パン職人の修造 江川と修造シリーズ 進め!パン王座決定戦!後編
前回のあらすじ
江川と修造はNNテレビのパン王座決定戦の2回戦で4軒のパン屋でそれぞれ1品ずつ出し合い、NNパーク広場で300人のお客さんが選ぶ人気投票で1位に選ばれる為に奮闘中だった。修造が用意したのは牛すじカレーパンだったが果たして。。。
さて、300人のお客さんは行きたいパン屋のパンから食べて行き、4種類のパンの中から1番と思うものに投票していった。今のところ佐久間チームが圧倒的に人気だった。
そろそろ終盤、パンロンド田所チームのブースでは修造が丁寧にカレーパンを揚げ続けていた。
修造のカレーパンは衣がカリッとカレーはトロトロとスパイシーで牛スジがトロリプリンとして最高だった。
お腹一杯の人達まで牛すじカレーパンを完食し、その足で投票に行った。
口の中は他のパンは消え、スパイシーで頭とお腹が一杯だった。
全ての人が投票を終えて300人分の投票用紙は各店舗別に掲示板に貼られていった。
司会の安藤良昌(あんどうよしまさ)が出てきた。
「さあ!お待ちかねの集計です。いったいどの店が何枚あるのでしょうか?決勝戦に進むのはどの店なのか!」
係のお姉さん達が集計をした紙を安藤に渡した。
「さあ!それでは第4位は!62票!ブーランジェリータカユキ!那須田チーム残念でしたがまた次回頑張って頂きたいと思います!クロワッサンサンド美味しかったです!そして第3位は!67票!北麦パンです!佐々木チーム残念でした!クロックムッシュ僕も頂きましたが本当に美味しかったです。」
「さあ!では1位の発表ですー!」
安藤は2位は言わずに1位を言った。
「1位は102票!佐久間チーム!」
と同時にドーン!と音がなった。そのあと音楽が鳴り、安藤が更に大きな声で言った。
「おめでとうございます!決勝戦に進むのは!佐久間チームと田所チームです~~!」
「ふ~!僕たちのチームって69票でしたね、4位から盛り返したとは言え佐々木チームと2票しか変わらなかったな~」江川がとりあえずほっとして言った。
「ギリギリだったね。」
佐久間チームには全然及ばなかったが、修造にしてみれば人が集中せず分散したことで、無理に急いで揚げたりせず自分のペースでいいカレーパンを揚げることができた。
販売のお姉さん達に「ありがとう。」と言った。お姉さん達は修造に言われた通り、「カレーが熱いから注意して下さいね。」と一人一人に言っていた。
勝敗に関係なく熱々を提供して、火傷しない様にフーフーして食べる楽しさをお客さんに味わって欲しかったからだ。
このカレーパン、パンロンドでも販売しよう。
放送が終わったら大量に仕込むぞ。
そうだ、カレーパンロンドって名付ける!
