2021年10月08日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 背の高い挑戦者 江川Flapping to the future

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

背の高い挑戦者 江川 Flapping to the future

はじめに

このお話はフイクションです。実在する人物、団体とはなんら関係ありません。


 

今日は修造の休みの日。

アパートの部屋のグリーンのソファに寝転んで修造は大あくびをした。

「ふぁーーーっ」

「律子と緑は友達の誕生日会に行ってるし、久しぶりにゴロゴロしてテレビでも見るか。」

修造はテレビをつけた。

バラエティ番組が流れている。

ボーッと見ていると子供が三皿の料理を順番に一口ずつ食べている

ママの作った料理はどれでしょう?おいおい、毎日食べてるんだからわかるだろ?えー!それは一流シェフの作ったヤツだ、それはコンビニの!やばいあの子コンビニのを選んだぞ!それがママの料理って、、あーほら。ママが泣き出した。

俺だったらどうかなあ。律子の料理だからわかるだろ。

そんな事を考えながらウトウトしていた。

ひまだな~

そうだ、これから鳥井シェフの所に寄ろうかな。

ドイツから帰って一回挨拶に行ったきりだし。

そうしよう。


一方パンロンドでは社長の柚木(通称親方)にまたしてもNNテレビの四角ディレクターから電話が掛かって来ていた。

「はい、あー四角さん。その節はうちの職人達がお世話になりました。え?撮影?うちでですか?何するんですか?パン職人の一日?何ですか?それ」

電話の向こうで四角が答えた。

「パン屋さんにお邪魔して、パン職人さんが普段何をしてるのか撮影して視聴者の皆さんに知ってもらうコーナーです。夕方のニュース番組の中程で三十分やります」

「撮影はいつですか?」

「次の水曜日です。放送はその次の日です」

とにかくでりゃあ良いんですね?はい了解〜」

「それで、どなたか職人さんの奥さんに持ってきて欲しいものがあるんですが」

「なにそれ?」親方は四角の説明を聞いてニヤッとした。

楽しみだなあ」


修造は電車に乗って鳥井シェフの店ベッカライVogelnest(鳥の巣)に来ていた。

鳥井シェフの所に来るといつも美味しいドイツパンを御馳走してくれる。それが楽しみの一つでもあった。今日はミッシュブロートにBlauschimmelkäse(青かびチーズ)にイチジクとナッツがのったパンとチーズプレッツエルを出してもらった。どちらも修造の好物で美味すぎてもうここに住みたいぐらいだ。

「ご無沙汰してすみません」

「久しぶりだね修造。あれからどうしてるの?」

「はい、これからパンロンドの親方に恩返しした後、国へ帰ってパン屋を開業しようと思ってます。それで今は自分が抜けた後困らない様に後輩を育てています」

開業!そうなんだ!それは楽しみだな!じゃあ俺がパンの機械や材料の展示会に連れてってやるよ。来週の水曜空けといてくれよ」

鳥井に大きなパン関連の展示会に連れて行ってもらう事になった。

「どんなのだろう!噂では聞いてたけど行ったこと無かったから楽しみだなあ!」

修造は帰り道、パンロンドの柚木に電話した。

「もしもし親方ですか?あの来週の水曜、、」

「おっ!修造丁度良かった!来週の水曜うちにテレビが来るんだよ」

「えっ⁉︎」

パン職人の1日とかいう放送をやるんだってさ」

「あの〜その水曜なんですが、俺用ができてどうしても行かなきゃならなくて。収録は何時なんですか?」

「十時からって言ってたよ。用が済んだら絶対来てよ」

「わかりました」

と言いながら、テレビが嫌な修造は収録が終わった頃を狙って店に帰る計画を立てていた。


そして水曜当日、修造は律子に「今日展示会に行ってくるよ」と言った。

パンロンドにテレビが来るんでしょう?それはどうするの?」

パンロンドに戻ったらもう終わってるかもね」

そう言って修造は律子と行ってきますのハグをした。

いつもの通り律子からフローラルなトリートメントの香りがする。


東南駅から展示会場迄は電車で二十分だ。

駅を降りると展示会場に行くっぽい人が何人か歩いているのでその人達について行った。

修造と鳥井は展示会の入り口で待ち合わせていた。

大きな会場ですね」

「ここは業界一の展示会なんだよ。なんでもあるだろ?まずオーブンから見ていこうか。」鳥井が会場見取り図を見ながら言った。

「はい」

その会場は1日では回り切れないほどのパンやお菓子関連の機械屋、袋屋、資材屋、大型店用、小売店用などの様々なものがそれぞれ会社ごとに展示してあって、どれもこれも珍しくてワクワクするものだった。

鳥井があの会社はこうでこの会社はこうでと色々説明してくれていた。

その時

会場の1番奥ではコンテストが行われている最中だった。

パン職人選抜選考会と看板に大きく書いてあり、かなり大きなコンテストの様だ。

「あれは?」

「今は二十五歳以上のシェフが世界大会に出る為の選考会が行われているんだよ。その横では若手コンテストと言って二十一歳以下の若い職人が競い合ってるんだ」

見ると、四メートル毎に四つに仕切られたブースの中にはパン作りに必要なミキサー、オーブン、ドウコン、パイローラーなどの機械がそれぞれ備えつけてあり、その中では選手と助手の二人が力を合わせて作品を作っている。更にその横では同じように四人の若い職人がブース毎に分かれてコンテストに挑戦していた。

鳥井は続けた。「そして二つの優勝者同士が一緒に世界大会に出るんだ。シェフと助手としてね」

修造が興味ありげにしているのを鳥井は見ていた。

「ここに並んでるのは優秀な選手達の作った作品だよ。芸術的で立体的だろ?」

そこには見たことも無いような勢いのある彫刻の様なパン生地でできた作品が並べられていた。

選手達の作った作品を見るために沢山の人達が十重二十重に取り囲んでいる。

「凄いな。パンで出来てるとは思えない」

そこへコックコートを着た大柄な男が近づいて来た。

鳥井がそれに気がつき「修造こっちへ来いよ」と呼んで、大木というコンテストの重鎮を紹介してくれた。

「ベッカライホルツのオーナーの大木シェフがこの大会を取り仕切ってるんだよ。俺と大木シェフは昔同じ職場で働いてたんだ」

パンロンドの田所修造と言います」

「よう!テレビで見てたよ」大木は気さくに挨拶してくれた。

そして選手が組み立てている途中の技術の高い飾りパンを見せてくれた。

選考会に選ばれる為に一流選手が自分の持つ技術の全てを注いだ作品を作っている。

修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。

凄い、こんな高い技術のパン職人が集まってるんだ!

どうやって作ってるんだこの飾りパンは?

パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。

目をキラキラさせて見ている修造の肩を大木が大きな手で掴んで言った。

「おい!1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!

「はい」

俺もこの大会に!

修造は急に腹の底から何か熱いものが込み上げてきた。

「まずは1次審査に通ることだ!」

「あの〜うちの若いのも連れてきて良いですか?」

「勿論だよ」

修造は実演している選手の前に行って前のめりに見ていた。

それを後ろで見ていた鳥井と大木にそのまた後ろから声をかけてきたニ人の男がいた。

二人共コックコートを着ている。どうやら大会の関係者の様だ。

一人はパン王座決定戦に出ていた佐久間シェフで、もう一人は背が高く白毛混じりの短髪の男だ。

「頼んだぞ大木、鳥井もここまで連れてきて貰ってすまん」」

背の高い男は大木達に声をかけた。

四人は心安い関係らしい。

「なんだよ、自分がコーチをしてやったらいいじゃないか」

大木はその男に呆れながら笑っていった。

 

「俺は他の子のコーチだからね」

そして修造を遠くから見ながら「俺は手抜きはしない。」とボソリと言った。


修造は一通り選手の作品を見た後会場を出た。

駅まで歩きながら「大木シェフって親切な方ですね」と鳥井に言った。

出来るだけ優秀な選手を育てて世界に勝たないとね。修造も出ると決めた以上は頑張れよ」

「はい。俺頑張ります」

修造の頭の中はもう自分の作る作品のことでいっぱいになっていた


「はい!みんな~!これ着て!」

その頃パンロンドでは、店の奥さんがみんなにお揃いの帽子を渡して新しいコックコートに着替えさせていた。

いつもTシャツの親方は着るのは嫌だと抵抗したが奥さんには逆らえない。

テレビが来るからみんな張り切ってね」

そろそろ時間なのに遅いですね」

「そうだな」

さっき電話があって前のロケが押してて遅れるそうよ」

今のうちに仕事片付けとこうよ」

みんなお揃いの帽子を被って仕事を片付けて待ち構えた。

杉本がワクワクして「テレビってどんなのかなあ〜」ピョンと跳ねた。

江川は「僕緊張するなあ。修造さんまだ帰ってこないの?」とガチガチになってきていた。

「ウフフ、大丈夫ですよ江川さん、リラックスしていきましょう」と藤岡が2人を見てニコニコしている。

そのうちにアシスタントディレクターが一人でやってきた。

「こんにちは、今日お世話になります。こちら本日のロケの台本ですのでお渡ししておきます」親方に台本を渡して「では後ほどよろしくお願いします」と言って去っていった。

親方は台本を開いて「なになに、、パン職人の一日。おいみんな!順番に特技を披露するみたいだぞ」

「何するんですか?」

えーと、、と全員が台本に食いついていた。

そして「あ、すぐあの人に連絡してあれ持ってきてもらわなくちゃ!」と親方が言った。

「ウフフ、楽しみですねこれ!」と江川がはしゃいだ。

「修造さん早く帰ってこないかなあ」


修造はわざとノロノロ帰っていた。

「もうそろそろ撮影終わったかなあ。店に戻ったら残った仕事があったら片付けて帰ろう」

その頃。パンロンドにやっとテレビ局の四角ディレクターとさっきのAD、カメラマンと音声の人が四人でやって来た。

その後でマウンテン山田が登場した。

江川が「あ!マウンテン山田さん!」と叫んだ。

「その節はどうも~今日はよろしくお願いします」

マウンテンはNNテレビのパン王座決定戦の時に審査員席に座っていたお笑い芸人だ。

「いや〜柚木社長!遅くなってすみません」四角が親方に話しかけた。

「早速撮影を始めたいと思います。まずはざっと一日の流れを社長からご説明して頂きたいと思います。マウンテン山田の質問に答えて、自由にお話し下さい。」

そしてみんなが緊張の面持ちの中、アシスタントディレクターが小型のマイクを付けていった。小さなマイクの先をコックコートの襟につけていく、そこから線を後ろに回してその先の本体は後ろからベルトに取り付けられた。

「タレントみたい」と杉本がワクワクして言った。

親方とマウンテンが二人でパン工房の入り口に立ち、カメラの方を向いた。ディレクターが無言で指を三、ニ、一と指示してカメラが回り出した。

「こんにちはー!マウンテン山田の1日何やってんの?のコーナーの時間がやってまいりました〜!柚木さん!初めまして!マウンテン山田でーす!」

「よろしくお願いします」

「早速ですが、パン屋さんって早起きのイメージがありますが、朝は何時から始まりますか?」

「そうですね、朝は交代制で四時から始めています。前はもっと早かったんですが、最近は遅くなりましたね」

「どんな事をするんですか?」

「奥では仕込み、そして真ん中の大きなテーブルで分割成形、そして店側の窯の所で焼成、そのあと店で販売の流れになります」

ところで社長はみんなから親方って呼ばれて親しまれてるらしいですね。何か由来はあるんですか?」

「ボクは昔から力持ちな事と、見た目もお相撲さんっぽいから親方ってあだ名だったんですよ」

「そうなんですね、では親方!どのぐらい力自慢か試して頂けますか?」

急にマウンテンがカメラに向かって「親方は力持ちでショー!」と言った。

後で編集して、お茶の間の視聴者にはわかりやすく画面に文字が出る事になっている。

「さあ!では親方にはこの粉袋を持ち上げて頂きましょう!」

藤岡と杉本が脚立に乗って粉袋を親方の右肩に乗せた。

「まずは右に二十五キロ、そしてもう片方の肩にも二十五キロ」

重っ!と親方は思ったが我慢して左肩にももう一つ乗っけた。

「すごーい親方!ひょっとしてもう一袋ずつ行けそうですね!」

う、ぐ、ぐぐ、、そうですね。。」

親方は内心持てる気がしなかったが仕方ない。

もう一袋を右に!明らかにバランスが悪い。

「では左も乗せましょう!」

「う、うおーっ」と雄叫びをあげて親方が満身の力で右肩に合計五十キロ、左肩に五十キロ乗せた。

「うわー!凄い!親方!まだいけますね!」

え?」

親方は声が出なくてあうあうと口を動かした後、歯を食いしばり、もう二十五キロずつ肩に乗せ、もし倒れて粉袋に穴が開くと勿体無いから耐えた。

「パン屋さんってこんなに力持ちなんですかあ?」とマウンテンが聞いたら周りのみんなが「んな訳ないない!」と言った。

やっと粉袋を下ろして貰って「はぁ〜っ」と床に手をついてぐったりした親方に、マウンテンが「大丈夫ですか?」と聞いた。

「気にしないで撮影を続けて下さい」と地面すれすれで四つん這いのまま言った。

「さあ!次は?」マウンテンはカンペを見た。

「ふんふん!はい!パン職人さんの日常!次はお二人で生地を分割して並べて頂きましょう!」

杉本がカッコつけてスケッパーで生地を分割している。

「普段と違いすぎるだろ」と言いながら藤岡が丸めて箱の中に並べていく。

なるほど~こうやって生地が丸まっていくんですね、もっと早く出来るんですか?」

「はいできますよ」

「凄い!お願いします」杉本は出来るだけ早く分割し始めた。

「さすが!凄い早いですね〜もっと早くできます?」

「はい!」

めちゃくちゃ早く分割し出した杉本に

「大きさがバラバラだよ」と藤岡が言った時、慌てすぎてスケッパーが親指の第一関節辺りににカン!と当たった。

「ウワオ!」杉本が叫んだ。

親指を押さえてる杉本にマウンテンが「大丈夫ですか?」と聞いた。

「大丈夫です。気にしないで撮影を続けて下さい」

藤岡は痛がる杉本の親指を調べた。

「良かった。骨折はしてないみたいだな、、ハハ」と苦笑いした。

マウンテンは「さあ次は?」とカンペを見た。

クイズ職人さんの知識〜!職人さんにパン屋さんならではの知識を披露して頂きましょう!では質問です」

マウンテンはADがスケッチブックに書いて見せたカンペを見ながら

「Roggenロッゲンとはなんの事でしょう?」と聞いた。

「ラ、ライ麦」

「さすが!正解です」江川はほっとした。

そしてゆるい問題が出る様に祈った。

「では次の問題は、小麦の粒の問題ですね!小麦の粒の表皮ってふすまって言うそうですね」

「はい」

それではその表皮の部分は小麦の粒の全体の何パーセントでしょう?」

え?えーとえーとふすまのパーセント、、たしかそんなに多くないんだ。。あー!わかった!十五パーセント!」

おー!さすがですね!それではこれが最後の問題です」

江川は緊張で頭がクラクラしてきた。修造に早く帰って来て欲しい。

「パン生地をこねる事をニーディングと言いますが、では生地の腰を出す為に台に叩きつける事をなんと言うでしょうか?」

「え?えーとえーと」ピーリングでもカーリングでもない、、ボーリングでもない、、

よく聞く言葉なので解っているのに、いざ答えるとなると江川は頭が真っ白になってしまった。

えーとえーと?江川は目を白黒させた。「アーリング、イーリング、ウーリング、、」アから順に思い出そうとしていた。

そこにやっと修造が帰ってきた。

店の奥のシューケースの陰で親方が寝転んでいる。「親方!何やってんですか?」

「おう、、修造おかえり、、」親方は力を使い果たして立てなくなっていた。

工場を覗くと「あ!まだやってるのか。でももう終盤かもしれないし。。」

そう思って撮影の真っ最中の江川を見た。

「もう一度聞きますよ〜あと一問ですよ~」と時間がかかったので撮り直すためにもう一度マウンテンが江川に問題を出した。

江川が顔面蒼白になり口をパクパクさせてあうあうとなってるので、修造がADのカンペを取り上げてマジックで答えを書いてみせた。

「あ!修造さん!」

江川は急に元気になり答えた。

「ビーディング!」

「さすが〜正解です!さあ、ここまでトントンときましたね。お次は最後の問題です。クイズ〜!私と仕事どっちが大事〜!」

「さあ、それではこちらの職人さんに目隠しをして頂きましょう」

「エッ?!」

修造はADに腕を掴まれて「こちらです」と言われて台の前に座らされ、アイマスクをさせられた。

何が始まるんだ?」

「さあ、それではこちらのクリームシチュー五皿の中から愛する奥様の手料理を当てて頂きます!」

修造の前に五皿のクリームシチューが置かれた。

マウンテンがクリームシチューの作り手を紹介した「一つは奥様の手料理です。そして名店【グリル篠沢】。コンビニのレトルト。スーパーの惣菜。そしてわざと奥様のお料理と味を似せた当番組のADが作ったものです」

「えっ!律子の料理が?もし外したら俺家に帰れないじゃないか」

修造はぞっとした。それに万が一間違えて律子を泣かせる訳にいかない。

何がなんでも当てなきゃ。

修造は集中してありとあらゆる感覚を解放した。

味覚に嗅覚、そして聴覚まで。アイマスクの中では目を爛々と輝かせていた。

 

律子のクリームシチューは可愛いハートの人参が入ってるんだ。

玉ねぎは大きめ、じゃがいもは普通かな?

そして仕上げに生クリームとバターを入れてる。当てるぞ絶対!

しかし決意に反してなかなか難しいものだった。

何せ味だけで決めるのは、、

「修造さん、アーンして下さい」江川は修造に一番手前のクリームシチューから順にスプーンですくって食べさせていった。

修造は心の中で真剣に味見した。それはこんな具合だった。

うーん、これが手作りな訳ないよな、レトルト特有の閉じ込められた味がする。これは違うな。

二番目は美味すぎる。プロの味だな。全ての具材が理想的な調和を生み出している。律子には悪いけどここまでの味は中々難しいだろう。

三番目はうーん、限りなく近い!これはキープだな。何となくハートの人参な気がする。

四番目はあれ?これもなんか正解っぽくないか?さっきのとどう違うんだろう?これもニンジンがどうやらハートっぽいぞ。3番目に食べたやつと似ているな。

残るは五番目、これは濃すぎないか?律子がわざと当てられないように濃くしたのでなければこれは違うな。。

「全部食べ終わりましたね!どうですか?田所シェフ!愛妻の料理はわかりましたか?」

「あの、、三番目と四番目をもう一度味見して良いですか?」

「おっ!パン王座決定戦で優勝した田所シェフが今度は三番と四番の二択に挑みます!僕その時審査員してたんですよ。」

「知ってますよ」修造はアイマスクをしたまま適当に答えた。マウンテンには悪いがそれどころではない。

律子はいつの間にかそっと修造の後ろに来ていた。両手を合わせて祈っていた。

修造なら絶対わかるよね。

修造、仕事と私どっちが大事なんて言わないわ。

だって両方大切にしなくちゃダメなんだもの。

それでこそ修造よ。

それにしてもADさんの作ったのってそんなに私のと味が似てるのね。。

いつも私が愛情込めて作ってるのにわからないものなのかしら?

外したらもうあなたの帰る家は無いからね。

律子はそんな風に思っていた。

修造はシチューを二種に絞り込んでもう一度味見した。

ハートの人参は両方に入っていてどちらも同じ大きさの人参だった。

ルーの感じもよく似てるんだな。うーん。

修造が悩んでいると辺りから律子の香りが修造に届いた。

律子そこにいるのか、近くに。」

俺が律子の事をわからないとでも思ってるのか?

修造は律子が作ってるところを思い出した。

そうなんだ!わかったよ。フライパンの味だ。

焼き目だよ!律子はいつも鉄のフライパンを使ってるんだ。

野菜の端が少し香ばしく焦げてる方!

「答えは3番だー!」修造は立ち上がってアイマスクを外した。

「正解です!田所シェフ!」マウンテンが叫んだ。

振り向くと律子がウルウルして抱きついて来た。

「修造ありがとう」

「律子俺やったよ」

 

抱き合う二人を見て「バ、、」

マウンテンはベタベタする夫婦を見て危うくバカップルと言いかけて口を閉じた。

馬鹿夫婦と言うとまた意味合いが違ってくる。

「いや~どうでしょうねベタベタして。これはほんまにごちそう様ですね、ウマウマウンテンですね~」と締めくくった。

これで全ての収録が終わった。

四角が「親方今日はご協力ありがとうございました。今から帰って編集します。明日の夕方のニュースを楽しみにしてて下さいね」

やっと復活した親方が言った。「はい、またね。ありがとう」

テレビ局の人達とと律子が帰って、明日の仕込みを始めた時、修造がユニフォームに着替えながら「あ!そうだった!」と走って来て作業中の江川に声をかけた。

「江川」

「はいなんですか?」

「世界大会に出よう。」

江川は世界大会と聞いて驚いた。

空手の世界大会?そして漫画に出てくる様な大きくていかつい空手家に自分がぺちゃんこにやられているところを想像した。

「せ、世界大会ですか?」足が震えた。

「な、何言ってるんですか?」ちょっと涙がでてきた。

「二年後に。」

「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。それでどちらかが落ちたら二人では出られない。選ばれたらの話だけどな。」

「修造さんとぺ、、ペアで?」修造の後ろに隠れていたらひょっとしたら逃げ切れるかも知れないが捕まったら終わりだ。。。と想像して膝がガクガクする。

修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、世界大会に助手として一緒に出ないかと持ち掛けた。二人で今から練習を重ねれば行けるかもしれないと思ったからだ。勿論修造が世界大会の代表選手に選ばれなければ無い話だ。

「僕、今から空手を習うんですか?ぼ、僕まだ死にたくないです。」世界大会に出る前にいかつい選手と戦って砕ける。そんな風に勘違いするぐらいパンの世界大会は江川にとって想像もできない遠い存在だった。

「何言ってるんだ、パンのだよ!」

「えっ!?パ、パンの?わかりました。修造さんが出るなら僕も出ます。」

藤岡はこのやりとりを聞きながら、もし俺や杉本を誘ってくれてたら江川さん許さないだろうなあと思っていた。

「江川さん、頑張って下さいね。」

「うん空手じゃなくて良かったよ。僕頑張るね。」江川から安堵の笑顔がこぼれた。

おわり


2021年08月30日(月)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 催事だよ!全員集合! 江川 Small progress

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

催事だよ!全員集合!江川Small progress

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。


NNテレビのパン王座決定戦で優勝したパンロンドは新商品の牛すじカレーパン「カレーパンロンド」が爆売れして連日大忙しの日々を送っていた。

店の奥の工場では田所修造がカレーをどんどん仕込み続けていた。

「杉本、玉ねぎ追加ね。」

「はい。」

杉本龍樹(たつき)は慣れない手つきで玉ねぎをカットしてフードプロセッサーに入れ続けていた。涙が滲み出る。

玉ねぎの後は分割丸め、その後はカレーを包む。

液を絡めてパン粉をつけてホイロヘ。

「これっていつまで続くんですかね〜。」

「弱音吐くなよ。」

「修造さん辛くないですか?俺は疲れてきました。」

経験の浅い杉本は段々仕事が身について来ていたが、まだ辛い時がある様だ。

「俺、修造さんについて行こうって決めてますけど、パン屋って大変で全然仕事が楽しくないです。」

修造はカレーを包みながら言った。「言われるがままにやってるとつまらないものだよ。お前はまだ仕事を自分のものにしてないんだろう。

今はまだ出来ないことが多くて、できない事をさせられてると錯覚してるだけだよ。」

「はい、させられてるって感じです。ここの先輩達とは違うんです。」

「先輩ができてる事をできないのは経験が足りないからってだけで、マックスの自分を知ればそれがそんなに大変じゃないってわかるんだよ。

ずっとマックスでいろって話じゃないんだ。一度自分の限界に挑戦してみたら、今やってる事がそれに比べてどのぐらいだってわかるだろ?

