江川と修造シリーズ 新人の杉本君 Baker’s fight
このお話は江川 to be smart の続きです。
18歳になったばかりの江川卓也は、修造と面接の時約束した通りに高校を無事卒業して、北国から関東の商店街にあるパン屋のパンロンドにやって来た。
入
「修造さーんおはようございます〜」
「よお。」
明るく爽やかに挨拶した江川に対して言葉少なに修造が挨拶仕返す
これが江川の毎朝の始まりだ。
パンロンドの朝は早い。
オートリーズの後、計量を済ませていた粉と材料をミキサーに入れて生地作り。
「オートリーズって先に粉と水とモルトを加えて20~30分置いて
江川は修造の動きを食い入る様に見ていた。
「
江川は毎日様々なパンの製法について説
「こうやって生地の状態を見るんだ。生地を伸ばしても破れずにグルテンの薄い膜ができてるか確かめる。」
「はい。」
「まだまだ知らないことが沢山あるなあ。僕は修造さんにぴったりついて修造さんのパンの知識を少しでも覚
江川が修造と生地を仕込む為の計量をしていると
入社したての杉本君と親方が何か話してる
江川はじっとみた。
「杉本君、
杉本は成形したパン生地を置く長方形の鉄板にいい加減な置き方を
「親方〜僕には僕のやり方があるんです。
案の定 火通りがかたよる。
「鉄板に生地を均等に置かないと火通りが悪いところと火が通り過ぎ
「分かってます分かってます。」
江川は驚いた。
何?今の返事。
親方ってとても温厚な人だけど、
「修造さん、あの人って修造さんが面接したんですか?」
修造は杉本君を見た。そして目線を計量中のメモリに戻した。
「いいや。」
「面接の時はニコニコしてたんですかね?
「知り合いの紹介らしいよ。」
「ふーん。」
「人の事はいいから。よそ見してると計量を間違えるぞ。」
「はい!すみません。」
そう言いながら江川は杉本君が気になって仕方ない。
杉本龍樹(たつき)は親方の先輩の知り合いの子らしく、
やんちゃだったのか通勤の服装も派手で言葉も荒めだった。
少々無茶なタイプらしく、
「杉本君、
とか。
「杉本君、
とか親方の言い方がとても優しいのに反して杉本君がはめんどくさそうで段々返事しなくなってきてる事に気がついた。
江川は段々不満が募ってきた。
親方が何々の次にこれやってって言ってるのに順番を変えるし、、
その時修造は自分の仕事に集中していた。
様に見えた。
次の日、
フルーツをボールに入れ、洋酒を多めに回しかける。
秋頃になると段々洋酒が染み込んで熟成されたフルーツをシュト
シュトレンはドイツではクリスマスの時期に様々なお店で売られている。クリスマスを待つ4週間にアドヴェントという期間があり、少しづつスライスして食べていく。
漬けこんだフルーツをたっぷり入れて作ったシュトレンはひと月ほど置いておくと生地にスパイスとフルーツの風味が移り格段に味わいに深みが増します。
薄くカットして食べながらクリスマスを心待ちにして過ごす。
「僕シュトレンって食べたことないです。」
「出来たらすぐに試食して、同じものを何週間かしてから食べたら熟成していて全然風味が違うのが分かるよ。」
「楽しみだな~。」
仕込みながら江川はチラッと杉本を見た。
杉本君、今朝は凄く眠そうで成形しながらうとうとしてる。
「杉本君眠そうだね。」
前に立って仕事している親方が声をかけた。
「昨日夜遅くて。」
「朝早いんだから早く寝ないとね。」
「いちいち言わなくても分かってますよ。」
杉本は少し声を大きめに言ってしまった。
あ、今修造さんが杉本君をロックオンした。めっちゃ観察してる〜
「江川、これ一人でやっといて。」
「はい。」
「おい、ちょっと来いよ杉本君。」
修造はなるべく爽やかに言ったが元々爽やかなキャラでもないし、
修造は杉本を店の裏に連れて行った。
「お前どうしたんだあんな言い方して。
「反抗期ってなんだよ!ガキじゃねーんだよ。」
「パン屋での仕事は初めてなんだろ?前は何やってたんだ。」
「俺はボクシングやってたんだよ。なんなら絞めてやろうか?