修造はそう決めていた。
佐々木シェフと那須田シェフに挨拶して、お互いに「また会いましょう!」と言って控室に戻った。
そこへディレクターの四角が佐久間シェフとやってきた。
「いや〜お疲れ様でした。次の決勝ですが、スタジオでパンを作って頂き、5人の有名人が審査して優勝を競って貰います!優勝賞金は100万円!テーマはパンのフルコース対決です!フルコースに見立てて4品のパンを5人分作って頂きます。フルコースと言ってもどんな形でも構いませんし、自由な発想の方が面白いのでそこら辺はよろしくお願いします。時間の都合でパンはお店で焼いて来て下さい。スタジオでは盛り付けからやって貰います。」
クタクタの修造も佐久間シェフも内心『まだやるのかよ』と顔を見合わせた。次の収録の前にまた何を出すか考えなければいけない。
「収録は次の火曜日、NNテレビのスタジオですのでよろしくお願いします。資材は全てこちらで用意します。材料費もこちら持ちですので。」
やれやれ、次は審査員5人が相手か。
何を出すかな、、審査員は多分パンの世界の人と、文化人、調理師学校の校長、タレント、なんかかな。
さて、佐久間シェフは何を出してくるだろう。
「修造さん!優勝賞金100万って何に使います?」
片付けながら江川はまだ優勝してもないのに聞いてきたが修造は「う~ん」と生返事をした。もはや頭の中は決勝の4品でいっぱいだったからだ。
修造は家に帰って黙って部屋に入って来た。
「修造おかえりなさい。お疲れ様~。」律子が台所からでてきた。
「どうだった今日。」
「佐久間チームと決勝に出る事になったよ。」修造はソファに座ってふ~っと息を吐きながらもたれた。律子は隣に座ってネットでブーランジェリーサクマについて調べた。ホテルのベーカリー部門でブーランジェをしてから開業。店の評価は4.9。過去にパンのグランプリも受賞している。人気の品も沢山有る様だ。
修造はその画面をじっと見ながら、強敵だな。今日も圧勝だったよ。向こうからしたら俺たち雑魚(ざこ)かっただろうな。と思っていた。
律子は考え事に入り込む修造の手の平に自分の手を置いて「修造なら大丈夫よ。」と言った。
律子、ありがとう。俺絶対勝つよ。大きな手でそっと律子の手を握り返した。
修造は仕事中もずっとフルコースについて考え続けた。
ミキサーが回ってるのを見ながらこんな風に考えていた。
フルコース対決か、、
前菜はさっぱりと、、
ロッゲンブロートでエビや生ハムのタルティーヌはどうだろう。サワードゥのタルティーヌの上でオードブルを再現みたいな、、それともバゲットでブルスケッタ調とどっちがいいだろう。何種類か小さいものを展開してもいい。
律子の実家の近くで一緒に行った信州の農家のトマトが驚くほど美味かった。トマトってこんなに美味しかったかと思ったけど帰ってから冷蔵庫のトマトを食べたら味が全然違うんだ。
あれはやっぱ新鮮さなんだな。トマトの旨み。
朝採れのトマトを律子の妹のその子ちゃんに持ってきてもらうか、、ついでに他の野菜も!
オードブルで口をさっぱりさせて食欲増進しといて。
次は本来ならスープが来てから魚料理か?
メインの前にくどくなくてオードブルよりは食べ応えがあってパンに挟むもので、、
そうだ!ドイツにいた時エーベルトと北ドイツに行って魚の燻製料理を食べたっけ。
たしかKieler Sprottenキーラー・シュプロッテン(ニシンの薫製)って言ったな。
燻製の香りが美味しいニシンを軽いバインミーみたいにするのはどうだろう。カイザーにレバーペーストを塗って野菜のマリネとニシンの燻製のレモンソース添え、その上にパクチーか?
燻製の香りと旨みの後、爽やかな香りがする様にしよう。
次はメインの肉料理。
肉といっても色々あるけどさっぱり系の次はガツンといきたい。
肉料理はチャバッタみたいにしっかりしてるけど噛みやすいものがいい。肉の噛みごたえに負けず、肉の味の邪魔をしないものがいいかな。それともパンの味を強くしといて中身を食べやすい肉料理にするか。サワードゥで酸味がある方が肉が旨く感じるだろうか。。
肉はどうするか。。
ドイツ風牛肉の煮込み料理は美味い。ビール煮込みは炭酸で肉が柔らかくなるのと味が深まり苦味と旨みが残るところだ。しかもアルコールは飛ばすので酔っ払う心配もない。コーヒーかチョコを隠し味に使うか?
