2021年05月12日(水)

小説 パン職人の修造 第6部 再び世界大会へ 後編

パン職人の修造 第6部 再び世界大会へ 後編

 

パンの世界大会当日

 

「江川、緑! 今日は頑張ろう! 今までやって来たことを無駄にしないで悔いのない様挑むんだ!」

江川は、昨日ミヒャエルに何を言われたのかわからないけど修造さんが怒った所を久しぶりに見た。僕が一矢報いる様冷静に動かなきゃと思っていた。

「修造さん、頑張りますね! 今日は緑ちゃんを上手くリードします」

そう言いながら緊張で手が震えそうになるのを笑って紛らわせた。

各国の旗を持ち選手が次々に並び開会式が行われた。

隣のミヒャエルが「修造、よく眠れたか?」と嫌味っぽく言ってきた。

「ああ、よく眠れたよ。余裕たっぷりだからな!」

日本のチームも開始の音と共にブースに入った。

キッチンの配置は江川が作った試作室と同じで慣れた環境で動く事ができた。

練習通りに生地作りを始め素早く仕上げていった。

ヴィエノワズリー、タルティーヌ、カンパーニュなど様々なパンが素早く出来上がっていく。

種類ごとに同じ形で同じ大きさのものが綺麗に並べられて行った。

「いいぞ、予定時間通りに無理なく進行している」

出来たパンは次々にカットされ、ピールにのせられ並んで座っている審査員が試食して点数をつけていく。

修造とミヒャエルはお互いの作品をチェックして、正直僅差だと感じていた。

 

 

俺がエーベルトを独り占めしてると感じていたんだな。あの素晴らしいベッカライ、エーベルトベッカーがもう亡くなったなんて信じられない。

エーベルトを恨まないでくれミヒャエル。。。

修造は江川の次の作業がスムーズにいくように声を掛けていった。

江川と緑は土台の燃える花をモチーフにしたカンパーニュの上に薪を組み、その上に焦げ茶色の太鼓を取り付け、手に五穀豊穣祈願の棒を持った男を立たせた。

一番難しかったのは薄い炎の形の生地を外れず割らずに取り付ける所で、内側は固定してかなければならない。固定してるのに動きをつけるのは容易では無い事だが、そこは日本でも何度も練習した。

炎の形をいくつも作り、下から上へと色を変えながら取り付けていき、それは彩りも美しく、荘厳で炎が風に煽られて燃え上がる感じが上手く表現できていた。まるで火の粉が見えるようだった。

 

 

江川の勢いのある正確さと緑の素早い動きは絶妙なコンビとして人々の目に映った。

2人はパンを次々完成させて並べ、飾りパンを手前の台に置いた。片付けを済ませて終了の赤いカーテンを引いた。

並べられた作品を見比べてミヒャエルが「見てみろ我がドイツ国の美しい芸術作品を」と言ってきた。

「おいミヒャエル。お前の目は節穴か? 見てみろこの炎の芸術を」

手をかざすと作品の赤が手に映え、まるで炎が映ってるようだった。

選手たちは集まって集計を待った。

「お母さん、お父さんと私、頑張ったよ」

緑は祈った。

江川と緑は3位以内に入り、応援と拍手に迎えられ3か国が並んで知らせを待った。

日本、ドイツ、イタリアの3か国の選手が緊張の一瞬を迎えた。

その時世界大会の会長がマイクで告げた。

「JAPAN!」

江川は世界1位になった。

「ぅおおおおおお―――――っ! やったーーーっ!」

江川が柄になく大声を出した。

江川はペストリー部門、サンドイッチ部門、芸術作品部門の3冠に輝き、緑はベストアシスタント賞に選ばれた。

2位のドイツとは僅差での危ない優勝だった。

修造は感動して泣いている西畑の肩を叩いて、

「西畑ありがとう。緑を頼むよ」と言った。

「修造さん。僕途中で気が付きました。緑さんに実力で負けないように僕を育てて下さってたんですね」

「それはな、西畑。お前が頑張ったからだろう。頑張らなければ無かった事なんだ」

去り際に西畑の方を振りむき薄く笑いながら「急にドイツに一人で行くとか言ったら俺がボコボコにするからな」と言った。

「わわ、気を付けます!」

修造はミヒャエルを探し声を掛けた。

「お前は俺の事をどう思ってるか知らないが、エーベルトは俺の恩師なんだ。お前のお父さんには抱えられない程のものを貰ったよ、だからお前にも礼を言わせてくれ。ありがとうな、ミヒャエル。また会おう」

 

修造はミヒャエルの手を握り、ミヒャエルは少しだけ頷いて、

「修造、昨日は大会前でお前にかましたのさ。本当は都心部の近くの店舗での薪窯が段々規制が厳しくなって来たんだ。親父は改装を嫌がってたけど、親父も亡くなったから思い切ってイメージを一新したんだ。何も連絡しなくて悪かったな」

ミヒャエルは修造の手を握り返して去って行った。

 

7 美しい花嫁

 

帰国後、江川はますます人気シェフになりLeben und Brotは沢山のお客さんの大行列ができた。

江川と緑は取材の嵐で忙しかったので、修造は西畑や他の職人達と大量のパンを作った。

様々な人がSNSで店の事を知らせ、それを見た人達がまた押し寄せた。

修造は西畑と持って帰って来た炎の祭りの飾りパンをもう1度組み立てて店に飾った。

するとその写真を撮る為にまた人が押し寄せた。

これは当分忙しくなるな。

修造はテクニカルアドバイザーとして数件の企業に声を掛けられ条件のいい高額の提示をされていたが、どこにもまだ忙しいからと断っていた。何処にも、何にも修造の心を動かすものがなかった。

金曜日、修造は麻弥の店に来ていた。

「修造、優勝おめでとう、私も嬉しいわ」

麻弥は豪華な花束を用意していた。

「ありがとう麻弥」

世界大会が終わった、でも、もう帰る場所が無くなってしまったな。江川の店も忙しいし、大地の練習も見なくちゃならないから、しばらくこのままで、その後は、、

麻弥は修造の背中を見て思った。

「あなたは私がどんなに愛情を見せても寂しそうだわ」

 

 

「私の心はいつまでも届かないのね」

麻弥はいつも修造に負担をかけない様に努めて明るく振る舞った。

例え、いくら忙しくても修造の前でだけは余裕のあるフリをして。

そんな麻弥の心も限界が来ていた。

同じ頃、緑と西畑が大地のところに挨拶に来ていた。

「大地、西畑さんよ。私たち結婚するの」

「西畑さん、お姉ちゃんはファザコンですが、よろしくお願いします。姉ちゃんも結婚したらあんまりお父さんお父さん言わない方が良いよ」

西畑は苦笑いした。

「大丈夫です。僕はそこもひっくるめて緑さんと結婚させて貰います」

「もうなによ〜! 2人とも!」

「あのさ、ママさんって、、、麻弥さんって知ってる?」

「知ってるわ。お父さんにベッタリの人でしょう」

「あの人も式に呼ぶ?」

「お父さんとお母さんが仲良かった所がまだ記憶に新しいのに? 私達が彼女を呼ぶの?」

「呼んであげたら? このままでは良くないよ。新しいことに気持ちを切り替えさせないと。それにママさんはそんなに悪い人じゃないよ。ただ親父が好きなだけなんだと思うよ」

「なによママさんって! 少し気が早くない?」

「そういうあだ名の人なんだよ」

「お母さんのお仏壇の前でこんな話、、」

「ママさんはいつも綺麗に掃除してくれてるよ」

大地は律子の仏壇を見ながら言った。まるで公認だとでも言わんばかりに。

大地は普段なにも話さないのにこんな事を考えてたんだと緑は思った。

お父さんにとって過去は戻りたいけど戻れないとても辛い所なんだわ。

「わかった。麻弥さんも呼ぶわ」

待ちきれなかった西畑は緑と挨拶に来た。

「修造さん、改めてご挨拶に来ました。僕と緑さんはLeben und Brotで結婚式を挙げます。これ、麻弥さんの招待状もあります」

「お父さん、私たち2人でパン屋さんを開くのが夢なの。Leben und Brotみたいにお客さんがパンを楽しんで選んで笑顔で食べてる、そんなパン屋さん。」

「楽しみにしてるよ」

「麻弥さんも式に来てくださいね」

「素敵ね。2人でウェディングケーキを作らない?」

「そうだね」

 

式の当日、修造と麻弥は4段のケーキにマジパンの花と、バゲットを持った新郎新婦を飾った。

「良いのができたわね。」

「そうだね。」

 

 

 

結婚式は花が咲き乱れたLeben und Brotの庭で行われた。

律子の若い時にそっくりになったドレス姿の緑はとても美しかった。

「綺麗だな。」

 

 

自分の若い時を思い出し、あの時式をあげて律子にドレスを着せてあげたら良かったと修造は後悔した。

大会の後、自分を責める寄せては返す波の感覚が随分空いて来ていたが、まだこんな時は辛さが勝つ。

遠くを見つめる修造に気が付いたが、」披露宴の間麻弥は修造の腕を組んで明るく振る舞った。

「2人で上手くやっていくんだよ。幸せにな」

「修造さん、お、お父さん。僕、緑さんを幸せにします。次はお二人の番ですね!」

腕を組む修造と麻弥を見てそう言ったが、修造は返事をしなかった。

 

4 告白

 

雨が降っていたある日、修造は麻弥の店に呼び出された。

お店は定休日で、電気の消えた店に麻弥は一人で座っていた。

「私、、もう疲れたわ。私はきっと亡くなった奥さんに勝てない。あなたが私を愛する日は来ないのよ」

緑と西畑の姿を自分に重ね合わせて見ていた事を、麻弥に見透かされていた。

その時初めて修造は麻弥の顔を真っ直ぐ見つめた。

「なぜあなたは私の言いなり人形の様に振る舞うの? 私の事を馬鹿にしてるの?」

涙をいっぱい溜めている麻弥。

瞳から溢れ出る涙を見て初めて麻弥の事がわかった気がした。

「麻弥、心から謝るよ。こんなに無理させて、、俺は麻弥のことを誤解してたんだ」

「麻弥聞いて欲しい事があるんだ」

「俺はまだ心の中に穴があいたまま生きてるんだ」

修造は初めて律子が亡くなった夜の話をした。

その時抜け殻の様になってしまった事も。

寄せては返す後悔が自分を責め続けている事も。

麻弥は修造の隣に座って手を握り、泣いていた。

今日修造は初めて本心を明かした。

「もっと早くこの事を打ち上げれば良かったね」

「麻弥」

「俺は山の上であのソファに座りながら自分が死ぬのを待っていたんだよ。自分から死のうとしたわけじゃない、そうじゃないんだ。ただいつか自分が終わるのならその時をじっと待っていようと思ったんだ。俺は頑丈だったよ。。でも流石にもう少しで自分は終わる、、そう思っていたら、麻弥が俺を訪ねて来たんだ」

「そして何かが不思議な力で俺を立ち上がらせたんだ」

「麻弥が帰った後、俺は何日か座ったまま過ごしていた。そしたら凄い風が吹いて来てその時聞こえたんだ。確かに。怒った声で『立って!』っていう声が。我慢してたけどとうとう切れたって声だった」

「俺はその後何日か待ってた。もう一度声が聞こえるかもと思って探したよ。でも何も起こらなかった。今となっては空耳だったのかどうか」

 

 

「律子が子供達を叱る時あんな言い方だった。だからいつまでもじっとしてる俺をとうとうあの世から叱りつけたのかもしれないな。そう思ってこっちに来たんだ」

「その後、麻弥のシュニッテンが俺を救ってくれた。俺の次の生き方があの時から始まったんだ」

「俺は若い奴らに色んな事を教えなくちゃいけない。そういう事だったんだよ」

前を向いて行け。そう言いたかったのか。。

「麻弥」

修造は麻弥と向き合って言った。

「フラついていた俺のせいなんだ。俺達は間違った付き合い方をしてたんだよ」

「君をずっと傷つけていて悪かった。親友であり、懐かしい同僚であり、同じ体験をした仲間なんだ。大切な人なんだ。麻弥を失いたくないんだよ」

「もう明るい振りしなくていいんだよ。泣きたい時は泣いたり、疲れた時は疲れたと言ってくれ。本当の自分を見せながら一緒に生きていってくれないか」

 

5 懐かしいドイツへ

 

麻弥はそれ以降顔を見せなくなった。仕事場にも来ないし家にもおらず忙しい様だった。

店の窓から外を見ながら麻弥の事ばかり考えている事に気づいた。

麻弥は心の真ん中で真っ赤に燃えていた。

「バカだなあ俺は」

 

 

振りむいて仕事中の佐山に「俺は今、ちゃんとしてあげて下さいの意味がわかったよ」と言った。

「今ですか? 全く呆れますね」

佐山は本当に呆れた顔をして修造を見た。

「あなたは一本気過ぎるんですよ。一つの事が終わらないと次のことがわからない不器用な人ですね」

「馬鹿々々しい」

佐山はスケジュール帳を開いて指さした。

「麻弥さんが確実につかまる日がありますよ。ほら」

そしてスマホを素早く検索して「丁度隣が空いてるから取っといてあげましょうか?」

「今から準備したらどうです?」

走って去っていった修造に「鈍感な人だ。僕はただボスに幸せになって欲しいだけ、それって何故かあのおっさんにはわからない」

 

修造は佐山に教わった時間に飛行場に来た。

「麻弥」

ドイツ行きのゲート前で修造は声をかけた。

「どうしたの? 私は仕入れに行くだけよ? 何かあったの?」

「俺も仕入れに付き合うよ。ノアに会いたいんだ。さっきメールして約束したよ」

麻弥は不思議な気持ちだった。

修造、雰囲気が変わったわ。表情がスッキリしてる。そういう私も前と違う。あれから修造を信頼してる。今までは何処かに行ってしまったらどうしようって不安だったけど、その不安はなぜか消え去ってしまったわ。

麻弥と仕入れを済ませ、懐かしいヘフリンガーに出かけた。

お世話になったマイスターは髪が真っ白になっていたがまだまだ元気そうだった。

久しぶりだなあこの雰囲気。

なんて素晴らしい場所だったんだ。

ここでパン職人の自分は生まれた、そんな気持ちになった。

そして麻弥ともここで出会ったんだ。

その時修造は思い出した。

あの角から、あの店の中からいつも麻弥が修造に向かって手を振っている所を。

 

 

あの時から麻弥は俺の事を。こんなに長い間想ってくれていたのか。

 

「忍者! 久しぶりだなあ!」

「久しぶりだねノア。忍者なんて、、もう、あの時みたいに機敏に動けないよ。おじさんになっちゃったからね」

「お前のことはずっとSNSで見てたよ。お前らが付き合ってるって知らなかったけどね」

 

 

パンとビールで話はいつまでも弾んだ。

楽し過ぎる時間だった。

修造は久しぶりに笑った。

そして帰り際にノアから紙袋を受け取った。

「親友のノア! ノアに頼んで良かったよ」

「うまくやれよ」ノアは笑って修造の背中をポンポンと叩いた。

 

6 Lass uns heiraten

 

「やっぱり寒いわね、この時期は。」

麻弥はオレンジ色のコートに白い帽子を被っていた。

修造と麻弥はやっと心が通じた感覚を2人で感じ取っていた。

心の道が出来た、そんな感覚だった。

修造は麻弥のふとした表情に胸打たれる瞬間が増えた。

「俺は今から行きたいところがあるんだ。一緒に行ってくれる?」

「どこなの? それ」

それはクリスマスマーケットだった。

巨大な施設に屋台が沢山並んでいる。

各店々に沢山のクリスマスの飾りや置物、食べ物などが売っていて目移りする。

ホットワインと焼きソーセージを食べてゆっくり回った。

石畳みはヒールで歩きにくく、つまづきそうになった時、修造が麻弥の腰に手を当て支えた。

「ドイツ式の石畳は結構歩きにくいんだよ」

人混みの中を歩きながら麻弥は気づいた。

修造は私が誰かにぶつからない様にさりげなく避けてるんだわ。

ひょっとして私を守ってくれてるの?

