パン職人の修造 江川と修造シリーズ Emergence of butterfly
東南駅の西にある東南商店街で一際賑わうパン屋のパンロンドでは、親方、藤岡、杉本が『修造と江川の世界大会一位おめでとうパーティー』
「ここでやりますか?」「座れるとこがいいかな」「
社長の柚木(通称親方)は早速駅近の宴会場がある居酒屋に電話して予約していた。
「よし!明日は江川と修造が来るし、
それを聞いてパン職人の藤岡恭介は「
「勿論いいよ、じゃあその時間に待ってるからな」
「はい」
それを聞いていた後輩の杉本龍樹は質問した。
「ねぇ、藤岡さん」
「なんだよ杉本」
「いつも休日は何やってんですかあ?」
「パン屋さん巡りかな?
「新しい店もどんどん増えてますもんね」
「そう」
「お土産買ってきて下さいね」
「厚かましいなお前」
ーーーー
次の日、藤岡は朝9時頃パン屋巡りに出かけた。
行ったことのないエリアを攻めようと東南駅から快速列車に乗り、途中乗り換えて普通電車で40分程の比
駅からパン屋までの動画を歩きながら撮って店の前まで来たらちょ
それを帰ってぼちぼち編集してアップする。
それが藤岡の休日の過ごし方だった。
「ちょっと買いすぎちゃったな。あまったから杉本にやろう」1人
動画を撮り終えて公園から出る。
「おや」
藤岡は橋の真ん中で髙欄に手を掛け、じっと立って川を眺めている女の子を見つけた
女の子と言っても高校生か大学生かと言った感じ。
あの感じは飛び込む感じなのかなあ。
藤岡は川の水量を見た。
結構深そうだしまあまあな流れがある。
おいおい。
手すりに手をかけるな。
覗くな川を。
そう思って歩いていると、とうとう女の子の後ろに来てしまったので「あのさ」と声をかけた。
「ひょっとしてだけど飛び込む気?
その女子はギクッとして手摺から手を離し、泣き腫らした顔をこちらに向けた。
このまま自分が立ち去ったせいで、
「ま、どこかで落ち着いて話そうか」と言って一緒に橋を渡りきろうとする。
失恋でもしたのか、2人で歩いてるところを誰かが見たら自分が泣
とりあえずどこか落ち着けるところを探さないとだけど俺土地勘な
「カフェでも入る?」と言ったら、
え?カフェが地雷?
仕方ない。
藤岡はこのまま見知らぬ人物の人生相談をするかどうか迷った。
「君高校生?家族とか親身になって相談できる人はいないの ? 」
「お父さんやお母さんに言ったら心配かけるから」
「そんなに深刻な事なの?
失恋の痛手も時間が経てば忘れるのかなと思いながら藤岡は川から
「俺は東南駅にあるパンロンドって店のパン職人藤岡恭介。君は?」
「私は、、、花嶋由梨と言います。高校を4月に卒業してカフェで
「なんだろう?労務問題?」
「私には小さな頃から黒い噂が付き纏っていて、
「噂?どんな?」
「私の実家は花装(はなそう)と言う着物屋なんです。
「うん」
てっきり恋愛のもつれかと思ったら全然違うのかと思い藤岡はじっ
「罵声の内容は泥棒とかこの道を歩くなとかでした」
「えっ ? その店の人間が君に向かって?」
「私その道が嫌で他の道から通るようになって、
「え?何それ。失礼だけど別に泥棒じゃないんでしょう?」
「私そんな人間じゃありません」
「ごめん、今の質問は悪かったね。謝るよ」
「通りすがりの人に何度も同じ話を執拗にし続けていたので、
「実際の被害者がいないのにそんな噂が広まるなんて酷いね。
「父と母は何も知りません。福咏以外は直接私に行って来る人はいません。噂や陰口なので両親には中々伝わらないし、私、
まだ小さい頃から大人の嫌がらせを受けてたなんて気の毒な。
「その福咏の人ってどんな奴なの?」
「その人は福咏という着物屋の店主です。
「ふーん」
「
「なんでかな
「
藤岡は、
「それは、、
「子供の頃からずっと続く嫌がらせなんて卑怯だな。実際に嫌な思いした事あるの
「この町のどの店に行ってもすごく見張られる様になりました。
「何か盗まれると思ってるって事?