最後はデザート。
何にしようかなあ〜
パンを使うんだからアイスは溶けたらフニャフニャになっちゃうし、、硬く立てた生クリームとフルーツを使うか、洋酒を使うか。そうだ!サヴァランはどうだろう?などと考えていた。
ずっと心配そうに観察していた江川だったが、急にすっきりしてきた修造の表情を見て「親方!何を出すか決まったようですよ!」と報告してきた。「へー楽しみだな~。」2人でワクワクして修造を見た。
「親方!江川と決勝戦の練習をしたいので買い物に行ってきて良いですか?」
「勿論だよ。色々決まったの?頑張ってね。」
「はい!絶対勝ちますよ!」
修造は時間の許す限り江川と練習して時間内にキッチリ仕上げる様にした。
そしていよいよ決勝前日
「江川、これ明日忘れ物の無いように用意してね。」と持ち物の書いた紙を渡した。
「はい!」
さて決勝の火曜日がやってきた。
修造と江川はNNテレビのスタジオに様々な厳選した食糧と午前中作って来たパンを持ってきた。
「その子ちゃんに持ってきて貰った超新鮮野菜もあるし、あとは段取通り進めるだけだ。」
スタジオでは審査員の席が5つ、その前にパンロンドとブーランジェリーサクマのキッチンブースが並んで2つある。
その後ろには大画面のデイスプレイが置いてあって色んなものが大写しにされる。
江川と修造は調理の為の準備を始めた。
「きっちり決めて最高のパフオーマンスを見せるぞ!」
「はい!」
観客席ではどんどん人が増えてやがて満員になった。
ざわざわする中、審査員5人が着席して、司会の安藤良昌も出てきた。緊張が込み上げてくる。
安藤がカメラに向かって話し始めた。
「さあ!始まりました!パン王座決定戦。いよいよ決勝戦になりました。ここで審査員席の皆さんの紹介をしたいと思います。まず1番右が赤いドレスの印象的な女優の桐田美月(きりたみつき)さん、お隣が文化人の有田川ジョージさん、原料理学校校長の原隆(はらたかし)校長、アイドルの羽山裕香(はやまゆうか)さん、そしてお笑い芸人のマウンテン山田さんの5人です!」
モニターには5人が順に大写しになった。
「決勝戦は関東のパンロンド田所チームと関西のブーランジェリーサクマ佐久間チームの対決です。決勝のお題は『パンのフルコース』!合図の音と共に2チームが調理を開始します!審査員の皆さん5人で4品に点数をつけて貰い優勝者を決定して頂きます!結果は最後に発表になります!試食の順は人気投票で1位の佐久間チームのパンを先に行いまーす。」
「それでははーじーめーーー!」
プアーーン!と音が鳴り2チームはそれぞれ1品目の前菜を作り出した。
3種類のパンにそれぞれ違う具材をのせながら「まさかまた被ってないだろうなあ。」と修造と佐久間シェフはお互いに作ってるものをみて驚いた。佐久間シェフも3種類のパンのオードブルを作ってる!
江川も横目で見ながら「この人達気が合うのかも、、」と思っていた。
佐久間シェフは修造を見た。「ドイツで5年修業してきたそうだが、しょせん私の実力には及ばないんじゃないのか。ちびっ子が助手みたいだし。悪いが決勝でも私が勝つよ。」
2チームのパンがそれぞれ5人の審査員の前に並べられた。
「さあ!それでは一品目のパンを審査して頂きましょう!試食はじーめー!」
佐久間シェフは、バルケット(舟形)のミニパイを使ったアミューズを作った。トッピングはパプリカとズッキーニ、レンコンとヒジキのサラダ、海老と玉子の3種だった。
修造の前菜は3種のタルティーヌを出した。トッピングはカブと柚子と生ハムをのせたサワードゥのカンパーニュ、干柿とクリームチーズのロッゲンブロート、トマトのブルスケッタ。
「美味しい取り合わせを考えました。」と修造が、
「うちのカフェでも人気の取り合わせです。」と佐久間シェフが説明した。
司会の安藤が赤いドレスの桐田を指しながら「では女優の桐田美月さん、感想はいかがでしたか?」と声を張って言った。
「はい、こちらの生ハムのパンや柿のパンはフルーティーで美味しかったです、パンとの取り合わせも素晴らしいです。このブルスケッタのトマトも美味しいですね。」
「田所シェフ、説明をお願いします。」
「はい。トマトは長野県の標高が高いところでできたんですが、朝晩の気温の差が激しい所で育ったトマトは昼太陽の光を浴びて光合成で貯めた糖分が夜消費されにくいのでとても甘いんです。ブルスケッタにはサクッとしたクラスト(皮)のバゲットを使いました。パンは3種類とも小麦の香りが引き立つ様に石臼挽きの全粒粉を配合しています。」
「素材を生かした美味しさでしたね。」桐田と安藤のコメントを聞いて江川は祈るような気持だった。「どうかパンロンドのボタンを押してくれてますように!」
「それでは2品目のパンを審査して頂きましょう!試食はじ~め~!」」
佐久間シェフはシャンピニオンというキノコの形のフランスパンを使ったアンチョビとジャガイモのファルシ(詰め物)を。修造はニシンの燻製バインミーを出した。
またしても魚料理が被っている!
