

 

愛したいとか愛されたいとか古いですか?

 

二人で一緒にいるのなら

お互いに守ったり守られたりしたい。

 

一緒に歩きたい。

 

大切な人と一緒に。

 

 

満点星揺れて おわり

 

 

パン屋日和に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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