まだまだ頑張れるのか、もう限界ギリギリなのか。それを知る為にもう少し頑張ってみたらどうだ。」

修造は「無口な修造」と小さい頃から言われていて、普段あまり話さないが、こんな時は長い話をしたりする。

「生地の面倒をいい感じに見てやって、最高の状態の時に焼く、それが俺たちの仕事なんだ。」

修造はカレーパンの生地をポンポンと手のひらで弾ませて言った。

「でも〜」

「お前は今まで何かの限界に挑戦したことがあるか?」

「う〜ん。」

修造の問いかけには答えられなかった。

限界なんて言葉なかなか自分の生活の中になかったし。そんな一生懸命熱く生きるなんてカッコ悪いと思ってたし〜

俺、初めはパン屋で働くなんて簡単だと思ってて、漫画に出てくるパン屋さんみたいに手を動かしてたら生地が勝手にできると勘違いしてたもんな、と杉本は思った。

江川さんなんて修造さんに食らい付いて行ってるって感じだな。修造さんの成形の速さに追いつこうとしてるもん。

とそこへ丸太イベント会社の食品催事部門の蒲浦(かばうら)がやって来た。蒲浦は地味な紺色のスーツを着た、抜け目なさそうな目つきの男だ。親方にすり寄って来た。

「柚木社長!お久しぶりです。いや〜テレビ拝見しましたよ!美味しそうなパンで優勝してらっしゃいましたね。」

親方の柚木は成形の手を休めずに答えた。「どうも〜蒲浦さん。優勝したのは俺じゃなくて修造だよ。今日はどうしたの?」

「はい、実は今度うち企画の催事でパンフェスティバルを開催するんですが、ぜひパンロンドさんにも出店して頂きたいと思いまして。」

「うち今忙しいからね〜そんな余裕あるかなあ。」と言って他のメンバーを見た。

「うーん、もう少し従業員増やすか、仕込みのパートさんを探さないとちょっと大変そうかなぁ〜」

1ヶ月後港の近くの公園で催事があるんですが。現場でカレーパンを揚げて販売して頂きたいんですが。」蒲浦は畳み掛けて来た。

「ちょっと製造と相談してみますね。」

「はい、是非お願いします!引き受けてくれないと僕会社に帰れません!」

蒲浦のやつ大袈裟だなあと思いつつ親方は今の蒲浦との話を修造に説明した。

「ひと月後に催事ですか?現場に行かなくても良いんなら俺は頑張れます。」

あまり目立ちたくないタイプの修造は言った。

「それと今は工場で6人体制でやってるのでこれ以上人を増やすと入りきれないですね。ローテーションでやりますか?」

「そうだなあ。俺、そのうち2号店を出そうと思ってるんだ。今のうちに人を育てとこうよ。」と親方が言った。

「わかりました。催事の時はカレーパンを向こうで揚げるんですか?誰が行くんです?」と修造が言った。

「そりゃあ。。」

親方は杉本と江川を見た。

「えっ?」

江川卓也は驚いて言った「親方僕を見ないで下さい!修造さんが行くなら僕も行きます!」

修造は絶対行きたくないので言った。

「江川、こないだNNテレビで一緒にカレーパン揚げたろ?あんな感じだよ。」

それを聞いていた杉本が「江川さん、まだ日にちもあるし今から練習しましょうよ。」と言った。

「生地の面倒をいい感じに見てやって、最高の状態の時に揚げる。それが俺たちの仕事なんですよ。」

修造は驚いた!杉本は自分がさっき言われた言葉をそのまま使ったのだ。

さっき弱音吐いてたくせにとちょっと呆れたが「まあ、2人で頑張れるだろ。これも経験だよ。」と締めくくった。

何日かして、親方が面接した青年が採用になりパンロンドにやって来た。

「藤岡恭介(ふじおかきょうすけ)です。よろしくお願いします。僕レストランで働いていました。」

藤岡はシュッとしたイケメンで、手先が器用ですぐに仕込みの手順を覚えた。なんならもう杉本より早い。

親方はうちには個性的な面々が多いが藤岡って色々とスマートな奴だな〜と思っていた。

修造は藤岡に色々教えながら

「藤岡君って仕事覚えるの早いよね。」と言った。

「ありがとうございます。」藤岡はキリッとした表情で答えた。

「そろそろ慣れて来たので明日は一人で朝の早番をお願いします。こないだ教えた手順でやったら良いからね。わからなければここに書いてあるから。」と修造はメモを指さして言った。

「はい、了解です。」藤岡は爽やかに答えたが、密かに顔が引きつっていた。「一人で、、、」

次の朝4時、早番の藤岡から修造に電話がかかって来た。

「はい、もしもし?藤岡君どうしたの?え?怖い?何が?」修造には何の事かわからなかったがとりあえずパンロンドに急いで行った。

「修造さ〜ん!」と言って藤岡が腕に抱きついてきた。「なんだよ?」「怖かったんですよ〜!僕が一人で作業してたらそこのタッパがガラガラって崩れたんです!誰もいないのに!僕一人で作業なんて嫌です!」

なんなら半泣きの藤岡はビビりきって修造から離れない。修造はそのタッパが崩れたところに見に行って「きっと積み方が悪かったんだね。」と明るそうに言った。困ったなあ。確かに一人で作業してる時に物音がすると驚くけどここまでかなあ。怖がるから藤岡君だけ早番は無しでなんてみんなに言いにくいし。。

藤岡は次の朝のローテーションの日が迫って来たら段々表情が暗くなってきた。

杉本が積んでた計量用の缶に当たって崩してしまった。ガラガラガラカンカン、、と音がした。「キャア〜!」藤岡が怖がって叫んだ。「藤岡大丈夫だって!今のはただ缶が崩れただけだから。」となだめたものの、仕事のことならアドバイスできるが怖がりってどうしたらいいんだろう?

修造は親方にそっと事情を話して「とりあえず明日の朝は俺が出ますから。」と言った。

「そうなの?ごめんね修造。」

「大丈夫です。」


さて、杉本は江川に偉そうに言った手前、本当に練習して催事までにそこそこ上手くカレーパンを包んだり揚げたりが出来る様になってきた。

そしてとうとう催事当日。

パンロンドの奥さんは張り切ってカレーパンののぼりを作っていた。

「これ持って行ってね!いってらっしゃい〜!催事がんばってね〜。」

「パン王座決定戦で優勝!カレーパンロンドだって、奥さん商魂たくましいな~」江川は修造がいない催事が不安だったが杉本が張り切ってるのでちょっとだけ安心した。

「じゃあ行って来まーす。

車に催事に必要なものを詰め込んで江川と杉本は出かけた。

「いってらっしゃい!気をつけてね。」

お店の奥さんが見送った。

工場では朝から催事の準備をしていたので、今度は店の分のパンを急いで準備しないといけない。  

修造は藤岡と組んで仕事をしていった。

江川はまだ免許を取った所で初心者マークを車に貼り、慎重に運転していたが、カーナビの「もうすぐ左です」と言うのを一筋間違えて民家と民家の間の細い道に曲がってしまった。

「江川さん!今通り過ぎた道を曲がるんでしたね。」

「え!どうしょう!戻らなきゃ!」江川はパニクってどこかで方向転換して元の道に戻ることにしたが、慌てて右手の民家の柵にぶつかりそうになり、反対に行き過ぎて路肩の溝に左の前輪を突っ込んでしまった。

ガクン!

「うわー!どうしよう!修造さーん!」江川はそこにいない修造の名前を叫んだ。

外に出て2人で動かそうとしたが荷物を沢山積んだ配達用のバンは重くなかなか手強い「江川さん、俺が催事場に遅れるって連絡の電話するんで江川さんは店に電話して貰えますか?」 

 杉本が冷静で良かったと思いながら震える手で修造に電話した。

「もう着いたのか?準備できた?」

「それが僕、溝に車を突っ込んじゃって動かないんです。どうしましょう修造さん!」

「え!まだ着いてないのか?冷やしてある生地がじわじわ発酵してくるだろう?早く行かなくちゃ!」

「助けて下さい!すぐ来て下さいよう。」

修造は電話を切って親方に説明した「あいつまだ免許取り立てなのに一緒に行かなかった俺にも責任があります。今からもう一台の車で現場に行って荷物を催事場に運びます。もう始まってしまうので。」

「わかったよ。ここは任せて気をつけて行っておいで。藤岡君も一緒に行ってきて。」

「わかりました。」

2人は教えられた現場に到着した。江川と杉本は並んで修造を待っている所だった。「2人とも怪我はないか?」「はい。でも催事に間に合いません。」

「杉本、牽引ロープを持ってきたから、こっちの車で引っ張るんで江川と3人で溝から車を浮かせてくれよ。」

「はい。」杉本は車にロープを縛り合図した。

修造はバックして前の車をゆっくりと引いていった。3人がかりで車を傷つけないように何度か動かして溝から浮かせた。

「やったー!」

「車は?」

「大丈夫そうです!」

「よし!急いで全員で行って準備するぞ!」

「はい!」

 2台の車は催事場に着いた。

蒲浦が慌てて来て修造に「いや〜無事で良かったですね!準備お願いします。」と言った。

「蒲浦さん、すみません遅れて。」

荷物を運びながら他の店を見ると結構沢山の人が並んでパンを買っている。

「出遅れたな。とりあえず持ってきた生地をなんとかしないと。失敗するとカレーが破裂するからな。」

公園には合計30軒ほどのパン屋がいて、各ブースに設置されたテーブルに店の自慢のパンを並べて販売を始めていた。サンドイッチ専門店、焼きそばパン専門店、ベーグルやメロンパンの専門店など目移りする。

「どれも旨そう。」杉本があちこち見ながら言った。

レンタルしたプロパンが先に到着していたのでフライヤーのセットを藤岡が、江川が店構えのセットを、修造と杉本はカレーパンを包み出した。成形した生地にシートを被せて発酵させ良い感じの時に揚げていく。

「藤岡、江川と一緒に呼び込みしてどんどん売って行ってくれよ。」

「はい。」

藤岡はニコニコと、江川はキュルンと笑顔を振り撒き人を集めた。

「杉本、両面を同じ色に揚げろよ。火力に注意して。」

「はい。」

杉本は揚げ色を揃えるのに集中した。

170℃の油にカレーパンを入れるとブクブクと泡が出てきて、パンの裏面がまず膨らんでいく。すぐに裏返して表面も膨らませる。白いパン生地はだんだん狐色になり裏返してまた狐色に揚げる。

包むのが下手だと生地の中でカレーが偏り勝手にクルンと裏返ったり傾いて、同じ所だけ色がつき過ぎちゃったりするが、今日は修造が包んでるので揚げやすい。

「よし!全部綺麗に揚げるぞ!」

江川はほっとしていた。

車も無事動いたし、修造さんもいてくれて良かった〜。

それに藤本さんって結構完璧だよな。そつがないというか。杉本君も凄い真剣、と言うか怖い顔して揚げてる。一生懸命なんだな。

僕もお釣りの計算を間違えないようにしなきゃ。

4人は力を合わせてどんどんカレーパンの販売を進めて行った。

そこへ修造に親方から電話がかかってきた。「はい、ええ、最初焦りましたが順調です。生地ばもう全部成形しちゃいました。あとは揚げるだけです。」「そう?手が空いたから追加の生地と材料を持っていくよ。」「わかりました。」

しばらくして親方がやってきた。「親方、これ全部成形してどんどん揚げていきますね。」

「はーい、よろしく〜。」

親方は生地を修造に渡して、後ろから一歩下がってテキパキ指示してカレーパンを販売していく修造を見ながらちょっと感動していた。みんな上手くまとまって仕事してるな。頼もしいぜ修造。俺は今日のこの、みんなが和気あいあいとしてる所を忘れないぞ!

修造はそのうち独立するだろう。残念だけどお前はうちでずっといてる器じゃないんだ。感謝の印に俺はどんなわがままでも聞いてやるからな。

「修造、俺戻るからね。あとよろしくね〜。」「はい。」

親方が帰ったあと、「みんな、交代で休憩に行って来て。」と修造が声をかけた。

江川は色んな店を見て回った。

隣はあんぱん屋さんかあ。あんぱんしか売ってないのかな?

その次はサンドイッチ屋さんか〜可愛い花みたいなフルーツサンドイッチもあるし、惣菜をサンドしたガッツリしたものもあるな〜

次はバターにこだわったクロワッサンのお店か。フランス産のバターを使ってるのかあ。

そして次はメロンパンのお店、メロンパン各種、そしてベーグル屋さん。20種類あるのかあ。こんなに沢山焼いて挟んで袋に入れて持ってくるの大変だったろうな。

僕こんなに沢山のパンの種類を見たの初めてだ。

江川は色んな店から沢山買って袋いっぱい持って帰ってきた。

勿論隣のあんぱんも買った。

「江川、どうすんの?そんなに沢山。」

「テヘ、ついつい買っちゃっいました。みんな一緒に食べてよ。」

色んな店のこだわりのパンを分けて味見して、「色んな店があるんですね〜。」とみんな口々に言った。

「そうなんだ、このベーグルの店は国産小麦とオーガニックに拘(こだわ)っていて女性の心を鷲掴みにしてる。そしてこのフルーツサンドも流行りの先駆けとなった店のものなんだ。ここのクロワッサンはエッジの効いたシャープなラインが素晴らしい!」修造が熱く語り出した!

「そしてこれを食べてごらん。」

修造はあんぱんを江川に味見させた。

「あ、これ!想像と全然違います。自分の思ってたあんぱんのはるかに想像を超えた美味しさです。」

「だろ?これはどんな拘りがあるのか試しに隣で聞いてきてごらん。」

え?あのおじさん怖そう。だけど美味しかったなこのあんぱん。

江川は恐る恐る隣に近寄って行った。

「あの〜、おじさんはここのオーナーの人ですか?」

「あー隣の子だね?そうだよ。」

「このあんぱん、すごく美味しかったです。どんな所に拘ってるんですか?」

「これはね十勝産の小豆から作ってる極上餡(あん)なんだよ。うちのあんパンはね、豆本来の甘味を存分に堪能できる餡が包んであるんだ。豆の選別は重要だし、渋きりで渋をよく取ったり、味がさっぱりとしてキレがいい様にザラメを使ったり。生地は国産小麦に米粉を少し配合して柔らかさを出してあるんだ。全部の工程に拘ってこのあんぱんができているんだよ。」

「それにこれ、そんなに大きくないのにずっしりしてるだろ?」

「はい。」

「薄皮に包んで餡子を堪能できるようにしてるけど、大きかったら食べるの辛いだろ?」

「はい。」

「ところが俺はそう思って作ってるけど、みんながみんなそうじゃない。世の中にはあんぱんひとつ取ってみてもそれはそれは沢山種類や作り方があるんだ。その店のシェフの拘りがあるのさ。」

「ここに来てるお店はみんなそうやって拘りがあるんですね。」

「そうなんだよ。催事は初めてかい?」「はい。」

「そのうちこの業界の色んなことを見たり体験したりするようになるよ。」

「ありがとうございました。」

すごく良い人だったな、それにあんなに真面目にあんぱんだけを作ってるんだ。

僕もこれから色んなパンに挑戦して最後には自分のパン作りを見つけるのかな。

何かわかった感じになって江川が戻ってきたので修造が「どうだった?」と聞いた。

「僕多分ずっとパンを作ると思います。最後の自分のパン作りを自分で見てみたいので。」

「いいね、俺も見てみたいよ。」

すると杉本が「最後の自分の自分でってどういう意味ですかあ?」と聞いてきた。

「自分が行き着くパン作りって何かって事だよ杉本。」

「気の長い話だなあ。」

そう言いながら杉本はずっとカレーパンを揚げ続けた。

意地になって両面を同じ綺麗な揚げ色にするのに集中した。

港に近い公園は時々涼やかな風が吹き、絶えずイベントにお客さんが訪れ続けた。

パンロンドのカレーパンを買った人達は揚げたてのカレーパンをハフハフと言いながらスパイシーな味わいを楽しんでいる。

「衣がカリカリだわ。」

「カレーが美味しい。」などお客さんが喜んで食べてくれている。

それを見て修造がちょっと嬉しそうに『したり顔』をしている。

催事も終盤に差し掛かり、他の店も売り切れたり品数が減る店が多くなってきた。

「あと少しで売り切れです。」と江川が報告してきた。

「頑張ったね。」修造がみんなに言った。

杉本が「俺、全部自分一人でちゃんと揚げる事ができました。途中意地になっちゃったけど、楽しかったです。」

「そうか、良かった。達成感あったな!」「はい!」

「俺達は片付けて車に運んで行こう。」「はい。」

修造と杉本は台車に荷物を乗せて運んでいった。

その時、販売中の藤岡に「おい。」と声をかけてきた男達3人が現れた。

横にいた江川は3人を観察した。3人とも同じような170cmぐらいの背丈で黒髪を短くしていてそんなに派手な出立ちではない。どちらかと言えば地味でまあまあダサい。

真ん中の黒いブルゾンの男が話しかけてきた。「藤岡!久しぶりだな。お前が店を辞めてから働いてるパン屋が出てるって言うから見にきたんだよ。」

藤岡は黙っていた。

「へぇー!パンロンドって言うんだ!」3人はにやにやしながらのぼりを見て「後で話があるから公園に来いよ!」そう言って去って行った。

「ねえ、何?今の。」江川が聞いてきた。

藤岡は一気に表情が暗くなった。

「さっきのは前の職場の同僚だったんですが、俺がみんなより先に色々と仕事を任されるようになって給料も上がった頃からギクシャクし出して、ある時ひと晩真っ暗な倉庫に閉じ込められたんです。」

「え〜!ひどい!」

「それから暗いのとか物音とかすごく怖くなってしまって。」

「それで前のとこ辞めたんだ。」いつの間にか戻ってきた修造がそれを聞いて言った。

「修造さん!元の職場の人達が藤岡君に後で公園に来いって言ってました!」

「へぇ。じゃあさっさと片付けて会いに行こうよ。」修造と杉本が2人でやる気を出してきた。

「藤岡君、俺達車に荷物を全部仕舞いに行ってくるから蒲浦さんが来たらもう帰るって言っといて。」

「はい。」

藤岡は3人が行ってしまった後、急いで蒲浦を探して「パンロンドです。もう片付けたので帰ります。ありがとうございました。」と言って公園へ走って行った。

「みんなの気持ちは嬉しいけどこれは俺の問題なんだ。」

藤岡は真っ暗な道を公園に向かって走って行った。

公園の真ん中にはそこだけ明るい照明のついた時計のついている柱があり、3人はその下に立っていた。

藤岡は息を切らして「話ってなんだよ。」と言った。

「お前なんで急に辞めたんだよ。俺達に挨拶もしないで。」

「俺を1晩閉じ込めといてよく言うな。俺が倉庫にいるってわかってて鍵をしたんだろ?電気も消して!

「さあな、なんの事だか。」

「閉じ込められたんなら中から呼べば良かったろ?」

「よく言うよ!そのまま帰っただろ!仕事でも毎日の様に嫌がらせしてただろ?忘れたとは言わせないぞ。」

「俺達はお前のものわかりの良い1を聞けば10を知るみたいなところがイラついて腹立つんだよ。出来杉君!」

そう言って2人が藤岡を羽交締めにしてもう一人が前に立った。

「うわ!」殴られる!

そう思った時、藤岡の前に立った男の頭に丸めたエプロンが当たってバサッと落ちた。

驚いて見るとパンロンドの3人が走ってくる。

「こらー!やめろ!」

「なんだお前ら!」

藤岡が2人の手を振り払い3対3.5で向かい合って立った。0.5は修造の後ろに隠れている江川だ。

「お前ら、嫌がらせなんて陰険で小さい奴らだ!悔しかったら藤岡を仕事で抜けば良かったんだろ。人の事をうらやんでる暇があったら自分がもっといい仕事してみろ!」

修造の話を聞いて藤岡も続けた。「あのままお前達と同じ所で働いて。同じようになるのが嫌だったんだ。」

「なに!」

さっきのやつがまた藤岡の胸ぐらを掴んで首に力を入れてきたので、その手首を掴んで「おい!藤岡を離せよ!そいつはパンロンドの藤岡だ。もうお前達とは関係ない!2度と俺達に関わるなよ!」と修造が怒鳴りつけた。

そして調子に乗って杉本がファイテイングポーズをとって近寄り一人と揉み合いになった。

その時、ズザーンと音がした。

一瞬修造達に気を取られた真ん中の奴に藤岡が一本背負いを決めた。

倒れた男から藤岡が一歩下がった。

突然のことで地面に倒れた男を囲んでみんなポカーンとしている。

江川が気を利かせて「あの〜パンロンドって偶然すごい腕っ節の人達が集まってるんですよ。怪我人が出ないうちにもうお帰り下さい。騒ぎになったらあなた達も損ですよ。」

と言って倒れた男を起こして「さあさあ。」と3人を促して帰した。

それを見てみんな「江川が1番度胸あるかも。」と思っていた。

3人を見送りながら「おれ、学生の時柔道やってました。今度怖いことがあったらそれが霊でも一本背負い決めてやります。それに。」

藤岡は真っ暗い道を見て「おれ、さっきあの道を必死で走ってたら怖さを忘れてました。俺には仲間もできたし。孤独でもない。もう怖いものはありません。」

「俺、パンロンドの藤岡なんで。」

「そうだな。」

2人は顔を見合わせてフフと笑った。

 

おわり

 

 

 


2021年08月27日(金)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編

前回のあらすじ

江川と修造はNNテレビのパン王座決定戦の2回戦で4軒のパン屋でそれぞれ1品ずつ出し合い、NNパーク広場で300人のお客さんが選ぶ人気投票で1位に選ばれる為に奮闘中だった。修造が用意したのは牛すじカレーパンだったが果たして。。。


 

さて、300人のお客さんは行きたいパン屋のパンから食べて行き、4種類のパンの中から1番と思うものに投票していった。今のところ佐久間チームが圧倒的に人気だった。

そろそろ終盤、パンロンド田所チームのブースでは修造が丁寧にカレーパンを揚げ続けていた。

修造のカレーパンは衣がカリッとカレーはトロトロとスパイシーで牛スジがトロリプリンとして最高だった。

お腹一杯の人達まで牛すじカレーパンを完食し、その足で投票に行った。

口の中は他のパンは消え、スパイシーで頭とお腹が一杯だった。

全ての人が投票を終えて300人分の投票用紙は各店舗別に掲示板に貼られていった

司会の安藤良昌(あんどうよしまさ)が出てきた。

「さあ!お待ちかねの集計です。いったいどの店が何枚あるのでしょうか?決勝戦に進むのはどの店なのか!」

係のお姉さん達が集計をした紙を安藤に渡した。

「さあ!それでは第4位は!62票!ブーランジェリータカユキ!那須田チーム残念でしたがまた次回頑張って頂きたいと思います!クロワッサンサンド美味しかったです!そして第3位は!67票!北麦パンです!佐々木チーム残念でした!クロックムッシュ僕も頂きましたが本当に美味しかったです。」

「さあ!では1位の発表ですー!」

安藤は2位は言わずに1位を言った。

「1位は102票!佐久間チーム!」

と同時にドーン!と音がなった。そのあと音楽が鳴り、安藤が更に大きな声で言った。

「おめでとうございます!決勝戦に進むのは!佐久間チームと田所チームです~~!」

「ふ~!僕たちのチームって69票でしたね、4位から盛り返したとは言え佐々木チームと2票しか変わらなかったな~」江川がとりあえずほっとして言った。

「ギリギリだったね。」

佐久間チームには全然及ばなかったが、修造にしてみれば人が集中せず分散したことで、無理に急いで揚げたりせず自分のペースでいいカレーパンを揚げることができた。

販売のお姉さん達に「ありがとう。」と言った。お姉さん達は修造に言われた通り、「カレーが熱いから注意して下さいね。」と一人一人に言っていた。

勝敗に関係なく熱々を提供して、火傷しない様にフーフーして食べる楽しさをお客さんに味わって欲しかったからだ。

このカレーパン、パンロンドでも販売しよう。

放送が終わったら大量に仕込むぞ。

そうだ、カレーパンロンドって名付ける!