「あれ見て、移動式の観覧車よ。こんな大きいものどうやって運ぶのかしら。凄い迫力ね」

「いいね、乗ろうよ」

 

 

キラキラと色を変えて輝きながらゆっくりと回る観覧車からはマーケットや川のイルミネーションが延々と続いてるのが見えた。

町中がクリスマス色に輝いている。

「綺麗ね」

外を向いている麻弥をこちらに向かせてノアが作ってくれたレープクーヘンを首にかけた。

 

 

Willst du mich heiraten? (結婚してくれないか?)

意外過ぎて麻弥は涙が止まらなくなった。

麻弥の頬の涙を指で拭いながら「麻弥、俺は熱くなる性分なんだ。これから麻弥の姿が見えないと追いかけ回すかもしれないぞ。それでも良いなら俺と結婚してくれ。」

「ふふ、怖いわね。今まで私が修造を追いかけ回してたのに、、」

麻弥は2人の冷たい手を摩り合わせて暖めた。

「ねえ、私は温かいでしょう?」

「うん」

「私は修造より長生きするわ。まだまだバリバリやらなきゃいけない事があるの」

「ねぇ、修造、私はこの半月程物件を探してたのよ。あなたと私の新しい店を」

「あなたがドイツのパンを作って私がドイツのお菓子を作るの」

「どう?」

「それはもうやってる事だろう? 君はまだお店を増やす気なの?」

「ええ、ドイツのパンとお菓子のお店よ。修造と麻弥のお店」

修造は驚いた。

麻弥の小さな身体からいったいどうやってこんなバイタリティが生まれてくるのか。

これから自分は麻弥を手伝って生きていくかもしれないと思ってはいたけど。

「これから一緒にどこにお店を開いたらなるべく沢山の人達が来てくれるか調べましょう。そしてみんなが知りたがっていて、みんなが食べたがっているパンとお菓子を考えましょう」

「俺たちはドイツのパンや文化に対して敬意を払っている立場で、一過性の流行りを作って売り出せって言うのかい? 流行りが終わったらそれは古いイメージになってしまう。それは俺のやるべき事じゃないだろう」

「あら、違うわよ。ドイツには何千種類のパンがあるのにほんの少ししか紹介できてないわ。その沢山ある中から知って欲しいパンやお菓子を選んでみんなに食べて欲しいのよ」

「ドイツのパンの中から」

「明日ノアの所に戻って色々話を聞いてみるか。他にも店を廻ってみよう」

「ミヒャエルの店にも行こうか。挨拶もしたいし。緑と西畑がワーホリを使ってフランクと交換留学をするらしいんだ。世界大会の時に約束したんだってさ」

「その店は凄い人気よ。行列ができてるらしいわ」

「好都合だよ。店内の様子をじっくり見よう。みんな何を選んでるかもわかるし」

ドイツのパンとお菓子か、、本当に奥が深い。案外麻弥の言ってることは難しいぞ。

ドイツから店一軒移すぐらいの気持ちでないと、、

それに今の麻弥の2軒の店と百貨店の売り場の商品は今は1号店で作ってるが手狭だし、いっそセントラルキッチンを作って俺が管理して、1号店と2号店は佐山に回させて麻耶は経営って感じになるだろう。

麻耶が一等地に店を出すんなら家賃が高いだろうから、セントラルキッチンは結局家賃の比較的安い1号店の近くに作らないと。。

あっという間に修造の頭の中はそれでいっぱいになってきた。

「帰ったら物件を見に行きましょ、良いところがあるの」

「麻弥、これから大変だぞ」

「あら、平気よ修造がいるんだもの」

 

 

そう言って2人はドイツの夜の街に消えていった。

つづく

 

パンと出会い、人を愛し熱く生きた修造の人生。読んで頂いてありがとうございました。修造はサクセスストーリーに興味はなかったと思いますが、読んでくださった方の中に、一人でも多くパン屋さんになりたい、修造の活躍に憧れるなどの職人さんが増えたら良いと思います。誰かに言われてやる仕事は辛いかもしれません。でも自分でやる仕事は楽しいものです。今回この話には自分の知っているパンに纏わるあらゆる事を盛り込みました。パン屋さんにも色々な店があり、製法も様々です。沢山の考え方があると思います。例え始まりが修造の様にやる気なく始まったとしても、興味が湧き、追求していける様になればいいと思います。

※尚、このお話はフィクションであり、実在する人物、団体とはなんら関係ありません。


2021年05月01日(土)

小説 パン職人の修造 第6部 再び世界大会へ 前編 

パン職人の修造 第6部 再び世界大会へ 前篇

 

高校生になった大地が修造と暮らし始めた。

「大地は何かやりたい事があるのかい?」と聞いたが大地もまた無口な方で、「うん」だけしか答えなかった。

こんな風に無口な自分の事を、律子はよく理解してくれていたな。

本当に感謝しかないよ。

修造はプライベートではまだまだぼんやりとしている事が多かった。

大地は先だっての父親への質問に何日か経って「俺、空手の全国大会に出るのが目標なんだ」と答えた。

「手足がすらりと長くて瞬発力がある大地は小さい頃から師範にも強くなるって言われてたな。楽しみにしてるよ。その時は応援に行くからね」

修造は大地とスパーリングをしたり得意技の三日月蹴りや、太ももの裏など身体の中で当たると痛い所を教えた。

上段蹴りを狙ってると見せかけて脇が開いた瞬間に蹴りを入れると相手は悶え苦しむなどなど試合に役立つあれこれを2人で練習してるうちに楽しくなってきて、久しぶりに気分が上がった気がした。

 

 

「身体を動かすのは良いな。俺もジムにでも通って少し体型を戻さないと痩せて筋肉も落ちてしまった」

「2人で行く?」

「大地はあまり筋肉をつけちゃいけないよ、身体が重くなるからね。トレーナーに相談してみよう」

そう言って大地と2人でジムに通い始めた。

もともと打ち込むタイプの修造はみるみるうちに身体が仕上がっていった。

「空手の練習は毎日欠かさずしないと、今日はいいや明日やろうなんて言ってると結局やってる奴と格段に差がでるんだ」

そう言いながら修業全般に通ずる言葉だと江川の顔が浮かんだ。

あいつは頼りなく見えて努力家なんだ、なんとか大会で成功させてやりたい。

 

ーーーー

 

世界大会に向け、準備をしていかなければならない。

「江川、地方の祭りでコアでヘビーな祭りを見に行こう。なるべく凄い熱気で炎の燃え盛っている迫力のある祭りだ」修造はパンデコレのデザインを決めようとしていた。

「今回はそっち方面で攻めていく訳ですね?」

「うん」

2人は車を走らせ奥州の火祭りを見に行った。

 

燃え盛る炎の中を灯籠を持った褌姿の男達が五穀豊穣を願う。

勢いと迫力がある。

火の粉が飛んで辺りは熱気に包まれ祭りは夜通し続いた。

バイタリティ溢れる祭りだ。

 

 

「燃える薪の上に立つなんて、、本当に燃えてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしますね」

「男の祭りだな」

修造は沢山写真を撮り、それをもとに早速江川とデザイン画を描いてみた。

「炎のゆらめく感じが大事だろ?」

 

 

「何か祭りのモチーフみたいなものを追加したいですね。祭りのモチーフといえば祭りの衣装の柄とかですかね?」

「種類は少なそうだね」

「太鼓を真ん中にして灯篭を持った男を立たせるのはどうだろう?」

「行列の先頭に纏(まとい)を持った人がいましたがそれはどうですかね?」まだまだ考える余地があった。

大会の時の芸術作品部門のパンは横幅が限られているからあまり幅広くできない。縦に表現できればどうなるだろう。太鼓のサイズを小さくして他の飾りを高くするか、、それは世界に通用するのか、、、修造は眠れず一晩中考えていた。

次の日は地元の民芸館や、現地ならではの建築様式の建物のある場所に行き、襖に取り付けられた組子細工を見学した。

頭の中で組子細工と祭りを組み合わせて、イラストを何枚か描いてみた。流れるフォルムや誰もみたことのない飾りパンを作らなくてはいけない。出来上がった下絵を江川に見せた。

「うわー! これ難しそうですね。でも試作してみますか?」

2人は帰って祭に関する情報をなるべく細かく調べた。

顔色も良くなり、次第に熱中してきた修造を見て、江川と緑は目を合わせてニッコリした。どうにかして元の修造さんに戻って欲しい。

江川はそう思っていた。あの時の燃えるような熱い修造さんに!

「僕、頑張るから修造さんも一緒に燃えて下さいね」

 

ーーーー

 

金曜日

麻弥は店に人が居ようがいまいがお構いなしに修造にべったりだった。

この何年間かの分を全て凝縮しているかの様に修造を構った。

佐山が嫌味っぽく言ってきた。「修造さん。ボスとみんなの前でイチャイチャするのはやめたらどうです? 見るのも嫌なんですが」

「俺かよ?」

「俺じゃないなら何ですか? 嫌々付き合ってるのか? だとしたらほんとに無責任な人ですね」

 

 

無責任か、麻弥に押しに押されて交際を始めてしまった。あの時の俺は麻弥に心を持って行かれてしまったんだ。

「佐山、麻弥を傷つけるのは嫌なんだよ。わかってくれ」

「わからないですね。ボスが気の毒です!」

全てが佐山の言う通りだった。傷つけない様にすることが傷つける事になる。

麻弥、俺がここにいるのは世界大会が終わるまでだよ。

何度も言いかけてやめた。

愛が良くわからない。今1番遠ざかりたい言葉だった。

麻弥は律子と全く違うタイプだった。また店舗を増やしバリバリに働いていた。凄く忙しい女社長なのに休みの日を設け、カレンダーに「S」と書いた。修造の頭文字だ。

修造を訪ね「もお〜! 男所帯ってしょうがないわね〜!」と言ってバタバタと掃除して、大地に「ママって呼んでね!」と言ったので、驚いた大地が

(あの人彼女? 「ママ」になるの?)とこっそり手書きのメモを見せてきた。

これには答えに困った。

特に結婚という言葉には抵抗を感じていた。自分が誰かを幸せにするとは到底思えない。

修造は2人にシュニッツェル(トンカツ)とライべクーヘン(ジャガイモのパンケーキ)を作った。

食べながら麻弥は大地にドイツにいた時のお父さんがカッコ良かった話を聞かせた。

 

 

「素敵だったわ、ママの憧れの人だったのよ」

(またママって言ってるよ。)大地が修造に目配せした。

修造は何も言わなかった。

 

後で大地は麻弥にこっそり言った。

「ママさん」

「父はちょっと前まで全然やる気がなかったんだ。そこから考えたら随分ましになったんだよ」

麻弥は貴重な修造の情報をじっと聞いていた。

「誰にも相談せずに一人で抱えてるけど、夜になるとうなされててそれが聞こえてくるんだ」

 

「だから、少し待ってやってくれない?」

 

 

夜うなされる

夢にいつも同じものが出てきて修造を苦しめた。

あのソファに修造が座っている。

何か大切なものを抱えているのに腕の中でふわふわと掻き消え追いかけると声がする。

「お前が悪いんだよ」

 

「お前のせいで全部なくなったんだ」

 

と声が修造を取り囲む。

 

押し寄せる波の様に引いては寄せて。

 

いつもそこで目が覚めた。

 

 

 

大会の前の江川、緑の為の応援講習会が開かれ、修造と西畑も同行した。修造は全員のためのランチを西畑に並べさせた。「気に入ってるのかい?」何人かのシェフが西畑を指して言った。「そうですね、良い職人になりそうですよ。大会の時はフランスにも連れて行くつもりです。どうぞよろしくお願いします」

世界大会で競う項目は見た目も大事だが審査員がひとつひとつのパンを味見する所が思い出された。「食感と味も気を抜けないな」

タルテイーヌについて色々試行錯誤を重ねた。

3種類のタルティーヌをそれぞれライ麦の配合を変え、そのうち3種類は焼いた牡蠣とチーズ、帆立とピンクペッパー、3色の海藻に和風の味付けを施して、野菜とハーブをそれぞれ2色ずつシャープにカットして飾った。4種類は鹿肉と無花果、ローストビーフとブルーベリー、ターキーとラズベリー、鶏のフリットとレモンなどの、肉と果物の取り合わせを。残りの4種はカブとオレンジとクリームチーズ、渋皮栗と茄子、干し柿とフェタ、ザリガニとナンチュアソースをそれぞれハーブやスパイスと共に美しく盛りつけた。

どれが1番美味いですかね?

「このザリガニは美味かったね」

「私もこれが美味しかった」

「このザリガニはレイクロブスターと言って僕の故郷から取り寄せた物なんです。肉厚で味も良いんです」

ザリガニの身のソテーとディルの組み合わせは、ナンチュアソースのザリガニの出汁と濃厚なバターと生クリームの香りが後口にいつまでも旨みを残した。

「よし! タルティーヌにレイクロブスターとブラウンマッシュルームのソテーとナンチュアソースを使ってみよう」

「パンの上にザリガニのステンシルを施したらどうでしょう?」と、3人でアイデアを出し合った。

「塩の代わりに塩麹を使って旨みを出し、仕上げにザリガニにパルメザンを絡めて黄味を振りかけてみるか」

「八つ橋の様な薄いパリッとした食感の生地を焼いて被せてザリガニのステンシルを施せばインパクトがあるぞ」

 

 

「どうですか? いかつくカッコいいじゃないですか!」

 

 

「ザリガニの形も捨てがたいな」

「これもインパクトありますね。触角の所は糸唐辛子で表現してみましょう。」「足はルッコラを使いましょうか?」

「となると、フタは和柄がいいか」

「どっちがいいか迷いますね」

 

3人はひとつひとつのパンに深く拘った。

 

「ペストリーには祭りのイメージのものを関連付けたい」

「太鼓の形とか?」」

「華やかな色合いが良いね」

「ピスタチオとかエスプレッソ、ヘーゼルナッツとか濃厚なラズベリーとか使いたいですね」

「祭りに関連付けて太鼓の形を真ん中で開けられる様にして下は濃厚なラズベリーソース、その上にまろやかな抹茶豆乳ソースを詰めてココアとラズベリーパウダーと粉糖の3色でステンシルを施そう」

「上蓋は内側にホワイトチョコをひとまわししてみましょう」

「試食も進んで飽きが来た頃に抹茶の風味が好印象をもたらさないでしょうかね?」

 

「ピスタチオのクリームを生地に詰めて外側に組子細工のプレートをのせたらどうでしょう。土台はエスプレッソの風味付けをした生地に和柄のステンシルを1周させましょう」

 

「これは美味いよ」修造はぶどう、ネクタリン、プルーンとイチゴをバターでソテーして洋酒をふりかけフランベしてフランボワーズとハチミツを入れて煮詰まったらパンにのせてバーナーで焼いた。

「うわ! 旨い!」表面は香ばしく生地に染み込んだフルーツのソースの味が旨みを出していた。

「問題は形だな」

「フルーツボックスみたいな?」

「太鼓によく描かれている模様は?」

「三つ巴の事かい?」

「こんな感じですかね?」

徐々に様々なパンが本決まりになり後は完成度を上げていくだけになった。

修造は緑に繊細なステンシル作りを教えた。

「柄は細かすぎてもよくわからない。端をいい加減にカットするとぼんやりした印象になるんだよ」

そしてカンパーニュの美しい模様のカットの仕方を徹底的に練習させた。

「シャープに同じ感覚でリズムよくカットしていくんだ。深さが違うと焼き上がりにはっきり出てくるからね」

「江川、タイム通りにできるか練習するんだよ、西畑にタイムスケジュールを見て貰って緑と2人で何度もやってみて、時間の感覚を掴んで行くんだ。」

「やってみます!」

修造は出来ることが増えるとタイムスケジュールの行を次々増やした。大会の制限時間の8時間と言う限界に挑戦して、しかも全てを完璧にしなければならない。

「試合と同じだよ、当日に向かって練習して当日は良いパフオーマンスが出来るように自分を調整していく。相手だって努力してるんだ。猛者ばっかりだぞ」

「2人の息があってきたら次は『お互い確かめ合わなくても次の動きを考えて動く』練習をするんだ。え~っと次は、、なんてやっていたら時間なんてあっという間だぞ。2人とも役割をはっきりと決めて動け」