噂なんて払拭できないのかな。
「
「
「ネタ元は福咏だろ?」
「はい」
「で、店長はなんて?」
「はい、『そのお客さん達は皆それぞれ君の噂を知っていて、
「それでさっき橋のところに立ってたんだね?」
「はい」
「ネタ元が一緒ならちょっと考えりゃ分りそうな事なのに。
ここら辺は結構古くからある住宅街みたいで、
藤岡はそう思うと段々腹が立ってきた。
「あのさ、この町にいるから辛いんじゃない?
「私、父と母が大好きで、
「由梨がこの世からいなくなるのと引っ越しとは違うでしょ。何か他の土地に行くと不都合な事があるの?」
「
「噂の元を断とう」
「えっ?」
「どんな風に嫌がらせして来るのか実際確かめよう」
「そんな事ができるんですか?」
「やってみなきゃわからないけど」
ーーーー
由梨の生家が営んでいる着物屋『花装』は質素な店構えで、
福咏の店は派手な店構えで、
そして「
店内に客はいないからなのか店の中から「おい、
本当に言ってた!しかも結構はっきりと、藤岡は驚いた。
「何故あんな事言わせとくの?」
「だって怖くて」由梨は下を向いて言った。
「あれって言葉の暴力じゃん。
確かに由梨は大人しそうで自主性に乏しく受け身そうに見える。
「こりゃ良くないな」
由梨には悪いが、藤岡はもう一度ゆっくり福咏の前を歩かせた。
すると福咏はまた由梨を見つけて店内から声を張り上げた。
「なんだ?また何か万引きに行くのか?泥棒めが」と言ってきた。
藤岡は不思議だった。
色々な噂の種類があるだろうに何故泥棒にしたのか?
2人でさっき
証拠があまりなくて、
「だからか、、」
兎に角元を断ち切らないといけない。
「由梨、逃げるのは良くないじゃん。立ち向かおう!
その瞬間まで由梨は自分の人生がつまらないものだと思っていた。
「立ち向かう、、、」
「そう、俺もそれに付き合うよ」
さっきの川縁に戻って座る。
藤岡はパン屋で買ってリュックの上にフワッと入れて置いたパ
「良かった、潰れてないよ」と言ってパンを半分に割って渡した。
「腹ごしらえしとこう。元気が出るよ」
「ありがとうございます。これ、
由梨は半分に割ったヘルンヒェンを美味しそうに食べた。
昼前は落ち込んでいたけど、美味しいパンは人を幸せにするな。
「何故藤岡さんはこの町に来たんですか?パン屋さんに来るため?
「そう、
藤岡は偶然だと思っていたが、
藤岡はもう一つパンを取り出した。
「これ、豚の耳って意味のパンなんだけど俺の店にもあるよ」
「俺の働いてる店にはドイツで修行してきた先輩がいて、
「幸運の」と言って由梨は藤岡を見た。
藤岡を幸運の豚と言うのは当てはまらないが、
今日の昼前は暗い気持ちで川の水面を見つめていたのに、
由梨の中に何か熱い気持ちが芽生えていた。
「パンって良いですね、人の気持ちを明るくしてくれるのかも。
「東南駅の商店街にある明るいパン屋だよ。
そんな藤岡の表情は光り輝いてる様に見えで、
「じゃ、打ち合わせをするか」
「はい」
ーーーー
日中を過ぎた頃の商店街
夕飯の食材を求める買い物客がそろそろ増えて来る時間。
藤岡は福咏に入った。
「男物の足袋を見たいんですがサイズを見て貰えますか?」
すると福咏は店の奥に向かって「おい、足袋を出して」と言った。
「足のサイズは何センチですか?」
「28です」
「それならこれなんて如何ですか?」
「どれがいいかな」藤岡はゆっくりと足袋を見ていた。
「これにします」と言って足袋を一つ選んで買いながら
「あなたはここの奥さん?」と聞いた。
「はい、そうですよ」
そこに由梨が入ってきた。
福咏は入り口近くの和柄のガーゼタオルを補充していたが、
「おや、珍しいやつが来たぞ」と奥さんに言った。
そして由梨に向かって語気を強くした。
「何しに来たんだ。うちに何か盗みに来たのか」
「私は泥棒でも万引き犯でもありません」
「そんな証拠どこにある!お前が怪しいのはみんなが知ってるぞ」
「それは福咏さんが言いふらしたからでしょう!