修造はそう決めていた。

佐々木シェフと那須田シェフに挨拶して、お互いに「また会いましょう!」と言って控室に戻った。

そこへディレクターの四角が佐久間シェフとやってきた。

「いや〜お疲れ様でした。次の決勝ですが、スタジオでパンを作って頂き、5人の有名人が審査して優勝を競って貰います!優勝賞金は100万円!テーマはパンのフルコース対決です!フルコースに見立てて4品のパンを5人分作って頂きます。フルコースと言ってもどんな形でも構いませんし、自由な発想の方が面白いのでそこら辺はよろしくお願いします。時間の都合でパンはお店で焼いて来て下さい。スタジオでは盛り付けからやって貰います。」

クタクタの修造も佐久間シェフも内心『まだやるのかよ』と顔を見合わせた。次の収録の前にまた何を出すか考えなければいけない。

「収録は次の火曜日、NNテレビのスタジオですのでよろしくお願いします。資材は全てこちらで用意します。材料費もこちら持ちですので。」

やれやれ、次は審査員5人が相手か。

何を出すかな、、審査員は多分パンの世界の人と、文化人、調理師学校の校長、タレント、なんかかな。

さて、佐久間シェフは何を出してくるだろう。

「修造さん!優勝賞金100万って何に使います?」

片付けながら江川はまだ優勝してもないのに聞いてきたが修造は「う~ん」と生返事をした。もはや頭の中は決勝の4品でいっぱいだったからだ。


修造は家に帰って黙って部屋に入って来た。

「修造おかえりなさい。お疲れ様~。」律子が台所からでてきた。

「どうだった今日。」

「佐久間チームと決勝に出る事になったよ。」修造はソファに座ってふ~っと息を吐きながらもたれた。律子は隣に座ってネットでブーランジェリーサクマについて調べた。ホテルのベーカリー部門でブーランジェをしてから開業。店の評価は4.9。過去にパンのグランプリも受賞している。人気の品も沢山有る様だ。

修造はその画面をじっと見ながら、強敵だな。今日も圧勝だったよ。向こうからしたら俺たち雑魚(ざこ)かっただろうな。と思っていた。

律子は考え事に入り込む修造の手の平に自分の手を置いて「修造なら大丈夫よ。」と言った。

律子、ありがとう。俺絶対勝つよ。大きな手でそっと律子の手を握り返した。


修造は仕事中もずっとフルコースについて考え続けた。

ミキサーが回ってるのを見ながらこんな風に考えていた。

フルコース対決か、、

前菜はさっぱりと、、

ロッゲンブロートでエビや生ハムのタルティーヌはどうだろう。サワードゥのタルティーヌの上でオードブルを再現みたいな、、それともバゲットでブルスケッタ調とどっちがいいだろう。何種類か小さいものを展開してもいい。

律子の実家の近くで一緒に行った信州の農家のトマトが驚くほど美味かった。トマトってこんなに美味しかったかと思ったけど帰ってから冷蔵庫のトマトを食べたら味が全然違うんだ。

あれはやっぱ新鮮さなんだな。トマトの旨み。

朝採れのトマトを律子の妹のその子ちゃんに持ってきてもらうか、、ついでに他の野菜も!

オードブルで口をさっぱりさせて食欲増進しといて。

次は本来ならスープが来てから魚料理か?

メインの前にくどくなくてオードブルよりは食べ応えがあってパンに挟むもので、、

そうだ!ドイツにいた時エーベルトと北ドイツに行って魚の燻製料理を食べたっけ。

たしかKieler Sprottenキーラー・シュプロッテン(ニシンの薫製)って言ったな。

燻製の香りが美味しいニシンを軽いバインミーみたいにするのはどうだろう。カイザーにレバーペーストを塗って野菜のマリネとニシンの燻製のレモンソース添え、その上にパクチーか?

燻製の香りと旨みの後、爽やかな香りがする様にしよう。

次はメインの肉料理。

肉といっても色々あるけどさっぱり系の次はガツンといきたい。

肉料理はチャバッタみたいにしっかりしてるけど噛みやすいものがいい。肉の噛みごたえに負けず、肉の味の邪魔をしないものがいいかな。それともパンの味を強くしといて中身を食べやすい肉料理にするか。サワードゥで酸味がある方が肉が旨く感じるだろうか。。

肉はどうするか。。

ドイツ風牛肉の煮込み料理は美味い。ビール煮込みは炭酸で肉が柔らかくなるのと味が深まり苦味と旨みが残るところだ。しかもアルコールは飛ばすので酔っ払う心配もない。コーヒーかチョコを隠し味に使うか?

最後はデザート。

何にしようかなあ〜

パンを使うんだからアイスは溶けたらフニャフニャになっちゃうし、、硬く立てた生クリームとフルーツを使うか、洋酒を使うか。そうだ!サヴァランはどうだろう?などと考えていた。

ずっと心配そうに観察していた江川だったが、急にすっきりしてきた修造の表情を見て「親方!何を出すか決まったようですよ!」と報告してきた。「へー楽しみだな~。」2人でワクワクして修造を見た。

「親方!江川と決勝戦の練習をしたいので買い物に行ってきて良いですか?」

「勿論だよ。色々決まったの?頑張ってね。」

「はい!絶対勝ちますよ!」

修造は時間の許す限り江川と練習して時間内にキッチリ仕上げる様にした。

そしていよいよ決勝前日

「江川、これ明日忘れ物の無いように用意してね。」と持ち物の書いた紙を渡した。

「はい!」


さて決勝の火曜日がやってきた。

修造と江川はNNテレビのスタジオに様々な厳選した食糧と午前中作って来たパンを持ってきた。

「その子ちゃんに持ってきて貰った超新鮮野菜もあるし、あとは段取通り進めるだけだ。」

スタジオでは審査員の席が5つ、その前にパンロンドとブーランジェリーサクマのキッチンブースが並んで2つある。

その後ろには大画面のデイスプレイが置いてあって色んなものが大写しにされる。

江川と修造は調理の為の準備を始めた。

「きっちり決めて最高のパフオーマンスを見せるぞ!」

「はい!」

観客席ではどんどん人が増えてやがて満員になった。

 

ざわざわする中、審査員5人が着席して、司会の安藤良昌も出てきた。緊張が込み上げてくる。

安藤がカメラに向かって話し始めた。

「さあ!始まりました!パン王座決定戦。いよいよ決勝戦になりました。ここで審査員席の皆さんの紹介をしたいと思います。まず1番右が赤いドレスの印象的な女優の桐田美月(きりたみつき)さん、お隣が文化人の有田川ジョージさん、原料理学校校長の原隆(はらたかし)校長、アイドルの羽山裕香(はやまゆうか)さん、そしてお笑い芸人のマウンテン山田さんの5人です!」

モニターには5人が順に大写しになった。

「決勝戦は関東のパンロンド田所チームと関西のブーランジェリーサクマ佐久間チームの対決です。決勝のお題は『パンのフルコース』!合図の音と共に2チームが調理を開始します!審査員の皆さん5人で4品に点数をつけて貰い優勝者を決定して頂きます!結果は最後に発表になります!試食の順は人気投票で1位の佐久間チームのパンを先に行いまーす。」

「それでははーじーめーーー!」

プアーーン!と音が鳴り2チームはそれぞれ1品目の前菜を作り出した。

3種類のパンにそれぞれ違う具材をのせながら「まさかまた被ってないだろうなあ。」と修造と佐久間シェフはお互いに作ってるものをみて驚いた。佐久間シェフも3種類のパンのオードブルを作ってる!

江川も横目で見ながら「この人達気が合うのかも、、」と思っていた。

佐久間シェフは修造を見た。「ドイツで5年修業してきたそうだが、しょせん私の実力には及ばないんじゃないのか。ちびっ子が助手みたいだし。悪いが決勝でも私が勝つよ。」

2チームのパンがそれぞれ5人の審査員の前に並べられた。

「さあ!それでは一品目のパンを審査して頂きましょう!試食はじーめー!」

佐久間シェフは、バルケット(舟形)のミニパイを使ったアミューズを作った。トッピングはパプリカとズッキーニ、レンコンとヒジキのサラダ、海老と玉子の3種だった。

修造の前菜は3種のタルティーヌを出した。トッピングはカブと柚子と生ハムをのせたサワードゥのカンパーニュ、干柿とクリームチーズのロッゲンブロート、トマトのブルスケッタ。

「美味しい取り合わせを考えました。」と修造が、

「うちのカフェでも人気の取り合わせです。」と佐久間シェフが説明した。

司会の安藤が赤いドレスの桐田を指しながら「では女優の桐田美月さん、感想はいかがでしたか?」と声を張って言った。

「はい、こちらの生ハムのパンや柿のパンはフルーティーで美味しかったです、パンとの取り合わせも素晴らしいです。このブルスケッタのトマトも美味しいですね。」

「田所シェフ、説明をお願いします。」

「はい。トマトは長野県の標高が高いところでできたんですが、朝晩の気温の差が激しい所で育ったトマトは昼太陽の光を浴びて光合成で貯めた糖分が夜消費されにくいのでとても甘いんです。ブルスケッタにはサクッとしたクラスト(皮)のバゲットを使いました。パンは3種類とも小麦の香りが引き立つ様に石臼挽きの全粒粉を配合しています。」

「素材を生かした美味しさでしたね。」桐田と安藤のコメントを聞いて江川は祈るような気持だった。「どうかパンロンドのボタンを押してくれてますように!」

「それでは2品目のパンを審査して頂きましょう!試食はじ~め~!」」

佐久間シェフはシャンピニオンというキノコの形のフランスパンを使ったアンチョビとジャガイモのファルシ(詰め物)を。修造はニシンの燻製バインミーを出した。

またしても魚料理が被っている!

5人が試食をしてる間、真ん中に座っている原料理学校の原校長は食べながら分析していた。「ニシンの燻製は皮と骨を取り薄くカットしてレモンハーブソースで和えてある。乾燥したニシンがレモンソースを吸ってソフトになっていて、燻製の香りが香ばしく、ニシンの油をレモンとパクチーの爽やかさが良い感じに中和してくれる。そしてサクッとしたカイザーゼンメルの胡麻の風味が噛む事に口の中に広がる。」

うんうんとうなづいてるのを見て江川はほっとしていた。「校長先生うちを選んでくれないかな~」

「さあ!それでは審査をお願いします!」

全員が自分の前の2つのボタンから美味しいと思う方を押した。

「皆さん押しましたか?それではお笑い芸人のマウンテン山田さん、感想をお願いします。」

「はい、僕正直甲乙つけがたかったんですわ〜。どっちもめっちゃ美味しかったです。キノコの形のパンの詰め物もおしゃれやし、ニシンもサッパリしてて美味しかったなあ!うまうマウンテンですわほんま。」

江川は「マウンテン山田さん、どっちのボタンを押すかな。。」とハラハラした。

その時、女優の桐田美月は感動していた。

パンの審査ってどんなのかと思ってたらレベル高いわ。あの目力の強いシェフのパン、美味しかったわあ。次も楽しみ。ウフフ。。」

江川はあと2品の準備をする為に材料を手元に寄せた。「あっっ!!!」

「修造さん!大変です!あの機械がありません!」

「えっ!ちゃんと用意できるように紙を渡したろ?」

「確かに用意して車に積んだのを覚えています!」

2人は自分達のテーブルの周りをよく探した。

「無い。」江川が半泣きになってきた。「どうしましょう修造さん。」

その時安藤が叫んだ。「お次はもう3品目ですね!何が出てくるのか楽しみです!それでは作って頂きましょう!」

画面に修造と佐久間が交互に大映しになった。

「江川、俺が盛り付けをしてる間に四角さんに事情を話して一緒に探して来てくれよ。広いから迷うなよ。」

「分かりました。」江川はべそをかきながら四角の所に走っていった。

四角は安藤に合図してこっそりと引き延ばしのサインを送った。

四角と江川は走って駐車場へ行ったが車の中を隅々まで探したのに無い!

「どうしよう!あれがないとデザートの味が変わっちゃう!」

「どんな入れ物だったんですか?」

「30センチほどの茶色いダンボールに入ってるんです。パンロンドってマジックで書きました。」

「この車からスタジオまでの間に落としたかも知れない。他のスタッフも呼んで手分けして探しましょう。」そういって道々キョロキョロと探した。

江川が通路の椅子の陰やごみ箱まで探していると「あら?あなたパンロンドの人よね?」と声をかけてきた人がいた。

「え?」

「私、1回戦で会ったBBベーグルの田中よ。今日は料理番組に出てたの。何を探してるの?」江川はあちこち探しながら事情を説明した。

「私も探してあげる。」江川の表情を見てただ事じゃないのを察して田中が言った。


一方スタジオでは、修造の3品目は牛肉のビール煮込みのチャバッタ、佐久間シェフは全粒粉の食パンを使ったトンカツのサンドイッチだった。

「はい!それでは先に佐久間シェフのトンカツサンドをどうぞ!佐久間シェフ、こちらはお店でも人気なのでしょうか?」

「はい、こちらは当店ではとても人気の品です。分厚いトンカツを低温でじっくり揚げています。出来立てが何よりのご馳走です。ソースには赤ワインとリンゴを使っています。」

それを聞いてマウンテン山田が「なるほどね〜!揚げたて最高!」と言った。

時間を引き延ばすように言われた安藤はゆっくりと言った。「それでは食べながら田所シェフの説明をお聞き下さい!」

「はい、ライサワー種でスペルト小麦を使った長時間熟成の生地を使いました。パンにはバターを塗り、オニオンソテーの上に牛肉のビール煮込みと、ガーリックとジャガイモを細かくさいの目切りにして炒めた軽いポテトサラダをのせて紫キャベツとタイムの小さな葉を散らしました。パンと具材のマッチングを楽しんで頂きたいです。」

すかさず桐田が感想を述べた。「パンがもっちりしてとても良い香りだわ。具材の全てをパンが引き立ててくれていますね。」

「ありがとうございます。」

「修造シェフ。ライサワー種ってなんですかね?ここで皆さんにちょっと説明して頂きましょう。」時間稼ぎに安藤が聞いた。

「はい、ライサワー種はライ麦と水からおこした種の事です。ドイツは痩せた寒冷地が多く、,昔から小麦の代わりにライ麦を多く育てていました。なのでドイツパンはライ麦の比率が多いパンが多いのです。そのライ麦を使ったライサワー種は酵母の中の美味しい菌の割合が概ね乳酸菌:8、酢酸菌:2の割合が理想的と言われています。つまり風味豊かで美味しい酸味って事です。それは作り手の好みによって変わります。とても風味が良いので香りを楽しんでみて下さい。」

そう言って修造は審査員にライ麦パンを渡して行った。まろやかな酸味と風味で、生地はしっとりとしている。

みんなへぇ〜という感じでパンを噛み締めた。

修造にしてはちょっと口数が多かったが内心いい時間稼ぎになったと思っていた。「江川どうしてるのかなあ。」

その時、佐久間チームの助手が佐久間シェフにささやいた。「え?アイスクリームが固まらない?」佐久間シェフはアイスクリーマーを覗いてみるとまだ液体のままグルグル回っている、上手く温度が下がってない様だ。「どうしましょう?次もうデザートを出さないといけないのに。」ちょっとだけ固まりかけたアイスをみてうろたえた。「もう少し待ってみよう。」

「さあ!それでは3品目の審査はいかに?」

審査のボタンを押しながらマウンテン山田は2チームの異変を見て「あの人らどないなってんねん。左のチームは助手が泣きながらディレクターとおらんようになったし。もう一方のチームは顔面蒼白やで。」と呟いた。

佐久間シェフは焦った。「次はこっちの番だ。隣はまだ何も作ってないぞ!」先に修造にデザートを出させてアイスが出来るのを待とうと思ったがそれも出来ない。

安藤が慎重な面持ちで言った「さあ、泣いても笑っても次が最後です。4品目を作って頂きましょう!」

佐久間シェフはわざとのろのろと作った。そして少しゆるいアイスをスプーンですくって添えて出したが、スタジオの熱気で徐々に溶けていく!額から汗が噴き出した。

江川は機械がなくなった責任を感じてスタジオ前の長い廊下で膝をがっくりついていた。

「僕がもっとちゃんと見ていればこんなことにならなかったのに。修造さんごめんなさい。」また半泣きになっていると田中が走ってきた。

「江川く~ん!これじゃない?」

「あ!それです!」箱の中身を見た!


佐久間シェフは冷や汗を拭きつつデザートの説明をしていた。「オレンジを使ったパネトーネにシナモンたっぷりのりんごとアイスを添えました。」.残念だがアイスと言うよりは冷たいバニラソースになったがそれはそれで美味しい。

文化人枠の有田川ジョージが「オレンジの爽やかな生地とりんごのスパイスの味がソースに染みて美味しいですね。」と感想を述べた。

修造の番が来た。「江川どうなったかな。もし帰って来なければこのまま出すしかないか。」水色のふちの可愛い皿にパンを並べ始めた。

「修造さん!」

「おっ江川!間に合ったな!」修造は箱の中身を出してすぐにコンセントに刺した。起動して暖めるまでに3分かかる。

「わたあめメーカーだったのか。。」江川を追いかけてきた四角と田中は呟いた。

修造のデザートは、ブリオッシュにサクランボのリキュール『キルシュヴァッサー』を染み込ませたサヴァランで、その上に生クリームを加えたカスタードを絞り、表面をバーナーで焼いてアイシングクッキーで作った王冠を添えた。

あとはあれを乗せるだけだ。

「もう少し待って下さいね。」

と、その間にわたあめメーカーが温まり、修造は真ん中の窪みに赤い飴を入れた。

「江川、のせたらすぐにお出しして。」

「はい。」

そのうちに赤い色の甘いわたがフワフワと出てきてそれを箸で巻いて小さなわたあめをつくり皿に乗せ、その上にラスベリーを砕いたものを少し振りかけた。

江川は全員に順にお皿を配り「お早目にお召し上がり下さい。」と言った。

バーナーで温めたカスタードの上でじわっとわたあめが溶けていく。計算通りになって修造は悦にいった。

「さあ!それではこれが最後になります。パンロンド、田所チームのデザートを召し上がって頂きましょう!」

食べながらアイドルの羽山裕香が「うわ〜っ赤いワタアメが可愛くって美味しいですぅ〜」と言ったので被せて桐田が感想を述べた。

「しっとりしたパンとわたあめの甘酸っぱさとそれをマイルドにするカスタードの味が一体化してとてもバランスがいいと思います。」

「ありがとうございます。ラズベリーでキャンデイーを作り、それをわたあめにしました。」修造は頭を下げた。

桐田美月は王冠の小さなクッキーを食べながら「これで王座は決まりね。」と呟いた。

江川はほっとして、後ろで見ている田中にグッとこぶしを握って見せたので、田中も小さくガッツポーズをした。「江川君かわいい~。」

さっき箱を探していた時、江川が下ばかり探したので、背が高い上にハイヒールの田中は上を探していた。

台車に道具を沢山積んで運ぶ時に、1番上に乗せていた箱の上の隙間に廊下の木の枝が刺さりそのまそのまま引っかかっていたのだ。


全員が4品の試食を終え審査は点数発表だけになった。

司会の安藤が真ん中に出てきて特別声を張って言った。「さあそれでは最後の審査と参りましょう!皆さんどちらが美味しかったでしょうか?ボタンを押して下さい。」

桐田さん、いかがでしたか?」

「はい、悩みましたがどれも美味しかったのでその分も含め付けさせて貰いました。」

急にスタジオが暗くなり安藤と2チームにだけライトが照らされた。

「さあ!わたくしの元に審査結果の書かれた紙が届きました。5人の審査はどうだったのでしょうか。パン王座に輝くのはどちらのチームでしょう!!?」

デレレレレレ、、、と小さくドラムロールが鳴りだした。

江川は心臓がドキドキした。額から汗が垂れる。

「1品目パンロンド2点!ブーランジェリーサクマ3点!」

大画面に2と3が大きく出た。「サクマさんがまず1品目をゲットしました。さあ!次は?」

「2品目パンロンド2点!ブーランジェリーサクマ3点!」

ジャーン!と音が鳴り画面に4と6が映し出された。

江川は修造を見て背中に冷や汗が垂れた。

「うわ!ちょっとワナワナしてめっちゃ悔しそうなのに顔に出してない。こわ〜!」

修造は反省と悔しさで血圧が上がってぶっ倒れそうだったがグッと耐えた。

「さあ、まだまだ分かりません!さて次は?」

「3品目パンロンド3点!ブーランジェリーサクマ2点!」

画面には7と8が出た!

「次でとっちかが優勝か引き分けだ!どうなるぅ〜?!」

さあ!4品目は!?

デレレレレレレ!!ドン!