「できるまでやるんだ」

江川は過去に修造と出た大会の事を思い出した。

「このタイムスケジュールは修造さんが世界大会で作った物より少し劣る気がする。修造さんの速さと正確さは本当にあの時世界1だったんだ」

「あの人はタイムロスを嫌がってタイムスケジュールを頭に叩き込んできていたんだ。あれだけのものを作りながら僕を動かしていた」

勝てるのか? 今の自分は? あんな事が、、

 

 

いや

やるんだ

僕は修造さんにではなく自分に勝たなくちゃ。

「もっともっと近づいて行くぞ!」

研修室は数人以外は立ち入りが禁止になった。何日か続けてやっているうちに2人は時間の経過と作業の手順を掴んできた。大会で焦らないための練習だった。心のゆとりがミスを防ぐと考えたからだ。

「あの、修造さん」西畑が廊下で話しかけてきた。

「僕大会が終わったら緑さんにプロポーズするつもりです」

「そうか、それはまた大会が終わったら新たに話そう。今の俺とお前は緑が集中して動きやすいようにしてやる、それが使命だと思って打ち込むんだ。他に心配事がないように、一緒に寄り添ってやれよ」

「心の拠り所になってやれ」

「はい! 修造さん」

そしてとうとうフランスに大会の用品を送る時が来た。

 

ーーーー

 

日本のチームは大会の開催国フランスへ到着した。

会場には世界各国の選手が入るキッチンブースが並んでいる。

前日の準備も終わりかけた頃、修造に話しかけてきたドイツ人がいた。

「久しぶりだね修造」

「?」修造は目の前の男の顔をよく見た。知っている顔だ。

「わからないのか? エーベルトの息子のミヒャエルだよ。」

「あ! 久しぶりだなミヒャエル!」

ミヒャエルはエーベルトの店にはあまり顔を見せなかったので何度かしか会っていないが懐かしい。。

「エーベルトは? エーベルトは元気なのか?」

「親父は死んだよ。あの店は俺が改装して観光客も気軽に入れるカフェにした」

「エーベルトが?! どうして教えてくれなかったんだ!」

エーベルトが、あのエーベルトベッカーが亡くなった?!

「俺と親父はソリが合わなかったのさ。お前がうちに入り浸ってる間、親父はお前の事を随分可愛がっていたな。親父は全てをお前に教えていた」

ミヒャエルはハナをフンと鳴らしながら。

「俺はお前が嫌いだったよ。。」

「そうだ紹介するよ、うちの息子のフランクだ。今回はアシスタントとして参加するが、これから俺が上級の職人に育てて行く」

「明日はお前のブースの横で勝負する事になりそうだ。勿論我がドイツ国の勝利だ。せいぜい頑張るんだな修造」

江川と緑が心配して声を掛けてきた「修造さん、大丈夫ですか? 随分がっくりされていますが」

「お父さん、隣のドイツのコーチとどんな話してたの?」

「俺の恩人が亡くなったんだ」大切な人が次々と、、しかも大事な大会の前日にまたメンタルをやられるなんて。

「あのミヒャエルは技巧派なんですよ。その息子のフランクも大した腕だと聞いています。修造さんの知り合いだったとは分かりませんでしたね」

 

修造はこぶしを握って立ち上がった。

そして「明日は負けられない!」

「何があってもだ!」と誓った。

久しぶりに心の中に熱いものが込み上げた瞬間だった。

 

おわり

 

後編へつづく

 

あとがき

 

今回は世界大会のパンについて色々書いてみました。4部門のパンを全て高水準で作るパンの世界大会はやはり凄いと思います。

江川は世界大会に出た頃の修造を追い抜こうと頑張りを見せます。緑と西畑は優しさを見せながら愛を育み、麻弥と修造は心がすれ違います、2人の架空の愛はこれからどうなっていくのでしょうか。

そして最愛の妻律子を失った修造のロストが産んだ悪夢からの脱却は出来るのでしょうか?

※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


2021年04月21日(水)

小説 パン職人の修造 第5部 puppet and stalker

 

パン職人の修造 第5部 puppet and stalker

 

修造はある時大量に材料を買い込み、パンを焼き、全て袋に入れて近所のおばさん達に配った。

「あの、、、しばらく留守にするのでお墓を交代で見て欲しいんですけど」

おばさん達は動けるようになった修造を見てほっとした。「わかってるよ。気をつけて行っておいで」

鞄の中に律子の位牌と道着を入れ、修造は出かけた。

 

ーーーー

 

久しぶりのLeben und Brotは花が咲き乱れ、お客さんがテラスに座りパンを楽しんで食べていた。

店内も賑わっている。

修造はハッとした。律子とそっくりになってきた緑が工場から焼き立てのパンをカゴに盛って運んでいる。

以前は忙しいながらも生き生きと楽しかった。今の自分はまるで燃えかすの様だ。

テラスにいたパン好きのお客さんが修造に気がついた。「あの、、修造シェフですよね?私とっても憧れてました。Grüne Erdeは今日はお休みですか?」

修造は言葉に詰まった。何一つ決められなくなっていたからだ。

「この何ヶ月かは休んでるんです」とだけ答えた。

思ったより自分は不甲斐無くなっている。

そう思って店に入るのをやめ、通りに振り向いた時

「修造」

と、またあの声が聞こえた。

「私に会いに来てくれたの?」

「いや、あのぅ、、」

 

 

ラメ入りの茶色いスーツを着た麻弥に手を引かれてドイツ菓子の店「コンディトライ マヤ」に連れていかれる。

木と漆喰のドイツ風の建物で外観も可愛らしい。オレンジ色の壁で、出窓には赤いゼラニウムが咲いていた。

 

高級そうなショーケースと小さなカフェ部分がある店の中で麻弥にコーヒーとフルヒテシュニッテンをご馳走になりながら懐かしさが込み上げてきた。

「ノアやエーベルトおじさんは元気なのかなあ」家族を連れて会いに行くと言った約束は果たせなかった。

「ノアは元気よ。こないだ会いに行ったの」

今や麻弥はやり手の女社長だった。百貨店での店も何箇所か展開していて、通販も季節によってはとても忙しいらしい。

2人はしばらくドイツの話をした。ドイツのお菓子はその時の記憶を蘇らせて、何故だかいくらでも話をしてしまった。と言っても話をするのは殆ど麻弥だったが。

「ねぇ修造、あなたLeben und Brotで働いてよ。休みの時なんかに私がお菓子を教えてあげる」

 

 

実際、事態は麻弥の思惑通りになっていく。

麻弥は江川に連絡した。迎えに来た江川は修造をLeben und Brotに引っ張って行った。

そして「僕、今度緑ちゃんと一緒に選考会に出ようと思ってるんです」と意気揚々と声高らかに宣言した。

「その先は世界大会です!」

「だから修造さんは僕たちのコーチをしなきゃならないんです!」

「ねっ!」

その時驚く元気のなかった修造は聞いた「緑、若手コンクールに出るつもりなの?」

「そうよお父さん。私、お父さんの出た大会に私も出たいの。だからお願い。私達のコーチになって!」

 

しばらく緑のところに厄介になる事になった。

「自分には思い出が多すぎるんだ」

布団の中で独り言を言った。

様々な出来事が後悔となって巨大な待ち針の様に修造の心を刺した。

隣に眠っているパン職人の緑。

大きくなったな、あんなに小さかったのに。

 

これから技術を身につけさせて、大会に出ても江川の足を引っ張らせない様に自分もシャンとしなくては。

修造は緑に毎日丁寧な生地作りについて教えた。技巧ばかりではなく栄養や味覚に拘った。

寝る前に、遠く離れてしまった大地に毎晩メールをしたが、流石は修造の子だ、あまり返事はしてこない。

時々「わかった」とか「うん」とか返ってくるだけで様子は全くわからなかった。

「高校入試はこちらで受けるかい?お父さんが部屋を借りておくよ」

すると何日か経ってからやっと「うん」と返事が返ってきた。

 

ーーーー

 

修造はLeave und Brot のエグゼクティブコーチとして就任することになった。エグゼクティブなどと言うと大そうだが大会の為のコーチの役と、江川を練習に専念させる為に自分が江川の代わりの仕事をするという感じだった。

そして麻弥もまた契約書を用意していた。「休日は私の所でお菓子を作って欲しいの」

どうせこの辺にしばらく住むんだ、あまり一人の時間を持たず仕事をしていた方が気が紛れる。と思い世界大会が終わるまでの約束でサインした。

麻弥はすぐさま修造の動きやすい様に場所を作り、自分が不在の時は大切にする様に皆に伝えた。

マネージャーの佐山は「こんなボサボサのしょぼくれたオッサンを何故ボスは大切にするんだろう?」と思っていたが、修造の仕事を見て考えがすぐに変わった。

伝統の製法に基づき美しいパンやお菓子を次々に作っていく修造。

佐山は「マイスター」と修造の背中を見て呟いた。

 

 

修造の作るブレッツェルは全ての見た目が同じで細いところはカリッと、太いところはもっちりとしていて、振りかけた岩塩もパラパラと落ちる塩の量まで計算されていた。まさにブレッツェルど真ん中の美しいものだった。麻弥はそれを見て感動して、修造の来る金曜日に準えて「金曜日のブレッツェル」として販売しだした。

修造、素敵だわ。修造が仕事してるところをもう一度こんなに近くで見られるなんて。こんな事が起こるなんて。

ドイツの修業から帰ってきてあなたをテレビで見た時は驚いたわ。

そして迷いに迷ってLeben und Brotの近くにお店を開いた。

その途端あなたは山の上のパン屋に去って行ってしまった。

私は何度かGrüne Erdeに行ったわ。あなたは私に全く気が付かなくて、新聞に載った修造の事で奥さんと楽しそうに話をしてたわね。

帰り道私は山の中腹で羨ましくて悔しくて涙が溢れて運転できなくなったわ。

その時期に小井沼伸治が出したパン好きの聖地Ⅱも見たわ。

あなたの充実した姿が映っていた。

それから何年かして、あなたが1人で山で暮らしてると聞いて、いてもたってもいられなくてGrüne Erdeに行ってしまったの。

 

絶対修造を手に入れたいの、この手でしっかりと捕まえたい。

 

 

 

修造はそんな麻弥の気持ちを全く知らないままここまで過ごしてきた。

 

麻弥が仕事終わりに白いアスパラガスを料理して出した。「シュパーゲルよ。旬の季節には食べたわね。懐かしいわ」

修造は麻弥に大地の為に部屋を借りる事を話すと「え? 私と住むんじゃないのね?」とピッタリ横に座り笑って言ってきた。

麻弥はよく修造を誘惑しようとしたが、冗談めいたふざけた言い方がほとんどだった。

修造は、麻弥は元同僚だし良い奴だが『こう言うところ』が苦手だと思っていた。本心かどうかわからないし、からかってる様にも見えるのでいつも気が付かないフリをしていた。

修造は女の人にモテた。独り身になった修造を明らかに狙ってるファンもいたが、失礼ながら全く心が動かない。

いつもさりげなくその場から立ち去る様にしていた。

修造はあの日冷たくなった律子を抱いて一晩を過ごしてるうちに、心から愛とか恋とか以外にも、人として抜け落ちたものが多くあった。

 

 

 

笑顔はなく無口で仕事に厳しい修造を職人たちは恐れた。

江川はLeben und Brotの裏の空き地に練習に専念する為の施設を設けた。新しくできた研修室には、大会を意識した最新の設備が整えられていた。自分が大会に出た時の機械の配置を思い出して業者に頼んだのだ。

修造はそこで2人に指導したり、新入社員に講習会を開いた。

江川は「今の修造さんは責任感だけで構築されてる気がするな。それもこれも緑ちゃんの為か」と思っていた。

 

ーーーー

 

製パンの作業中、修造は緑を見つめる青年に気がついた。

西畑という入社1年目の若者だ。

「おい西畑、ちょっと研修室に来い」

「はいっ」

修造は西畑にヘルンヒェンの作り方を何度か教えた「1000個作ってそのうちダメな10個を俺のところに持って来い」

経験の浅い西畑は震え上がったが、毎日修造に10個持って行っては「なんだこれは?」と言われて何度も作り直した。緑はそのうちの成功したパンをお店で販売した。

何度かして「もういい、次はブレッツェルにするから」

そう言われてブレッツェルについて色々教わり、また1000個作ってそのうちのダメな10個を修造に見せた。

修造は「この研修費用は全部お前の給料じゃなくて店からなんだから、ゆめゆめ無駄にするなよ」と厳しく言った「できるまで作ってこい」

西畑は言われた通りに毎日特訓をして、できるようになるとまた次のパンが待っていた。半年もすると習得したパンの数が格段に増えた。

緑に「腕が上がったわね」と言われ西畑は顔が赤くなるのが自分でも分かった。

修造が10個と言ったのは特別な意味はない、西畑の技術を身につけさせる為にギリギリの限界に挑戦させたのだ。

緑は「お父さんのやり方は今時は古いのよ。修行とか特訓なんて、西畑さんだから良かった様なものの。。やりすぎると訴えられるわよ。呼び捨てじゃなくて〇〇さん、よ!」と言ったが修造は聞き入れなかった。

ついて来れなければそれまでだろう。

西畑にロッゲンブロートの作り方を見せてやりながら、この仕事は辛いか聞いてみた。

「僕、初め全然わからなかった事ばかりでしたが、毎日修造さんにパン作りを教えて貰えるなんて光栄です。僕もいつかパン屋をやりたいし、修造さんは僕の目標です」

 

ーーーー

 

修造は講習会やセミナーなどに西畑をつきあわせ、色んなところに連れて行く様になった。

そして緑を見つめる西畑を、昔々工場から律子を見つめていた自分と重ね合わせていた。

ある時、修造は可愛らしい飾りパンを西畑に教えた。

ピンクの薔薇の花と緑のリーフを施してGrün(緑)と文字が入っている。

なかなかいい出来だ。

「緑にプレゼントしてこいよ。俺が手伝ったって言うなよ」

 

 

「あの、緑さん。」

「これを修造さんから教わりました。内緒にする様に言われましたが、何故こんな事になったかって言うと。。」

「?」

「僕の気持ちを修造さんがご存知だったんです。僕が緑さんを好きだって事を」

「えっ、、西畑さん」

「僕と付き合って貰えませんか?」

「修造さんは子供の頃から僕の憧れの人だったんです。家にあった『パン好きの聖地』って本を穴が開くほど読みました。あの女の子が緑さんだったんだなって、、僕ここに就職して、緑さんに出会えて本当に良かったです」

「ありがとう西畑さん」

「私、お父さんとお母さんが本当に仲良かったのを見て育ったの、だから私もあのぐらいお互いに大切にできる人と付き合いたいの」

「修造さんと亡くなったお母さんの様になれるかどうかはわからないけど、僕は僕で緑さんを大切にします」

 

 

ーーーー

 

麻弥の店のマネージャー佐山は嫌味っぽく修造に言った。

「修造さん、あなたはご存知ないかもですが、ボスはずいぶん熱心にあなたの事を追いかけてる気がします。それにどんどん綺麗になっていってる。あなたが来るまでのボスはクールな方だったのにここ最近は金曜日には必ずいて、ドイツ系の食材を取り寄せては料理したりしてますよね、それって何故かわかります?」

「何故って、、」

 

 

なんと言えばいいのだろう、気も付かなかった。自分はずいぶん麻弥に甘えていた。

契約期間が過ぎれば山に帰ろう。

そしてその後は、、

心の弱った修造には先の予想など到底考えられない事だった。

「麻弥にはすまない事をしてる

「そうでしょう、そう思うんならそろそろちゃんとしてあげたらどうです」

佐山の言った言葉の意味はぼんやりと耳に入って来る他人事の様で修造には届いていなかった。

 

