パン職人の修造 江川と修造シリーズ
フォーチュンクッキーラブ 杉本Heart thief
催事で頑張ってカレーパンを揚げた杉本は最近は親方に焼成を教わ
成形後ホイロというパンを発酵させる機械の中から出てきたパンを
「タイマーが鳴ったら出すんじゃなくて、それは目安として焼成のパンの色をよく見てね」
「はい」
それを工場の奥から見ながら江川は「
と先輩の修造に言った。
「だな」
修造は普段あまり話さない。
ところで江川と修造は世界大会を目標にして大木シェフに面倒見て
今日はパンロンドの近所の神社でお祭りがあるのでちょっとした余
「杉本フォーチュンクッキーって知ってる?」と修造が聞いた。
「
フォーチュンクッキーは中におみくじが入っている薄い小さいクッ
アメリカのフォーチュンクッキーは粋なジョークが書いてあるもの
「これだよ。
「はい」
薄い生地を軽く焼いたあと直ぐに占いの書いてある紙を真ん中に挟んで容器のヘリで曲げる。
杉本は出来上がったフォーチュンクッキーをひとつ割ってみた。
「
風花はすぐに
「違うと思う」とキッパリ言った。
「早く焼けたパンをトレーに入れて出してよね。
焼成はパンを焼くのが仕事だが昔から「焼きが八割」
杉本は高校を途中で辞めてボクシングジムに入ったが挫折してパン
挫折したとはいえ、
難点があるといえばガサツで軽率、この二つだろうか。
親方は自然に振る舞いながらパンを手荒く扱わない様に、
「風花ちゃんこれ、お客さんにひとつずつ渡してね」
フォーチュンクッキーを選んで受け取ったお客さん達は皆中を開け
風花は「奥さん、私もひとつ貰って良いですか?」と聞いた。
「
「はい、盗難注意でした。
「色気なくなんてないわよ。
奥さんの励ましの様な言葉を聞いて部屋の箪笥の中の秋浴衣を思い出
今日友達と久しぶりにお祭りに行くからお母さんに着せて貰おうか
風花は家に帰って母親に藍色の秋浴衣を着せて貰った。
浴衣より少し厚めの紺色の生地に桔梗が描いてある大人っぽい柄の着物に、淡い紅色の帯と髪留めをあしらった。
友達と神社の前で待ち合わせて四人で歩き、
お祭りの屋台の黄色い灯りが揺れている横をみんなで歩き、ヨーヨー釣りをした。
みんなでユラユラポンポンとヨーヨーを持ち歩いている時、
「あ!風花!」
いつもの自分に向けられる厳しい表情と違い、
が、風花は杉本を無視して「藤岡さんお疲れ様です」と挨拶した。
風花の友達も藤岡を取り囲んで「同じ職場なんですか?」とか「
何を聞かれても爽やかにしか答えない藤岡のソツのない言い方がち
あーあ、、同じ人間なのになんでこうも違うんだ。
俺もなかなかのイケメンなのに。
そう思っていると「はい、これあげるわよ」
「ヨーヨー、、久しぶりに見たな。
「大人って誰の事よ」
「え?俺ですよ俺!」
その時辺りから屋台の焼き鳥の香ばしくて良い香りがしてきた。
「腹減ったな〜、焼き鳥食べようよ」
「良いわよ」
「藤岡さん、俺達あっちに行ってますね」
「うん」
と言いながら藤岡は風花の友達三人と反対側に歩き出した。
どうやら何かを見に行った様だ。
杉本はいい匂いのする焼き鳥を四本買った。
「ほらこれ」
「ありがとう」
二人は屋台と屋台の間の二メートルぐらいの隙間に立ち、
風花は着物を汚さない様にしながら片方の耳に髪の毛をかけて少し
「
「え!」
「もう、だらしないわねぇ!