「パンロンド!4点!優勝は田所チームです!11対9点でパン王座決定戦はパンロンドの勝ち〜!佐久間シェフもありがとうございました~!」

バーンと音楽が鳴って金色の紙が降りライトが当たった。

安藤が「おめでとうございます〜」と言って修造にトロフィーと賞金を渡した。

「やったー!やりましたよ修造さん!」

「ありがとうな、江川。」

修造は泣いてる江川にトロフイーを持たせて、手持無沙汰になったので仕方なくどこかしらを向いていた。

2人が大写しになったままテレビはカットになった。

優勝して喜ぶところだが、修造の頭の中はさっき作ったパンの成功と失敗を反芻していた。「前菜とカイザーのどこがいけなかったんだ、、」

そこへ桐田が挨拶に来た。「修造シェフ、とっても素晴らしかったわ。またお会いしましょうね。」

「あ、はいどうも。」考え事中に話しかけてきた桐田に修造は生返事をした。

控室に戻ると佐久間シェフがいた。「田所シェフ、優勝おめでとう、よく勉強してるね。こちらも色々学ばせて貰ったよ。」

「佐久間シェフ、俺たち似たもの同士なんですかね?カレーパンと前菜は驚きました。それとフルコースの流れも一緒でしたね。」

佐久間シェフも同じ事を考えてたらしくうなずいて微笑んでいた。


世話になった人達にお礼を言って、帰り道の車の中で「修造さん、桐田さんって綺麗でしたね〜。僕あんな近くで芸能人見たの初めてです。」

「きりたって誰だ?」

「えー、、信じられない。あんな美人を。。修造さんって頭の中パンでできてるんじゃないんですか?」

「だとしたら美味いな!絶対!」修造はフンと笑って言った。

だがふっと表情が変わり「江川、、俺はドイツに行く時律子から条件を出されたんだ。絶対女の人と目を合わさなきゃ行ってもいいってな。」

「ええ~!?」

「俺が眼で女の人を落とすって思ってるのかもしれないがそんな事あるわけないんだよ。」

江川は律子の厳しい言いつけに背筋がぞっとしながら「そんな事できるんですかぁ?ていうかやったんですか?」と聞いた。

「そうだよ。律子と緑のところに帰るのが大前提だから、もし俺が裏切ったら律子の鋭い勘で一発で見抜かれる。そしたら俺は帰る所がなかった。」

「ひえ〜厳しい!」

「俺にとっては女性は律子しか考えられない。と同時にパンの修行に行きたいって気持ちも通してしまったんだ。律子との約束を守るのが自分の見せられる最大の誠意だった。だから自信を持って律子のところに現れる事ができたんだ。今もそれは変わらない。江川。俺は律子とは本当に相性が良いんだ。律子以外は考えられないんだ。」

 

 

急にのろけだした!「はあ。。」

「今日は早く帰ろう。」

「はあ?」

「一回だけちゃんと目を見て話をした事があったな。告られた事があって、流石に目を逸らしたままじゃいけないからと思ってね。そしたらえげつない美人だったよ。でももうどんな人だったか忘れたな〜」

「概ね約束を守ったって事ですね。僕が表彰してあげますよ。約束を守ったで賞!」

「嬉しいね。」

2人は疲れていたが爽快な気分でふふふっと笑った。

「さあ、もうすぐパンロンドだ。放送が終わったら忙しいぞ!」

「はい!」

 

おわり


2021年08月17日(火)

パンの小説の一覧を作りました。

 

パンの小説の一覧を作りました。

ブログの一覧が5つまでしか掲示されないので一覧をこちらに作りました。

よろしければこちらから見てくださいね。

パンと愛の小説シリーズは様々なパンの世界について筆者が見たり聞いたりした事を元に、書いたり描いたりした挿し絵付き小説で、主にパン職人の修造という人物を通して見ていっています。

目力の強いパン職人の修造の話は今のところ6部まで出ています。結婚してパンマイスターになって世界大会に挑戦したり、もっともっといろんな事を体験して貰います。

江川と修造シリーズは修造が修行先のドイツから帰ってきて江川をパンロンドで面接したところから始まります。可愛い江川は修造の弟子っこになり、やがて色々な経験を経てナイスなパン職人になっていきます。

イラスト付きでわかりやすく、電車の中ですぐ読める感じになっていますのでぜひお楽しみ下さい。どんどん更新していくのでたまに覗いて見てくださいね。

新作↓

ハートフル短編小説 アルバイトの咲希ちゃんはこちら

http://www.gloire.biz/all/3705

東南駅と学校の間にあるパン屋パンロンドでアルバイトをはじめた咲希ちゃんでしたが、、、

パン職人の修造 江川と修造シリーズ

催事だよ!全員集合!江川Small progressはこちら

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 催事だよ!全員集合! 江川 Small progress

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。パンロンドにイケメンの仲間がやってきましたが実は、、、

 

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編はこちら

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編

先に前編をお読み下さい。修造はNNテレビのパン王座決定戦で強敵のシェフと戦う事になりましたが。。

江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編はこちら

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編 | 大阪千林大宮パン屋のグロワー

新人の杉本君の続きのお話です。親方が修造をパン王座決定戦に出てくれと言ってきました。その時修造は、、

江川と修造シリーズ 新人の杉本君はこちら

小説 パン職人の修造 江川と修造シリーズ 新人の杉本君 Baker’s fight | 大阪千林大宮パン屋のグロワール

江川To be smartの続きのお話です。パンロンドに新人の杉本君が入ってきましたが、、、

 

江川と修造シリーズ 江川To be smart はこちら

江川と修造シリーズ 短編小説 江川To be smart | 大阪千林大宮パン屋のグロワール

江川は15年前修造と面接の時パンロンドで出会います。

 

製パンアンドロイドのリューべm3はこちら

パンと愛のお話 短編小説 製パンアンドロイドのリューべm3

こちらは修造のお話は出てきません。立米利佳の営むパン屋さんのお話です。そのパートナーとは? 30年後の未来、アンドロイドはとうとうパンも作ってくれる様になりました。ハートフルストーリー。

 

パン職人の修造第1部 青春編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3032

パンロンドに就職した空手少年の修造のお話

運命の人に出逢います。そして、、

 

パン職人の修造第2部 ドイツ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3063

修造はパンの技術を得るためにドイツに向かいますが、、、

パン職人の修造第3部 世界大会編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3065

江川と出会った修造は2人で世界大会を目指します。

パン職人の修造第4部 山の上のパン屋編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3073

律子と2人で念願のパン屋を開きますが、、

パン職人の修造第5部 コーチ編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3088

江川の為に世界大会のコーチを引き受けますが、、

パン職人の修造第6部 再び世界大会編前半はこちら

http://www.gloire.biz/all/3100

世界大会の為に色々と作戦を練りますが、、

サイドストーリー江川と修造シリーズ ペンショングロゼイユはこちら

http://www.gloire.biz/all/3748

世界大会前編の始めに東北のお祭りに行った後のサイドストーリーです。

パン職人の修造第6部 再び世界大会編後編はこちら

http://www.gloire.biz/all/3596

世界大会が終わった後修造は、、

この後もまだまだお話は続きます。

 

このお話を書いたきっかけ。

昔々グロワールの近所にパンマイスターのお店があって、うちの先代が「マイスターのお店があるから行ってみ。」と言いました。私はその時はマイスターって聞いたことあるけど何なのか知りませんでした。

お店に入るとご夫婦がお二人で経営されていて、ショーケースがありました。当時(今も)無知だった私はどれがドイツパンかもわかりませんでしたが、記憶では日本の菓子パンもあった様に思います。

入り口の横に燦然と輝くマイスターの証が飾ってありました。今はもうぼやけた思い出ですが、今にして思えばなんて勿体無い事をしたのでしょう。もっと行っとけば良かった!お店はいつのまにか無くなっていました。

推測ですが戦時中にドイツに渡り紆余曲折あってマイスターの資格を取り日本に戻ってこられたのではないかと。そして日本にドイツのパンを広めるはずだったのに、当時はやはり菓子パンや食パンが主流で、しかも「白くてフワフワ」というワードがもっとも信頼されていた頃です。

推測ですが、色々悩まれたのではないかと思っています。あぁ〜今やったらパン好きの人達に紹介して記事を書いて貰うのに。そしてそれを読ませて貰うのに!

当時はSNSも無かったし、私も価値が分からずにいたと思うと口惜しいです????

そんな気持ちがくすぶっていてマイスターについて色々調べ、今では価値のある存在って十分わかっております。

修行は長く、様々なお辛い事、そして楽しいこともあったと思います。

パン職人の修造第2部ドイツ編にはそんな思いが込められています

世界大会については、審査、選考会、世界大会の順に勝ち進んでいくのですが、調べていくにつれ、色んな選手の方が色々な事を調べて作ってらっしゃるのがよくわかります。時間内にタルティーヌやクロワッサン、バゲット、スペシャリテ、芸術作品などをを作らなければいけません。とても技術を要し、過酷なものと推測します。

大会には選手と助手(コミ)の2人が出ます。そして会場ではブースの外からコーチが色々指導したりします。素晴らしいコーチと助手と選手の熱い思いが燦然と輝くのです。

今後も修造の話は続きます。

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ここに出てくるお話はフィクションです。

実在する人物、団体とは一切関係ありません。

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2021年08月09日(月)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編

 

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!前編

このお話は新人の杉本君  Baker’s fightの続きです。


下町の商店街にあるパン屋のパンロンドは今日もお客様が絶えない。お客さんがパンを買って帰ったらまた次のお客さんが来る。

大人気のとろとろクリームパンを成形しながらパンロンドの店主柚木(通称親方)は仕込み中の職人田所修造を見て思っていた。

修造が修業に行っていたドイツから帰ってから急にやる気に満ち溢れた職人が増えてパンロンドは爆上げになったな。

あいつは本当に大したもんだよ。

律子さんと緑ちゃんをおいてドイツに行くって言った時はどうなるかと思ったけど、帰ってきたら相変わらず律子さんと超仲良し夫婦だし。丸く収まるもんだなあ。

杉本は修造の舎弟みたいだし、江川は金魚の〇〇だな、、、

そこへ電話がかかってきた。親方は人一倍太い指で受話器をとった。

「はい、パンロンドです。」

「初めまして。わたくしNNテレビのディレクターの四角志蔵と申します。この度夕方の特番でパン王座決定戦というのをやるんです。」

「へぇ〜、、えっ?うちが出るんですか?」

「はい、最近人気の店を調べてパンロンドさんのお名前が上がってきましたので。」

「何をやるんですか?パンのクイズとか?」

「それもあります。勝ち進むと更にテーマがあるんですが、それは現場でのお知らせという事になります。」

親方は修造を見ながら言った。

「四角さん!うちに相応しい人材がいますよ。ぜひやらせて下さい。」

「本当ですか?全て録画になりますが、お茶の間の視聴者はみな釘付けになりますよ。各チーム2人ずつペアで参加なんですがどうですか?1回目の撮影は来週の火曜日です。」

「わかりました。」

「修造君〜!」電話を切って親方は修造に声をかけた。

親方がこう言ってくる時は大体頼み事が多い。

いやな予感しかしない修造は親方を見た。

「来週火曜日に修造と誰かもう1人がNNテレビのパン王座決定戦に出る事になったんだよね〜。」

「もう決めちゃったんですか?俺テレビとか苦手なんですが。」

人前で何かするとか嫌だな。特に目立つのは苦手だな。そう思ってると

「修造さんとですか?だとしたら誰かもう1人って僕しかいないですよね!」

修造と一緒と聞いて気が大きくなって修造の弟子っこの様な江川卓也が立候補してきた。

じゃあ頼むね〜」

親方はさらっとそう言ってまた仕事に戻ってしまった。

杉本は倉庫に材料を取りに行ってて出遅れて悔しがった。

「え~!江川さ~ん!変わってくださいよ~」

「いやだよ。僕が修造さんと一緒に出るんだもんね。」

そんなやりとりを聞きながら修造は凄く嫌そうにしていた。

うわ、俺どこかに逃げ出そうかな。

そう思いながら火曜日はすぐにやって来た。

修造と江川はNNテレビに向かう車の中で

「なんで俺がテレビに出なくちゃいけないんだ。」

「まだそんな事言ってるんですか?僕なんて何も知らないのに出るんですからよろしくお願いしますね。」

「お前、、信じられない図々しさだなあ!」

そんなやりとりをしながら2人はNNテレビに到着した。

「うわー!僕テレビ局初めてです。広いなあ。」

ADらしい人に控室に通されて「こちらに座ってしばらくお待ちください。」と言われた。

自分たちの他に5組いるんだ、、修造は腕を組んで椅子に座りながら凄い目力でジロジロ観察した。

1番右の2人。あれは北海道のパン屋北麦(ほくばく)パンの佐々木シェフだ。ここの自慢は自家製酵母を使ったハード系。

2番目が東北のブーランジェリータカユキの那須田シェフ。ここの自慢は見た目も美しいデニッシュとクロワッサン。

3番目は関東の俺たちパンロンド。

4番目は関西のブーランジェリーサクマの佐久間シェフ。ここは豊富な惣菜パンが有名な人気店だ。

5番目は中国地方のBBベーグルの田中シェフ。ここはベーグルの種類が豊富で、華やかなベーグルフルーツサンドが人気なんだ。

そして6番目は九州の酒種パンのロングハッピー藤原シェフ。

「それぞれ持ち味出してる店ばっかだな。」

うちが1番無名かなあと言ってるとディレクターがやって来た。

「どうもみなさんお待たせしました。ディレクターの四角と申します。今から皆さんでクイズの勝ち抜き戦で争って頂きます。

パンにまつわる問題が出ますのでどんどん答えて行ってください。6組中4組までが勝ち抜いて第2ステージに向かいます。

全10問しかありませんので頑張って下さい。お二人のうち、わかった方が答えて構いませんよ。」

説明のあとスタジオに案内された。1番やる気のない修造はだらだらと最後について行った。「さっさと負けて帰ってやる。」と小声で呟いた。

スタジオは広くてセットのところだけ凄くライトアップされていた

「セットの裏側ってベニヤ板なんですね〜」江川が嬉しそうにあちこち見ている。

スタジオのセットはクイズ番組でよく見る1番から6番のマークのあるブースに仕切られていて、2人は3番のマークのところに案内された。

「このボタンを押すんですね。早押しなんでしょ?」

「そうらしいな。」

ピンポン!江川は赤い丸いボタンを押す練習を始めた。なかなか素早い。

とそこへ、売れっ子司会の安藤良昌(あんどうよしまさ)が真ん中に立って挨拶して来た。「皆さん今日はよろしくお願いします〜。」そしてマイクをつけたり、セットを直して貰ってる。

「あれ、安藤良昌ですよね!芸能人見たの初めてだなあ!」

江川おまえの好奇心は天井知らずだな。

そう思ってると音楽がなり、とうとう番組が始まった。

皆緊張の面持ちで立っている。クイズが始まった。安藤が問題を読み上げた。

ジャジャン!

「第一問!パンを発酵させるパン種の中でも有名と言われるホップ種はイギリス、ルブァン種はフランス。ではライサワー種はどこの国?」

修造はすぐに押したが、既にブーランジェリータカユキの方が押していた。

「はい!2番の那須田チーム。」

「ドイツ!」

「正解です。一問目はブーランジェリータカユキの那須田シェフです。」

江川は修造の顔を見た。

あ!ドイツが答えなのに!

修造さんめっちゃ悔しそう!

 

これ外すか?って問題を答えられなかったので修造は意地になってきた。

「おい江川、ボタンの方に立って俺が背中を押したら反射的にボタンを押せよ。素早くな!」

「はい。」

ジャジャン!

「第二問!パンを膨らませるための原材料のペースト状や生地状の発酵種の中で、サワードゥは直訳するとどんな意味?」

ピンポン!最後まで聞き終わらないうちに修造が江川の背中を押して、江川が素早くボタンを押した。

「はい!3番の田所チーム!」

修造が江川にささやいた事を江川が言った。

「酸っぱい生地?」

「正解!パンロンド田所チームにポイント10点!残りはあと8問です!」

ジャジャン!

「第三問!粉の20%から40%程度に同量の水と酵母を混ぜ込んでつくる液種法は水種法と何?」

また素早く背中を突いて「ポーリッシュ法!」「はい正解!」

次々と答えていき、パンロンドは素早さだけで50点稼いだ。勿論他のパン屋もわかってはいるのにという感じだった。そこでディレクターの四角の指示で司会が「田所チーム!あと4問あるのでちょっとここでお休み下さい。他のチームの争いになります。もし那須田チームが50点稼いだ場合はもう一度参加して頂きます。」と言った。

修造がチェっとなったので、江川はそんな修造を見て、初めは嫌がってたのにこんなに熱くなって。。この人ギャンブラーじゃなくて良かったよ。と呆れた。

結果

1位はパンロンド

2位は20点稼いだブーランジェリータカユキ

そして3位は10点のブーランジェリーサクマと北麦パンだったのでもう一問を2チームで争う事になった。

ジャジャン!

「問題です。一般的なライ麦の発芽温度は次のうちどれ?1番1℃から2℃。2番5から6℃。3番7から8℃。」

タッチの差でブーランジェリーサクマが押した。

「はい佐久間チーム!」

「1番!」「はい正解!おめでとうございます。3位決定!これで4位は北麦パンに決定しました。」

音楽と共に番組は一旦締められた。

ディレクターの四角は控室で4軒のチームを集め「お疲れ様でした。次は4軒のパン屋で人気対決をしていただきます。各店舗のブースを設けます。機材はこちらで用意するので何を作るのか考えてください。材料費はウチがお支払いします。出す品は各店舗1品ずつ。」

四角は説明を続けた。

「お客さんの数は300人。皆さんに4店舗の名前が書いてある紙を持って頂いて美味しかった店を決めて、投票所にある各店舗の投票ボックスに投票していって頂きます。投票数の多かった2店舗が決勝進出です。」

 

 

「準備があると思いますので、1週間後、NNパーク広場で行います。それではよろしくお願いします。」

「うわ、人気対決ですって。どうするんですか修造さん。」

「絶対勝ってやる!帰ったら早速考えるぞ!」

他の店も同じ様に思ってたらしく早々に全員帰った。


親方は行きと帰りの修造のテンションの違いを見て驚いた。息巻いている。

「江川君、どうだった?今日のクイズ。」

「はい、うちの圧倒的勝利だったんです。次も絶対勝つって言ってます。」

「うへ~!それは凄いね。」


翌日、修造の頭の中は何を作るかでいっぱいだった。

対戦相手は那須田チームのデニッシュかクロワッサン、佐久間チームの惣菜パン、佐々木チームのハード系が自慢の店か、、もっとも食べたくなるパンってなんだろう。他所は何を持って来るのか?やっぱ知名度では勝てないか、、

ああいう屋台だと知名度と看板の写真なんかがものを言うよな。。

カレーやラーメンならなあ、、

そうだ!

カレーパン!

スパイシーで香り立つカレーはどうだろう?カレーがトロトロで皮がカリッとして。具沢山かそれとも肉の種類で特徴を出すか。

「あ、親方。修造さん何か思いついた様ですよ。」クリームパンの生地を綿棒で伸ばしながら修造を観察していた江川が報告した。

「親方、買い出しに行きたいんですが。」

勿論行ってきていいよ。頑張ってね。」

「はい!」

そう言って修造は駅前のスパイス専門店に走って行った。

そこには缶に入ったプロ仕様のスパイスが沢山並んでいる。

「えーと、ターメリック、クローブ、オールスパイス、コリアンダー、クミン、シナモン、カルダモン、チリペッパー、カイエンペッパー、ローリエなどなど、、」カゴに沢山スパイスを入れ、お店の人に「人気の出るカレーを作りたい。」と言うと「そうですねぇ。これなんてどうでしょう。」と、ししとう、パプリカ、セロリを指さした。

「沢山入れると気になる味ですが、旨みと香りが良くなりますよ。要は比率が大切なので色々試して見て下さい。スパイスをオイルでテンパリングして冷蔵庫で寝かすと丁度いい感じに馴染むんです。」

「はい。」

「それともう一つ。カレーができたら追いスパイスをするんです。ホールをすり潰すといい香りが立ちます。自分で好みの調合をして見て下さい。」

「どうもありがとう!」とお礼を言って買い物をして、スーパーでトマトと生姜とニンニク、を買った。

次に肉屋に行った。うーん、ここは牛のステーキ肉かそれとも豚の厚切り肉か、それとも牛スジか、、よし!これにする!

修造はある肉を買った。

パンロンドに戻った修造は、早速スパイスのテンパリングを始めた。サラダ油でホールスパイスをじっくり炒める。あたりはスパイスのいい香りで包まれた。次にそのオイルに生姜、ニンニク、玉ねぎ、を入れてじっくりと炒める。そこにトマトとセロリをミキサーでピューレにして鍋で他の具材と合わせる。その後こげない様に水分を飛ばし、追いスパイスを入れたら粗熱をとって冷蔵庫で寝かせて馴染ませる。

その後修造は肉屋で買った牛すじを取り出した。

まずは硬い牛スジを大きめの鍋に入れ、煮込んだ後雑味を除くために一度湯を捨ててもう一度鍋に入れて生姜と煮込んだ。

始め固かった牛スジは徐々に柔らかくなっていき、そのうちにトロトロプルプルと柔らかくなって来る。そこに酒と醤油、味醂を入れて味付けした。

衣をどうするかな。

カレーパンの美味いのはルーは勿論だが、皮のカリカリした感じも欲しい。あーんと衣を噛んでカリッとした後、トロトロのカレーを迎え入れ、口の中で両方の食感と旨みを味わいたい。

次の日、サクい食感の生地にスパイスを馴染ませたカレーペストを包み、真ん中に牛スジを包んた。

それを水溶きの小麦粉と米粉を配合したペーストに潜らせてローストしたパン粉をつけた。

パン粉は親方自慢の山食パン「山の輝き」をローストしたものだ。

カレーパンを揚げて「親方これ、食べてみて下さい。」と渡した。

「うわー!美味い!」

「このカレーを持って2回戦に挑みます!」

修造は2回戦の前の日、300人分のカレーと牛スジを用意した。カレーのルーを炊き、最後に追いスパイスをして馴染ませた。そして寸胴にカレーを入れて冷蔵庫に入れた。

江川はお店から持っていくもの一覧を見て真剣に用意した。「えーとカレーのタッパと生地用の容器と牛すじにボールにパン粉に餡ベラにと、、うちわも?」

「修造さん!明日は頑張りましょうね。」

「勿論だ!今日は早く寝ろよ!」


次の日はいい天気だった。NNテレビの広場には沢山の人がイベントの始まりを待って並んでいた。

4店舗のブースが並んでいる。それぞれ提供した写真と店名が各店舗の看板に大きく描かれている。今並んでる300人の人達は看板を見ながらどの店から行くか悩んでいた。

「修造さん、まさかでしたね。」

うーんまさか佐久間チームもカレーパンとはね。」

「向こうも驚いてますよきっと。」

1番ブースの田所チームは牛スジカレーパン。2番の那須田チームはクロワッサンサンド。3番佐々木チームは北海道産小麦の食パンにチーズとハムを挟んだクロックムッシュ、そして4番の佐久間チームは野菜たっぷりキーマカレーだった。

「うろたえてる暇はないぞ!そろそろ揚げる準備をしないと。」

と、そこへ「おはようございま~す!」とやって来たのはNNテレビが用意した販売員のお姉さん達だった。

あのーお姉さん達どうぞよろしくお願いします。」修造は珍しく爽やかに話しかけた。そしてお姉さん達にあるお願いをした。

江川には「さあ!どんどん揚げていこう!」と勢いよく言った。

すでに作業中のチーム達の前でロケが始まった。司会の安藤良昌が出てきた。「さあ!パン王座決定戦第2回戦の始まりです。来場者に店名の書かれた紙をお配りしています!美味しかった店に投票して頂き、投票用紙の多い店の中の1番と2番が決勝進出になります!私の合図と共に300人の観客が好きなパンを選びます。それでははじーめー!」

プアーーーン!