5人が試食をしてる間、真ん中に座っている原料理学校の原校長は食べながら分析していた。「ニシンの燻製は皮と骨を取り薄くカットしてレモンハーブソースで和えてある。乾燥したニシンがレモンソースを吸ってソフトになっていて、燻製の香りが香ばしく、ニシンの油をレモンとパクチーの爽やかさが良い感じに中和してくれる。そしてサクッとしたカイザーゼンメルの胡麻の風味が噛む事に口の中に広がる。」
うんうんとうなづいてるのを見て江川はほっとしていた。「校長先生うちを選んでくれないかな~」
「さあ!それでは審査をお願いします!」
全員が自分の前の2つのボタンから美味しいと思う方を押した。
「皆さん押しましたか?それではお笑い芸人のマウンテン山田さん、感想をお願いします。」
「はい、僕正直甲乙つけがたかったんですわ〜。どっちもめっちゃ美味しかったです。キノコの形のパンの詰め物もおしゃれやし、ニシンもサッパリしてて美味しかったなあ!うまうマウンテンですわほんま。」
江川は「マウンテン山田さん、どっちのボタンを押すかな。。」とハラハラした。
その時、女優の桐田美月は感動していた。
「パンの審査ってどんなのかと思ってたらレベル高いわ。あの目力の強いシェフのパン、美味しかったわあ。次も楽しみ。ウフフ。。」
江川はあと2品の準備をする為に材料を手元に寄せた。「あっっ!!!」
「修造さん!大変です!あの機械がありません!」
「えっ!ちゃんと用意できるように紙を渡したろ?」
「確かに用意して車に積んだのを覚えています!」
2人は自分達のテーブルの周りをよく探した。
「無い。」江川が半泣きになってきた。「どうしましょう修造さん。」
その時安藤が叫んだ。「お次はもう3品目ですね!何が出てくるのか楽しみです!それでは作って頂きましょう!」
画面に修造と佐久間が交互に大映しになった。
「江川、俺が盛り付けをしてる間に四角さんに事情を話して一緒に探して来てくれよ。広いから迷うなよ。」
「分かりました。」江川はべそをかきながら四角の所に走っていった。
四角は安藤に合図してこっそりと引き延ばしのサインを送った。
四角と江川は走って駐車場へ行ったが車の中を隅々まで探したのに無い!