「えへへ」と誤魔化しながら話を変えた。
「風花はなんでパンロンドに入ったの?」
「パンロンドって私が中学ぐらいの時にできて、
「パンロンドって確か出来て十年目ぐらいだもんね」
「毎日沢山の人が店に来て、
「うん」
「そういう存在ってとても大切なんだわと思って」
「
「そう、
「しっかりしてるなあ、
「修造さんって怖くない?目つきが鋭いわ」
「始めはめっちゃ怖かったけど、
「江川さんと修造さんって世界大会に出るんでしょう?」
「なんか飛び抜け過ぎてて俺はついていけないなあ」
「そんな事言ってないで!明日も頑張るのよ!あんたがあの二人の
「無理だろそれ」
杉本が笑って誤魔化していると藤岡達が楽しそうに戻ってきた。
「風花見てこれ、藤岡さんが全部とったのよ!凄ーい!」
「凄い」
藤岡は「ほら、これあげるよ」と言って杉本に持たせた。
帰り際、
次の日
杉本は親方にバゲットのカットを習っていた。
カミソリ刃ホルダーの先に両刃のカミソリをつけて、
「この工程楽しいですね」
「このパリパリいう音は天使の拍手とか言うんだよ」
「へぇ〜」
「はい、バゲットあがりましたよ」
風花に叱られないうちに縦長のカゴにバゲットを入れて持っていっ
「はい、風花ちゃん」
一瞬目があったが、
それを見ていた親方が思い出話を始めた。
「修造はね、
「ハハ、バレバレですね」
「付き合い出した頃なんて、
「信じられない!あの修造さんが、、」
「
「親方にヤキモチを?」
「ドイツに行ってる間律子を頼みますって頭下げられて、
「無事でよかったですね!」
暴れる修造を想像するとゾッとする。
「ま、全ては出会い、出会いはチャンスって事だよ、な!」
一方その頃、店の外から様子を伺ってる男がいた。その男は30代前半ぐらいで黒いスニーカー、青いジーンズ、白いTシャツに黒い
その男は目立たない様にパンロンドに入って来た。
「
焼き立てのパンを店内に並べながら風花が言った。
丁度フランスパンの出来立てが並ぶ時間で、
その男はいつの間にか帰り、
「え?!」風花は背中の事なので気が付かなかったが、
制服の白いTシャツの右の肩甲骨あたりから左斜めに向かっ
「いつのまに!引っ掛けたんでしょうか?」
「そうなのかしら?代わりの服を持ってくるわね」
奥さんが倉庫から新しいユニフォームを持ってきて「
「はい、すみません。気をつけます」
風花がTシャツを着替えて「これ、どうましょう?」
「さっき見た時は切れてなかったなあ」
「随分鋭利なものでスッと切れてますね」
「何かに引っかかったならこんな切れ方しませんよね?
「
「
「それが全然見てなくて」と風花が言うと、奥さんが「
修造は風花に「
「わかりました」風花は目つきが鋭い修造が怖かったが、
たしかにお店にいるとどんな人が来店するかは顔を見るまでわから
とは言え敵意を隠し持ってる人なんて分からないかも。
「え!怖い」
「しばらく店に出ないで中で働かせて貰ったら?
「念の為帰りは家まで送ってってやれよ」
風花が自分の事を怖がってると薄々気がついていた修造は杉本に言
「はい、無事に送り届けます!」杉本が張り切って言った。
そしてその帰り道
二人で歩きながら
杉本は風花に聞いた。
「何か身に覚えのある事は無いの?」
「カッターの事?いいえ全然無いわ。
「店でなんかおかしな事があったらすぐ呼んでよ」
「私今日は店に出なかったから明日もそうなると思う」
「その方が良いよ、風花が可愛いから狙われたのかも」
「そんなわけないわよ可愛くないもん。
杉本は可愛くないもんと言う風花の言葉に何言ってんだという表情を浮かべながら「やばいやつなのかな?
「厚かましいわねホントに」
笑い合う二人を離れた所からつけてくる男に杉本は全然気が付かな
風花はしばらくの間、店と工場の間で働いていたが店も平和だし、別段何も起こらなかったので奥さんに言った。「あの、
「わかったわ、でも気をつけてね。何かあったらすぐ呼んでね」
「
風花は顔は怖いが心の優しい修造の言葉を思い出して、
たしかに色々な気分でパンを買いに来る人達がいるんだわ。
イライラしていて急いでる人もいるし、
お昼頃、
「いらっしゃいませ」
入ってきたお客さんの表情を見た時「あっ」と思った。
年齢は三十ぐらい
風花はこの人かも知れない!
するとそのお客さんはトレーとトングを持って店をゆっくりと一周
なんだか背中がピリっとする。
後ろに立ったわ!
カチッ
とカッターの刃を出す時の音がした。
振り向くと風花に向かって刃の出たカッターを向けていた
「
声を聞いて杉本が飛び出してきた。
「なんだー!」男は杉本の声に驚いて逃げようとした。
「うわ」杉本がそれを避けた隙に男は店から飛び出して行った。
「待てーーっ!」
「準備してたのか?」
荷台はサドルの後ろに取り付けられた薄い板の様な形で、一番後ろに赤いライトが付いている。
杉本はその荷台の赤い丸を目掛けて商店街の中を倍の速さで走り出した。
あっ右に曲がったぞ!
杉本も右への道に走って行った。
はあはあと肩で息をしながら橋の一番盛り上がった所に膝をつき、
自転車はその先の古びたパーマ屋を左に曲がった。
杉本はしばらく息が上がりそのまま立てなかった。
「疲れた」と呟きながらトボトボと店に戻ると警察が来ていた。
お巡りさんにどんな感じだったとかどこで曲がったとか伝えた。
風花はお巡りさんと警察署との連絡の無線で「マルガイ」
お巡りさんは二人で来ていて、事情をみんなに聞いた後「
風花は杉本に「ごめんね、お巡りさんとの話を聞いてたわ。
「もうちょっとだったんだよ」
杉本は悔しがった。
家に帰ってから風花は今日の事を母親に報告した。
「あんた狙われてるんじゃない?