合図の音と共に人々はそれぞれ自分の食べたいブースに並んでパンを食べ始めた。

江川は他のブースを覗いて「うわ!佐久間チームの所にあんなに沢山の人が!先にカレーパン食べられちゃったらお腹いっぱいになっちゃうなあ。」と焦った。

佐久間チームのカレーパンはサラッとした口当たりで食べやすく、野菜の味がキーマカレーとの相性が良いと評判だった。

人々は皆メジャーな順に食べて行った。それはこの店なら安心という信用でもある。

マイナーなパンロンドは少々不利だ。

修造は手鍋にカレーを入れてコトコト炊いてうちわで仰ぎ出した。

「うわ!いい香り〜、ここに行こうよ。」と言って、並ぶ人数が少し増えてきた。

江川はカレーパンを揚げながら通路を通る人に声をかけた。「牛スジカレーパン揚げたてで美味しいですよ〜」

「ちょっと、あの子可愛くない?」と言って並ぶ人も増えてきた。

江川はトレーにカレーパンを乗せて呼び込みをし出した。

「こちらパンロンドでーす。」

「うちの牛すじカレーパンの方に投票して下さいね〜パンロンドの田所チームをお願いします〜。」

と、目をキラキラさせて言って回った。

修造はカレーパンを包んだり揚げたりしながら「俺にはできないなあ、あんな真似。」と感心していた。

江川は一人一人に丁寧に説明して、わざと列を作り、どんどん長くして行った。

待たされると美味しく感じるものかもしれない。

他の店はどんな感じなんだろうか?

司会の安藤が中央に出てきた。

「さて!ここで途中経過の発表です!」安藤は4店舗の集計表を見て「はい!1位は今のところブーランジェリーサクマです!2位が北麦パン!3位ブーランジェリータカユキ!そして僅差でパンロンドです!まだまだ4店舗回ってない方が多いので全部食べ終わってから投票して行って下さいね〜。」

うわ、僕たちのチーム4番目だって、頑張らなきゃ。

来場者は3店舗回って結構お腹一杯の人達ばかりになってきた。

江川はカレーパンを渡すとパンロンドの店名が書かれた紙ををお客さんの手に持たせて「これ、パンロンドの所に投票お願いします。」とニコッと笑って言った。

江川、そんなことしなくても俺のカレーパンは美味いんだ。

修造は焦らず最適の揚げ方に集中した。

 

後編に続く

 

 


2021年08月01日(日)

小説 パン職人の修造 江川と修造シリーズ 新人の杉本君 Baker’s fight

 

江川と修造シリーズ 新人の杉本君  Baker’s fight

このお話は江川 to be smart の続きです。

18歳になったばかりの江川卓也は、修造と面接の時約束した通りに高校を無事卒業して、北国から関東の商店街にあるパン屋のパンロンドにやって来た。

社してからはずっと先輩の田所修造と組んで毎日仕事を教えて貰っている

「修造さーんおはようございます〜」

「よお。」

明るく爽やかに挨拶した江川に対して言葉少なに修造が挨拶仕返す

これが江川の毎朝の始まりだ。

パンロンドの朝は早い。

オートリーズの後、計量を済ませていた粉と材料をミキサーに入れて生地作り。

「オートリーズって先に粉と水とモルトを加えて20~30分置いておくんだ、その後塩とイーストや発酵種を入れて捏ねる。そうする事で粉が水を吸って伸びの良いパリッとした生地に仕上がるんだよ。」

江川は修造の動きを食い入る様に見ていた。

パートフェルメンテっていうのはパート(生地)フェルメンテ(発酵)って意味で前日にとってた生地を使うやり方なんだ。オートリーズとった後、本捏(ほんごね)の時に入れる。生地が安定して風味が良くなり時間短縮にもなるんだ。」

江川は毎日様々なパンの製法について説明を受けていた。

「こうやって生地の状態を見るんだ。生地を伸ばしても破れずにグルテンの薄い膜ができてるか確かめる。」

「はい。」

 

「まだまだ知らないことが沢山あるなあ。僕は修造さんにぴったりついて修造さんのパンの知識を少しでも覚えたいんだ。」と張り切っていた。

江川が修造と生地を仕込む為の計量をしていると

入社したての杉本君と親方が何か話してる

江川はじっとみた。

「杉本君、これってみんなこんな風に天板に置いてってるから君も同じ様にやってね。」

杉本は成形したパン生地を置く長方形の鉄板にいい加減な置き方をして親方に均等に置く様に指導されていた。

「親方〜僕には僕のやり方があるんです。ちゃんとやりますから大丈夫です。」と言ったので試しにどうなるか焼かせてみた。

案の定 火通りがかたよる。

「鉄板に生地を均等に置かないと火通りが悪いところと火が通り過ぎるところが出るからね。ほら、こっちは白くてこっちは焦げてるでしょ?」」

「分かってます分かってます。」

江川は驚いた。

何?今の返事。

親方ってとても温厚な人だけど、だからって今の返事は聞いててストレスが溜まるな。

「修造さん、あの人って修造さんが面接したんですか?」

修造は杉本君を見た。そして目線を計量中のメモリに戻した。

「いいや。」

「面接の時はニコニコしてたんですかね?今はちょっと違うんじゃないかなあ?」

「知り合いの紹介らしいよ。」

「ふーん。」

「人の事はいいから。よそ見してると計量を間違えるぞ。」

「はい!すみません。」

そう言いながら江川は杉本君が気になって仕方ない。

杉本龍樹(たつき)は親方の先輩の知り合いの子らしく、紹介で入ってきて3週間経つ。

やんちゃだったのか通勤の服装も派手で言葉も荒めだった。

少々無茶なタイプらしく、ちゃんとした数を聞きもしないで仕込みの野菜を切り出した。量が多く皮は分厚い。

「杉本君、野菜って多く切り過ぎちゃったら残った分の色が変わっちゃうからね。」

とか。

「杉本君、絞り袋にまだクリームが残ってるのに洗っちゃったら勿体ないからまだ洗わないで最後まで使ってね。物は大切に使おうね。」

とか親方の言い方がとても優しいのに反して杉本君がはめんどくさそうで段々返事しなくなってきてる事に気がついた。

江川は段々不満が募ってきた。

親方が何々の次にこれやってって言ってるのに順番を変えるし、、杉本君って困ったやつだなあ〜

その時修造は自分の仕事に集中していた。

 

様に見えた。


次の日、修造と江川は大量にシュトレンのフルーツを洋酒に漬け込んでいた

フルーツをボールに入れ、洋酒を多めに回しかける。スパイスを足してそれをタッパに入れて倉庫の涼しいところに置いていく。

秋頃になると段々洋酒が染み込んで熟成されたフルーツをシュトレンに使うのだ。

シュトレンはドイツではクリスマスの時期に様々なお店で売られている。クリスマスを待つ4週間にアドヴェントという期間があり、少しづつスライスして食べていく。

漬けこんだフルーツをたっぷり入れて作ったシュトレンはひと月ほど置いておくと生地にスパイスとフルーツの風味が移り格段に味わいに深みが増します。

薄くカットして食べながらクリスマスを心待ちにして過ごす。

 

 

「僕シュトレンって食べたことないです。」

「出来たらすぐに試食して、同じものを何週間かしてから食べたら熟成していて全然風味が違うのが分かるよ。」

「楽しみだな~。」

仕込みながら江川はチラッと杉本を見た。

杉本君、今朝は凄く眠そうで成形しながらうとうとしてる。

「杉本君眠そうだね。」

前に立って仕事している親方が声をかけた。

「昨日夜遅くて。」

「朝早いんだから早く寝ないとね。」

「いちいち言わなくても分かってますよ。」

杉本は少し声を大きめに言ってしまった。

あ、今修造さんが杉本君をロックオンした。めっちゃ観察してる〜

「江川、これ一人でやっといて。」修造は洋酒のボトルを江川に渡した。

「はい。」

「おい、ちょっと来いよ杉本君。」

修造はなるべく爽やかに言ったが元々爽やかなキャラでもないし、目力による圧力が凄い。

修造は杉本を店の裏に連れて行った。

「お前どうしたんだあんな言い方して。親方も先輩の紹介で入ってきたお前を無下にはできないだろ?それともあれか、まだお子様だから反抗期で親方に偉そうに言ってんのか?」

「反抗期ってなんだよ!ガキじゃねーんだよ。」

「パン屋での仕事は初めてなんだろ?前は何やってたんだ。」

「俺はボクシングやってたんだよ。なんなら絞めてやろうか?先輩さん!」

こいつなんでこんな反抗的なんだ、、

こんなんでよく、他所で働こうと思ったな。

「やれるもんならやってみろ。」

 

そういったものの修造は思った。

しまったな、ここで喧嘩してもし騒ぎになったら店に迷惑がかかる。

そうだ、、隣の空き店舗の裏なら目立たないかも。

パンロンドの隣の空き店舗の裏には庭がある。朽ち果てた花壇と枯れ木があり、木材の塀で囲われている。そこはよく野良猫の溜まり場になっていた。

2人が倉庫の裏口から出て、隣の塀の隙間から入ると、野良猫達が一目散に逃げて行った。

野良猫達を見送ったあと、2人で対面で立って睨み合った。修造は上着を花壇を囲っているブロックの上に置いてピョンピョンと飛び跳ねた、首を左右に振りフッフッと息を吐きながら肩を上げ下げした。空手の試合前にそうやってから気持ちを上げるのを思い出した。

杉本は携帯で誰かに電話しだした。

「今から偉そうな先輩さんを絞めて店の裏の壁に張り付けるから来てみろよ。」

そういって電話を切った後、脇を締めて修造を睨みつけた。

こいつ拳で攻撃してくるな。

いつでも前に後ろに動けるように足取り軽く動いた。

拳の速さで勝てるか分からないから蹴りで足とか攻撃するか。。

修造はなるべく狙う予定の方を見ないように杉本の顔をみた。

2人とも相手の隙を伺っている。

杉本の目を見ながら、そうだ、先に攻撃させなきゃ正当防衛にならないな。と思った時、杉本が初めのパンチを仕掛けて来た。

修造は左手で顔をガードしてわざと杉本の拳を腕に当てた。

「いたたた、お前が先に攻撃して来たんだからな。」

修造の言い方がわざとらしく、杉本は頭に血が上った。

「舐めんなよ!」

修造は杉本のパンチをかわして刻み突きして相手の胸を押して距離を取る動作を何度か繰り返した。

その後杉本の左手からのパンチを肘を曲げて右に巧みにかわして背中が空いた瞬間後ろに重心をかけて裏回し蹴りを入れ、そのまま左のつま先の内側を引っ掛けて倒した。

「うわっ!」

素早く杉本の背中に乗っかり動けなくすると、

杉本は背骨の中央をロックされ、手も届かず足で蹴ろうとしたが修造の足で防がれている。

まだ修造に蹴られた背中が痛い。

「うぅ、、」

背中をさすりたいがそれもできない。

可哀想だと思ったが、このまま手を離すとこっちがやられる、修造は左手で杉本の顔を抑えた。

「動けないだろ?」

「くそっ!」

そして杉本の耳元で言った。

「俺は空手の師範について色々教えて貰ってたんだ。道場では師範の言う事は絶対なんだよ!」

杉本は寝不足の疲れもあって暴れるのをやめた。

観念するなら離してやる。」

そう言って修造は立ち上がった。

こいつもう攻撃してこないだろうなあ。

そう思って少し離れて杉本を観察した。

負けたのがショックだったのか座り込んでしょんぼりしだした。

「杉本、ちょっと待ってろよ。」そう言って近くの自販機に向かった。


その頃江川は仕込みを終え、いっこうに戻ってこない修造と杉本が気になって倉庫を何度か覗いたりした。

「親方、修造さん達どこ行っちゃったんですかね?帰ってきませんね〜。」

「大丈夫でしょ。それよりどう?仕事は慣れた?」

「はい、僕ここに来て人生が変わりました。とても良い先輩に恵まれたし。楽しいです。」

「そう、それは良かった。」

「親方って修造さんをめちゃ信頼してますよね。」

「宝物だね。」

僕のね、と江川は思った。

親方は続けた。

「俺は修造に会ってから少し考えが変わったんだよ。それまでは諦めと言うか、職場も人の出入りが激しかった事もあって自分1人がしっかりしなきゃって思ってたけど、ああいう信頼できる奴がいるのは良いもんだよね。」

「心がしっかり繋がってるんですね。」

江川と親方は目を合わせてニコッと笑った。

「あいつがドイツから帰ってきてパン職人としての格が上がってるのを見て俺は思ったね。多分あいつはどこに行って何をやっても上手くいくんだろう。人から教わったものを自分のものにして更に上に押し上げていける奴だよ。」

うんうんと江川はうなずいた。


一方、隣の裏庭では修造が缶コーヒーを杉本に渡していた。

「暴れたら喉が渇いたな。」

空き家のペンペン草が沢山生えた花壇を囲っているブロックに腰をおろして一緒に缶コーヒーを飲みながら「少し落ち着いたか?」と聞いた。

杉本は何も言わずに黙っていた。

修造は話し始めた。

「多くのパン屋が『何人かが狭い空間で働いてる』んだ。

その全員がメインのシェフの意思通りに動かなきゃならないと俺は思ってる。

勝手なことをすると全員に迷惑がかかるんだよ。

今の作業の全ては、『こうなる事に理由があった』んだ。

すぐに決まった訳じゃない。

工場の中で起こった出来事や、お客さんの流れ、パン作りの工程、作業する人間の数、季節や温度、その全てが影響しているんだ。

 

それはまだ入ったばかりのお前にはわからない事なんじゃないのか?」

杉本は黙って聞いていた。

修造の話す全てに説得力があった。

それは長い経験に裏打ちされた言葉だったからだ。

「それが嫌ならやめなきゃならない、ここから去って勝手に自分の思う店を作れよ。」

「、、、店を?」そんな事できっこないのは杉本も分かっていた。

「でもな、それは多分お前にはまだ早いんだよ。」

「今のお前は何も出来ないのに等しい、1人でやるとたちまち困るぞ。

だから、色んな先輩の中に混じって色んなことを教わるんだ。」

修造は指折り数えながら言った。

「共同体感覚を養って。」

「ベストコンディションで挑めば。」

「満足のいくパフォーマンスを発揮できるんだ。」

指を3本見せながら「だからみんな体調を整えてくるんだよ。遊びすぎて体調悪いなんてカッコ悪いぞ。」

修造は隣に座って下を向いてる杉本の顔を覗き込みながら言った。

「今いてる従業員の殆どが、親方と一緒に作業の理由について体感してるやつばかりだよ。

お前も俺たちと一緒にやろうよ。

そして慣れたら親方に良い考えを提案して、受け入れられたらやりゃあいい。」

修造は珍しく言葉多めに話し続けた。

それでももっとやりたい事があるなら自分の店を持った時にああしようこうしょうと自分の中に貯金をしておけよ。

その時に初めて花開く事が多いんじゃないのか?」

「花開く、、」

杉本は手のひらを見つめながら言った。

「俺、偉そうに言ってましたけど、ボクシングも中途半端で負けてばかりで辞めてしまったんです。」

「そうなのか。」

「はい、パン屋での作業を軽く見てて、ここなら全然いけるんじゃないかと。でもやってみたら手順も多いし覚えなきゃいけない事ばかりでした。」

「うん。」

「それで我流でやってみたんです。」

「通用しなかったろ?」

「はい。」

「今日それが分かっただけでも良かったよ。」

「はい。」

「俺もやり続けると花咲く事があるんですかね。」

杉本は初めて希望とか夢とかについて少しだけ考えてみた。

「この先のもっと先に夢がある。」

「そうだ杉本、その間にはお前が覚えなくちゃいけない事が沢山あるだろう?」

「はい。」

修造は泥のついた手を綺麗に洗い、洗ったタオルで杉本の服の汚れを拭き取って工場の扉を開けた。

「それがここには沢山あるんだ。」

そこでは親方や職人達がテキパキとパン作りをしていた。

無駄な動きなく働いている。

「ここの全てを覚えるんだ。一つ一つな。」

「それにはまず正しい丸めからだ。来いよ、俺が教えてやる。」

「はい!」

そうして2人は楽しそうに分割を始めた。

修造は杉本の手の速さに合わせて生地を分割して渡して行った。

そこには修造に教わった通りの丸めを忠実にこなそうとする杉本の姿があった。

その時裏の戸をドンドン!と叩く音が聞こえた。

「はい、どなた?」江川が戸を開けた。

するとやんちゃそうな少年が3人立っていた。

「裏口が分からなくて迷ったわ。杉本く~ん。先輩がつるされてるのはどこ?」と言って江川を押しのけた。

修造が「なんだお前ら。」と言って前に出ようとしたら、いきなり3人のうちの1番背が高いのが修造の胸ぐらを掴んできた。

杉本は3人の友達を見てびっくりした。

遅いのでもう来ないんだろうと思っていたからだ。

「お前らやめろよ。もういいんだよ。」と杉本が言ったが修造ともみ合いになっている3人には聞こえない。

そこへ親方が珍しく仕事の手を休め「君たちここは工場だから外へでようね。」といって3人を掴み、分厚い大きな両手で押し出して倉庫に行った。

そして修造の胸ぐらを掴んだ少年の手首を持って全身をぶら下げた。ぶら下がった方は手や足で攻撃しようとしたが親方に届かない。蹴ろうと足を前に出す度に親方がゆらゆらさせたからだ。

親方は残りの2人に少年をぶつけ「パン屋の腕力なめんなよ!」と言った。

それを見た修造、杉本、江川は同時に叫んだ。

「い、いかつう~」


3人が帰ったあと江川は杉本と散らかった倉庫を片付けながら「ねぇ杉本君。」と話しかけて来た。

「さっき修造さんから何を教わってたの?」

「はい、貯金の話です。」

「貯金?」

「心の貯金。」

「もーう!なんの事かちゃんと教えてよ〜。」

江川は悔しがった。

なにかかけがえのないものを手に入れた気がして

杉本の心はワクワクしていた。

「親方、すみませんでした。俺まだここで働いてもいいですか?」

杉本は親方に頭を下げ。

親方はクリームパンを包みながら「はい、がんばろうね~」と言った。

 

内緒だが。。修造はしばらくの間、杉本のパンチを受けた左手がめっちゃ痛かったと言う。

 

おわり


2021年05月25日(火)

パンと愛のお話 江川と修造シリーズ 短編小説 ペンショングロゼイユ

パンと愛のお話 江川と修造シリーズ 

短編小説  ペンショングロゼイユ

 

このお話は「パン職人修造の第6部再び世界大会へ 前編」の、世界大会に出場する選手の江川拓也とそのコーチの田所修造の2人が大会の10ヶ月前に、出典作品のテーマである「祭」の芸術作品の案を考える為に、東北まで祭りを見に行った帰りの束の間の出来事です。


 

江川と修造は2人で東北と江川の店Leben und Brotとの通過地点にあるペンショングロゼイユ(赤スグリ)に泊まっていた。

ペンションは山間にあり静かな所で、洋館風の建物は古めかしいが雰囲気がとても良い。

周囲には花や果実のなった木もあり、手入れが行き届いていて眺めが癒される。

修造は昨晩、秋に出場するパンの世界大会の「パンで作る芸術作品」の原案を色々考えて眠れない夜を過ごした。

「おはようございます修造さん、大丈夫ですか?あんまり眠れませんでしたか?」

「うん」

無口な修造はあまり自分から話さないので、何か聞き出すのは容易ではなかったが、長い付き合いの修造の事なので江川は雰囲気で察するのが上手かった。

朝食の時間になり2人は1階の食堂へ移動した。自分達の他には客は夫婦らしいペアが2組しかいない。

江川はキョロキョロして、客室は8部屋中宿泊客は3組か。近所で有名な祭りをやっている時期なので宿泊客の多い時期のはずなのに。。と思っていた。

江川が運ばれてきた朝食を食べて驚いた。

うわ、目玉焼き焼き過ぎ、なんかありきたりなメニューだし、この丸パン、すごいイースト臭がする。寝坊したから間に合わせる為にイースト多めにしたのかな?それともわかってなくてやってるんだろうか?