こいつなんでこんな反抗的なんだ、、
こんなんでよく、他所で働こうと思ったな。
「やれるもんならやってみろ。」
そういったものの修造は思った。
しまったな、ここで喧嘩してもし騒ぎになったら店に迷惑がかかる。
パンロンドの隣の空き店舗の裏には庭がある。
2人が倉庫の裏口から出て、隣の塀の隙間から入ると、野良猫達が一目散に逃げて行った。
野良猫達を見送ったあと、2人で対面で立って睨み合った。
杉本は携帯で誰かに電話しだした。
「今から偉そうな先輩さんを絞めて店の裏の壁に張り付けるから来てみろよ。」
そういって電話を切った後、脇を締めて修造を睨みつけた。
こいつ拳で攻撃してくるな。
いつでも前に後ろに動けるように足取り軽く動いた。
拳の速さで勝てるか分からないから蹴りで足とか攻撃するか。。
修造はなるべく狙う予定の方を見ないように杉本の顔をみた。
2人とも相手の隙を伺っている。
杉本の目を見ながら、そうだ、
修造は左手で顔をガードしてわざと杉本の拳を腕に当てた。
「いたたた、お前が先に攻撃して来たんだからな。」
修造の言い方がわざとらしく、杉本は頭に血が上った。
「舐めんなよ!」
修造は杉本のパンチをかわして刻み突きして相手の胸を押して距離
その後杉本の左手からのパンチを肘を曲げて右に巧みにかわして背中が
「うわっ!」
素早く杉本の背中に乗っかり動けなくすると、
杉本は背骨の中央をロックされ、
まだ修造に蹴られた背中が痛い。
「うぅ、、」
背中をさすりたいがそれもできない。
可哀想だと思ったが、このまま手を離すとこっちがやられる、
「動けないだろ?」
「くそっ!」
そして杉本の耳元で言った。
「俺は空手の師範について色々教えて貰ってたんだ。
杉本は寝不足の疲れもあって暴れるのをやめた。
「
そう言って修造は立ち上がった。
こいつもう攻撃してこないだろうなあ。
そう思って少し離れて杉本を観察した。
負けたのがショックだったのか座り込んでしょんぼりしだした。
「杉本、ちょっと待ってろよ。」
その頃江川は仕込みを終え、いっこうに戻ってこない修造と杉本が気になって倉庫
「親方、修造さん達どこ行っちゃったんですかね?
「大丈夫でしょ。それよりどう?
「はい、僕ここに来て人生が変わりました。
「そう、それは良かった。」
「親方って修造さんをめちゃ信頼してますよね。」
「宝物だね。」
僕のね、と江川は思った。
親方は続けた。
「俺は修造に会ってから少し考えが変わったんだよ。
「心がしっかり繋がってるんですね。」
江川と親方は目を合わせてニコッと笑った。
「あいつがドイツから帰ってきてパン職人としての格が上がってるのを見て俺は思ったね。多分あいつはどこに行って何をやっても上手くいくんだろう。人から教わったものを自分のものにして更に上に押し上げていける奴だよ。」
うんうんと江川はうなずいた。
一方、隣の裏庭では修造が缶コーヒーを杉本に渡していた。
「暴れたら喉が渇いたな。」
空き家のペンペン草が沢山生えた花壇を
杉本は何も言わずに黙っていた。
修造は話し始めた。
「多くのパン屋が『何人かが狭い空間で働いてる』んだ。
勝手なことをすると全員に迷惑がかかるんだよ。
今の作業の全ては、『こうなる事に理由があった』んだ。
工場の中で起こった出来事や、お客さんの流れ、パン作りの工程、作業する人間の数、季節や温度、その全てが影響しているんだ。
それはまだ入ったばかりのお前にはわからない事なんじゃないのか
杉本は黙って聞いていた。
修造の話す全てに説得力があった。
それは長い経験に裏打ちされた言葉だったからだ。
「それが嫌ならやめなきゃならない、