「どうしよう!あれがないとデザートの味が変わっちゃう!」
「どんな入れ物だったんですか?」
「30センチほどの茶色いダンボールに入ってるんです。パンロンドってマジックで書きました。」
「この車からスタジオまでの間に落としたかも知れない。他のスタッフも呼んで手分けして探しましょう。」そういって道々キョロキョロと探した。
江川が通路の椅子の陰やごみ箱まで探していると「あら?あなたパンロンドの人よね?」と声をかけてきた人がいた。
「え?」
「私、1回戦で会ったBBベーグルの田中よ。今日は料理番組に出てたの。何を探してるの?」江川はあちこち探しながら事情を説明した。
「私も探してあげる。」江川の表情を見てただ事じゃないのを察して田中が言った。
一方スタジオでは、修造の3品目は牛肉のビール煮込みのチャバッタ、佐久間シェフは全粒粉の食パンを使ったトンカツのサンドイッチだった。
「はい!それでは先に佐久間シェフのトンカツサンドをどうぞ!佐久間シェフ、こちらはお店でも人気なのでしょうか?」
「はい、こちらは当店ではとても人気の品です。分厚いトンカツを低温でじっくり揚げています。出来立てが何よりのご馳走です。ソースには赤ワインとリンゴを使っています。」
それを聞いてマウンテン山田が「なるほどね〜!揚げたて最高!」と言った。
時間を引き延ばすように言われた安藤はゆっくりと言った。「それでは食べながら田所シェフの説明をお聞き下さい!」
「はい、ライサワー種でスペルト小麦を使った長時間熟成の生地を使いました。パンにはバターを塗り、オニオンソテーの上に牛肉のビール煮込みと、ガーリックとジャガイモを細かくさいの目切りにして炒めた軽いポテトサラダをのせて紫キャベツとタイムの小さな葉を散らしました。パンと具材のマッチングを楽しんで頂きたいです。」
すかさず桐田が感想を述べた。「パンがもっちりしてとても良い香りだわ。具材の全てをパンが引き立ててくれていますね。」
「ありがとうございます。」
「修造シェフ。ライサワー種ってなんですかね?ここで皆さんにちょっと説明して頂きましょう。」時間稼ぎに安藤が聞いた。
「はい、ライサワー種はライ麦と水からおこした種の事です。ドイツは痩せた寒冷地が多く、,昔から小麦の代わりにライ麦を多く育てていました。なのでドイツパンはライ麦の比率が多いパンが多いのです。そのライ麦を使ったライサワー種は酵母の中の美味しい菌の割合が概ね乳酸菌:8、酢酸菌:2の割合が理想的と言われています。つまり風味豊かで美味しい酸味って事です。それは作り手の好みによって変わります。とても風味が良いので香りを楽しんでみて下さい。」
そう言って修造は審査員にライ麦パンを渡して行った。まろやかな酸味と風味で、生地はしっとりとしている。
みんなへぇ〜という感じでパンを噛み締めた。
修造にしてはちょっと口数が多かったが内心いい時間稼ぎになったと思っていた。「江川どうしてるのかなあ。」
その時、佐久間チームの助手が佐久間シェフにささやいた。「え?アイスクリームが固まらない?」佐久間シェフはアイスクリーマーを覗いてみるとまだ液体のままグルグル回っている、上手く温度が下がってない様だ。「どうしましょう?次もうデザートを出さないといけないのに。」ちょっとだけ固まりかけたアイスをみてうろたえた。「もう少し待ってみよう。」
「さあ!それでは3品目の審査はいかに?」
審査のボタンを押しながらマウンテン山田は2チームの異変を見て「あの人らどないなってんねん。左のチームは助手が泣きながらディレクターとおらんようになったし。もう一方のチームは顔面蒼白やで。」と呟いた。
佐久間シェフは焦った。「次はこっちの番だ。隣はまだ何も作ってないぞ!」先に修造にデザートを出させてアイスが出来るのを待とうと思ったがそれも出来ない。
安藤が慎重な面持ちで言った「さあ、泣いても笑っても次が最後です。4品目を作って頂きましょう!」
佐久間シェフはわざとのろのろと作った。そして少しゆるいアイスをスプーンですくって添えて出したが、スタジオの熱気で徐々に溶けていく!額から汗が噴き出した。
江川は機械がなくなった責任を感じてスタジオ前の長い廊下で膝をがっくりついていた。
「僕がもっとちゃんと見ていればこんなことにならなかったのに。修造さんごめんなさい。」また半泣きになっていると田中が走ってきた。
「江川く~ん!これじゃない?」
「あ!それです!」箱の中身を見た!