修造さん、全然食べてないし。

江川はどんな人が作ってるのか厨房を見たその時。

「もうあなたとはやってられないわよ!」と怒鳴り声が聞こえた。

 

 

そして長い髪を後ろで束ねた細い背の高い女性がエプロンを外しながら厨房から出てきてそのまま外へ出て行った。

「うわ、喧嘩でしょうか?怒鳴ったのは今の厨房から出てきた女の人っぽいですね。」

様子を見ていた修造が立ち上がって、厨房に1人で立っている男の人に言った。「おい!早く追いかけて行け!何があったか知らないが謝ってこい!」

急に身長が180センチある、体格のいい修造に声をかけられ、驚いた男は慌てて出て行った。

「あの、あと2組が朝食を待ってますがどうしましょう?」

「え?」

見ると他の客はまだ何も食べてない様だった。

「あの調子じゃ2人ともいつ帰ってくるか分からないですよね~。」

江川が修造に促す様に言った。

「仕方ないな。」

修造は厨房に入ってさっきのメニューは無視してあるもので調理し出した。

食パンにハムと玉ねぎと粒マスタードを挟んだ砂糖抜きのフレンチトーストを焼いた後にチーズを乗せて、同じお皿に野菜、果物を美しく盛りつけた。

デザートはローテグリュッツェ(ベリーのフルーツソース)を作り、アイスに添えてコーヒーと出した。

 

 

2組の客は「うーん美味しい!」と感激して食べていたので、「修造さん僕もあれが良かったです。」と悔しがっていたら、さっきの男性が追いかけた女性と戻ってきた。

「先程はお騒がせしました。僕たち夫婦は2人でこのペンションを営んでいます。僕は初田紀夫、こちらは妻の美和子です。」

「お料理をして下さったんですか?」

紀夫は他の客のお皿を見て言った。

皿の上の料理はよほど美味しかったのか、何が乗っていたのかわからないぐらい綺麗に食べられていた。

江川は「いつ戻ってくるか分からなかったから調理場に入らせて貰いましたよ。」と、説明と言うか調理場に勝手に入った言い訳をした。

「すみません、ありがとうございました。コーヒーお出ししますのでおかけ下さい。」と美和子が頭を下げた。

そして4人で座って紀夫と美和子から話を聞いた。

修造が黙ったまま座っているので、江川が切り出した。「さっきのは仲直りしましたか?夫婦喧嘩は犬も食わぬって言いますものね。僕たちが口出す事じゃ無いですし〜。」

「私はこのペンションが心から好きで、建物の手入れも庭の草花の世話も手間を惜しみませんが、この人は本当にやる気が無いんです。初めは楽しそうに仕事してたのに、最近の手を抜いた朝食を見てると腹が立ってきて、、それで怒鳴ってしまったんです。全て1人でやるのは大変なので主人ももう少しやる気を出してほしくて。」

江川は「あの〜、僕からは言いにくいですが、あまり美味しい朝食では無かったですよ。愛がないと言うか、やっつけ仕事と言うか。」と言った。

「何でやる気が出ないんですか。」修造が聞いた。

「僕は料理があまり得意で無いんです。簡単なやり方ならできるかと思って。それで7日分の料理を曜日ごとに出していて、その方が楽なので。」

楽と聞いて修造の顔色が変わったのを江川は見逃さなかった。

「仕事に楽したいとかないだろ。食べる人の顔を思い浮かべてみろ、それが自分の作ったものでできた笑顔ならお前も嬉しいんじゃないのか。」

「そうなんですが、、」

修造はこの男の意識から変えないと成り立たない話だと思った。

「数ある店の中からこのペンションを選んで来て貰ったお客さんに感謝の気持ちはないのか。」

そして紀夫を厨房に連れて行った。

美和子が心配そうに見てるので、

江川は「大丈夫ですよ。あの人はドイツでパンの修行をして来たパンマイスターなんです。何が考えがあるんじゃ無いですか?」

「美和子さんは何故ご主人と結婚されたんですか?」

「私達は同じ会社で働いていて、同じ年に入社した同期なんです。付き合いだして将来は2人で何かやりたいねって言ってて、このペンションが売りに出されてたので相談して引き継ぐ事にしたんです。以前のここのご主人はこの方です。」

美和子はファイルを取り出した。

ファイルには書類と写真が挟んであって、写真には赤い実の沢山なった背が低い木の前に60歳ぐらいの夫婦が立っていた。

「この夫婦が以前のオーナーです。このペンションの名前は以前は『ディ パンジオン ローテヨハネスレーベン』(ドイツ語でペンション赤スグリ)と言ったんですが、私たちの代になった時、ペンショングロゼイユに変えたんです。赤いスグリの事をグロゼイユともいうので。ペンションの前に何本か赤スグリがあって季節には小さな実が沢山できて真っ赤になるんです。この庭が気に入ってここを引き継ぐ事にしたんです。前のオーナーは奥様を亡くされてからがっくりきてペンションを売りに出されたんですって。」

江川は「そうなんですね、今厨房にいる修造さんも奥様を亡くされて、それはそれは気落ちされていました。大切なものを無くすと辛いですね。」

「江川さんはご結婚はまだ?」

「はい、まだなんです。」

修造さんと亡くなった律子さんは僕の理想の夫婦だったんだ。

生活とパンと言う意味のパン屋Leben und Brot(リーベンアンドブロート)を修造さんが立ち上げた時、いつも2人の心が通い合ってたのを見ていて羨ましかった。

誰かと付き合ってるうちにあんな風になるのかと思ってたけど。。未だにそんな人と巡り会えてない。

2人は僕の理想だったとすると僕は理想が高すぎるって事になるな。

あんな目を見ただけで分かり合える仲なんて中々無いよ。僕もあんな風になりたい。

一方厨房では、修造は紀夫からまず興味を引き出さないとと考えていた。

しかしやる気のないやつから興味ってどうやったら引き出せるんだ。。

そうだ今日のパンの工程から見てみるか。

そして紀夫に「今日のパン作りの手順から教えて下さい。正直にね。」と言った。

紀夫は紙に今日のパンの配合と工程を時系列で書いた。

紀夫の文字は、まるで揺れた所で書いた様なガタガタの読み辛い字だった。

「発酵時間が短いな。それを補う為かイーストを増やして、高温のホイロで無理矢理発酵させたな。」

「はい、その通りです。」紀夫は正直に言った。

「作り始める時間が短くて無理矢理やった感じです。」

「手抜き、楽、それってその時は良くても続けると信用を失うよ。他人の信用って中々得られないじゃないですか。」

「はい、それもその通りです。」

紀夫の言い方は開き直ってる様にも聞こえた。

修造は前日に生地を作ってじっくり冷蔵庫で発酵させるレシピを書いて貼ったものの、これって実際にやってみないとなあ。でも明日は金曜日で麻弥の店の日だから今日中に帰らないと、、

「俺は今、そこに座ってる江川の店に在籍してるんですが、今度来て実際にこのやり方をやってみませんか?」とレシピを指差しながら聞いた。「パン屋さんなんですか?行けたら行きます。」紀夫は曖昧な返事をした。

「行けたら?今本気でやらないと、さっきみたいに愛想つかして奥さんが去って行ったらどうするんですか。このペンションも奥さんも失って初めて気がつく事になるんじゃないですか?」

「料理もパンも手間暇かけないと美味しいものは作れないんだ。」

料理はどうなんだ、さっきこいつ料理が得意じゃないとか言ってたな。

そういえば冷蔵庫は出来合いのものばかりだったな。

「紀夫さん、あんたこのままでいいんですか?本当はこの仕事やりたかなかったんですか?」

「ずっと妻と2人で一緒にペンション経営をしていたかったです。」

「していたかった?」

紀夫は近くにあった包丁を持って修造に見せた。

右手の付け根から伝わって。刃先が微かだが小刻みに震えている。

「ずっとじゃないんですが段々ひどくなってきて。身体を動かすと手が震えるんです。」

「奥さんは知ってるんですか?」

「いえ、言ってません。」

「医者は本態性振戦(ほんたいせいしんせん)と言ってます。」

「初めて聞きましたが、、?」

「手、首、腕など人によって症状は様々なんですが、震えが出るんです。最近薬を飲み始めた所です。酷くなると手術になるそうですが怖くて。」

「そうだったんですね、知らなかったとは言えキツめに言っちゃってすみません。」

紀夫は修造を見た目はいかついのに心の優しい人だと思った。

「俺の亡くなった妻も初めは気にもしてなかった。何ともないって言ってたんです。どんどん悪化してそれが原因で亡くなった。止めようと思っても弱って、、細くなって、、もっと気をつけていれば良かったと後悔しかない。」

「大切なものは守らないといけないですよ。」


修造は江川を外に呼び出して事情を話した。

「え?手が震える?実際どうするんですかね?奥さんが作って旦那さんがサポートするとかが良いんじゃないですか?それか療養の為に旦那さんは休んで誰かを雇うとか?」

「そうだなあ。そうなっていくかもな。」2人が話してると1人のおじさんが庭を見て回っていた。絡まった蔦(つた)を取ったり雑草を抜いたりしている。

江川はそのおじさんを見て気が付いた。

「あ!あなたは前のオーナーさんですよね?僕さっき写真見たばかりです。」

「ここのお客さんですか?そうなんですよ。ついつい気になってしまって、時々庭の手入れをしています。」

「修造さん、こちらは以前ここのオーナーだったんですが、奥さんを亡くされてからここを売りに出されたそうなんです。」

「神田清と言います。」

「僕は江川拓也、こちらは田所修造さんです。僕たち2人ともパン職人なんですよ。」

パン職人。。私もここでよくパンを焼いたもんです。懐かしいなぁ。妻と2人で食事の用意やお客さんのお世話をしていました。妻はこの赤すぐりの木を気に入ってましてね。夏頃になると赤い実が一面に広がっていました。」

「神田さんは今はもうお仕事はされてないんですか?」

「そうですね、思い出と共に生きてるようなものです。仕事をしてませんので結構暇ができて、たまにここに来ています。」

「ここの料理やパンは何がお勧めだったんですか?」

「若い頃ドイツに少しだけ修行に行っていて、その時に覚えたものを出してました。」

「ここで立ち話も何ですから中で話しましょう。」神田を建物の中に入れて座らせた。

「俺と神田さんは境遇が似ています。」修造は神田にシンパシィを感じていた。

江川が「修造さんも以前ドイツで修行されてたんですよ。奥さんが亡くなられて今はお店はやっておられませんが。」と言った。

聞いてるうちに修造は段々落ち込んできた。律子の事を思い出す言葉が多いせいだ。

表情を曇らせて窓の外を見出したので、内心余計な事を言ったと思いながらも江川は「以前はどんなパンや料理が人気だったんですか?」と神田に聞いた。

「ブロートヒェン(小型パン)やブレッツェル、カイザーゼンメルは人気でした。ミッシュブロートをサンドイッチにして出したりしてました。料理はグラーシュ(トマトベースの肉料理)、シュニッツェル(トンカツ)が人気でした。」

「うわ!うまそうだなあ〜」

修造が向き直って「地元のものは何か使ってましたか?」と聞いた。

「はい、この辺はりんご農家が多いので季節には使っていました。アプフェルシュトウルーデル(りんごのお菓子)やフェアサンケナーアプフェルクーヘン(沈んだりんごのお菓子)を食後に出してましたね。」

掃除をしながら聞いていた美和子が「凄い!うちもそんな料理やデザートが出せたらもっと賑わうと思います。」

修造たちは紀夫を見た。

江川は(紀夫さん奥さんに病気の事言わないのかなあ〜。僕から言うのはお節介がすぎるし、、)と思った。

紀夫は黙って立っている。

「俺はりんご農家が見たいんですが、案内して貰えませんか?紀夫さんも行きましょう。」

紀夫は修造を見た。

何かまだ言いたい事があるんだろうか?

自分だってこのままではいけないのはわかってるんですよ修造さん。

「わかりました。行きます。」

修造、江川、神田、紀夫の4人は近くにあるりんご農家を訪れた。

「僕、りんご農家来たの初めてです修造さん。」

「俺もだよ。南にはない空気感だなあ。」

温度が低い冬場のせいもあって、空気は冷たく、澄んだりんごの木の香りが肺に入って来て心地よい。

修造と江川が始めてみたりんご農家のリンゴは、絵や写真で見るりんごの木のイメージとは違っていた。りんごの木一本一本はそんなに大きくなく、脚立に乗れば上まで手が届くように手入れされていて、わい下(わいか)と言って枝が下を向いていて、実が沢山なって収穫しやすい形になっている。そんなりんごの木が綺麗に整列した景色が広がっている。

神田の紹介してくれたりんごの農家の澤口さんが説明した。「今は紅玉の季節は終わっていてここになってるのはジョナなんです。甘味や食感が人気ですよ。紅玉とゴールデンデリシャスを交配して作られたものなんです。」

澤口さんが懐かしそうに言った。「神田さんのりんごのケーキ、また食べてみたいです。ケーキ屋さんとかしないんですか?」

「もう新しく開業する元気はないですよ。妻もいないし。作ってみたい気持ちはありますが。」

修造はジョナを指して「神田さんこれ、ペンションで何か作って貰えませんか?良いですか?紀夫さん」と言った。

「はい、勿論。」2人が同時に返事をした。

農家のおじさんにりんごを少し分けて貰い、近所のケーキ屋に立ち寄りアーモンドの粉末を譲って貰った。

修造達はペンションに戻り、修造と紀夫、神田が厨房に入った。

入りきれなかった江川は美和子と席に座ってりんご畑でのいきさつを説明した。

「今から神田さんが美味しいものを作ってくれるそうですよ。」

「そうなんですか。」

「美和子さんはご主人に変わって欲しいですか?以前はどうだったんですか?」

「そうですね、初めはもっとやる気だけはありました。さっき主人も言ってましたが、やり方がわからないのかもしれません。どなたか教えて下さればと思って料理教室に行ってくれるように頼んだんですが、行かないって、、」

「あ〜、、あの〜奥さんその事なんですが。。旦那さんは病気だそうですよ。さっき修造さんから聞きました。手が震えるそうなんですが気がついてませんでしたか?」

「え?そういえば最近良く物を落とします。それに朝起きるのも辛そうでした。でも全然知りませんでした。何故教えてくれなかったのかしら。」

江川は修造に聞いた事を美和子に伝えた。

「心配かけたくなかったのかもしれませんね〜」

「それであんなに変わってしまったんだわ。何にも興味がないのかと思っていました。私紀夫に謝らなくちゃ。」

2人は厨房を見た。

一方厨房では、神田がりんごのトルテを作ろうとしていた。さっきケーキ屋で手に入れたアーモンドプードル(粉末)とシナモンを効かせた生地を作って冷蔵庫で冷やした。

修造は「トルテの台ができたらひとつくださいよ。」と言って冷凍庫の赤スグリを出してきた。

「これでおれもリンツァートルテを作りますよ。」

神田は懐かしそうに「リンツァートルテもよく作りました。トルテに赤スグリのジャムを作って塗るんです。」

「そうですね。」

紀夫はそんな2人を見ながら、なんて楽しそうに作るんだ。自分はこんな気持ちで何かをつくった事があるだろうかと自問した。

「自分にも何か手伝わせて下さい。」

「大丈夫ですか?じゃあグロゼイユ(赤スグリ)でジャムを、それとりんごでコンポートを作って下さい。ゆっくりで良いですよ。疲れたらいけないですからね。」

修造は配合を紙に書いて紀夫が見やすいところに貼った。紀夫が困らないように時々説明して、自分も神田とトルテ作りをしていた。

「できたらすぐ冷まして下さい。」

紀夫は言われた通りにジャムとコンポートをバットに広げて冷蔵庫で冷やした。

修造は形に敷いたトルテの生地を紀夫に渡した。

「今度は冷めたものを各々のトルテに広げて。」

「はい。」

「この生地を格子状に置いていって下さい。」修造は細長くカットした生地を渡そうとした。

「手が、、」紀夫の意思に反して手が小刻みに震えている。

神田もそれに気がついた。

「病気なんですか?」

「ええ、まぁ。」

「大変じゃないですか、、」

「俺がやりますよ。」修造は生地をトルテの上に貼り、周囲にも生地を張り付けてアーモンド散らばせてトルテをオーブンに入れた。

焼けるのを待つ間、修造と一緒に片付けをしながら神田が聞いてきた。

「手が震え出したのはいつからですか?」

「半年ぐらい前から徐々になんです。」

「何故奥さんに言わないんですか?」と修造が聞いた。

「自分は今、あまり妻との関係が良くないんです。失うのが早まるだけかなと考えていました。でもちゃんと話をしなかったから悪化してしまったんだなと今日悟りました。妻との関係もペンションの経営も。」

「修造さんの言ってくれた言葉が全て刺さりました。心配してくれてありがとう。」

修造は黙ったまま焼けたトルテをオーブンから出した。

あたりはトルテの良い香りが立ち込めた。

修造達は出来上がったトルテをカットして美和子の所に運んできた。

「奥さん食べてみて下さい。」

2つともフルーツの甘酸っぱさとアーモンドクリームの優しい甘さが口に広がり癒される。

「どちらも美味しいです。」

「これをこのペンションの名物にしたらいい。夏の赤スグリの季節、そして冬のりんごの季節と分けるんです。」

紀夫はびっくりした。

「自分がつくるんですか?」

「いや、作るのは神田さんです。」

えっ!とみんな驚いて修造と神田を代わるがわる見た。

「神田さん、あなたここで調理をしないですか?このペンショングロゼイユの脆弱な部分を補ってあげて下さい。」

神田はしばらく考えた、懐かしいこの場所で、亡くなった妻との思い出の場所でもう一度。。

修造は紀夫と美和子にも「どうですか?」と聞いた。

「あなた、病気なのに何故隠したりしたの?私に1番に言わなくちゃいけない事なのに。」

「すぐ直ると思っていたんだよ。」

「それに美和子が頑張ってるのを見て、申し訳なくてどうしても言い出せなかったんだよ。」紀夫は美和子を見つめて言った。

そして修造に言った。

「うちとしても勿論神田さんに来て欲しいけど、うちは今そんなに人を雇う収益が無いんですよ。」

「そうじゃないんだよ。俺は金の事を言うのは好きじゃないが、神田さんが入る事で余裕ができる、夫婦2人でのもてなしに人が集まって来る、忙しくなる、それでお給料が払える。そう言う事だろう。」

美和子は「本当にそうだわ。私も紀夫も大切な事を見失っていました。ギスギスしておもてなしの心を見失っていました。神田さん、我々と一緒にペンショングロゼイユで働いて頂けますか?」

神田は建物の中を見回した。

「妻を思い出して辛かった時期もありましたが、懐かしい思い出の方が多い。またここで働きますよ。」と言った。

修造は朝作ったフルーツソースのあまりを冷蔵庫から出して持ってきた。

「それともう一つ、これも赤スグリで作ったローテグリュッツェというフルーツソースなんですが、甘酸っぱくてアイスにもヨーグルトにも合いますから夏になったらこれも出せば良いですよ。」と配合を書いて渡した。

そして

「神田さん、2人はこれから頑張って行くでしょう。前のオーナーだし、色々気になるでしょうがあまり口出ししないようにね。」とこっそり言った。

「わかりました。」神田が笑って言った。

「約束ですよ。」

以前のようでは無いけど、過去は戻ってこないけど、また新しく始めないといけないんだな。

俺はもう一度会いたい、全然諦めがつかないんだ。

修造はマガジンラックのある雑誌を広げてしばらく眺めてから閉じた。

「そろそろ行くか江川。」

「はい、荷物取ってきますね。」

美和子が「修造さん、色々お心遣いありがとうございました。今日の事は忘れません。神田さんも協力してくれる事になりましたし、これから紀夫と2人で治療にも力を入れていきます。」

修造は黙ってうなずいた。

そして外に出てスマホを開いた修造は「うっ!」と呻いた。

麻弥から100件ぐらいLINEが来ている。

どこにいるの?修造

早く帰ってきて修造

寂しい修造

愛してる修造

「うわ、凄いですね麻弥さん。」

「江川、俺はもう麻弥に逆らわないようにしたんだよ。全てを受け入れてやりたいようにさせてやるんだ。はいはいはいってな。」

「佐山も怖いし。。麻弥は俺が隠れても地の果てまで追いかけて来そうだし。」

「ツッカベッカライマヤって凄い店ですね~。」

江川は修造を見つめた。

全てを受け入れる事にしたんだ。懐が深いな修造さん。

愛にも色々ありますからね。

「逃げたら困りますよ。世界大会もあるんですから。」

「わかったよ、さあ、行こうか江川。」

「はい、交代で運転ですよ。」

「まだ少し時間があるから民芸館を見て帰ろう。」

車で立ち去る2人を見送りながら美和子は考えていた。あの修造って人、どこかで見た事ある、、

と考えて思い出した。

あ!

さっき修造さんが見ていたパン好きの聖地2に載ってるあの人だわ。

全然雰囲気が違うから分からなかった。

過去は戻らず思い出が時に人を苦しめる。だけど明日はやってきてまた新しく始まる事ばかり。

ペンショングロゼイユの中では3人が夕食の献立を考える話し合いを始めた。

おわり


2021年05月01日(土)

小説 パン職人の修造 第6部 再び世界大会へ 前編 

パン職人の修造 第6部 再び世界大会へ 前篇

 

高校生になった大地が修造と暮らし始めた。

「大地は何かやりたい事があるのかい?」と聞いたが大地もまた無口な方で、「うん」だけしか答えなかった。

こんな風に無口な自分の事を、律子はよく理解してくれていたな。

本当に感謝しかないよ。

修造はプライベートではまだまだぼんやりとしている事が多かった。

大地は先だっての父親への質問に何日か経って「俺、空手の全国大会に出るのが目標なんだ」と答えた。

「手足がすらりと長くて瞬発力がある大地は小さい頃から師範にも強くなるって言われてたな。楽しみにしてるよ。その時は応援に行くからね」

修造は大地とスパーリングをしたり得意技の三日月蹴りや、太ももの裏など身体の中で当たると痛い所を教えた。

上段蹴りを狙ってると見せかけて脇が開いた瞬間に蹴りを入れると相手は悶え苦しむなどなど試合に役立つあれこれを2人で練習してるうちに楽しくなってきて、久しぶりに気分が上がった気がした。

 

 

「身体を動かすのは良いな。俺もジムにでも通って少し体型を戻さないと痩せて筋肉も落ちてしまった」

「2人で行く?」

「大地はあまり筋肉をつけちゃいけないよ、身体が重くなるからね。トレーナーに相談してみよう」

そう言って大地と2人でジムに通い始めた。

もともと打ち込むタイプの修造はみるみるうちに身体が仕上がっていった。

「空手の練習は毎日欠かさずしないと、今日はいいや明日やろうなんて言ってると結局やってる奴と格段に差がでるんだ」

そう言いながら修業全般に通ずる言葉だと江川の顔が浮かんだ。

あいつは頼りなく見えて努力家なんだ、なんとか大会で成功させてやりたい。

 

ーーーー

 

世界大会に向け、準備をしていかなければならない。

「江川、地方の祭りでコアでヘビーな祭りを見に行こう。なるべく凄い熱気で炎の燃え盛っている迫力のある祭りだ」修造はパンデコレのデザインを決めようとしていた。

「今回はそっち方面で攻めていく訳ですね?」

「うん」

2人は車を走らせ奥州の火祭りを見に行った。

 

燃え盛る炎の中を灯籠を持った褌姿の男達が五穀豊穣を願う。

勢いと迫力がある。

火の粉が飛んで辺りは熱気に包まれ祭りは夜通し続いた。

バイタリティ溢れる祭りだ。

 

 

「燃える薪の上に立つなんて、、本当に燃えてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしますね」

「男の祭りだな」

修造は沢山写真を撮り、それをもとに早速江川とデザイン画を描いてみた。

「炎のゆらめく感じが大事だろ?」

 

 

「何か祭りのモチーフみたいなものを追加したいですね。祭りのモチーフといえば祭りの衣装の柄とかですかね?」

「種類は少なそうだね」

「太鼓を真ん中にして灯篭を持った男を立たせるのはどうだろう?」

「行列の先頭に纏(まとい)を持った人がいましたがそれはどうですかね?」まだまだ考える余地があった。

大会の時の芸術作品部門のパンは横幅が限られているからあまり幅広くできない。縦に表現できればどうなるだろう。太鼓のサイズを小さくして他の飾りを高くするか、、それは世界に通用するのか、、、修造は眠れず一晩中考えていた。

次の日は地元の民芸館や、現地ならではの建築様式の建物のある場所に行き、襖に取り付けられた組子細工を見学した。

頭の中で組子細工と祭りを組み合わせて、イラストを何枚か描いてみた。流れるフォルムや誰もみたことのない飾りパンを作らなくてはいけない。出来上がった下絵を江川に見せた。

「うわー! これ難しそうですね。でも試作してみますか?」

2人は帰って祭に関する情報をなるべく細かく調べた。

顔色も良くなり、次第に熱中してきた修造を見て、江川と緑は目を合わせてニッコリした。どうにかして元の修造さんに戻って欲しい。

江川はそう思っていた。あの時の燃えるような熱い修造さんに!