いつもの様に職人に技術指導をしていた時。「修造さ〜ん」江川が泣き言を言ってきた。「選考会の飾りパンがなんかイマイチ決め手にかけるんですよ〜」

選考会と大会に出す飾りパンは違う。もし大会に進めなかったら、本戦に用意してたアイデアとテクニックを出せば良かったと後悔するだろう。ジレンマのある事にならない為にも真剣に考える様に言った。

日本らしいテーマの物を2人で考えた。全く今までにない最も素晴らしいものを作るのは至難の業だったが、抜け道を見つけて王道に変化させて圧倒的な技術で勝たなければならない。

数年前に世界大会で協力してくれた江川の為にも以前の自分よりも更に上を目指さなくてはと、修造は無理やり決意を新たにしようとした。

緑にはヴィエノワズリーやタルティーヌについて考える様に言い、過去の写真や資料を徹底的に調べさせて今まで無いものを作る様に指導した。「テクニックを磨くのと同時に食べる人の健康や食感や味、何か自分が心動かされる事について研究するんだよ」

江川と緑は1次予選を突破し、パン職人選抜選考会まであと4か月になった。

西畑は遅くまで緑の練習に付き合っていた。

緑に必要なものを揃えたり片付けを手伝いながら寄り添い続けた。

「緑さんのパンは繊細ですよ、とてもフォルムが美しいです。江川さんとも修造さんとも違う個性があります」

「ありがとう、まだ失敗する所があるからそこを直さなきゃね」

「お父さんは世界大会で優勝したからプレッシャーがあって、みんなより練習しないとね。でも時々怖くなるの、コンテストで負けたらどうしようって」

「はい」西畑は優しいまなざしで緑の言葉を聞いていた。

「お母さんが亡くなってお父さんは心労でやせ細ってしまった。私は江川さんにお父さんを元気づける為に世界大会に出ようって誘われた時、本当にそれってお父さんが前の様にやる気出す事なのかもって考えて、身の程も知らずに出ることにしたの」

「大丈夫です!」

「僕がずっと緑さんを支えて行きます。だから一緒に頑張りましょう!」緑を抱きしめた。

「大会が終わったら僕と結婚して下さい」緑は影日向無く大切にしてくれる西畑に暖かい愛情を抱いていた。

「優勝したら」

「いえ、しなくても。。こんなこと言ったらお父さんに叱られちゃいますね」

 

ーーーー

 

「お義兄さん久しぶりね」

律子の妹の園子(そのこ)が訪ねてきた。

「実はお姉ちゃんのお墓をうちの実家のお墓に移そうと思ってるの。お父さんもお母さんも年を取って遠出ができなくなって来たし、近くの方が寂しくないでしょう? 山の上は遠くて中々来れないから」

そう言われて黙って聞いていたがしばらくたって「わかった」と返事した。

2人で山の上のパン屋に行き、自然にさらされて段々雑草に覆われてきた建物を修造がぼんやり見ている。

その子はそれを見て、以前のお兄さんとは全然違うわ生気ってものが無くなってる、と驚いていた。

墓は近所のおばさん達が綺麗にしてくれていた。「修造、まだまだ痩せたままじゃないか。心配してたんだよ」おばさん達は皆修造に声をかけに来た。

「みんな良い人ばかりね」

「俺1人だと多分誰とも話さなかったよ。俺は変わり者だからね。律子がいたから上手くやってこれた」

「義兄さん、本当にお姉ちゃんを大切にしてくれてたのね。お姉ちゃんも幸せだったと思うよ」

律子が幸せだったという言葉を心の中で否定した。自分のせいで律子は亡くなったと言う気持ちが押し寄せる波の様に何度も何度も心に被さる。

山の上のお墓から業者が律子の遺骨を運んだ。

長野の墓に納骨を済ませ、修造は魂をお墓に入れるお経をぼんやり聞いていた。

「これで通える様になったわね」と修造の方を見たが以前とは全く違う兄の姿になんと言ったらいいのか言葉に困る。

「お義兄さん、少しは元気出してよ。 お姉ちゃんが亡くなって凄く気落ちしてたから気の毒だった。本当に痩せてしまったわ」

「俺は本当にダメな奴なんだよ」

「だけど色々な事があって段々心の隙間が少し埋まってきた気がするよ。緑が世界大会に出るんだ、今はそれに掛かりきりにしてる」

 

ーーーー

 

そんな時

山の上のパン屋の跡を引き継ぎたいという若夫婦が連絡してきた。

修造は山に戻って2人と対面する。

「初めまして修造さん、麹谷正人(こうじだにまさと)と言います。僕たち夫婦は農家をしていて、家でパンも焼き始めたんです。それで山の上のパン屋が閉めてると聞いて是非ここで焼かせて貰えないかとご連絡したんです」

「ここで」

修造はボロ雑巾をきつく絞る様にギリギリと胸が締め付けられ座り込んだ。

律子や子供達との思い出だらけの家だが、若い人達がまた新しく地域に根付くのは良い事だ。

暗い気持ちの中、そんな前向きな気持ちが無いわけでも無かった。

「本気なんですか?ここでパン屋を?」

「はい、貸して頂けると助かります」

朽ち果てていく家屋を見て、意気揚々と未来を見つめる若者を見た。

「いいだろう」

修造はこの若夫婦に家を貸すことにした。

家の隅々まで説明して、屋根の雨漏りを直し、機械や窯のメンテナンスをした。

何日間か麹谷につきっきりで窯の使い方を説明した。

言い出すとキリが無いような気がするが、仕入れの連絡先や薪の保管方法、裏庭の栗の木の事など伝え、わからない事があればすぐに答える約束をした。

その後、空手の師範に会いに行き、律子が亡くなった時お世話になったと挨拶した。

「まあ飲めよ」師範の家でお酒を飲みながら話をした。

思えばこうやって師範と杯を交わしたのは初めての事だった。

「師範の事は父親代わりに思って慕っていました。空手が無ければ今の自分はありません」

「修造、今まで世話になった人達の分を若いものに返してやればいいよ。今のお前をみて満足しているよ。辛い事があったらがっくりきたっていい。お前はきっと乗り越えていくよ」

 

 

家の引き渡しの時がきた。

荷物を全て送り家の鍵を渡した。

修造は山の上からの景色を見ながら「律子、緑も大地もしっかりしてきたよ。俺も子供たちの為に頑張るよ」と声をかけた。

 

その声は誰にも聞こえず山の風がさらっていった。

 

ーーーー

 

パン職人選抜選考会は巨大な建物の中で行われるパンとお菓子の展示会の建物の奥で開催される。

「江川頑張れよ!」

「はい! 今まで教えてきて貰った事を全て活かします」

ブースの中でパン作りに専念する江川を見守るしかなかった。落ち着いて、冷静に、素早く動け!

会場で大木シェフと会う。

「なんかさ、色々大変だったんだって? 過去のことってさ、どうにもならない事が沢山あるからね。先を見て歩くしかないよ」沢山の職人を束ねているシェフの言葉は説得力があった。

修造は世話になった大木に深々と頭を下げた。

若手シェフのコンテストでは緑はテンポ良く、タイムテーブルを見ながらミスなく進めていった。若鳥が巣立つ瞬間の飾りパンは一際映えていた。

 

江川も緑も無事選考会を勝ち進む事ができた。

程なくして世界大会のテーマは「祭」だと知らせが届いた。

 

ーーーー

 

ある寒い金曜日

外は暗く雪が降っていた。

世話になっている麻弥の店の為にヘクセンハウスを組立てアイシングを施して店先に飾った。中にライトが仕込んであってスイッチを押すと聖堂の窓が光る。

 

 

 

「綺麗ね。ヘフリンガーの近くにあった大聖堂だわ」

電気を消して店を閉めた麻弥は修造の横に座りドイツの大聖堂をモチーフにしたヘクセンハウスの明かりを見てしみじみと言った。

「ドイツで修業してた頃はお金が無くてジャガイモのスープばかり食べてたわ。パンの端や失敗したパンを持って帰ってスープに漬けて食べてたの。若さと夢があった」

「そうだね、俺もそうだったな」

「同じ店で働く真剣で熱い修造をずっと気にしていたわ」

麻弥はいつもの軽い調子とは違う真面目な口調で言った。

「ねぇ、私達いつか結婚するんでしょう?」

「麻弥、それって本気で言ってるの?」

「ええそうよ、私が先に修造と会いたかった。私が先に修造を見つければ良かったのよ」

麻弥は修造の手を強く握りながら言った。

「麻弥」

亡くなった妻を不幸にしていたとしか思っていなかった修造は、また麻弥に二の舞を踏ますのはいけない事だと言った。

「すまない麻弥」

すると麻弥は立ち上がって

「そんな事で修造を諦めたりしないわ。私はこれからも修造とパンやお菓子を作って楽しく暮らすの! 修造は私から逃れられないわよ!」麻弥は修造の手首を手錠の様にきつく握った。

聞くと執念深いストーカーの様な怖い発言だが、そうでは無く、麻弥はただただ長きに渡って修造を愛していただけだった。

「麻弥、君って人は、、」

 

 

修造は麻弥の尽きない愛に根負けした。

こんな腑抜けの様な自分の事を長きに渡って思い続けてくれた麻弥に義務感の様な気持ちが芽生えてきた。

「あなたは私のものにならなくちゃダメ!」

麻弥は圧倒的な力で、心の弱った修造を支配した。

黙ったまま首を「うん」と動かした。

 

おわり

 

あとがき

江川は自分が世界大会にアシスタントとして出た年齢と同じ緑とまた世界を目指そうとします。そして修造に再び熱く燃えさせようとも。修造リスペクトの江川の思惑は上手く行くのでしょうか?

修造が麻弥のお菓子の店で食べたフルヒテシュニッテンはフルーツのお菓子で、シュニッテンは切り菓子の事です。味覚はその当時の事を鮮明に甦らせ、ドイツに居た時の事を懐かしく思ったのでしょう。

そして麻弥はドイツで修造を大好きだった愛の炎が燃えさかります。ずっと堂々と生きてきて、はっきりとした性格の様に見える麻弥。

絶対手に入らない修造の心を芝居じみた態度で振り向かせ様としますが、果たしてその愛はいつか報われるのでしょうか。

 

 


2021年04月07日(水)

小説 パン職人の修造 第4部 緑と大地に囲まれたパン屋

 

パン職人の修造 第4部 緑と大地に囲まれたパン屋

 

山々に囲まれた修造の実家はもう誰も住んでいない。

修造と律子は以前からの計画通りに実家でパン屋をする為に山の上に移り住んで来た。

「これからここで暮らすんだよ」

「キャンプみたい!」

子供たちは生まれて初めての大自然に驚いた。

修造の実家は山の1番上にあり、家の前からは広大な大地が一望できた。

夕方は空が真っ赤になり全てが赤く染まる。

夜になると辺りは暗く、星が降らんばかりに煌めいている。

天の川を子供達は珍しがった。

「そう言えば子供の頃はあって当たり前だったので、何も考えず星の名前も気にもして無くて、北斗七星ぐらいしか知らなかったな」律子と2人で笑い合ってテラスの椅子に座り「あれはオリオン座、あれが夏の大三角」と律子に教わった。

「私達昔ここでパン屋をやるって言ってたの覚えてる?」

「覚えてたよ」

実際には覚えてるどころか、ドイツにいた時はその思いに駆られて、いつか律子と2人でパン屋を作り、静かに暮らす事を夢に見ていた。

ここでずっとパンを焼いて、律子と子供達と暮らそう。

まず家の補修から始まり、店は入り口の土間に小さなショーケース、奥に2段窯を置き、動きやすいパン工房を作った。

工房の外には屋根付きのベランダを設け、石と煉瓦で薪窯を手作りした。

 

 

店の名前はBäckerei Grüne Erdeベッカライグーネエアデと名付けた。緑の大地と言う意味合いだ。

 

山の上の辺鄙な立地にも関わらず、開店当初はニュースになり車の大行列ができた。修造は持ち前の頑丈な身体でパンを作りづけたが、14時頃にはすっからかんになり、また次の日の1時に起き出してなるべく沢山のパンを揃えた。

山を降りた所の小麦農家と知り合いになり粉を卸して貰ってるうちに、麦ふみや収穫を手伝う様になり、地元の小麦や農産物について色々教えて貰った。

さわさわと音をたてて風にしなる小麦の穂。

緑の小麦畑はやがて黄褐色になり、穂には沢山の実が付き収穫の時期を迎える。

湧水を使い、塩は海側のソルトファーム、野菜は近所の農家のおばさんから買う。農場で作ったチーズやバターもある。

修造の作るパンは地元の味そのものだった。

「地産地消」

修造はまたパンの世界の扉を開けた。

 

 

石臼で挽いた小麦を使った生地を低温でじっくりと寝かせ、旨みを引き出す。薪を焚いてしっかりと温度を上げパンを焼く。焼けたパンの裏側を指で叩いて高い音がすると焼けている合図だ。窯から出す瞬間に小麦の香りに包まれると、いつもエーベルトの顔が浮かんだ。

裏庭の栗を甘く煮て、秋ごろから漬けこんだフルーツをたっぷり使ったシュトレンは評判になり、また更に遠くから車に乗ってお客さんが来てくれた。

 

 

休みの日は緑と大地を師範のところに連れて行き、道場の子供達に空手を教えた。

師範は修造に嬉しそうに言った「大地はお前の子供の頃そっくりだ。動きが似てるよ。瞬発力がある」

大地はメキメキ空手が上達していった。「楽しみだなあ」

毎日が充実した素晴らしい日々だった。

 

ーーーー

 

夜は2人でソファに横になり、律子と音楽を聴いた。

「修造」

律子は用もないのに修造の瞳を覗き込み音痴な修造にドイツ語の歌を歌わせてからかうように笑った。

 

 

修造の生活はまさに人生の収穫の時期そのものだった。

 

「修造さんお久しぶりです」ある日パン好きのカリスマ小井沼がやって来た。

「久しぶりですね小井沼さん」

修造は聞けばなんでも答えてくれる博識な小井沼に心を開いていた。

取材に来た小井沼にドイツ時代の心の師匠エーベルトが与えた今のパン作りへの影響について説明した。

「これからもこの生活を維持していきたい」

小井沼はこれが充実した男の生きざまだと思った。

「Grüne Erdeは本当に素晴らしいパン屋さんだと思いますよ」

 

ーーーー

 

律子が「猪を見た人がいるそうよ」とおびえて言った。噂は聞いた事はあるけど1度も見たことは無い。

さすがに猪と戦っても勝てないだろうな。「念の為に気を付けてね。何かあったら家から出ないで」

 

ある日

修造は大地を連れて薪用の枝を落としていた。

大地は地面に落ちた木の実を拾っていた。

枝を集めてふと後ろを振り返ると、大地の20メートルほど後ろに巨大な猪がいた。

「うわ」

「走って来る」

「やばい」

大地に駆け寄り左手で大地の襟首を掴んで持ち上げ、右手で鉈(なた)を真っ直ぐ走ってくる猪の眉間目掛けて当てた。

鉈は急所にヒットして猪はドオオーーン! と音を立てて倒れた。

修造は生まれてから1番恐怖を感じた。

「大地大丈夫? 怖かったね」震える手で大地を抱きしめた。

猪をどうにかしないといけない。修造は地元の猟友会に電話した。引き取りに来てもらい、猪はトラックで運ばれて行った。

修造はしばらく腕の痛みに悩まされた。「俺も若くないな」

「見て! パン屋の修造が猪を鉈で一撃にしたって地元の新聞に載ってるわ!」

「恥ずかしいよ。こんな事で新聞に載るなんて。。」

程なくして猪の片足が修造の所に運ばれて来た。ジビエ料理はやった事がないが、修造はシュバイネハクセに挑戦することにした。

猪の足を塩水に漬けこんで血抜きをした後、ハーブや香辛料、香味野菜と煮込み、冷ましたら玉ねぎをひいた天板にのせ薪窯で焼いた。

当たりは猪の油の甘いような、香ばしい香りが立ち込めた。それをカットしてジャガイモやハーブを添えて近所のおばさん達に振る舞った。

 