母親は心配してそう言ったが風花は杉本の事が頭に浮かんだ。
「いいの私パンロンドが好きだし、守ってくれるわ。きっと」
それに自分を守るのは自分なんだし、
次の日
パンロンドは定休日なので杉本は自転車に乗り、
うーんどっちだろう?とにかくあの自転車を探さなきゃ。
パーマ屋から西に伸びていく道の周辺を隈なく見ていく作戦で自転車を走らせた。
グレーの様なグリーンの様な車体で荷台が黒で先に赤いライトが目立つ物がないかじっくり
ふぅ、疲れたな。初めの道から随分遠くへ来た。
コンビニで飲み物を買おうと駐輪スペースに自転車を停めた。
ふとコンビニの横の空きスペースを見た時「あっ」この自転車だ!
杉本は探していた自転車を見つけた。
緊張が走る。
コンビニの中を見回した。が、それらしき人物はいない。店内の客はおばあさんが一人、四十くらいの太った男が一人、女の人が一人、
「いないな」
あ、
杉本は水を買い、それを飲みながらコンビニから少し離れた所で見張る事にした。
その坂に少し登り、そこから見張る事にした。
そう思ってじっと見ていた。
すると
「何見てんだよ。俺にも見せろよ」
「あ!修造さん」修造が顔を並べて杉本の見ている方を見た。
「なんで?」
「俺の住んでるアパートすぐこの裏にあるんだよ。今から近所のスーパーに夕ご飯の材料を見にいくところ」
「そうだったんだ。修造さん、
「ええ?よく見つけたなあ。分かったよ協力するよ。ここじゃ走って行きにくいからもっと近寄って挟み討ちにするぞ」
修造はコンビニの駐輪場の横の電信柱の影で携帯電話の画面を見るフリをし
杉本はコンビニの中から自転車のよく見える雑誌コーナーの前に立
しばらく待ったが来ない。
杉本は修造にメッセージを送った。
『中々来ませんね』
『うん』
『焼成の仕事はどうだ』
『親方がいい感じに導いてくれているので大きな失敗はありません』
『ちょっとは上手くなってきてるな』
『そうですか!ヘヘヘ』
外でガチャンと音がした。
『来ました』
と打って杉本は店から飛び出した。男は杉本を見て素早く自転車に飛び乗りこぎだした。
「待て!」とっさに杉本はお祭りの時に入れっぱなしだった自転車の前カゴのスーパーボールを袋から出して走りながら次々に投げつけた。
そのうちのいくつかが自転車の前輪に乗り上げバランスを失ってグラグラしたすきに修造が走って行って自転車のハンドルを押さえた。
「捕まえたぞ」
コンビニ前の駐車場には派手な色合いのスーパーボールが散乱した。
男は急に杉本
「あぶねえ!」
倒れた男から落ちたカッターを足で二メートルほど蹴り飛ばして手を後ろにねじりあげて「
お巡りさんが「十六時二十八分、銃刀法違反及び傷害容疑で逮捕する」
男は後でやってきたパトカーに乗せられて行った。
どうやらこの女性はカフェのスタッフで、
「捕まって良かったなあ」
修造と杉本は顔を見合わせうなずいた。
3日後、店に私服の警察っぽい人が来て、親方と何か話していた。
杉本達は仕事をしながら気になってそれをチラチラ見ていた。
「親方、さっきの警察ですか?なんて言ってました?」
「あのね。修造と杉本が捕まえた奴は、
「え!あの焼き鳥の屋台の?知らなかった!」
「怖いわね〜」と風花と奥さんもゾッとしていた。
修造が風花に「
「そうなのね」
この時風花が初めて杉本を真っ直ぐ見たかもしれない、
「ありがとう」
その時周りの誰もが杉本からズキューンという音がしてくるのを聞
江川と藤岡が「ハート撃ち抜かれたね、ハハハ」
ある日のお昼
「風花」
「何?」
「これ」
「フォーチュンクッキーじゃない。お店で配るの?」
「これ俺が家で練習で作ったおみくじクッキーだよ。
「あんたが作ったの?胡散臭いわ」
「いいから一つ開けてみろって」
「わかったわよ。仕方ないわね」
風花は小さなカゴに十個ほど入った占いクッキーを一つ選んで開
「何よこれ!」
【杉本が好きになるでしょう】
と書いてある!
「そんなわけないじゃない」と言ってもう一つ開けたらそれにも
【杉本が好きになるでしょう】
と書いてある
「ちょっと!」
風花は全部割ってみた。
どうやら全部に同じ言葉が書いてあるようだ。
それを一部始終見ていて「へへへーっバレたか」
「もうなってるわよ」
小さな声で呟いた。「え?」
「なんでもない、あ!いらっしゃいませ。ただいまブールが焼き立てでーす」
「おひとつですね、はい!」
風花は一際明るく言った。
おわり