「、、、店を?」そんな事できっこないのは杉本も分かっていた。
「でもな、それは多分お前にはまだ早いんだよ。」
「今のお前は何も出来ないのに等しい、1人でやるとたちまち困る
だから、色んな先輩の中に混じって色んなことを教わるんだ。」
「共同体感覚を養って。」
「ベストコンディションで挑めば。」
「満足のいくパフ
指を3本見せながら「だからみんな体調を整えてくるんだよ。
修造は隣に座って下を向いてる杉本の顔を覗き込みながら言った。
「今いてる従業員の殆どが、
お前も俺たちと一緒にやろうよ。
そして慣れたら親方に良い考えを提案して、
修造は珍しく言葉多めに話し続けた。
「
その時に初めて花開く事が多いんじゃないのか?」
「花開く、、」
杉本は手のひらを見つめながら言った。
「俺、偉そうに言ってましたけど、
「そうなのか。」
「はい、パン屋での作業を軽く見てて、
「うん。」
「それで我流でやってみたんです。」
「通用しなかったろ?」
「はい。」
「今日それが分かっただけでも良かったよ。」
「はい。」
「俺もやり続けると花咲く事があるんですかね。」
杉本は初めて希望とか夢とかについて少しだけ考えてみた。
「この先のもっと先に夢がある。」
「そうだ杉本、
「はい。」
修造は泥のついた手を綺麗に洗い、
「それがここには沢山あるんだ。」
そこでは親方や職人達がテキパキとパン作りをしていた。
無駄な動きなく働いている。
「ここの全てを覚えるんだ。一つ一つな。」
「それにはまず正しい丸めからだ。来いよ、俺が教えてやる。」
「はい!」
そうして2人は楽しそうに分割を始めた。
修造は杉本の手の速さに合わせて生地を分割して渡して行った。
そこには修造に教わった通りの丸めを忠実にこなそうとする杉本の
その時裏の戸をドンドン!と叩く音が聞こえた。
「はい、どなた?」江川が戸を開けた。
するとやんちゃそうな少年が3人立っていた。
「裏口が分からなくて迷ったわ。杉本く~ん。先輩がつるされてるのはどこ?」と言って江川を押しのけた。
修造が「なんだお前ら。」と言って前に出ようとしたら、いきなり3人のうちの1番背が高いのが修造の胸ぐらを掴んできた。
杉本は3人の友達を見てびっくりした。
遅いのでもう来ないんだろうと思っていたからだ。
「お前らやめろよ。もういいんだよ。」と杉本が言ったが修造ともみ合いになっている3人には聞こえない。
そこへ親方が珍しく仕事の手を休め「君たちここは工場だから外へでようね。」といって3人を掴み、分厚い大きな両手で押し出して倉庫に行った。
そして修造の胸ぐらを掴んだ少年の手首を持って全身をぶら下げた。ぶら下がった方は手や足で攻撃しようとしたが親方に届かない。蹴ろうと足を前に出す度に親方がゆらゆらさせたからだ。
親方は残りの2人に少年をぶつけ「パン屋の腕力なめんなよ!」と言った。
それを見た修造、杉本、江川は同時に叫んだ。
「い、いかつう~」
3人が帰ったあと江川は杉本と散らかった倉庫を片付けながら「ねぇ杉本君。」と話しかけて来た。
「さっき修造さんから何を教わってたの?」
「はい、
「貯金?」
「心の貯金。」
「もーう!なんの事かちゃんと教えてよ〜。」
江川は悔しがった。
なにかかけがえのないものを手に入れた気がして
杉本の心はワクワ
「親方、すみませんでした。俺まだここで働いてもいいですか?」
杉本は親方に頭を下げ。
親方はクリームパンを包みながら「はい、がんばろうね~」と言った。
内緒だが。。修造はしばらくの間、
おわり
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