「子供のころは挨拶しても返事もしなかった修造ちゃんが最近は明るくなってきたね。きっと奥さんがしっかりしてるんだよ。いい奥さんをもらったね」

 

ーーーー

 

充実した生活が何年か続いたが、律子はよく腰を摩るようになった。

脊柱管狭窄症と診断された。

徐々に足のしびれもひどくなってきた。

律子は以前から足の裏に綿を踏んだような感覚があったらしいが気にもしていなかった。家の周りは坂だらけなのでそれが良くなかったのかも知れない。

手術は成功したものの、その後腸腰筋膿瘍を併発して具合が悪くなる一方になり塞ぎがちになった。

お客さんの出入りも落ち着いてきたので修造は律子を看病しながらパンを焼いてお店に並べた。近所の人達がパンに困らないように作ったパンの無人販売所というわけだ。お金の代わりに野菜が沢山置かれている時もある。

律子が移動する時は修造が真綿を運ぶようにそっとお姫様抱っこをするので緑に冷やかされた。

店の前の眺めが良い所に柔らかなクッションの椅子を置き座らせた。

「痛い?」徐々に食欲がなくなる律子を心配して色々なものを勧めた。

痛みと衰弱で何度か入院した律子を心配しながらも、

「俺は行きたい学校があるんだ」と言って大地は空手の強い中学の寮に入った。

 

「お母さん」

「なあに緑」

「大地が遠くに行ってしまったから言いにくいんだけど、私、江川さんの所でパンの修行がしたいの。お父さんがLeben und Brotで作ってたパンを私も見てたわ。だからそれを引き継いだ江川さんのパンが作りたいの」

「緑、私の事は気にしないであなたはやりたい事をやりなさい。お母さんはお父さんを独り占めするわね」

「お母さん、、私頑張るね」

緑は江川の店Leben und Brotに行くことになった。

緑からのメールによると、江川は実力派のシェフとして名を馳せていてLeben und Brotは繁盛していた様だ。

修造も子供達にメールでお母さんの様子をたまに知らせた。

 

律子はお医者さんから内臓の機能不全と言われていたが入院を嫌がった。

修造はある時とうとうお医者さんから「奥さんの最後を迎えるなら病院にするか家にするか」と聞かれた。

帰り道

車の中で何かあったら救急車は中々来れない山の中で、人工呼吸しながら車を運転して病院に行くのは無理だ。帰りの車で入院の支度をしなくてはと考えていた。

「修造、もういいの、修造と山の上で一緒にいる」

 

ーーーー

 

律子はお店の前の椅子に座らせてもらい「空手の形を見せて」と言った。

修造は道着に着替え律子の好きな形をしてみせた。

 

夕焼けに赤く染まり、ゆっくりと両手を広げて形を始めた修造。

最後を迎えた律子の瞳に修造が真っ赤に映っている。律子ははいつのまにか目をつぶって動かなくなった。

「律子」

修造は律子を膝に乗せて抱き、「ごめんね」と言った。今まで苦労しかかけてこなかった。

修造は空手着のまま律子を抱いて離さなかった。徐々に冷たくなった律子がこのまま夜の暗闇に消えてしまいそうだったからだ。

当たりは暗くなり時々揺れる風の音以外は何も無くなった。

「律子」

 

 

翌朝訪ねてきた近所のおばさんが、空手着のまま座って律子を抱いてる修造を見てすぐ師範に連絡した。

「修造!しっかりしろ、お前が律子さんを弔ってやらなきゃ誰がやるんだ!」

師範は無理に修造を動かした。

修造は何もする気が起きない日が何ヶ月も続いた。

パンも焼かず店の前に置いたソファに黙ったまま座っている日が多く、緑と大地が心配してちょくちょく訪れ「街へ戻ってまた前のようにパンを焼きなよ」と言ったが「律子のお墓を守らなきゃ」としか言わなかった。

実際自然の中のお墓はほっておくと蜘蛛の巣がはり、そこに木の葉が引っかかってたちまち自然と同化した感じになってしまうからだった。

 

緑はLeben und Brotに戻り江川に相談した。

 

江川は世界大会の時の燃えるような動きの修造を思い出し、そんな修造は「信じられない」と鞄を持って新幹線に飛び乗った。

レンタカーで何時間もかかってやっと辿り着くと、話に聞いた様に本当に店の前の椅子に座っていた。

江川が知っている修造とは変わり果てた姿だった。

修造さん、僕の人生は修造さんに貰ったようなものなんですよ。僕がなんとか元の修造さんに戻さないと!

「修造さん」

修造はもうちらっとも江川を見ない。他の世界に行ってしまった様に。

「修造さん、、お気持ちはわかりますが元気出して下さいよ。。」

「僕と2人で世界大会を目指してた時の修造さんを思い出して下さい。メラメラに燃えてたじゃないですか。まだ若くて体力もあるんですがら、店に戻ってきて若いものにパン作りを教えて下さい。何のためにドイツに行ってパンの修行してきたんですか? 宝の持ち腐れじゃないですか」

江川は修造を必死で励ました。

 

 

Leben und Brotにもう一度戻る?考えた事も無かった。

ちらっとそう考えたが返事もしない。

江川は「また迎えに来ますからね」と言って自分の店に戻っていった。

それでも全然動こうとしない修造。自分の心から全てのものが抜け落ちた気持ちだった。

 

ーーーー

 

修造はある時ドイツ時代に流行っていた曲を思い出し音痴ながら口ずさんでみた。

すると

それにハモって一緒に歌を歌う人影が現れた。ドイツ語で? 修造が振り向くと、知らない女の人が立っていた。

なんだか仕事が出来そうなパリッとしたベージュのスーツを着ている。

「どちらさんですか?」

すると女の人は「え〜?」信じられない! と言う風に修造の肩をバシッと叩いた。

「無理もないわね! もう何年も経ったから。私! 麻弥よ!」

「麻弥?」

「そうよ! ドイツで一緒のお店で修行してたじゃない」

 

修造は突然の事すぎてしばらく麻弥が思い出せなかったが、ドイツのクリスマスマーケットで交際を断った女の子だと思い出した。

「あの、、その節は」

「何言ってるの!もう全然気にしてないわよ」麻弥はハキハキと話しかけてきた。

麻弥はドイツのお菓子マイスターの資格を取り、何年か働いた後日本に帰ってきて、テレビで修造を見た時はとても驚いたのだと言う。

その後SNSで修造の事を調べたり、新しいお店の情報もパン好きの人達の発信を見てずっと追っていたらしい。

「私ドイツ菓子のお店を開いたの。今から一緒に行かない? Leben und Brotからすぐ近くよ」

今から一緒にと言うのは辞退したが、江川や緑の事が気になり、一度Leben und Brotに寄る事にした。その時にお店に行く約束をして、割としつこい麻弥を帰らせた。

 

おわり

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

修造が作った山の上のパン屋さんはある意味理想の生き方ではないでしょうか。雄大な景色を眺めながら薪窯でパンを焼き、地元の人たちと触れ合い、地産地消を心がける。憧れのテーマであります。

修造は最愛の妻律子を亡くし、失意の中にいます。これから修造はどうなるのでしょうか。

今回のテーマの中に「父ちゃん母ちゃんの店」という事が隠れているのですが、これは夫婦2人で営むお店の事で、若い時は勢いがあり2人で商売を続けていられるのですが、やがてどちらかが病気になったり、お亡くなりになると残された方は失意のうちにお店を畳んだりする事もあります。人手不足、後継者不足も要因の一つです。

もし近所に父ちゃん母ちゃんの店があったら応援してあげて下さい。

 

 


2021年04月06日(火)

小説 パン職人の修造 第3部 パンの世界大会

 

パン職人の修造 第3部 パンの世界大会

ドイツから日本に帰って来た修造は、空港からアパートに直行したが律子達は留守だった。

その足でパンロンドに走って行った。

 

「親方!奥さん!今帰りました!律子と緑は?」

久しぶりに会った親方と奥さんはとても喜んだ「おー!修造ーー!さっき保育園にお迎えに行ったから早く行って」と駆け出した修造に大声で言った。

修造は保育園まで走って2人を探した。

律子と緑は手を繋いで流行りのCMの歌を歌いながら歩いて来た。

「あっ」

前から修造がやってきたのを見て、律子は驚いた。

「ごめん」

息を切らした修造は大きくなった緑を見て涙が溢れてきた。

「馬鹿じゃないの?」律子は道の真ん中で不器用な男に大声を出した。

「どんな顔をして修造に会ったらいいかわからないじゃない!」

 

修造

長い間自分の前から姿を消していた修造が目の前にいる。

「そんなに泣かないでよ」そう言いながら修造を見つめた。

相変わらず綺麗な白目が青く透き通った修造

嘘のない姿

律子は自分の気持ちを確かめる為におそるおそる修造の手を握った。

「律子ごめん」

修造は律子を抱きしめた。

 

「会いたかった。」

律子は修造の前よりもっと分厚くなった胸板におそるおそる顔を埋めた。

6歳になる緑は。走ってきた大男をみて「助けて~」と大声を出すか迷ったが、どうやら違うようだ、、

それどころか大男が緑に手をつないで来てもお母さんは何も言わない。

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アパートに帰って緑はお土産の民族衣装を着たテディベアを渡された。

「あ!」この子の兄弟をくれたのはもしかして???

緑の玩具箱の上に、似たような民族衣装を着たテディベアが5つ並んでいる。それは毎年サンタさんがくれたものだったのだけど?

 

 

 

緑はニコニコして座っているヒゲモジャの大きな男の人を見て「おじさんは誰なの? サンタさん?」と聞いた。

修造は緑を膝に乗せて「お父さんだよ。」そう言って優しく微笑んだ。

 

お父さんとはなんだろう。

保育園にはお母さんがお迎えに来る子と、お父さんがお迎えに来る子と。

お父さんとお母さんがお迎えに来る子がいる。

緑はお母さんしか知らない。

ずっとお母さんと2人で暮らしていてこんなに大きな男の人が家にいた事はなかった。

生意気盛りの緑は修造に「邪魔なヒゲモジャオジサン」と言い、からかうように笑った。

修造は緑に好かれる様に髭を綺麗に剃った。

「ちょっと待ってて」

台所でリンゴをカットしてレモンを入れて甘く煮込んだ。クラプフェンの生地に、リンゴのコンフィチュールを包み、揚げて粉糖を振ってお皿にのせた。

「食べてごらん、美味しいよ。」

「ホントだー!」緑は食べたことのない味の柔らかなあつあつの揚げ菓子に驚いた。ほんのり甘いクラプフェンにりんごの素朴なあじわい。

「美味しい!」そ

してお父さんからお菓子の作り方を聞きたがった。

「お母さんにクッキーを作ってあげよう。」修造は赤ちゃんの時の緑しか知らず、慣れない手つきでクッキーの型抜きをしている姿を見て生きてるって凄いなと思う。

「律子ありがとう。本当にごめんね」土下座をして謝る修造の背中を抱きしめた時の匂いは以前のままだった。

「修造」

修造は多くを語らない。だからいつも修造の表情から全てを読み取っていたわ。

依然と変わらない修造。愛してる気持ちを思い出すかも。

 

ーーーー

 

修造は親方のところで働き、ドイツのパンの中で店の購買層にあったパンを提案して売り出すと同時に、パン学校の生徒を面接して入社させて生地作りを教え始めた。

お店の奥さんは律子にお店を持った時にやる事や、焼き菓子の包装、会計の仕方も教えだした。皆が次の動きに向かって動いてる感じがした。

 

やがて修造にとって新しく運命の出会いが訪れる。

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修造と律子は以前より結びつきを強く感じていた。

ドイツに行ってた間のブランクを埋める為に事更に優しくした。

 

修造は神社であった空手の田中師範に会いに行き、緑に道着を着せて一緒に走ったり、蹴りと突きを一緒に練習してなるべく触れ合いを持つ様にした。

お世話になった鳥山シェフに会いに行き、親方に恩返しした後、国へ帰ってパン屋を開業すると告げると、シェフは「そうなんだ!」と言ってパン業界の色々な事を教えた。

そして修造を業界最大のパンやお菓子の展示会に連れていった。

大きな会場に様々なパン屋やケーキ屋にまつわる資材、機械がブース毎に並べられていて、会場の奥ではパンのコンテストが行われていた。

鳥山シェフが大木シェフというコンテストの重鎮を紹介してくれた。「今は25歳以上のシェフと21歳以下の若手が組んで世界大会に出る為の選考会が行われているんだよ。」

修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。

 

パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。目をキラキラさせて見ている修造を見ていた大木シェフが大きな手で修造の肩を掴んで言った。

「1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!」

1次審査、選考会に勝ち抜くと世界大会へのチケットが手に入る。

修造は店に戻り18歳になったばかりの新人江川拓也に

「世界大会に出よう!」と声をかけた。

 

江川は修造が日本に戻ってから色々な技術を教えていた若者だ。

「せ、世界大会ですか?」

「2年後に。」

「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。それでどちらかが落ちたら2人では出られない。選ばれたらの話だけどな。」

修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、世界大会に助手(コミ)として一緒に出ないかと持ち掛けた。2人で今から練習を重ねれば行けるかもしれないと思ったからだ。勿論修造が世界大会の代表選手に選ばれなければ無い話だ。

 

次の日もう一度2人で展示会に行き、高い技術の職人が作ったパンを感心して眺めていると大木シェフが声をかけに来てくれたので、江川を紹介して、いつシェフのところに特訓に行くか決めた。

それから2人は過去の世界大会の出展作品や動画を調べたり、参加店を廻ったりした。

修造と江川は1次審査の課題を大木シェフの店の研修室で作り、冷凍で送った。

程なくして審査通過の知らせが届いた。

選考会の課題は自慢のパン部門、サンドイッチ部門、ヴィエノワズリー部門、芸術作品部門(パンデコレ)があり、江川と特訓を重ねた。

芸術作品の飾りパンに関しては選考会と世界大会の時の2種類が必要だが、世界大会の時のテーマは1年前に知らされる。

エーベルトに習った飾りパンを懐かしく思い出しながら色々選考会用の日本画風のデザインを描いてみた。

どうやったら伝わりやすいのかイメージを固めるのに時間がかかった。街に出ても何をしてもどんなものが良いのか考え続けた。

修造は律子とソファに横になりながら何か良いイメージはないか聞いてみた。「修造が育った山の花々はどう?紫の可愛い花が咲いてたわ。」「紫の花か、、」修造は緑の周りの飾りを色々考えてみた。地元の山々は高山で、夏になると道端には無数に紫の葱坊主の様な形の「ヒゴタイ」や淡い紫色の「ヒゴシオン」が咲いている。

「無数に夕顔も咲いてたな。。それをパンで表現できないだろうか。」

修造は試行錯誤を重ねてみた。「花のたおやかな感じをだすぞ。」

他のテーマと技術面に関してもシェフに相談して、対策を教えてもらい、2人で時間内の成形と焼成、重さ、大きさの正確さなどできるように何度も練習した。

緑は小学生になって、空手は頑張って8級になった。

道場で習って来た形を修造にやって見せ、ヌンチャクも練習しているところなので、一緒になって家で練習して律子に危ないと叱られたりした。

 

 

緑はもうすぐお姉ちゃんになる。

病院に一緒に行って先生に「どうやら男の子の様ですよ。」と言われて3人で大喜びした。

 

ーーーー

 

世界大会へのチケットが貰える、日本代表選考会そして江川の出る若手コンクールの選考会が近づいてきた。

修造と江川は2人で前日に荷物を運び、近くのホテルに泊まっていた。

「とうとう当日になったね。悔いのないように今までの練習の成果を、全力を尽くして出そう。」試合の度、師範に言われていた言葉だった。

世界大会の出場権を手にする為に様々なパン屋の職人が練習に練習を重ねてここに集まっている。

持ち時間は8時間、粛々と細かい計画をこなしていかなくては時間が足らない。

修造が素早くパーツを組み、花を施した。江川はサポートし続け、様々なパンを成形していき2人で仕上げ並べていった。

速さと丁寧さは上手くいっていたが、それは他の選手も同じ事だ。出来上がりを審査するシェフが各選手の作品をチェックし続けた。片付けも審査対象になる。2人はやり残しがないかチェックしながら終了時間を迎えた。