佐久間シェフは冷や汗を拭きつつデザートの説明をしていた。「オレンジを使ったパネトーネにシナモンたっぷりのりんごとアイスを添えました。」.残念だがアイスと言うよりは冷たいバニラソースになったがそれはそれで美味しい。
文化人枠の有田川ジョージが「オレンジの爽やかな生地とりんごのスパイスの味がソースに染みて美味しいですね。」と感想を述べた。
修造の番が来た。「江川どうなったかな。もし帰って来なければこのまま出すしかないか。」水色のふちの可愛い皿にパンを並べ始めた。
「修造さん!」
「おっ江川!間に合ったな!」修造は箱の中身を出してすぐにコンセントに刺した。起動して暖めるまでに3分かかる。
「わたあめメーカーだったのか。。」江川を追いかけてきた四角と田中は呟いた。
修造のデザートは、ブリオッシュにサクランボのリキュール『キルシュヴァッサー』を染み込ませたサヴァランで、その上に生クリームを加えたカスタードを絞り、表面をバーナーで焼いてアイシングクッキーで作った王冠を添えた。
あとはあれを乗せるだけだ。
「もう少し待って下さいね。」
と、その間にわたあめメーカーが温まり、修造は真ん中の窪みに赤い飴を入れた。
「江川、のせたらすぐにお出しして。」
「はい。」
そのうちに赤い色の甘いわたがフワフワと出てきてそれを箸で巻いて小さなわたあめをつくり皿に乗せ、その上にラスベリーを砕いたものを少し振りかけた。
江川は全員に順にお皿を配り「お早目にお召し上がり下さい。」と言った。
バーナーで温めたカスタードの上でじわっとわたあめが溶けていく。計算通りになって修造は悦にいった。
「さあ!それではこれが最後になります。パンロンド、田所チームのデザートを召し上がって頂きましょう!」
食べながらアイドルの羽山裕香が「うわ〜っ赤いワタアメが可愛くって美味しいですぅ〜」と言ったので被せて桐田が感想を述べた。
「しっとりしたパンとわたあめの甘酸っぱさとそれをマイルドにするカスタードの味が一体化してとてもバランスがいいと思います。」
「ありがとうございます。ラズベリーでキャンデイーを作り、それをわたあめにしました。」修造は頭を下げた。
桐田美月は王冠の小さなクッキーを食べながら「これで王座は決まりね。」と呟いた。
江川はほっとして、後ろで見ている田中にグッとこぶしを握って見せたので、田中も小さくガッツポーズをした。「江川君かわいい~。」
さっき箱を探していた時、江川が下ばかり探したので、背が高い上にハイヒールの田中は上を探していた。
台車に道具を沢山積んで運ぶ時に、1番上に乗せていた箱の上の隙間に廊下の木の枝が刺さりそのまそのまま引っかかっていたのだ。
全員が4品の試食を終え審査は点数発表だけになった。
司会の安藤が真ん中に出てきて特別声を張って言った。「さあそれでは最後の審査と参りましょう!皆さんどちらが美味しかったでしょうか?ボタンを押して下さい。」
「桐田さん、いかがでしたか?」
「はい、悩みましたがどれも美味しかったのでその分も含め付けさせて貰いました。」
急にスタジオが暗くなり安藤と2チームにだけライトが照らされた。
「さあ!わたくしの元に審査結果の書かれた紙が届きました。5人の審査はどうだったのでしょうか。パン王座に輝くのはどちらのチームでしょう!!?」
デレレレレレ、、、と小さくドラムロールが鳴りだした。
江川は心臓がドキドキした。額から汗が垂れる。
「1品目パンロンド2点!ブーランジェリーサクマ3点!」
大画面に2と3が大きく出た。「サクマさんがまず1品目をゲットしました。さあ!次は?」
「2品目パンロンド2点!ブーランジェリーサクマ3点!」
ジャーン!と音が鳴り画面に4と6が映し出された。
江川は修造を見て背中に冷や汗が垂れた。
「うわ!ちょっとワナワナしてめっちゃ悔しそうなのに顔に出してない。こわ〜!」
修造は反省と悔しさで血圧が上がってぶっ倒れそうだったがグッと耐えた。
「さあ、まだまだ分かりません!さて次は?」
「3品目パンロンド3点!ブーランジェリーサクマ2点!」
画面には7と8が出た!