「この町の有名な噂だからな!誰でも知ってる事だろ」
「今日カフェの店長に言われました。みんなが知ってるって、
福咏は青筋が立ってきた、
無茶苦茶なやり取りに藤岡は呆れた。
「いや、なり立ってないよね。この店こそ終わりだよ」
「なに!あんたなんなんだ」
「俺はこの店の客で、ただの第三者だよ。
「それがどうした」
「証拠もないのにこの人を侮辱した。
「俺が噂を広めたって証拠はどこにある!」
「店長に聞いてお客さんが誰かわかれば済む事だわ。
「ほらな!そう言う費用も含めて慰謝料を用意しておけよ」
由梨が小走りに店を出る時に振り向くと膝をついてガッカリしている福
「まだやる事がある」
「えっ」
藤岡は花装の店の前で由梨に言った。
「お父さんとお母さんに今までの事を全て正直に言うんだ」
「でも」
「さっき福咏にあんなに強く言ったんだからもう大丈夫。
由梨は藤岡の目を見てその気持ちをまた自分の中に取り込んだ。
由梨は花裝の店の中にいた父親と母親の前に立った。
「由梨おかえり」
「お父さん、お母さん、話があるの」
「動画を見て貰おう。昼間撮ったものもあるから」
「はい」
「あの方はどなたなの?」
「藤岡さんよ」
由梨はそう言って店の奥で2人に今迄の事、
「
父親と母親は娘があっていたいじめにショックを受けた様だった。
「そうだったんですね、由梨ごめんね今まで知らなくて」母親は泣きながら由梨の手を握った。
「由梨までそんな事になっていたなんて」
「えっ?」
父親が藤岡に言った。
「私達もなんです」
「私達?」
2人は交互に自分達の名刺を藤岡に渡してきた。
2人はこれまでの経緯を話した。
「福咏からの嫌がらせはあの店ができる前からありました。
「
「その後の福咏は変わっていきました。
「拗らせてるな」
「その後結婚したのでもう済んだ事だと思ってましたが、
「由梨も同じ目にあってたなんて」と香織はすまなそうにいい、
「大変だったね由梨」祥雄も由梨の手を握った。
お互いに心配をかけるから言えなかったんだな、優しい親子だ。
「あの、偉そうな事言いますけど、
「そうだったんですね」
藤岡が振り向くと福咏の嫁が立っていた。
「主人が花装の奥さんに、、」
と言って香織を見たので祥雄が「
「情けない。そんな事だったなんて。
「お前」
慌てて追いかけて福咏も入って来た。
こいつまで入ってくるなんてカオスだなと思って福咏を見ていると、福咏の嫁は冷たく「
それを追いかけようとする福咏の行く先に藤岡は立った。
「あんた何か言うことがあるだろ ? あんたのせいで奥さんとも揉め
そう言われて福咏は振り向いて花嶋の3人を見た。
「花嶋さん、すまなかった。
福咏は謝った事で全てが開けた気持ちになり手をついて「
藤岡は「まだ花嶋の奥さんに想いを寄せてんの?」と聞いた。
「その気持ちはもうありません。自分には憎しみしか無かった」
「それはこの一件で今後どうなるの?」
「こんなに綺麗に露呈して全て現れた形になっています。
「あのさ、
不特定多数の人間に言いふらした事を回収できるのか?