 

 

疲れた江川の肩に手をやり「頑張ったな」と声をかけ合った。「精一杯やりました。」今頃江川は手が震えて来た。

選考会3日目、今度は江川の若手コンクールの日だ。江川は正確で丁寧に仕上げていった。プレゼンも修造と違いはきはきと爽やかにこなした。

全ての選考会が終了し、後は世界大会に出る選手と助手が誰なのか知るだけになった。

修造と江川は並べられたパンの前に立ち、審査結果を待った。2人の点数は思ったより高く世界大会の出場権を手にする。

沢山の拍手を貰い急にスター選手のように写真を撮ってくれと言う人に囲まれた。

大木シェフにお礼を言い、今度はもっと練習が待ってるぞ!と喝を入れられ2人は緊張感が込み上げできた。

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パン職人の修造はパンを作り始めて10年経った。自分が誰かと結婚したり、父親になったりするなんて、何年か前は想像もできなかったのに、また新しい家族が誕生する。修造はワクワクが止まらなかった。

出産が近づいてきた。

「律子、ありがとう。今の自分があるのは全部律子のおかげだよ」

律子は修造の目を見て、笑った。「昔も今も修造は変わらないわ。いつも私を愛してくれるもの」

修造がドイツに行った時、私は素直じゃなくなって心を閉ざしたわ。でも今になってみたら修造は私達の為に日本に帰ってくる費用も節約して仕送りしてくれてた。私達がドイツに追いかけて行くべきだったのよ。。

律子はずっと後悔していた。

2人目の男の子は無事生まれ、名前は大地(だいち)と名付た。緑と大地。まさに故郷の山々を連想させる広大な名前だ。「みっちゃん、大地だよ。」産院のガラス窓から生まれたての大地をみっちゃんに見せた。「大ちゃん〜! 可愛い〜!」

 

 

世界大会の芸術作品部門の課題は「文化」だった。

和装の女性はどうだろう、後ろ向きにして帯から美しく模様を表現できないだろうか。修造は江川に色々デザイン画を描いてみせた。

「和装の柄を色々調べてみましょう。」2人で考えて試作を重ねた。

修造は着物の柄を熱心に研究し出して、彫り師のようにステンシル作りに没頭した。

「いつも何かに熱く燃えてる修造、あなたは私の道標だわ。次に修造がどこかに行ってしまうなら、私は地の果てまでもついていく。」

 

フランスでの世界大会が近づいて来た。

フランスに行く前に修造と江川は飾りパンの用具を慎重に、忘れ物が無いように梱包して送った。心配だったが、無事に届けと祈るしかなかった。2人でギリギリまで帯の模様を手品のように手早く作る練習をしながら、修造は必死について来てくれる江川に心から感謝していた。

行こうか江川

はい

大会には大木シェフ、修造と江川、応援の人達で行く事になった、材料を調達したり送った荷物を確認したりして準備は整い、大会が始まった。応援の声を聞きながら全力を尽くした。

各国のブースが並ぶ中、開始の音がなると会場の選手が一斉に製造をはじめた。細かく決めたタイムテーブルの順にミスなく進めて行かないと時間が足らなくなる。

ヴェノワズリーも色を変化させ和装の帯の紋様を順に変えて飾り、カンパーニュに半分ラズベリーを混ぜて陰陽のマークにしたあと着物の柄のステンシルを施した。

手際良く仕上げる修造を江川は絶えずサポートし続けた。

修造と江川は立ち姿の女性の着物の帯に美しく色を変化させながら柄を貼り付けていき、帯の中央にはアゲハ蝶の羽を取り付けていった。そして着物姿の上に光輪の飾りを2本つけた。

 

 

「修造さんカッコイイ。」江川はその背中に見惚れた。

「僕、修造さんに出会えて良かったです」

 

制限時間までに片付けを済ませ、やり残しが無いか確認してから他の国もそれぞれタイムアップになった。

沢山の審査員が修造の作品に高く点数を入れ優勝を果たした。

修造を助け続けた江川は最優秀助手として評価を頂いた。

 

修造は世界大会で優勝した。

「頑張ってきて良かったですね!」

「そうだな」

江川はさっきまで燃えてたのにこの人明らかにテンション下がったなと思い驚いた。修造さんってコンテスト、ドイツ、世界大会と、ひとつ山を超えると次に行きたくなる男なのかも。

 

ーーーー

 

日本に帰った後は、2人ともマスコミの取材を受けたり、修造の苦手なテレビに出たりと忙しく過ごした。お店はお客さんで大行列で、親方と江川、中堅の職人や新しい新人達と製造を続け、クリスマス時期にはドイツ時代エーベルトに教わったシュトレンを販売すると、本場の味が話題になり、お客さんが絶えない日が続いた。

親方が修造に話しかけた。

「修造が来た頃は、体力があって物覚えが早くて良い職人になると思ってたけど、突然ドイツに行くって言い出した時は内心どうなるかと思ったよ。」

「本当に長い間2人を面倒見て頂いてありがとうございました。親方には感謝しきれません」

「修造、お前はここにずっといてる器じゃないんだよ。自分の店を作ってもっと沢山の人にお前のパンを食べてもらうんだぞ」

修造は親方の為にしっかりと人を育ててから独立した。

 

ーーーー

 

郊外に土地を探し、律子や江川と一緒に理想のベッカライLeben und Brot(生活とパン)を作った。

駐車場と庭は広く花が咲き、子供達が遊び、カフェが併設されていて綺麗な広い工場でパンを作り続けた。

ある時、律子が花の手入れをしていて、修造が子供達を芝生で遊ばせていると、パン好きのカリスマ小井沼という男が取材に来た。

「初めましてシェフ、僕は今パン好きの聖地って言う雑誌の編集をしてまして、是非Leben und Brotも取材させて頂きたいんですが。」

修造は江川を呼んで「イケメンだろ? 表紙にしてくれよ」と笑っていった。

修造は小井沼の質問に丁寧に答え、ドイツに行った経緯を伝えた。「じゃあ奥様は5年間日本で修造シェフがお帰りになるのを待ってらしたんですね。凄いことです。」

「全部僕の我儘なんですよ。妻には迷惑をかけました」

小井沼はこの事を気をつけて書かないと修造が悪い印象を受ける恐れがあると思った。江川と修造が写真撮りをしている間に律子に話しかけた。

「先程のお話なんですが、奥様はどんなお気持ちだったんですか?」

「確かに私ははじめ驚いてドイツ行きを受け入れませんでした。でも修造はずっと誠意を見せてくれていました。置いていったんじゃないんです。私はドイツに追いかけて行く事もできたのに行かなかった。修造は何も悪くないんです」

「愛してらっしゃるんですね、修造シェフを」

 

 

小井沼は修造と律子と子供達の家族写真を撮った。

しばらくして出た雑誌には江川が表紙に。中程のLeben und Brotの特集には家族4人の写真と、「時を超えた夫婦の絆」というタイトルの記事が丁寧に書かれていた。

「小井沼さんありがとう」

律子は感謝した。

 

 

Leben und Brotは世界大会の覇者がいる店として沢山の雑誌に載り、遠方からも沢山の人が訪れた。

2年ほど経っても土日になると行列が絶えることなく、経験を積んだ江川は立派なパン職人として成長していた。

「江川」

「はいなんですか」

「このままいけば順調に行くよ、この店はお前にやる」

「えっ!」

「俺は律子と子供達と田舎に帰ってパン屋をやるよ。」

「えー!」

修造は以前から考えていた、律子と子供達の為に生き。自分なりのパン屋を作ると。

何も考えずに仕事を決め、高速バスに乗ってやってきた時は何一つ知らなかったけれど、今の自分はパン職人として色々な経験と知識を得つつある。その全てを自然に溶け込ませて、素直なパン作りがしたいんだ。

「江川、元気でな」

おわり

やっと律子と再会した修造。

修造はドイツから帰ってなんと世界大会に挑戦しました。マイスターになったらドイツに残ってそのまま職人に仕事を教えるか、その後帰って店を持つかです。修造の様に世界大会を目指すのは珍しいですが、そこはパンの楽しいお話なので、、

パンの世界にも色々あります。若いうちにフランスに渡って修行して、フランスパンのコンテストに出る人もいます。世界各国のパンを勉強したがる人もいます。そんなシェフのお店のパンはきっと美味しいでしょうね。

そして本文では割愛しましたが、世界大会にも色々あります。モンデュアル・デュ・パン、クープデュモンド・デュ・ラ・ブーランジュリー、iba カップなどそれはそれはレベルの高い勝ち抜き戦で、何度も審査を通過したシェフだけが世界大会に出る事ができます。そしてそれに優勝するのは並大抵の事ではありません。どうやったらこんなに美しいパンができるのかしらと見惚れてしまいます。

世界大会に出る為に何年も前から準備をしていく方が殆どです。

パンの世界は奥が深いですね。

小説 パン職人の修造 第2部 製パンマイスター

小説 パン職人の修造 第4部 山の上のパン屋編


2021年03月20日(土)

小説 パン職人の修造 第1部 パンと律子と青春と

 

パン職人修造 第1部 パンと律子と青春と

1 はじまり

山育ちの田所修造は無口な子供だった。

山々に囲まれた集落は眺めがよく静かに育った。

幼い頃から近くの空手道場に通い、師範について空手の修行をしていた。

空手には形と組手があり、どちらも師範の教えに沿ってコツコツと自分のものにしていく。

頭の中は空手のことしか無かった。

鍛錬をして納得のいく形の習得が出来た時は生きがいを感じた。

やがて黒帯になり、師範代として子供たちの指導をすることもあった。

 

 

高3になった。

とうとう里を離れ働かなくてはならなくなって、学校の壁に貼ってあった求人募集の適当な所を指差し、関東にあるパン屋「パンロンド」の面接試験を受ける。社長の柚木(ゆずき)は皆から親方と呼ばれていた。親方は身長が高く体つきのしっかりした修造を「力持ちそうだ。」と気に入った様だった。

「就職先が決まった」と師範に告げた時、師範はとても寂しそうで見ていると辛かった。

実家を出て、海を渡り1人高速バスに乗ってやってきたパンロンド。

パンロンドはパンの輪舞と言う意味らしく、親方曰く「パンが楽しそうに踊っているイメージ」だそうだ。

店は東南駅の西に続く商店街の真ん中にあり、お客の年齢は様々志向も様々なので、色々なアイテムを取り揃えていた。1番の人気はハード系の山形の食パン「山の輝き」。

 

 

街も仕事も初めてのことばかりだったが、空手時代は様々な空手の型を学び、礼儀正しく、絶えず師範の教えを守ったので、その甲斐もあって、仕事場でも礼節を守り、親方の仕事を学んで実践した。

真面目で吸収率の高い修造を親方と奥さんは可愛がり身内の様に大事にした。

 

2 運命の出来事

街の商店街のパン屋「パンロンド」で働き始めて2年が経った。

親方と職人3人。人も入れ替わり工場は自分が入ってきた頃とは違う配置になった。

親方に仕込みから焼成など一通り教わって出来る事が増え、やり甲斐を感じてきた頃。

「パン屋の仕事って楽しいものだろ?」

「はい親方」

本当に楽しい、物作りって自分の作った物が結果として目に見えてわかる。

修造は言葉には出さなかったがそんな風に思っていた。

 

ーーーー

 

そんなある日

パンロンドに店員として高梨律子が入ってきた。

お店の奥さんが「田所君、こちら高梨さんよ」と紹介してきた。

「高梨律子です、よろしくお願いします」律子が挨拶して修造の方を見たその時。

「、、、どうも」

 

 

律子と目が合った、顔が赤くなり今までなかった程ドキッとする。

なんて笑顔の美しい人なんだろう。

姿だけではない、何か自分にピタッとはまる魂と言うか

この人しかいないと言うか、、、

とにかく気になって仕方がない。

これを運命の出会いとか言うのかな、、、

 

工場で仕事しながら気もそぞろで、親方にばれそうだった。

全く話しかける事ができないまま日々は過ぎていく。

それどころか挨拶も出来ない不甲斐無さだった。

ふぅ~!俺って駄目だな、、そんな風に思いながら工場で仕込みをしていると

お店から「きゃあ!」と言う律子の悲鳴が聞こえた。

見るとナイフを持った痩せた男が入ってきて律子を突き飛ばした。

大変だ!

それを見た修造はなぜ入ってきたかもわからない男に素早く掴みかかった。

普段、空手で人を傷つけるなどと言うことは考えられないが、ナイフを振りかざして工場に入り、親方に何か怒鳴り出した男の腕を抑えようとした。

男は抵抗し、修造目掛けてナイフを振り降ろしたので、彼は咄嗟にナイフを掴んでしまった。

ギリギリ親指と人差し指の間でグッと力を入れたが親指の付け根が切れ、血が滴り落ちた。

 

 

ナイフを掴んだまま、男の右脇腹に中段膝蹴りを入れた。

「グハッ」と言って倒れた男は、息ができないのか苦しそうに呻いている。

修造は男の背中に膝を乗せて動けなくした。

警察が来るまでなんとかしなくては。押さえつけながら両腕と両足を紐で縛ったので、あたりは血だらけになりどちらが流血したかも分からなくなった程だった。

「修造大丈夫か?」

親方は自分の代わりに修造が怪我したと思い慌てた。

タオルを修造の手に巻きつけながら

「ごめんよ修造。凄い怪我じゃないか」

「大丈夫です。大したことありません」

犯人は以前遅刻と無欠勤を繰り返して退職に至った男だったと親方から聞いた。

親方をずっと恨んでいたそうだが、我が身を振り返って反省したらいいのにと修造は思った。

律子は修造の荷物を持ち病院に付き添った。

 

「大丈夫ですか?」

普段は温厚で無口な修造が、律子をかばう為に頭に血が昇った所を見た。

きっと私の為なんだわ

 

ーーーー

 

利き手を怪我して包帯が替えにくいだろうと、律子は毎日手当てをしに修造のアパートに行った。

自分の為に毎日包帯を替えてくれる律子を見て、修造は心から愛しいと思ったが。

 

 

でも

いつまで経っても何も言わない修造。

律子は修造を見つめながら言った。

「きっと自分からは何も言ってくれないのね」

「え、、」

「正直に言って下さい」

「あの」

「あの?」

「俺と、、」

「付き合って下さい」

「はい」

一生涯で1番ドキドキした瞬間だった。

 

ーーーー

 

律子も自分の事を好きでいてくれる。

修造は毎日が幸せだった。

律子が気になって仕事が手につかない。

「バカね修造。恥ずかしいじゃない」

そんな修造を見て、彼女はお店の奥さんに事情を話して転職することを決め、その後修造と一緒に住み出した。

アパートと言っても小綺麗で清潔で明るい部屋で、窓からはお日様が燦々と差し込んでいた。

 

 

「今日どこ行く?」

2人ははいつも休みの日を合わせ、街に出てパン屋巡りをして楽しむことが多かった。

修造は色々な店の外観やパンの質、流行りの傾向、従業員の人数などを見て廻った。

街のパン屋のカフェでランチを楽しみながら、律子に「ねぇ、田舎のお母さんに野菜を送ってもらったでしょう? 何かお返しした方がいいわ。 一度も田舎に帰ってないし、たまには連絡したら?」と言われたが「うん」とだけ答えて母親に何も連絡しない。

修造が無口で何も言わないので、律子はいつも修造の表情や雰囲気で全て察するしかなかった。

修造の若々しくエネルギーに溢れ、青く透き通った瞳から本当なのか嘘なのかとか、どのぐらいの熱量が言ってることにあるのかとか判断するしかなかったし、律子はそれが人より得意だった。