「次でとっちかが優勝か引き分けだ!どうなるぅ〜?!」
さあ!4品目は!?
デレレレレレレ!!ドン!
「パンロンド!4点!優勝は田所チームです!11対9点でパン王座決定戦はパンロンドの勝ち〜!佐久間シェフもありがとうございました~!」
バーンと音楽が鳴って金色の紙が降りライトが当たった。
安藤が「おめでとうございます〜」と言って修造にトロフィーと賞金を渡した。
「やったー!やりましたよ修造さん!」
「ありがとうな、江川。」
修造は泣いてる江川にトロフイーを持たせて、手持無沙汰になったので仕方なくどこかしらを向いていた。
2人が大写しになったままテレビはカットになった。
優勝して喜ぶところだが、修造の頭の中はさっき作ったパンの成功と失敗を反芻していた。「前菜とカイザーのどこがいけなかったんだ、、」
そこへ桐田が挨拶に来た。「修造シェフ、とっても素晴らしかったわ。またお会いしましょうね。」
「あ、はいどうも。」考え事中に話しかけてきた桐田に修造は生返事をした。
控室に戻ると佐久間シェフがいた。「田所シェフ、優勝おめでとう、よく勉強してるね。こちらも色々学ばせて貰ったよ。」
「佐久間シェフ、俺たち似たもの同士なんですかね?カレーパンと前菜は驚きました。それとフルコースの流れも一緒でしたね。」
佐久間シェフも同じ事を考えてたらしくうなずいて微笑んでいた。
世話になった人達にお礼を言って、帰り道の車の中で「修造さん、桐田さんって綺麗でしたね〜。僕あんな近くで芸能人見たの初めてです。」
「きりたって誰だ?」
「えー、、信じられない。あんな美人を。。修造さんって頭の中パンでできてるんじゃないんですか?」
「だとしたら美味いな!絶対!」修造はフンと笑って言った。
だがふっと表情が変わり「江川、、俺はドイツに行く時律子から条件を出されたんだ。絶対女の人と目を合わさなきゃ行ってもいいってな。」
「ええ~!?」
「俺が眼で女の人を落とすって思ってるのかもしれないがそんな事あるわけないんだよ。」
江川は律子の厳しい言いつけに背筋がぞっとしながら「そんな事できるんですかぁ?ていうかやったんですか?」と聞いた。
「そうだよ。律子と緑のところに帰るのが大前提だから、もし俺が裏切ったら律子の鋭い勘で一発で見抜かれる。そしたら俺は帰る所がなかった。」
「ひえ〜厳しい!」
「俺にとっては女性は律子しか考えられない。と同時にパンの修行に行きたいって気持ちも通してしまったんだ。律子との約束を守るのが自分の見せられる最大の誠意だった。だから自信を持って律子のところに現れる事ができたんだ。今もそれは変わらない。江川。俺は律子とは本当に相性が良いんだ。律子以外は考えられないんだ。」
急にのろけだした!「はあ。。」
「今日は早く帰ろう。」
「はあ?」
「一回だけちゃんと目を見て話をした事があったな。告られた事があって、流石に目を逸らしたままじゃいけないからと思ってね。そしたらえげつない美人だったよ。でももうどんな人だったか忘れたな〜」
「概ね約束を守ったって事ですね。僕が表彰してあげますよ。約束を守ったで賞!」
「嬉しいね。」
2人は疲れていたが爽快な気分でふふふっと笑った。
「さあ、もうすぐパンロンドだ。放送が終わったら忙しいぞ!」
「はい!」
おわり