「僕、頑張るから修造さんも一緒に燃えて下さいね」

 

ーーーー

 

金曜日

麻弥は店に人が居ようがいまいがお構いなしに修造にべったりだった。

この何年間かの分を全て凝縮しているかの様に修造を構った。

佐山が嫌味っぽく言ってきた。「修造さん。ボスとみんなの前でイチャイチャするのはやめたらどうです? 見るのも嫌なんですが」

「俺かよ?」

「俺じゃないなら何ですか? 嫌々付き合ってるのか? だとしたらほんとに無責任な人ですね」

 

 

無責任か、麻弥に押しに押されて交際を始めてしまった。あの時の俺は麻弥に心を持って行かれてしまったんだ。

「佐山、麻弥を傷つけるのは嫌なんだよ。わかってくれ」

「わからないですね。ボスが気の毒です!」

全てが佐山の言う通りだった。傷つけない様にすることが傷つける事になる。

麻弥、俺がここにいるのは世界大会が終わるまでだよ。

何度も言いかけてやめた。

愛が良くわからない。今1番遠ざかりたい言葉だった。

麻弥は律子と全く違うタイプだった。また店舗を増やしバリバリに働いていた。凄く忙しい女社長なのに休みの日を設け、カレンダーに「S」と書いた。修造の頭文字だ。

修造を訪ね「もお〜! 男所帯ってしょうがないわね〜!」と言ってバタバタと掃除して、大地に「ママって呼んでね!」と言ったので、驚いた大地が

(あの人彼女? 「ママ」になるの?)とこっそり手書きのメモを見せてきた。

これには答えに困った。

特に結婚という言葉には抵抗を感じていた。自分が誰かを幸せにするとは到底思えない。

修造は2人にシュニッツェル(トンカツ)とライべクーヘン(ジャガイモのパンケーキ)を作った。

食べながら麻弥は大地にドイツにいた時のお父さんがカッコ良かった話を聞かせた。

 

 

「素敵だったわ、ママの憧れの人だったのよ」

(またママって言ってるよ。)大地が修造に目配せした。

修造は何も言わなかった。

 

後で大地は麻弥にこっそり言った。

「ママさん」

「父はちょっと前まで全然やる気がなかったんだ。そこから考えたら随分ましになったんだよ」

麻弥は貴重な修造の情報をじっと聞いていた。

「誰にも相談せずに一人で抱えてるけど、夜になるとうなされててそれが聞こえてくるんだ」

 

「だから、少し待ってやってくれない?」

 

 

夜うなされる

夢にいつも同じものが出てきて修造を苦しめた。

あのソファに修造が座っている。

何か大切なものを抱えているのに腕の中でふわふわと掻き消え追いかけると声がする。

「お前が悪いんだよ」

 

「お前のせいで全部なくなったんだ」

 

と声が修造を取り囲む。

 

押し寄せる波の様に引いては寄せて。

 

いつもそこで目が覚めた。

 

 

 

大会の前の江川、緑の為の応援講習会が開かれ、修造と西畑も同行した。修造は全員のためのランチを西畑に並べさせた。「気に入ってるのかい?」何人かのシェフが西畑を指して言った。「そうですね、良い職人になりそうですよ。大会の時はフランスにも連れて行くつもりです。どうぞよろしくお願いします」

世界大会で競う項目は見た目も大事だが審査員がひとつひとつのパンを味見する所が思い出された。「食感と味も気を抜けないな」

タルテイーヌについて色々試行錯誤を重ねた。

3種類のタルティーヌをそれぞれライ麦の配合を変え、そのうち3種類は焼いた牡蠣とチーズ、帆立とピンクペッパー、3色の海藻に和風の味付けを施して、野菜とハーブをそれぞれ2色ずつシャープにカットして飾った。4種類は鹿肉と無花果、ローストビーフとブルーベリー、ターキーとラズベリー、鶏のフリットとレモンなどの、肉と果物の取り合わせを。残りの4種はカブとオレンジとクリームチーズ、渋皮栗と茄子、干し柿とフェタ、ザリガニとナンチュアソースをそれぞれハーブやスパイスと共に美しく盛りつけた。

どれが1番美味いですかね?

「このザリガニは美味かったね」

「私もこれが美味しかった」

「このザリガニはレイクロブスターと言って僕の故郷から取り寄せた物なんです。肉厚で味も良いんです」

ザリガニの身のソテーとディルの組み合わせは、ナンチュアソースのザリガニの出汁と濃厚なバターと生クリームの香りが後口にいつまでも旨みを残した。

「よし! タルティーヌにレイクロブスターとブラウンマッシュルームのソテーとナンチュアソースを使ってみよう」

「パンの上にザリガニのステンシルを施したらどうでしょう?」と、3人でアイデアを出し合った。

「塩の代わりに塩麹を使って旨みを出し、仕上げにザリガニにパルメザンを絡めて黄味を振りかけてみるか」

「八つ橋の様な薄いパリッとした食感の生地を焼いて被せてザリガニのステンシルを施せばインパクトがあるぞ」

 

 

「どうですか? いかつくカッコいいじゃないですか!」

 

 

「ザリガニの形も捨てがたいな」

「これもインパクトありますね。触角の所は糸唐辛子で表現してみましょう。」「足はルッコラを使いましょうか?」

「となると、フタは和柄がいいか」

「どっちがいいか迷いますね」

 

3人はひとつひとつのパンに深く拘った。

 

「ペストリーには祭りのイメージのものを関連付けたい」

「太鼓の形とか?」」

「華やかな色合いが良いね」

「ピスタチオとかエスプレッソ、ヘーゼルナッツとか濃厚なラズベリーとか使いたいですね」

「祭りに関連付けて太鼓の形を真ん中で開けられる様にして下は濃厚なラズベリーソース、その上にまろやかな抹茶豆乳ソースを詰めてココアとラズベリーパウダーと粉糖の3色でステンシルを施そう」

「上蓋は内側にホワイトチョコをひとまわししてみましょう」

「試食も進んで飽きが来た頃に抹茶の風味が好印象をもたらさないでしょうかね?」

 

「ピスタチオのクリームを生地に詰めて外側に組子細工のプレートをのせたらどうでしょう。土台はエスプレッソの風味付けをした生地に和柄のステンシルを1周させましょう」

 

「これは美味いよ」修造はぶどう、ネクタリン、プルーンとイチゴをバターでソテーして洋酒をふりかけフランベしてフランボワーズとハチミツを入れて煮詰まったらパンにのせてバーナーで焼いた。

「うわ! 旨い!」表面は香ばしく生地に染み込んだフルーツのソースの味が旨みを出していた。

「問題は形だな」

「フルーツボックスみたいな?」

「太鼓によく描かれている模様は?」

「三つ巴の事かい?」

「こんな感じですかね?」

徐々に様々なパンが本決まりになり後は完成度を上げていくだけになった。

修造は緑に繊細なステンシル作りを教えた。

「柄は細かすぎてもよくわからない。端をいい加減にカットするとぼんやりした印象になるんだよ」

そしてカンパーニュの美しい模様のカットの仕方を徹底的に練習させた。

「シャープに同じ感覚でリズムよくカットしていくんだ。深さが違うと焼き上がりにはっきり出てくるからね」

「江川、タイム通りにできるか練習するんだよ、西畑にタイムスケジュールを見て貰って緑と2人で何度もやってみて、時間の感覚を掴んで行くんだ。」

「やってみます!」

修造は出来ることが増えるとタイムスケジュールの行を次々増やした。大会の制限時間の8時間と言う限界に挑戦して、しかも全てを完璧にしなければならない。

「試合と同じだよ、当日に向かって練習して当日は良いパフオーマンスが出来るように自分を調整していく。相手だって努力してるんだ。猛者ばっかりだぞ」

「2人の息があってきたら次は『お互い確かめ合わなくても次の動きを考えて動く』練習をするんだ。え~っと次は、、なんてやっていたら時間なんてあっという間だぞ。2人とも役割をはっきりと決めて動け」

「できるまでやるんだ」

江川は過去に修造と出た大会の事を思い出した。

「このタイムスケジュールは修造さんが世界大会で作った物より少し劣る気がする。修造さんの速さと正確さは本当にあの時世界1だったんだ」

「あの人はタイムロスを嫌がってタイムスケジュールを頭に叩き込んできていたんだ。あれだけのものを作りながら僕を動かしていた」

勝てるのか? 今の自分は? あんな事が、、

 

 

いや

やるんだ

僕は修造さんにではなく自分に勝たなくちゃ。

「もっともっと近づいて行くぞ!」

研修室は数人以外は立ち入りが禁止になった。何日か続けてやっているうちに2人は時間の経過と作業の手順を掴んできた。大会で焦らないための練習だった。心のゆとりがミスを防ぐと考えたからだ。

「あの、修造さん」西畑が廊下で話しかけてきた。

「僕大会が終わったら緑さんにプロポーズするつもりです」

「そうか、それはまた大会が終わったら新たに話そう。今の俺とお前は緑が集中して動きやすいようにしてやる、それが使命だと思って打ち込むんだ。他に心配事がないように、一緒に寄り添ってやれよ」

「心の拠り所になってやれ」

「はい! 修造さん」

そしてとうとうフランスに大会の用品を送る時が来た。

 

ーーーー

 

日本のチームは大会の開催国フランスへ到着した。

会場には世界各国の選手が入るキッチンブースが並んでいる。

前日の準備も終わりかけた頃、修造に話しかけてきたドイツ人がいた。

「久しぶりだね修造」

「?」修造は目の前の男の顔をよく見た。知っている顔だ。

「わからないのか? エーベルトの息子のミヒャエルだよ。」

「あ! 久しぶりだなミヒャエル!」

ミヒャエルはエーベルトの店にはあまり顔を見せなかったので何度かしか会っていないが懐かしい。。

「エーベルトは? エーベルトは元気なのか?」

「親父は死んだよ。あの店は俺が改装して観光客も気軽に入れるカフェにした」

「エーベルトが?! どうして教えてくれなかったんだ!」

エーベルトが、あのエーベルトベッカーが亡くなった?!

「俺と親父はソリが合わなかったのさ。お前がうちに入り浸ってる間、親父はお前の事を随分可愛がっていたな。親父は全てをお前に教えていた」

ミヒャエルはハナをフンと鳴らしながら。

「俺はお前が嫌いだったよ。。」

「そうだ紹介するよ、うちの息子のフランクだ。今回はアシスタントとして参加するが、これから俺が上級の職人に育てて行く」

「明日はお前のブースの横で勝負する事になりそうだ。勿論我がドイツ国の勝利だ。せいぜい頑張るんだな修造」

江川と緑が心配して声を掛けてきた「修造さん、大丈夫ですか? 随分がっくりされていますが」

「お父さん、隣のドイツのコーチとどんな話してたの?」

「俺の恩人が亡くなったんだ」大切な人が次々と、、しかも大事な大会の前日にまたメンタルをやられるなんて。

「あのミヒャエルは技巧派なんですよ。その息子のフランクも大した腕だと聞いています。修造さんの知り合いだったとは分かりませんでしたね」

 

修造はこぶしを握って立ち上がった。

そして「明日は負けられない!」

「何があってもだ!」と誓った。

久しぶりに心の中に熱いものが込み上げた瞬間だった。

 

おわり

 

後編へつづく

 

あとがき

 

今回は世界大会のパンについて色々書いてみました。4部門のパンを全て高水準で作るパンの世界大会はやはり凄いと思います。

江川は世界大会に出た頃の修造を追い抜こうと頑張りを見せます。緑と西畑は優しさを見せながら愛を育み、麻弥と修造は心がすれ違います、2人の架空の愛はこれからどうなっていくのでしょうか。

そして最愛の妻律子を失った修造のロストが産んだ悪夢からの脱却は出来るのでしょうか?

※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。


2021年04月21日(水)

小説 パン職人の修造 第5部 puppet and stalker

 

パン職人の修造 第5部 puppet and stalker

 

修造はある時大量に材料を買い込み、パンを焼き、全て袋に入れて近所のおばさん達に配った。

「あの、、、しばらく留守にするのでお墓を交代で見て欲しいんですけど」

おばさん達は動けるようになった修造を見てほっとした。「わかってるよ。気をつけて行っておいで」

鞄の中に律子の位牌と道着を入れ、修造は出かけた。

 

ーーーー

 

久しぶりのLeben und Brotは花が咲き乱れ、お客さんがテラスに座りパンを楽しんで食べていた。

店内も賑わっている。

修造はハッとした。律子とそっくりになってきた緑が工場から焼き立てのパンをカゴに盛って運んでいる。

以前は忙しいながらも生き生きと楽しかった。今の自分はまるで燃えかすの様だ。

テラスにいたパン好きのお客さんが修造に気がついた。「あの、、修造シェフですよね?私とっても憧れてました。Grüne Erdeは今日はお休みですか?」

修造は言葉に詰まった。何一つ決められなくなっていたからだ。

「この何ヶ月かは休んでるんです」とだけ答えた。

思ったより自分は不甲斐無くなっている。

そう思って店に入るのをやめ、通りに振り向いた時

「修造」

と、またあの声が聞こえた。

「私に会いに来てくれたの?」

「いや、あのぅ、、」

 

 

ラメ入りの茶色いスーツを着た麻弥に手を引かれてドイツ菓子の店「コンディトライ マヤ」に連れていかれる。

木と漆喰のドイツ風の建物で外観も可愛らしい。オレンジ色の壁で、出窓には赤いゼラニウムが咲いていた。

 

高級そうなショーケースと小さなカフェ部分がある店の中で麻弥にコーヒーとフルヒテシュニッテンをご馳走になりながら懐かしさが込み上げてきた。

「ノアやエーベルトおじさんは元気なのかなあ」家族を連れて会いに行くと言った約束は果たせなかった。

「ノアは元気よ。こないだ会いに行ったの」

今や麻弥はやり手の女社長だった。百貨店での店も何箇所か展開していて、通販も季節によってはとても忙しいらしい。

2人はしばらくドイツの話をした。ドイツのお菓子はその時の記憶を蘇らせて、何故だかいくらでも話をしてしまった。と言っても話をするのは殆ど麻弥だったが。

「ねぇ修造、あなたLeben und Brotで働いてよ。休みの時なんかに私がお菓子を教えてあげる」

 

 

実際、事態は麻弥の思惑通りになっていく。

麻弥は江川に連絡した。迎えに来た江川は修造をLeben und Brotに引っ張って行った。

そして「僕、今度緑ちゃんと一緒に選考会に出ようと思ってるんです」と意気揚々と声高らかに宣言した。

「その先は世界大会です!」

「だから修造さんは僕たちのコーチをしなきゃならないんです!」

「ねっ!」

その時驚く元気のなかった修造は聞いた「緑、若手コンクールに出るつもりなの?」

「そうよお父さん。私、お父さんの出た大会に私も出たいの。だからお願い。私達のコーチになって!」

 

しばらく緑のところに厄介になる事になった。

「自分には思い出が多すぎるんだ」

布団の中で独り言を言った。

様々な出来事が後悔となって巨大な待ち針の様に修造の心を刺した。

隣に眠っているパン職人の緑。

大きくなったな、あんなに小さかったのに。

 

これから技術を身につけさせて、大会に出ても江川の足を引っ張らせない様に自分もシャンとしなくては。

修造は緑に毎日丁寧な生地作りについて教えた。技巧ばかりではなく栄養や味覚に拘った。

寝る前に、遠く離れてしまった大地に毎晩メールをしたが、流石は修造の子だ、あまり返事はしてこない。

時々「わかった」とか「うん」とか返ってくるだけで様子は全くわからなかった。

「高校入試はこちらで受けるかい?お父さんが部屋を借りておくよ」

すると何日か経ってからやっと「うん」と返事が返ってきた。

 

ーーーー

 

修造はLeave und Brot のエグゼクティブコーチとして就任することになった。エグゼクティブなどと言うと大そうだが大会の為のコーチの役と、江川を練習に専念させる為に自分が江川の代わりの仕事をするという感じだった。

そして麻弥もまた契約書を用意していた。「休日は私の所でお菓子を作って欲しいの」

どうせこの辺にしばらく住むんだ、あまり一人の時間を持たず仕事をしていた方が気が紛れる。と思い世界大会が終わるまでの約束でサインした。

麻弥はすぐさま修造の動きやすい様に場所を作り、自分が不在の時は大切にする様に皆に伝えた。

マネージャーの佐山は「こんなボサボサのしょぼくれたオッサンを何故ボスは大切にするんだろう?」と思っていたが、修造の仕事を見て考えがすぐに変わった。

伝統の製法に基づき美しいパンやお菓子を次々に作っていく修造。

佐山は「マイスター」と修造の背中を見て呟いた。

 

 

修造の作るブレッツェルは全ての見た目が同じで細いところはカリッと、太いところはもっちりとしていて、振りかけた岩塩もパラパラと落ちる塩の量まで計算されていた。まさにブレッツェルど真ん中の美しいものだった。麻弥はそれを見て感動して、修造の来る金曜日に準えて「金曜日のブレッツェル」として販売しだした。

修造、素敵だわ。修造が仕事してるところをもう一度こんなに近くで見られるなんて。こんな事が起こるなんて。

ドイツの修業から帰ってきてあなたをテレビで見た時は驚いたわ。

そして迷いに迷ってLeben und Brotの近くにお店を開いた。

その途端あなたは山の上のパン屋に去って行ってしまった。

私は何度かGrüne Erdeに行ったわ。あなたは私に全く気が付かなくて、新聞に載った修造の事で奥さんと楽しそうに話をしてたわね。

帰り道私は山の中腹で羨ましくて悔しくて涙が溢れて運転できなくなったわ。

その時期に小井沼伸治が出したパン好きの聖地Ⅱも見たわ。

あなたの充実した姿が映っていた。

それから何年かして、あなたが1人で山で暮らしてると聞いて、いてもたってもいられなくてGrüne Erdeに行ってしまったの。

 

絶対修造を手に入れたいの、この手でしっかりと捕まえたい。

 

 

 

修造はそんな麻弥の気持ちを全く知らないままここまで過ごしてきた。

 

麻弥が仕事終わりに白いアスパラガスを料理して出した。「シュパーゲルよ。旬の季節には食べたわね。懐かしいわ」

修造は麻弥に大地の為に部屋を借りる事を話すと「え? 私と住むんじゃないのね?」とピッタリ横に座り笑って言ってきた。

麻弥はよく修造を誘惑しようとしたが、冗談めいたふざけた言い方がほとんどだった。

修造は、麻弥は元同僚だし良い奴だが『こう言うところ』が苦手だと思っていた。本心かどうかわからないし、からかってる様にも見えるのでいつも気が付かないフリをしていた。

修造は女の人にモテた。独り身になった修造を明らかに狙ってるファンもいたが、失礼ながら全く心が動かない。

いつもさりげなくその場から立ち去る様にしていた。

修造はあの日冷たくなった律子を抱いて一晩を過ごしてるうちに、心から愛とか恋とか以外にも、人として抜け落ちたものが多くあった。

 

 

 

笑顔はなく無口で仕事に厳しい修造を職人たちは恐れた。

江川はLeben und Brotの裏の空き地に練習に専念する為の施設を設けた。新しくできた研修室には、大会を意識した最新の設備が整えられていた。自分が大会に出た時の機械の配置を思い出して業者に頼んだのだ。

修造はそこで2人に指導したり、新入社員に講習会を開いた。

江川は「今の修造さんは責任感だけで構築されてる気がするな。それもこれも緑ちゃんの為か」と思っていた。

 

ーーーー

 

製パンの作業中、修造は緑を見つめる青年に気がついた。

西畑という入社1年目の若者だ。

「おい西畑、ちょっと研修室に来い」

「はいっ」

修造は西畑にヘルンヒェンの作り方を何度か教えた「1000個作ってそのうちダメな10個を俺のところに持って来い」

経験の浅い西畑は震え上がったが、毎日修造に10個持って行っては「なんだこれは?」と言われて何度も作り直した。緑はそのうちの成功したパンをお店で販売した。

何度かして「もういい、次はブレッツェルにするから」

そう言われてブレッツェルについて色々教わり、また1000個作ってそのうちのダメな10個を修造に見せた。

修造は「この研修費用は全部お前の給料じゃなくて店からなんだから、ゆめゆめ無駄にするなよ」と厳しく言った「できるまで作ってこい」

西畑は言われた通りに毎日特訓をして、できるようになるとまた次のパンが待っていた。半年もすると習得したパンの数が格段に増えた。

緑に「腕が上がったわね」と言われ西畑は顔が赤くなるのが自分でも分かった。

修造が10個と言ったのは特別な意味はない、西畑の技術を身につけさせる為にギリギリの限界に挑戦させたのだ。

緑は「お父さんのやり方は今時は古いのよ。修行とか特訓なんて、西畑さんだから良かった様なものの。。やりすぎると訴えられるわよ。呼び捨てじゃなくて〇〇さん、よ!」と言ったが修造は聞き入れなかった。

ついて来れなければそれまでだろう。

西畑にロッゲンブロートの作り方を見せてやりながら、この仕事は辛いか聞いてみた。

「僕、初め全然わからなかった事ばかりでしたが、毎日修造さんにパン作りを教えて貰えるなんて光栄です。僕もいつかパン屋をやりたいし、修造さんは僕の目標です」

 

ーーーー

 

修造は講習会やセミナーなどに西畑をつきあわせ、色んなところに連れて行く様になった。

そして緑を見つめる西畑を、昔々工場から律子を見つめていた自分と重ね合わせていた。

ある時、修造は可愛らしい飾りパンを西畑に教えた。

ピンクの薔薇の花と緑のリーフを施してGrün(緑)と文字が入っている。

なかなかいい出来だ。

「緑にプレゼントしてこいよ。俺が手伝ったって言うなよ」

 

 

「あの、緑さん。」

「これを修造さんから教わりました。内緒にする様に言われましたが、何故こんな事になったかって言うと。。」

「?」

「僕の気持ちを修造さんがご存知だったんです。僕が緑さんを好きだって事を」

「えっ、、西畑さん」

「僕と付き合って貰えませんか?」

「修造さんは子供の頃から僕の憧れの人だったんです。家にあった『パン好きの聖地』って本を穴が開くほど読みました。あの女の子が緑さんだったんだなって、、僕ここに就職して、緑さんに出会えて本当に良かったです」

「ありがとう西畑さん」

「私、お父さんとお母さんが本当に仲良かったのを見て育ったの、だから私もあのぐらいお互いに大切にできる人と付き合いたいの」

「修造さんと亡くなったお母さんの様になれるかどうかはわからないけど、僕は僕で緑さんを大切にします」

 

 

ーーーー

 

麻弥の店のマネージャー佐山は嫌味っぽく修造に言った。

「修造さん、あなたはご存知ないかもですが、ボスはずいぶん熱心にあなたの事を追いかけてる気がします。それにどんどん綺麗になっていってる。あなたが来るまでのボスはクールな方だったのにここ最近は金曜日には必ずいて、ドイツ系の食材を取り寄せては料理したりしてますよね、それって何故かわかります?」

「何故って、、」

 

 

なんと言えばいいのだろう、気も付かなかった。自分はずいぶん麻弥に甘えていた。

契約期間が過ぎれば山に帰ろう。

そしてその後は、、

心の弱った修造には先の予想など到底考えられない事だった。

「麻弥にはすまない事をしてる

「そうでしょう、そう思うんならそろそろちゃんとしてあげたらどうです」

佐山の言った言葉の意味はぼんやりと耳に入って来る他人事の様で修造には届いていなかった。

 

いつもの様に職人に技術指導をしていた時。「修造さ〜ん」江川が泣き言を言ってきた。「選考会の飾りパンがなんかイマイチ決め手にかけるんですよ〜」

選考会と大会に出す飾りパンは違う。もし大会に進めなかったら、本戦に用意してたアイデアとテクニックを出せば良かったと後悔するだろう。ジレンマのある事にならない為にも真剣に考える様に言った。