たまに「修造」と言ってこちらを向かせて律子への気持ちが真っ直ぐな事を律子も見ていた。

なので他の恋人たちよりも幾分多く見つめあう回数が多かった様だ。

打ち込む性格の修造は仕事で全力を出した。

律子は夕飯の後、疲れて眠る修造を横に読みかけたままのパンの本を見たり、1人ゲームをしたりして過ごすことも多かった。

パン屋の仕事は4時からだ。修造は律子を起こさない様に寝顔を眺めてからそっと出かける。

まだ外は暗く星が煌めいている。

田舎に住んでいた頃は星が降りそうな程見えたが、都会ではそうはいかない。それでも朝の空気は澄んでいた。

一歩パン工場に入ると、まだ人々が寝静まってるとは信じられないほど皆忙しく働いている。

シャッターの閉まった表の通りからはとても想像できないが、開店前のパン屋は忙しい。

仕込みをする人、成型をする人、焼成をする人、品出しをする人、サンドイッチをする人、袋詰めなどをする人。皆、開店時間に向けて動いている。修造は仕込みを任されていた。

4修造の心配

生地を練ってミキサーの様子を見ていると、親方が「修造はいつ結婚するんだい?」と聞いた。

「考えてはいるんですが」

「のんびりしてたら律子さんに逃げられちゃうぞ」

親方は冗談っぽく言ったがそれはちょっと心配なところだった。

このまま何も言わないで律子と離れてしまうなんて考えられない。

でもこの後もすれ違いの生活は続くだろう。

「律子いつもごめんね、時間も合わないし悪いと思ってる。でも今の仕事が好きなんだ。パン屋に勤めてて良かったと思ってる」

「修造、私パンを作ってる時の修造を素敵だと思ってたわ。だから今のままでいて欲しい」

2人はたまにこんな会話をしていた。

 

ーーーー

 

2人の住んでるアパートの近くに、大学生になった律子の妹 園子(そのこ)が部屋を借りて時々訪ねて来る様になった。

「ねぇお姉ちゃん。修造さんと仲良くいってる?」

「自分から何も話さないけど、優しさの塊りみたいな人よ。大切にしてくれる」

「優しさの!凄い、、」

「今度プチっとバースデーパーティーしてくれるのよ。その子も来てね」

そんなのろけを妹は時々聞かされたが姉の律子が幸せそうで嬉しい。

 

ーーーー

 

「お姉ちゃん誕生日おめでとう! これみんな修造さんが用意してくれたの? 羨ましー!」

この日修造は結構頑張って律子の為にパーティー料理を準備した。

テーブルの上にはフルーツを盛ったケーキとお洒落に野菜を飾り付けたローストビーフ、薔薇の花の形のサーモンを施したタルティーヌが置かれている。

「修造ありがとう、私幸せだわ」

律子は修造の優しいまなざしの中の、目力の強い瞳の白目が青白く透き通って美しいところが好きだった。

律子は修造にとても愛されていると感じてはいたが、、きっと自分からは言ってくれないんだわ。と悟ってもいた。

 

もし私たちが結婚したら生活が変わるのかしら

毎日修造を愛して

それ以外に何かいるものがあるのかしら。

 

ーーーー

 

ある時、親方にナッツを使ったコンテストにでる様に勧められた。

「修造、これ大会のパンフレットだよ。結構しっかりした大会なんで色んなパン職人やケーキ職人が応募してる。どんなものを作りたいか決まったら教えてくれよ」

「はい」

修造は帰ってからパンフレットを黙って渡した。

「これに修造も応募するの?まずレシピを送って選ばれたら作品を送るのね」

どのような生地で、素朴なアイテムと食感で、どのような形のものを作ると良いかを、2人で話し合った。

「クルミとフルーツ、アーモンドも使いたい」

「イチジクを洋酒につけてナッツと合わせたら?」

「生地にキャラメル風味のクリームチーズを塗ったら美味しいかもしれない」

2人が持っているパンの知識を引き出し、修造はそれを元に何枚かデザイン画を描いてみた。

仕事中も修造は頭の中で色々想像を巡らせ、何度も試作をしてみた。

親方はブリオッシュの温度など細かく見てやり、材料の組み合わせをアドバイスした。

段々と形になってきて、焼成までは、いい感じになってきていた。

修造は焼き上がったパンを持ち帰り、律子と試食をして意見を聞いた。

「うん! 美味しい! ねえ、このパンの上はキラキラさせられないの? もう少し甘みが欲しいわ」

「キラキラ」と言われて困ったが、無骨な自分と違い、律子の素直な感性を大事にしたいと色々考えてみた。

キラキラ、、、それは修造が苦手な世界観だった。

修造はクルミとアーモンドをグラッセし、トッピングしてから焼成することにした。

その上にナパージュを塗ると、表面はキラキラと光沢を放ち、カリカリとした食感がリズムを生み、とても美味しく感じた。

 

 

書類とレシピを丁寧に書き、写真を添えて、コンテストに申請した。

親方と2人で結果を待っていると、一次審査を通過したとの知らせが店に届いた。

「おっ 修造おめでとう!第一段階は突破したな!次は指定の日に出来たパンを作って持って行くんだ。頑張れよ!」親方は本当に喜んでくれた。

 

ーーーー

 

律子と修造はよくソファーに横になり寄り添って話をするのが好きだった。

とは言っても話すのはほとんど律子で修造は聞いているだけだったが、それでも2人はとても楽しい時間を過ごした。

 

律子

パン職人としての考えや生き方を理解してくれてありがとう。

やっぱり運命の人なんだ。

律子のいない毎日なんて想像できない。

 

修造は仕事帰りに1人で街に出てジュエリーショップに入り、指輪を選んだ。

シャンデリアの輝く店に1人で入るのは恥ずかしく、とても勇気が必要だった。

「どんなものをお探しですか?」

店員さんに聞かれて顔が真っ赤になりながら「こ、これを」と指輪を選んだ。

 

ある日、母親から修造に電話が入った。

「一度帰ってこんね」

「うん」

母親とはもう何年も会っていない。

いつも連絡を貰うのだがろくに話もしていなかった。

いつか律子を連れて田舎に帰ろう。

 

ーーーー

 

修造は早く仕事が終わった日には、空手の技を忘れない様に近所の公園で練習した。

形と言うのは、決められた順に技を繰り出す動きの連続で、練習を重ねると組手も上達する。形の全てに技が込められている。

その様子をしばらく見ていたおじさんが声をかけて来た。

「君、どこの道場の人? ここら辺の道場の形ではないよね?」

おじさんは近所の神社や小学校で子供達に空手を教えている田中師範だった。

故郷から遠く離れて今は1人で練習している事を伝えると、師範は修造を神社に連れて行った。

「今度から一緒に練習しよう。うちは古武道が主流で棒やヌンチャクの練習もしているんだ」

修造は黙ってうなずいた。

仲間が増えた様な気がした。

それに田中師範は故郷の師範と少し雰囲気が似ている。

 

ーーーー

 

アパートに戻ってからシャワーを浴び、夕食の用意をしていたが律子はまだ帰ってこない。

電話にも出ないしメールも返事がない。

「どうしたんだ」

律子の職場のスーパーにも電話をかけたが、何時間も前に帰ったという。

パンロンドのナイフ男の事件を思い出し、心配になって探しに出かけた。

自転車で街を探し回ったが見つけられない。

人を探す時は中々わからないものだ、ひと筋違うだけでもすれ違ってしまう。

修造は駅の周りを見て座り込んだ。

「律子」

ふと不安が過った。

親方に「逃げられちゃうぞ」と言われたことを思い出した。

何も言わず、煮え切らないのでとうとう愛想を尽かされたのか、、それとも危険な目に遭ってないのか。

警察に相談するか、、

どうしよう

駅前のベンチに座って考えを巡らせていると「修造」と律子が声をかけてきた。

「あ」立ち上がって駆け寄る。

「私、赤ちゃんができたの。でも修造がどんな顔をするかわからないから、今まで喫茶店にいたの」

そう言いながら律子は彼の表情をつぶさに見ていた。

いつまでも何も言わない修造の事が不安だった。

自分が父親に?

突然のことで、本当に驚いた。

まだ若く、二十歳の修造には自信もなく、不安がどっと押し寄せてきた。

しかし、それと同時に自分が父親に!

不思議なほど嬉しくて大きな感動があった。

律子はそんな移り変わる修造の表情を見て笑ってしまった。

 

 

照れながら律子の自転車を押して2人で帰った。

 

ーーーー

 

今日はコンテストに出すパンを会場に持っていく日だ。

修造は何個か焼いたパンの中から、できの良いものを3個選び、箱に入れた。

上手くいってくれ! 修造は祈った。

そして帰ってから律子に指輪を渡した。

「結婚しよう。今まで言わなくてごめんね」

 

 

修造のパンは素材の組み合わせの良さと、食感の良さ、見栄えの良さでコンテストの最優勝賞に輝いた。

「うわー!修造おめでとう!」

親方はとても喜んで、律子と3人で授賞式に出かけた。

トロフィーと額縁に入った賞状を貰い他の受賞者との写真撮影が行われた。

 

「律子、この賞状を持って出かけたいところがあるんだ」

「分かった、修造。一緒に行っていい?」

「うん。気を付けて行こうね」

「その前に役所に行こう」

「うん」

2人は親方夫婦に保証人になって貰い、役所で入籍を済ませた。

 

その後新幹線を乗り継ぎ、レンタカーで何時間も走って山奥の修造の実家にたどり着いた。

お嫁さんと孫ができる知らせと、コンテストで優勝した賞状が入った額縁を持って。

母親は修造がどこでどうしてるのか何も聞かされていなくて心配する毎日だったが、修造が額縁を壁に取り付けるのを見ながら、「こげんキレかお嫁さんば連れてくるとは修造もやるったい!」と、とても喜んだ。

 

「あの子はなんも言わんけんね。。大変やろう?母親ならよかばってんお嫁さんにはちゃんとせにゃ」修造の背中を見ながら律子に言った。

「お母さん、私修造さんの表情を読み取るの結構得意なんです。私達きっと上手くやっていけます」

そう言って2人で笑った。

修造の実家は人里離れた集落のまだまだ上の山の上にある一軒家で、家の周りからは広大な景色が広がっているのが見渡せた。

「律子、こっちだよ」

修造は足元の悪い道を、細心の注意を払いながら律子を歩かせ家の前に広がる眺めを見せた。

「凄いワイドビューだわ」

修造は律子の手を支えて「うん」と言ったが心配で仕方ない。

山の上からは森林がなだらかに谷の底まで見えた。

その向こうの木々のまた向こうに山々が連なって見える。

「空も広いわ」

「今日は雲一つないから夜の眺めも凄いよ」

「えっほんと?私の実家は長野なの。そこも星が凄いけどここは空の広さが違うわね」

「うん」

夜になるのを待って外に出た。

修造は律子をそっと抱きかかえて、空に輝く満天の星を見せた。

「クラクラするぐらいの星!見て!天の川よ修造」

律子は空を指さしながら

「ねえ修造、いつかここに帰って来て2人でパン屋をやりましょうよ」

「うん。。え?ここで?」

「修造と2人ならどこにいても大丈夫だわ」

修造と2人なら辛い事も乗り越えていける。

律子は今日の事を忘れない様に空に誓った。

 

 

ーーーー

 

パンロンドでは賞を取った修造のパンが有名になり沢山のお客さんが来店して、日ごとに忙しくなっていった。

毎日が目まぐるしく過ぎていく。

律子は産院から帰って来て「お医者様が女の子って言ってたわ」と告げた。

律子のお腹の中で命が育っている。

2人は寄り添ってソファに座り、お腹の子供が大きくなるのを楽しみに毎日を過ごした。

 

「名前なんだけど、、俺の故郷の山々のイメージで緑(みどり)はどう?」

「緑、可愛い名前」

「楽しみだ」

 

 

やがて無事に元気な女の子が産まれた。

「律子ありがとう。可愛いね」

律子に似てる、肌や髪の色も同じだ。

でかい俺に似なくて良かったよ。

 

律子は緑をいつも抱き、歌を歌って育てた。

それを見ながら、自分には家族が出来たんだ。

今までとは違うんだ、もっと頑張らなきゃ。

修造は決意を固めた。

 

第1部 おわり

あとがき

読んで頂いてありがとうございました。

このお話はフィクションです。筆者が見聞きしたパンの世界の様々な事を盛り込もうと考えて作りました。これから修造は勝手に動き出します。これを読んでパンの世界について楽しんで頂けたらと思います。

修造の体験しているパン屋さんの毎日。朝早く起きてパン作りをして、恋をして。不器用でいつも出遅れるけど、修造の毎日は充実しています。

迷いの多い青春ですが、パン職人として立派になって欲しいと思います。

修造は賞を取った事で運命がどんどん変わっていきます。さて、どうなるのでしょうか?

それは次号に続く。

文中に出てきたコンテストは、カリフォルニアレーズンコンテストを参考に書きました。

 

小説 パン職人の修造 第2部 ドイツ編

小説 パン職人の修造 第3部 世界大会編


2021年02月23日(火)

ツイッターバレンタインラブストーリーあとがき

ツイッターバレンタインラブストーリー

『OLのお菓子』

ご覧いただいてありがとうございました。

ツイッター140文字のお話を毎日更新して、最終話はバレンタインの2月14日。

ちょっとお話を振り返ってみたいと思います。

お話の振り返り

始まりはOLの西口千洋子が、中途採用の早田敦に入社当初から仕事を教えていて、徐々に仕事を覚え手が離れてきた所からです。千洋子は敦の仕事のミスを防ぐ為に陰ながら見守っていた。敦は千洋子の優しさに気がつき想いを寄せていました。千洋子はパン屋さんで買ってきたお菓子をたまに差し入れていました。OLの机の中はお菓子と恋の秘密が詰まっていそうですね。

1.

はいコレ

え? なんだよ俺にくれるの?

ひょっとして俺のこと好きなの?

敦は振り返って言った

別に、、、 そんなんじゃないし

冷静な感じで答える千洋子

(1話はこうして始まります。お菓子はスペインの祝い菓子ポルボローネです。口に入れて溶けるまでに「ポルボロン・ポルボロン・ポルボロン」と3回唱えると願いが叶うそうですよ。)

2.

悔しい

気がつけば早田さんの事ばかり 考えてるわ (イライラするなあ)

ボーッとして 何考えてるの? ひょっとして俺のこと?

敦はからかってるのでしょうか

(2話のお菓子はポルボローネです。プレーンとストロベリーの可愛い色合いにしています。)

3.

俺は知っている 俺のデスクの後ろに座ってる西口さん。

振り向くといつも目が合うんだ

だからわざと1日に何度か後ろを振り向いて

彼女の方を見るんだ

笑ってる

だけど時々怖い顔になってるんだ

(ハートのメッセージパンは毎年バレンタイン時期だけ並ぶグロワールの庶民派ソウルフード的存在です。好きなメッセージを入れられます。)

4.

恋は尊敬から 愛は執着から

と私は思っていた

(恋とはちがうわ)

中途採用の彼の 教育担当だったから

少し厳しく接してしまう のかも

(グロワールの入り口の右横は焼き菓子のコーナーです。季節のお菓子が並んでいます。)

5.

口調は厳しいけど 態度のやさしい彼女

いつも陰ながら仕事のミスを 防いで貰ってる

知りたいんだ どんな所から来て

どんな生活をしているんだろう

(グロワールで人気の目玉焼きクッキーのバレンタインバージョンです。)

6.

いつもお昼に食べてる パン美味そうだね

どこで買ってるの?

うちの近所のなの

駅の近くにあるのよ

この前パンが好きって言ってたから

今度買って来ようか?

え! マジ? 嬉しい!

(ミニマフインはチョコとオレンジ・メープル・オレンジ・ストロベリー・ブルーベリーの5種類のどれかの組み合わせになります。ちょっとした手土産やお茶請けに人気です。)

7.

朝起きて仕事して帰って また朝が来て

そうしてるうちに いつのまにか忘れていたけど

今朝はパン屋さんで

誰かの為にパンを買う

その人の顔が浮かんで 何が好きか考える

そんな気持ち また思い出した

(グロワールのバレンタインハートクッキーです。実際に朝会社の人と食べるためにクッキーを買って行かれるお客様は多いです。あげる相手の嬉しい顔を思い浮かべて買い物するのはいいですね。)

8.