「福咏、
「祥雄さん」
福咏は頭をガックリと下げた。
「すみませんでした。関係ない由梨ちゃんにもすまない事をした」
「花嶋さん、本当に移転するんですか?」
「そうですね藤岡さん。まだ計画中なのですが、どこかいい場所があったら」
「花嶋さん、福咏が、私達が移転します。
そこに由梨が口を開いた「お父さん、お母さん、
「由梨」
「大人しかった由梨が自分の意志を示すなんて」祥雄は藤岡の力が強いと思った。
「藤岡さんのおかげなのね」
「俺は何もしてませんよ。元々のこの子の力でしょう。それと俺、
夕方パンロンドの集まりがあるのにちょっと忘れてた、
「わかりました。じゃあ」と言って由梨に会釈した。
「え?」
さっきまで強く心が繋がってる気がしたのにこれで立ち去って終わ
由梨の心はもやもやと不安に覆われた。
「ちゃんとしといてくれよ」と福咏に言ってから、
芳雄は福咏に「由梨は今朝まで深刻な状態だったんだ。
「本当に謝罪広告を出します。嫁に謝って来て良いですか?」
「そうしてやれ」と言い放って福咏を店から出した。
「由梨、すまなかったね。本当に無事で良かった」
祥雄と香織は黙って立っている由梨にそう言った。
「私」
「え?」
「行かなきゃ」
そう言って由梨は走っていった。
体育の時よりずっと速く今までで1番速く。
橋を渡って道なりに行くと駅。
藤岡は駅にたどり着いて電車に乗り、空いてる席を見つけて座った。
ま
良かったのかな?
今日は
いい方向に行ってくれると良いけど。
自分の人生は自分で守らなきゃ。自分で力強く生きていかなきゃね。
辺りはもう暗くホームの向こうの家々の明かりを見ながら「色んな家庭があるよな」と呟いた。
発射の合図のプルプルプルプルという音が流れる。
由梨はギリギリで電車に飛び乗って後ろ髪をドアに挟まれた。ドアはもう一度開いたのでそのスキに電車の中に転げこんで床に手をついた。
藤岡は百合を見て「
走って来たのでハアハア息が切れて恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら目は藤岡を見ている。
「あ、あの」
「どうしたの?そんなに息を切らして、俺忘れ物でもした?」
「私、今日気がついたんです。
しばらくポカーンと由梨を見て「まあ座りなよ。あのさ、
「親方、、相撲部屋の」
藤岡はそう言われて親方が横綱の格好をしてるところを想像して笑
「え?」
「いや、折角電車に乗っちゃったから会う?親方に。
「わかりました。会って見たいです」
「じゃあ心配してるだろうから家の人に連絡しておいて」
「はい」
由梨は不思議な気持ちで祥雄と香織にメールしていた。
告白が就活宣言になり、
「私頑張れそうです」
「そりゃ良いね。只今従業員募集中だからね」
東南駅に着くまで藤岡はパンロンドの人達の性格や人間関係につい
駅前の居酒屋に入ると丁度江川が世界大会でどう活躍したのかを初
由梨は藤岡の話の通りだと思って微笑んだ。
藤岡の後ろにいる由梨にみんなが気が付いた。
「ちょっと!藤岡さーん。遅かったじゃないですか〜!その人誰ですかあ?」
「あ、ごめんごめん杉本。親方!
その時すでに酔っ払っていた親方は大声で「合格!採用!
「ごめんなさいね、うちのが酔っ払ってて、
イエ〜イ!カンパーイ
みんな由梨に乾杯してニコニコしている。
また江川が大声でみんなに説明の続きを始めた。親方は「よーし!いいぞ!その調子だ」とか変なタイミングで返事している。
みんなの輪の中に座ってわいわいと楽しい話を聞いていると、
「ねえ、藤岡さーん。お土産は?」
「まだ言ってんのか杉本」
「たまには俺にもパンを買ってきて下さいよー」
「食べちゃったな。そうだこれやるよ、ほらお土産」
と言って杉本に渡した。
「やった!」
杉本は白い紙の袋から出して驚いて叫んだ
「足袋⁉︎」
おわり
Emergence of butterfly 蝶の羽化
由梨はこれから自由に羽ばたいていけるでしょうか。
※ハート型のパイ Schweinsohr(