日本らしいテーマの物を2人で考えた。全く今までにない最も素晴らしいものを作るのは至難の業だったが、抜け道を見つけて王道に変化させて圧倒的な技術で勝たなければならない。

数年前に世界大会で協力してくれた江川の為にも以前の自分よりも更に上を目指さなくてはと、修造は無理やり決意を新たにしようとした。

緑にはヴィエノワズリーやタルティーヌについて考える様に言い、過去の写真や資料を徹底的に調べさせて今まで無いものを作る様に指導した。「テクニックを磨くのと同時に食べる人の健康や食感や味、何か自分が心動かされる事について研究するんだよ」

江川と緑は1次予選を突破し、パン職人選抜選考会まであと4か月になった。

西畑は遅くまで緑の練習に付き合っていた。

緑に必要なものを揃えたり片付けを手伝いながら寄り添い続けた。

「緑さんのパンは繊細ですよ、とてもフォルムが美しいです。江川さんとも修造さんとも違う個性があります」

「ありがとう、まだ失敗する所があるからそこを直さなきゃね」

「お父さんは世界大会で優勝したからプレッシャーがあって、みんなより練習しないとね。でも時々怖くなるの、コンテストで負けたらどうしようって」

「はい」西畑は優しいまなざしで緑の言葉を聞いていた。

「お母さんが亡くなってお父さんは心労でやせ細ってしまった。私は江川さんにお父さんを元気づける為に世界大会に出ようって誘われた時、本当にそれってお父さんが前の様にやる気出す事なのかもって考えて、身の程も知らずに出ることにしたの」

「大丈夫です!」

「僕がずっと緑さんを支えて行きます。だから一緒に頑張りましょう!」緑を抱きしめた。

「大会が終わったら僕と結婚して下さい」緑は影日向無く大切にしてくれる西畑に暖かい愛情を抱いていた。

「優勝したら」

「いえ、しなくても。。こんなこと言ったらお父さんに叱られちゃいますね」

 

ーーーー

 

「お義兄さん久しぶりね」

律子の妹の園子(そのこ)が訪ねてきた。

「実はお姉ちゃんのお墓をうちの実家のお墓に移そうと思ってるの。お父さんもお母さんも年を取って遠出ができなくなって来たし、近くの方が寂しくないでしょう? 山の上は遠くて中々来れないから」

そう言われて黙って聞いていたがしばらくたって「わかった」と返事した。

2人で山の上のパン屋に行き、自然にさらされて段々雑草に覆われてきた建物を修造がぼんやり見ている。

その子はそれを見て、以前のお兄さんとは全然違うわ生気ってものが無くなってる、と驚いていた。

墓は近所のおばさん達が綺麗にしてくれていた。「修造、まだまだ痩せたままじゃないか。心配してたんだよ」おばさん達は皆修造に声をかけに来た。

「みんな良い人ばかりね」

「俺1人だと多分誰とも話さなかったよ。俺は変わり者だからね。律子がいたから上手くやってこれた」

「義兄さん、本当にお姉ちゃんを大切にしてくれてたのね。お姉ちゃんも幸せだったと思うよ」

律子が幸せだったという言葉を心の中で否定した。自分のせいで律子は亡くなったと言う気持ちが押し寄せる波の様に何度も何度も心に被さる。

山の上のお墓から業者が律子の遺骨を運んだ。

長野の墓に納骨を済ませ、修造は魂をお墓に入れるお経をぼんやり聞いていた。

「これで通える様になったわね」と修造の方を見たが以前とは全く違う兄の姿になんと言ったらいいのか言葉に困る。

「お義兄さん、少しは元気出してよ。 お姉ちゃんが亡くなって凄く気落ちしてたから気の毒だった。本当に痩せてしまったわ」

「俺は本当にダメな奴なんだよ」

「だけど色々な事があって段々心の隙間が少し埋まってきた気がするよ。緑が世界大会に出るんだ、今はそれに掛かりきりにしてる」

 

ーーーー

 

そんな時

山の上のパン屋の跡を引き継ぎたいという若夫婦が連絡してきた。

修造は山に戻って2人と対面する。

「初めまして修造さん、麹谷正人(こうじだにまさと)と言います。僕たち夫婦は農家をしていて、家でパンも焼き始めたんです。それで山の上のパン屋が閉めてると聞いて是非ここで焼かせて貰えないかとご連絡したんです」

「ここで」

修造はボロ雑巾をきつく絞る様にギリギリと胸が締め付けられ座り込んだ。

律子や子供達との思い出だらけの家だが、若い人達がまた新しく地域に根付くのは良い事だ。

暗い気持ちの中、そんな前向きな気持ちが無いわけでも無かった。

「本気なんですか?ここでパン屋を?」

「はい、貸して頂けると助かります」

朽ち果てていく家屋を見て、意気揚々と未来を見つめる若者を見た。

「いいだろう」

修造はこの若夫婦に家を貸すことにした。

家の隅々まで説明して、屋根の雨漏りを直し、機械や窯のメンテナンスをした。

何日間か麹谷につきっきりで窯の使い方を説明した。

言い出すとキリが無いような気がするが、仕入れの連絡先や薪の保管方法、裏庭の栗の木の事など伝え、わからない事があればすぐに答える約束をした。

その後、空手の師範に会いに行き、律子が亡くなった時お世話になったと挨拶した。

「まあ飲めよ」師範の家でお酒を飲みながら話をした。

思えばこうやって師範と杯を交わしたのは初めての事だった。

「師範の事は父親代わりに思って慕っていました。空手が無ければ今の自分はありません」

「修造、今まで世話になった人達の分を若いものに返してやればいいよ。今のお前をみて満足しているよ。辛い事があったらがっくりきたっていい。お前はきっと乗り越えていくよ」

 

 

家の引き渡しの時がきた。

荷物を全て送り家の鍵を渡した。

修造は山の上からの景色を見ながら「律子、緑も大地もしっかりしてきたよ。俺も子供たちの為に頑張るよ」と声をかけた。

 

その声は誰にも聞こえず山の風がさらっていった。

 

ーーーー

 

パン職人選抜選考会は巨大な建物の中で行われるパンとお菓子の展示会の建物の奥で開催される。

「江川頑張れよ!」

「はい! 今まで教えてきて貰った事を全て活かします」

ブースの中でパン作りに専念する江川を見守るしかなかった。落ち着いて、冷静に、素早く動け!

会場で大木シェフと会う。

「なんかさ、色々大変だったんだって? 過去のことってさ、どうにもならない事が沢山あるからね。先を見て歩くしかないよ」沢山の職人を束ねているシェフの言葉は説得力があった。

修造は世話になった大木に深々と頭を下げた。

若手シェフのコンテストでは緑はテンポ良く、タイムテーブルを見ながらミスなく進めていった。若鳥が巣立つ瞬間の飾りパンは一際映えていた。

 

江川も緑も無事選考会を勝ち進む事ができた。

程なくして世界大会のテーマは「祭」だと知らせが届いた。

 

ーーーー

 

ある寒い金曜日

外は暗く雪が降っていた。

世話になっている麻弥の店の為にヘクセンハウスを組立てアイシングを施して店先に飾った。中にライトが仕込んであってスイッチを押すと聖堂の窓が光る。

 

 

 

「綺麗ね。ヘフリンガーの近くにあった大聖堂だわ」

電気を消して店を閉めた麻弥は修造の横に座りドイツの大聖堂をモチーフにしたヘクセンハウスの明かりを見てしみじみと言った。

「ドイツで修業してた頃はお金が無くてジャガイモのスープばかり食べてたわ。パンの端や失敗したパンを持って帰ってスープに漬けて食べてたの。若さと夢があった」

「そうだね、俺もそうだったな」

「同じ店で働く真剣で熱い修造をずっと気にしていたわ」

麻弥はいつもの軽い調子とは違う真面目な口調で言った。

「ねぇ、私達いつか結婚するんでしょう?」

「麻弥、それって本気で言ってるの?」

「ええそうよ、私が先に修造と会いたかった。私が先に修造を見つければ良かったのよ」

麻弥は修造の手を強く握りながら言った。

「麻弥」

亡くなった妻を不幸にしていたとしか思っていなかった修造は、また麻弥に二の舞を踏ますのはいけない事だと言った。

「すまない麻弥」

すると麻弥は立ち上がって

「そんな事で修造を諦めたりしないわ。私はこれからも修造とパンやお菓子を作って楽しく暮らすの! 修造は私から逃れられないわよ!」麻弥は修造の手首を手錠の様にきつく握った。

聞くと執念深いストーカーの様な怖い発言だが、そうでは無く、麻弥はただただ長きに渡って修造を愛していただけだった。

「麻弥、君って人は、、」

 

 

修造は麻弥の尽きない愛に根負けした。

こんな腑抜けの様な自分の事を長きに渡って思い続けてくれた麻弥に義務感の様な気持ちが芽生えてきた。

「あなたは私のものにならなくちゃダメ!」

麻弥は圧倒的な力で、心の弱った修造を支配した。

黙ったまま首を「うん」と動かした。

 

おわり

 

あとがき

江川は自分が世界大会にアシスタントとして出た年齢と同じ緑とまた世界を目指そうとします。そして修造に再び熱く燃えさせようとも。修造リスペクトの江川の思惑は上手く行くのでしょうか?

修造が麻弥のお菓子の店で食べたフルヒテシュニッテンはフルーツのお菓子で、シュニッテンは切り菓子の事です。味覚はその当時の事を鮮明に甦らせ、ドイツに居た時の事を懐かしく思ったのでしょう。

そして麻弥はドイツで修造を大好きだった愛の炎が燃えさかります。ずっと堂々と生きてきて、はっきりとした性格の様に見える麻弥。

絶対手に入らない修造の心を芝居じみた態度で振り向かせ様としますが、果たしてその愛はいつか報われるのでしょうか。

 

 


2021年04月07日(水)

小説 パン職人の修造 第4部 緑と大地に囲まれたパン屋

 

パン職人の修造 第4部 緑と大地に囲まれたパン屋

 

山々に囲まれた修造の実家はもう誰も住んでいない。

修造と律子は以前からの計画通りに実家でパン屋をする為に山の上に移り住んで来た。

「これからここで暮らすんだよ」

「キャンプみたい!」

子供たちは生まれて初めての大自然に驚いた。

修造の実家は山の1番上にあり、家の前からは広大な大地が一望できた。

夕方は空が真っ赤になり全てが赤く染まる。

夜になると辺りは暗く、星が降らんばかりに煌めいている。

天の川を子供達は珍しがった。

「そう言えば子供の頃はあって当たり前だったので、何も考えず星の名前も気にもして無くて、北斗七星ぐらいしか知らなかったな」律子と2人で笑い合ってテラスの椅子に座り「あれはオリオン座、あれが夏の大三角」と律子に教わった。

「私達昔ここでパン屋をやるって言ってたの覚えてる?」

「覚えてたよ」

実際には覚えてるどころか、ドイツにいた時はその思いに駆られて、いつか律子と2人でパン屋を作り、静かに暮らす事を夢に見ていた。

ここでずっとパンを焼いて、律子と子供達と暮らそう。

まず家の補修から始まり、店は入り口の土間に小さなショーケース、奥に2段窯を置き、動きやすいパン工房を作った。

工房の外には屋根付きのベランダを設け、石と煉瓦で薪窯を手作りした。

 

 

店の名前はBäckerei Grüne Erdeベッカライグーネエアデと名付けた。緑の大地と言う意味合いだ。

 

山の上の辺鄙な立地にも関わらず、開店当初はニュースになり車の大行列ができた。修造は持ち前の頑丈な身体でパンを作りづけたが、14時頃にはすっからかんになり、また次の日の1時に起き出してなるべく沢山のパンを揃えた。

山を降りた所の小麦農家と知り合いになり粉を卸して貰ってるうちに、麦ふみや収穫を手伝う様になり、地元の小麦や農産物について色々教えて貰った。

さわさわと音をたてて風にしなる小麦の穂。

緑の小麦畑はやがて黄褐色になり、穂には沢山の実が付き収穫の時期を迎える。

湧水を使い、塩は海側のソルトファーム、野菜は近所の農家のおばさんから買う。農場で作ったチーズやバターもある。

修造の作るパンは地元の味そのものだった。

「地産地消」

修造はまたパンの世界の扉を開けた。

 

 

石臼で挽いた小麦を使った生地を低温でじっくりと寝かせ、旨みを引き出す。薪を焚いてしっかりと温度を上げパンを焼く。焼けたパンの裏側を指で叩いて高い音がすると焼けている合図だ。窯から出す瞬間に小麦の香りに包まれると、いつもエーベルトの顔が浮かんだ。

裏庭の栗を甘く煮て、秋ごろから漬けこんだフルーツをたっぷり使ったシュトレンは評判になり、また更に遠くから車に乗ってお客さんが来てくれた。

 

 

休みの日は緑と大地を師範のところに連れて行き、道場の子供達に空手を教えた。

師範は修造に嬉しそうに言った「大地はお前の子供の頃そっくりだ。動きが似てるよ。瞬発力がある」

大地はメキメキ空手が上達していった。「楽しみだなあ」

毎日が充実した素晴らしい日々だった。

 

ーーーー

 

夜は2人でソファに横になり、律子と音楽を聴いた。

「修造」

律子は用もないのに修造の瞳を覗き込み音痴な修造にドイツ語の歌を歌わせてからかうように笑った。

 

 

修造の生活はまさに人生の収穫の時期そのものだった。

 

「修造さんお久しぶりです」ある日パン好きのカリスマ小井沼がやって来た。

「久しぶりですね小井沼さん」

修造は聞けばなんでも答えてくれる博識な小井沼に心を開いていた。

取材に来た小井沼にドイツ時代の心の師匠エーベルトが与えた今のパン作りへの影響について説明した。

「これからもこの生活を維持していきたい」

小井沼はこれが充実した男の生きざまだと思った。

「Grüne Erdeは本当に素晴らしいパン屋さんだと思いますよ」

 

ーーーー

 

律子が「猪を見た人がいるそうよ」とおびえて言った。噂は聞いた事はあるけど1度も見たことは無い。

さすがに猪と戦っても勝てないだろうな。「念の為に気を付けてね。何かあったら家から出ないで」

 

ある日

修造は大地を連れて薪用の枝を落としていた。

大地は地面に落ちた木の実を拾っていた。

枝を集めてふと後ろを振り返ると、大地の20メートルほど後ろに巨大な猪がいた。

「うわ」

「走って来る」

「やばい」

大地に駆け寄り左手で大地の襟首を掴んで持ち上げ、右手で鉈(なた)を真っ直ぐ走ってくる猪の眉間目掛けて当てた。

鉈は急所にヒットして猪はドオオーーン! と音を立てて倒れた。

修造は生まれてから1番恐怖を感じた。

「大地大丈夫? 怖かったね」震える手で大地を抱きしめた。

猪をどうにかしないといけない。修造は地元の猟友会に電話した。引き取りに来てもらい、猪はトラックで運ばれて行った。

修造はしばらく腕の痛みに悩まされた。「俺も若くないな」

「見て! パン屋の修造が猪を鉈で一撃にしたって地元の新聞に載ってるわ!」

「恥ずかしいよ。こんな事で新聞に載るなんて。。」

程なくして猪の片足が修造の所に運ばれて来た。ジビエ料理はやった事がないが、修造はシュバイネハクセに挑戦することにした。

猪の足を塩水に漬けこんで血抜きをした後、ハーブや香辛料、香味野菜と煮込み、冷ましたら玉ねぎをひいた天板にのせ薪窯で焼いた。

当たりは猪の油の甘いような、香ばしい香りが立ち込めた。それをカットしてジャガイモやハーブを添えて近所のおばさん達に振る舞った。

 

「子供のころは挨拶しても返事もしなかった修造ちゃんが最近は明るくなってきたね。きっと奥さんがしっかりしてるんだよ。いい奥さんをもらったね」

 

ーーーー

 

充実した生活が何年か続いたが、律子はよく腰を摩るようになった。

脊柱管狭窄症と診断された。

徐々に足のしびれもひどくなってきた。

律子は以前から足の裏に綿を踏んだような感覚があったらしいが気にもしていなかった。家の周りは坂だらけなのでそれが良くなかったのかも知れない。

手術は成功したものの、その後腸腰筋膿瘍を併発して具合が悪くなる一方になり塞ぎがちになった。

お客さんの出入りも落ち着いてきたので修造は律子を看病しながらパンを焼いてお店に並べた。近所の人達がパンに困らないように作ったパンの無人販売所というわけだ。お金の代わりに野菜が沢山置かれている時もある。

律子が移動する時は修造が真綿を運ぶようにそっとお姫様抱っこをするので緑に冷やかされた。

店の前の眺めが良い所に柔らかなクッションの椅子を置き座らせた。

「痛い?」徐々に食欲がなくなる律子を心配して色々なものを勧めた。

痛みと衰弱で何度か入院した律子を心配しながらも、

「俺は行きたい学校があるんだ」と言って大地は空手の強い中学の寮に入った。

 

「お母さん」

「なあに緑」

「大地が遠くに行ってしまったから言いにくいんだけど、私、江川さんの所でパンの修行がしたいの。お父さんがLeben und Brotで作ってたパンを私も見てたわ。だからそれを引き継いだ江川さんのパンが作りたいの」

「緑、私の事は気にしないであなたはやりたい事をやりなさい。お母さんはお父さんを独り占めするわね」

「お母さん、、私頑張るね」

緑は江川の店Leben und Brotに行くことになった。

緑からのメールによると、江川は実力派のシェフとして名を馳せていてLeben und Brotは繁盛していた様だ。

修造も子供達にメールでお母さんの様子をたまに知らせた。

 

律子はお医者さんから内臓の機能不全と言われていたが入院を嫌がった。

修造はある時とうとうお医者さんから「奥さんの最後を迎えるなら病院にするか家にするか」と聞かれた。

帰り道

車の中で何かあったら救急車は中々来れない山の中で、人工呼吸しながら車を運転して病院に行くのは無理だ。帰りの車で入院の支度をしなくてはと考えていた。

「修造、もういいの、修造と山の上で一緒にいる」

 

ーーーー

 

律子はお店の前の椅子に座らせてもらい「空手の形を見せて」と言った。

修造は道着に着替え律子の好きな形をしてみせた。

 

夕焼けに赤く染まり、ゆっくりと両手を広げて形を始めた修造。

最後を迎えた律子の瞳に修造が真っ赤に映っている。律子ははいつのまにか目をつぶって動かなくなった。

「律子」

修造は律子を膝に乗せて抱き、「ごめんね」と言った。今まで苦労しかかけてこなかった。

修造は空手着のまま律子を抱いて離さなかった。徐々に冷たくなった律子がこのまま夜の暗闇に消えてしまいそうだったからだ。

当たりは暗くなり時々揺れる風の音以外は何も無くなった。

「律子」

 

 

翌朝訪ねてきた近所のおばさんが、空手着のまま座って律子を抱いてる修造を見てすぐ師範に連絡した。

「修造!しっかりしろ、お前が律子さんを弔ってやらなきゃ誰がやるんだ!」

師範は無理に修造を動かした。

修造は何もする気が起きない日が何ヶ月も続いた。

パンも焼かず店の前に置いたソファに黙ったまま座っている日が多く、緑と大地が心配してちょくちょく訪れ「街へ戻ってまた前のようにパンを焼きなよ」と言ったが「律子のお墓を守らなきゃ」としか言わなかった。

実際自然の中のお墓はほっておくと蜘蛛の巣がはり、そこに木の葉が引っかかってたちまち自然と同化した感じになってしまうからだった。

 

緑はLeben und Brotに戻り江川に相談した。

 

江川は世界大会の時の燃えるような動きの修造を思い出し、そんな修造は「信じられない」と鞄を持って新幹線に飛び乗った。

レンタカーで何時間もかかってやっと辿り着くと、話に聞いた様に本当に店の前の椅子に座っていた。

江川が知っている修造とは変わり果てた姿だった。

修造さん、僕の人生は修造さんに貰ったようなものなんですよ。僕がなんとか元の修造さんに戻さないと!

「修造さん」

修造はもうちらっとも江川を見ない。他の世界に行ってしまった様に。

「修造さん、、お気持ちはわかりますが元気出して下さいよ。。」

「僕と2人で世界大会を目指してた時の修造さんを思い出して下さい。メラメラに燃えてたじゃないですか。まだ若くて体力もあるんですがら、店に戻ってきて若いものにパン作りを教えて下さい。何のためにドイツに行ってパンの修行してきたんですか? 宝の持ち腐れじゃないですか」

江川は修造を必死で励ました。

 

 

Leben und Brotにもう一度戻る?考えた事も無かった。

ちらっとそう考えたが返事もしない。

江川は「また迎えに来ますからね」と言って自分の店に戻っていった。

それでも全然動こうとしない修造。自分の心から全てのものが抜け落ちた気持ちだった。

 

ーーーー

 

修造はある時ドイツ時代に流行っていた曲を思い出し音痴ながら口ずさんでみた。

すると

それにハモって一緒に歌を歌う人影が現れた。ドイツ語で? 修造が振り向くと、知らない女の人が立っていた。

なんだか仕事が出来そうなパリッとしたベージュのスーツを着ている。

「どちらさんですか?」

すると女の人は「え〜?」信じられない! と言う風に修造の肩をバシッと叩いた。

「無理もないわね! もう何年も経ったから。私! 麻弥よ!」

「麻弥?」

「そうよ! ドイツで一緒のお店で修行してたじゃない」

 

修造は突然の事すぎてしばらく麻弥が思い出せなかったが、ドイツのクリスマスマーケットで交際を断った女の子だと思い出した。

「あの、、その節は」

「何言ってるの!もう全然気にしてないわよ」麻弥はハキハキと話しかけてきた。

麻弥はドイツのお菓子マイスターの資格を取り、何年か働いた後日本に帰ってきて、テレビで修造を見た時はとても驚いたのだと言う。

その後SNSで修造の事を調べたり、新しいお店の情報もパン好きの人達の発信を見てずっと追っていたらしい。

「私ドイツ菓子のお店を開いたの。今から一緒に行かない? Leben und Brotからすぐ近くよ」

今から一緒にと言うのは辞退したが、江川や緑の事が気になり、一度Leben und Brotに寄る事にした。その時にお店に行く約束をして、割としつこい麻弥を帰らせた。

 

おわり

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

修造が作った山の上のパン屋さんはある意味理想の生き方ではないでしょうか。雄大な景色を眺めながら薪窯でパンを焼き、地元の人たちと触れ合い、地産地消を心がける。憧れのテーマであります。

修造は最愛の妻律子を亡くし、失意の中にいます。これから修造はどうなるのでしょうか。

今回のテーマの中に「父ちゃん母ちゃんの店」という事が隠れているのですが、これは夫婦2人で営むお店の事で、若い時は勢いがあり2人で商売を続けていられるのですが、やがてどちらかが病気になったり、お亡くなりになると残された方は失意のうちにお店を畳んだりする事もあります。人手不足、後継者不足も要因の一つです。

もし近所に父ちゃん母ちゃんの店があったら応援してあげて下さい。

 

 


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