テレパシーってあるのかなあ!

すごい西口さん!

何で俺の好きなもの全部分かったの?

(だっていつも見てるもの)

いつも お惣菜のパン

ハード系のパン

甘いパン

の順番で食べてるもの

(写真は自家製酵母の塩パン、トマトとベーコンのピザ、りんご入りプリンパンです。ピザパンはシリコン型に入れて焼いてあるのでプルプル持ちにくいぐらい柔らかです。プリンパンはりんごのコンポートが入ったカスタード、カラメルソースがプリンの様なパンです。自分の好みを分かってくれるなんてポイント高いですね。)

9.

私のうちの近くには商店街があって

その先には神社があるの

神社の裏の公園で 小さい頃よく遊んでた

このパンは朝駅に行く途中の パン屋さんで買ったの

へ~ 今度俺も行きたいよ! 案内して!

(写真はショコラタルトです。中にシュトーレン風味のフルーツとカスタードクリームが入っています。敦は西口さんに徐々に接近していますね~)

10.

初めて外で会って 近所のパン屋さんへ

私ここのパンを小さい頃から 食べてるの

へぇ~ 良い匂いがするなぁ~

俺パン大好き

お店に入ると 店員さんが工場から

焼き立てのベーコンエピを持って出てきた所だった

これが良い!

敦がトングでベーコンエピをトレーにのせた

(ブラックペッパーの効いたベーコンエピです。グロワールでは11時過ぎに焼きあがります。2人は11時に駅で待ち合わせてパン屋に来たのでしょうか。グロワールは大阪メトロ千林大宮駅から徒歩2分で来れます。)

11.

2人で食べたベーコンエピ

これって麦の穂の形なの

一つ一つを外しながら 分けあって

ブラックペパーが効いてて美味い!

尖ったところがパリパリね

(ベーコンエピの尖った所はカリカリで美味しい所ですね! 2人はパンを買った後近所の神社の裏の公園へ行きます。最近境内神社の高良社に豊臣秀吉のご神像があることが公表されました。[大宮神社 由緒(御神像)])

12.

私小さい頃 チョコって呼ばれてて

チョコデニッシュを食べる度に

その事を思いだすの

あまり人のいない公園

思い出話

俺は小さい時アツって呼ばれてたよ

今度からチョコって 呼んでいい?

(写真はジャンドゥーヤです。ヘーゼルナッツチョコクリームにプラリネ、ピスタチオをトッピングしたデニッシュです。アツとチョコ。アツはチョコの話をずっと聞いていたかったのです。2人は少し親密になってお互いをニックネームで呼ぶことにしました。)

13.

パン屋さんの袋に 赤いカードが入れられていた

この赤い券はなに?

これはパン屋さんで 配ってるもので

12日に1枚10円の 金券として使えるの

じゃあそれを持って 12日にまた来ようよ!

アツはまた外で会う口実にサービス券を使うそうですよ。

(グロワールでは500円お買い上げ毎に1枚赤い色のサービス券をお渡ししています。毎月12日パンの日にお持ち頂くと1枚10円の金券としてお使い頂けます。他に食パン1斤毎に緑の券を進呈。20枚で1斤お好きな食パンと交換できます。パン・ド・グロワール1.5斤との交換は40枚になります。)

14.

チョコが俺の事を好きなんじゃないかって確かめるために

わざと「俺の事好きなんじゃないの?」 って 聞いたんだ。

そしたら「別に」 って 返事が来たんだ。

(ビートルズの「Eight Days A Week
アツの気持ちはこの歌詞そのものです。

君に愛されたいんだ
わかるだろ、本気さ
君も僕みたいに
僕から愛されたがっていたらいいな

こんな歌詞です。

そういえばチョコははじめのうちちょっとアツに冷たかったですよね。今はどうなんでしょうか? パンは自家製酵母のカンパーニュです。季節によってステンシルの模様が変わります。猫ちゃんもいますよ。)

15.

楽しかった 公園で食べたパンと

まさか子供の頃遊んだ公園で

アツとあんな風に自分の話をして

キラキラした目で私の話を 聞く人がいるなんて

(チョコはアツに次第に胸キュンになっていきます。愛すれば相手の事がもっと知りたくなる。アツはそんな気持ちが強くなってきました。パンはチョコクリームパンです。クーベルチュールチョコを使ったカスタードクリームを包んでいます。生地はパネトーネ種の生地で生地にもクーベルチュールを使っています。焼成後チョコクランチをトッピングしたとことんバレンタインに特化したふわふわのパンです。)

16.

西口先輩!

何? 中田さん

もうすぐバレンタインですね。

今年はバレンタインは日曜日!

義理チョコは渡さなくて 良いかもですね。

わざわざ日曜日に渡すって〜 本命って感じですかね!

(可愛い系の後輩中田さんが話しかけてきました。中田さんに言われてみればそうかもです。今年はチョコの売れ行きがあまりよろしくなかったとお馴染みのニューマルシェの専務も仰っていました。義理チョコを選ぶのもまた楽しいんですけどね^^パンはストロベリーシャンティー。イチゴとミニマシュマロをトッピングしたなんとも可愛らしいデニッシュです。)

17.

2月12日

オフィスにて アツが後ろを振り返り

赤い券をヒラヒラさせて 口パクで何か言ってきた

チョコ! 今日は12日だ!

仕事終わりに行こう あのパン屋さんへ

チョコは誰にも気付かれない様に 小さく頷いた

(2人は公園で話して以降アイコンタクトが出来るほど親しくなってきましたね。一体これからどうなるんでしょうか? パンはフルーツ パン・ド・グロワールです。ショコラ パン・ド・グロワールにフルーツをトッピングしています。この時期ならではのパンです。)

そうか もうすぐバレンタインデーか!

店に入るとすぐに メッセージが描かれたハートのパンが置いてある

サンキュー
大好き
LOVE
感謝
ありがとう

アツはじっと眺めた

(ハートパンはご注文者の気持ちを端的に貰った相手に伝える事ができます。いつもこんな風に思ってくれてたんだ。そんな風に思わせてくれます。)

19.

アツは

チョコはどれをくれるのかな~

と言ってみた

最大限わざとらしくなく

自然に

チョコもじっとパンを見ていた

こんな時 テレパシーみたいなものが あればいいのに

(アツはチョコにハートパンのメッセージを選んで欲しいようですね。チョコはどんなメッセージを選ぶんでしょうか?)

20.

メッセージが入れられる

あのパンの事は知ってたわ

どこかの誰かが誰かに渡すもので

自分には関係ないと思ってた

今日初めてまじまじ見た

もし自分がアツに渡すなら

どんな文字のものを選ぶの

(チョコの気持ちはどれなんでしょうか?)

21.

2月14日

たった5文字の言葉でも

こんなに意味を含んでるのね

もし私が ありがとう

を選んだら 同僚の1人に戻ってしまう

後ろの席に座って 同じ空間で仕事している人

(ありがとうは断然人気のワードです。人と人の心の触れ合いを大切にしたいですね。お母さんと子供さんがパパにあげるハートのパンを選んだり、お友達にあげるパンを選んだりされています。パネトーネ種を使ったパン・ド・グロワールの生地でできているのでフワフワです。あの人に感謝の気持ちを伝えたい、愛を伝えたい。そんな時、照れ臭くなく、さりげに渡せるハートパン。ジョン・レノン「LOVE)」

22.

LOVE なんて柄にない

中田さんなら 似合うかも

恥ずかしいな

大好き はどうなの

それは どうなの

(ハートのささやき。恋することのもどかしさ。
ポール・マッカトニーの「Maybe I’m Amazed
君が僕に時間を忘れさせるほど
とりこにさせていることに驚いてる
本当に君が必要だと言うことが
驚きなんだ)

23.

その時 チョコの心の中に

自分を見つめる アツの顔が浮かんだ

真正面から向き合ってくれた

アツに自分も応えなきゃ

チョコはひとつのハートパンを 手に取った

これ下さい

(バレンタインの時期、お店にはバレンタイン用の焼き菓子が並んでいました。沢山の通勤途中の方がお土産やおやつにクッキーを持って行かれます。)

アツにハート形のパンを渡した

あの時並んでなかった大きな

ハートのパンがあったの

アツはパンに描かれた メッセージを見て 微笑んだ

今日はチョコもアツの顔を 前から見て微笑んだ

画像

(もう何も言うまい。
愛してる
ただそれだけ
ジョン・レノン「Oh My Love」)

25.

俺からも

あの後パン屋さんに戻って 頼んだ文字があるんだ

パン屋さんがビックリしてたけど(笑)

2人はコレを見て笑いあった

やっと2人の心がピッタリ合った

画像

(アツは12日にパン屋さんに戻って「俺も」と描いたハートパンが欲しいとお願いしました。言われた文字を引き受ける! おまかせください!パン屋さんは実は「俺」という文字でゲシュタルト崩壊を起こしていました。俺と言う文字はなんというおしゃれさゼロの漢字、、、そこでカタカナの方がしっくりくるなと思ったのです。アツはチョコが義理っぽい文字を選んだらどうするつもりだったのでしょう? その時は丸めて口の中にほりこんで食べてしまうつもりでした。愛してるで良かったねアツ)

あとがき

お店にいると様々な人間模様に出会う事があります。
ハートパンが並んでいる時期に、親子連れが入ってきました。
父さんがハートパンをまじまじみてお母さんに「な~これちょうだいや!」と言いました。
奥さんからの愛の言葉の催促ですね。
14日になって奥さんはどんな文字を選んだのでしょうか?
そんなお父さんの気持ちを汲んでこのお話は誕生しました。
今日からツイッターでホワイトデーラブストーリーが始まりました。
文字におかしな所があっても修正できないところがツイッターの悲しい所ですが、そこは読み飛ばして頂きたいです^^


2021年02月19日(金)

フェリシモ予約ダイレクト便 美味しいパンセット

フェリシモ予約ダイレクト便
Special bread shops
パン王子おすすめパン屋さんのおいしいパンセット
のお知らせです
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携帯電話 0570024211
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インターネットのみ 2021年4月4日まで
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大阪市旭区のパン屋のグロワール
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地下鉄2番出口上がってすぐ
アーケードのない方の
千林大宮商店街入って50メートル右
水曜日定休
☎️ 0669517314
????ご注文・ご予約受け付けています。
フリーダイヤル 0120517314
ホームページ gloire.biz
ネットショップ panyagloire.com
ツイッター パン屋のグロワール https://twitter.com/gloire1125
Facebook パン屋のグロワール facebook.com/gloirepan/?pnref=lhc
全国地方発送はネットショップで受付中です????

2021年02月02日(火)

マカロニとラブストーリーとハートパン

こんにちは もうすぐバレンタインデーですね。

バレンタインに先駆け、マカロニにパンマニア推薦!バレンタインデーに選びたいおすすめチョコパンに載せて頂きました。推薦してくださったのはパンディレクターの大谷りえ子さん。

https://macaro-ni.jp/96442

掲載して頂いたのはグロワールのハートパンセットでした。グロワールのハートパンはチョコクリームでメッセージを描くもので、かれこれ25年ほど続いています。25年の間たくさんの方がそれぞれの相手に気持ちを伝えていました。就活頑張って、いつもありがとう、お世話になります、パパ大好きなどなどあげたい相手に気取らずに渡せます。去年までは店頭に並べていましたが、コロナの影響で今年からは全て袋入りの販売になります。なので並べられる言葉が少なくなりますので先にご注文をお願いしたいと思います。当日は大きなサイズのハートパンはご予約のみになります。

大きなサイズは20センチ程で文字は10文字程度。小さなサイズは12センチ程で文字は5文字程度書けます。

ネットショップでは小さなサイズが1個か5個セットの2つから選べます。文字は色々えらべます。

1個はこちらから

https://panyagloire.com/?pid=112235600

5個セットはこちらから

https://panyagloire.com/?pid=112601485

さて、マカロニ掲載の話を聞いてからすぐに始まったのが今ツイッターで1日1回ペースで載せているバレンタインラブストーリー「OLのお菓子」です。

今13話で、なにせ140文字と限られていますから中々進展しない2人の仲なのですが、2月14日まで続くので折り返し地点です。

これまでのお話は

始まりはOLの西口千洋子が中途採用の早田敦に入社当初から仕事を教えていて、徐々に仕事を覚え手が離れてきた。千洋子は敦の仕事のミスを防ぐ為に陰ながら見守っていた。敦は千洋子の優しさに気がつき想いを寄せていた。千洋子は敦への差し入れのお菓子を駅へ向かう道にあるパン屋さんで買っていた。2人はそのパン屋さんを訪れ公園で2人で分け合って食べ、思い出話からお互いにあだ名で呼び合う様になる。そしてパン屋さんのイベントの日にもう一度パン屋さんを訪れる約束をする。

今ここまでお話が進んでいます。後半は段々バレンタインデーに迫ってきてハートパンが活躍しますのでよろしくお願い致します。

 

 

 

 

 


2021年01月07日(木)

1月13日は「なにわの伝統野菜」オンラインセミナーの日

こんにちは、グロワールのパンが登場する、大阪市主催のオンラインセミナーの日にちが迫ってまいりました。1月13日なのですが、12日が申し込み締め切りなんです。下の方に申し込みフオームがあって意外と簡単に申し込めるので、メールが届いたらよく読んでみて下さい。

このイベントの主催はなんと大阪市経済戦略局産業振興部産業振興課。大阪市では市内農業についての理解を深めていただくことを目的として、ご自宅や職場など、インターネットがつながる環境ならどこからでも参加いただけるオンラインセミナー「行列必至の新商品パンは、大阪市の野菜の魅力がギュッ!パンを愛する浅香さんはこうやって作りました!」を開催されます。

あわわわ、どうしましょう(汗)ものすごいオンラインセミナーですね!  当日はパン王子とお話合いのもと出来上がったパンたちをセミナーでご紹介できると思います。

写真はパンヲカタル浅香正和さん(パン王子)

なんとイベントポスターが大阪メトロの主要駅に掲示されていたそうです。千林大宮駅や千林マルシェさんにも貼られていたそうです。わーお!13日の当日はパン王子の野菜を使ったパンのお話も沢山聞けると思います。90分もあるのでご自宅のスマホやパソコンでゆっくりご覧いただけますね。是非12日までに登録をお願い致します。

セミナー詳細  関西グルメ番組で人気のパンが大好き「パン王子」こと、「パンヲカタル」の浅香正和氏が、本セミナーのために大阪市旭区千林大宮で人気のパン屋さん「グロワール」さんとオリジナルパンをプロデュース。

セミナー内では、オリジナルパンの発表と、大阪市なにわの伝統野菜をはじめとした市内産農産物の魅力を伝えていただきます。

そして、今回登場するオリジナルパンは、「グロワール」で期間限定販売されますので、実際に購入することもできます。

また、本セミナー参加者限定で、「グロワール」でお得に購入できるチケットも入手できますので、是非ご参加ください(使用期間は令和3年2月14日まで)

13日までは大阪市内産のキャベツと難波ねぎを使ったお好み焼きパンを販売中です。

内容

オンラインセミナー

配信日時

令和3年1月13日(水曜日)13時から14時30分まで

開催形態

Zoomを利用したオンラインセミナー

(注)セミナーをご視聴いただくには、オンライン申込みフォーム別ウィンドウで開くにてお申込みいただく必要がございます。

オリジナルパンを購入できるお店「パン屋のグロワール」

店舗名

パン屋のグロワール

住所

営業時間

7時から20時まで

定休日

毎週水曜日

アクセス

対象

どなたでもご参加いただけます。

費用

無料(事前申込制)

(注)オリジナルパン購入費は、別途必要になります。

申込および視聴方法

オンライン申込みフォーム別ウィンドウで開くより、お申込みください。
お申込みされた方に、視聴用URLが送られます。

写真はGIVE&GIFTの中川悠さん


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