パン職人の修造 江川と修造シリーズ Awards ceremony
審査員のパンの試食が終わった。
選手たちは控え室に戻って休憩する様に言われる。
修造は椅子にどかっと座って机に臥せながら、工程に反省点があるか考えていた。
そして顔を上げて言った。
「江川」
「はいなんですか」
「全部の工程でお前の世話になった事しか思い出せないよ。野菜のゼリーと言い、他の工程の全ても。俺の我儘を叶えてくれてありがとうな」
「僕、役に立てたなら良かったです」
「俺は俺の考えたパン作りの全てを思った通りにしたかったんだ。それが実現したのは江川のサポートのおかげだよ」
さっきまで目元が引き攣ったままだったので江川は目尻を摩ってマッサージしながら言った。
「本当に良かった」
ーーーー
20分後
また会場に戻る。
表彰式が始まるのだ。
一か国ずつ呼ばれて出て行く。
参加者全員が並ぶ中、荘厳な曲に合わせて式典の司会が出てきた。
白い封筒を開いている。
江川はそれをじっと見ていた。
フランス語で何人かの選手が呼び出されている。
修造も江川も全然フランス語がわからないが受け取った選手は歓喜に咽び泣き、皆大喜びだ。
大木と話していた通訳の人に「ねぇ、あれが優勝カップですか?」と聞いたら違うと言われる。
今はクロワッサンやタルテイーヌなどの各部門のパンの受賞式だそうだ。司会が何か叫んだ。
ジャポネって呼ばれた気がする。
ワーっと日本チームの応援団から拍手が起こった。
大木に合図されて修造と江川は真ん中に立った。
自分達にライトが当たっている。
修造は透明のずっしりしたトロフイーを受け取った。
修造は表情を変えなかったが嬉しくないわけじゃない。空手の試合の時、勝った方は相手に敬意を表して、おおげさに喜んだりせず己を律しなければならない。
和装のパンデコレが賞を貰った。
「うわーすごーい!修造さん!おめでとうございます〜」
「ありがとう。これで安心して帰れるよ」
賞を貰ってホッとした。
元の場所に立ってると今度は大木が江川に「おめでとう」と言った。
「えっ?」
「江川真ん中に立つんだ」
呼ばれてセンターに立ち、大木と修造が拍手する中、江川はトロフィーを受け取った。
「最優秀助手賞だ」
大木の言葉にびっくりした。江川のコミとしてのサポート力が評価されたのだ。
「えーっ!僕が?みんなー!僕賞を貰いました〜」
うわーっと叫びながら、江川はトロフィーを高く上げて応援席に向かって叫んだ。
その途端応援席から声援が届いた。
後藤がみんなに賞の名前を言って驚かせている。
「すごーい!江川君」
「江川くーん」パチパチパチパチ
みんな拍手している、
「あいつちゃんとサポートしてたもんな」
鷲羽が何故か誇らしげに言った。
嬉しそうだ。
江川はその後はなんだか気が楽になって他の選手の受賞に拍手を続けた。
オリンピックで言えば金銀銅のメダルと同じ授賞式が始まった。
3位の国、2位の国の名前が呼ばれて、1位はどこかしらとキョロキョロしていたら「ジャポネ!」と言うワードが聞こえた。
大木と通訳の人が大喜びして修造と江川を真ん中に連れて行った。1番高い台の上に立ち、修造は1番大きなトロフィーを受け取った。
バゲットを切り取った様な形の黄金のトロフィーを持って真ん中のライトを見ている修造の横で江川は大木とハイタッチして、両腕を高く上げて「やったー!」と大声を張り上げた。
全身に全部の拍手とライトを浴びた。壮大な音楽が鳴り響き、感動を盛り上げた。
色んな人におめでとうと言ってもらってありがとうを何度も言う。
うわあ嬉しい!僕このままライトに当たり過ぎて白くなって消えていくんじゃないかしら。江川は存分にライトを浴びて、修造の代わりに倍みんなに手を振った。
「修造、せっかく優勝したんだからもっと喜べよ」
修造はあまりに直立不動だったので、大木にそう言われる程固まっていた。
「修造さん、おめでとうございます」
「ありがとうな、江川のおかげだよ。頑張ってくれたもんな」
江川は照れて「エヘヘ」と笑顔を向けた。
表彰式が終わって応援団のみんなと話していた。
「みんな応援ありがとう」全員と握手する。
鷲羽が興奮して帯の模様が手が込んでるとか、あのパンが食べてみたいとか騒いでいた時、突然後ろから大柄で白髪混じりのヒゲを濃く蓄えたおじさんが話しかけて来た。
「シューゾー」
その声に修造が機敏に反応してバッと振り返りそのままそのおじさんとガシッと抱き合った「エーベルトーっ!」
ウワーっと2人とも懐かしがって握手したり年甲斐もなくピョンと跳ねそうなぐらい修造は喜んでいた。そんな修造を見たのは初めてだった。
「あ!あの人がエーベルトさん」
江川は折に触れエーベルトの事を聞いていた。
大恩人のエーベルトと修造はドイツ語で話していて、何を言ってるのかはわからない。きっとこの大会に出ると聞いて会いに来てくれたんだろう。
しばらくしてリツコリツコと言ってエーベルトが修造をからかってるのがなんとなく分かる。
おそらく「あの時は奥さんのリツコの事ばかり言ってたな、ワッハッハ」みたいな事なんだろう。
「わしも鼻が高いよ」とわからないのに江川は2人を見て勝手に訳していた。そのうちに江川を手招きで呼んだのでそっちに歩いて行く。エーベルトと握手した。あったかい。「江川です」と言ってすぐ修造を見た。なんて言ったらいいのかわからない。修造は見た事ないぐらい顔が赤らんでニコニコしていたので、表彰式の時にこんな笑顔するもんなのにと思っていた。
その後まだまだずっと話している2人をほっといて、江川は山々コンビのところに行った。
おや、山々コンビと鷲羽達はすっかり打ち解けている。全員が日本チームを心を一つにして応援しているうちに通い合うものがあったんだろうか。
北山と篠山は昨日パリのルーブル美術館やベルサイユ宮殿に行った後、カフェでパリ気分を満喫していた。
明日はモンサンミッシェルに行くのだが詳しい行き方を園部に聞いた。が、園部は「うーん」と言って考えている。鷲羽がその場で色々調べて教えたので山々コンビは本当にびっくりした。
「モンパルナスから※TGVで行ってレンヌの北口ターミナルでバスに乗換えだって。モンパルナスわかる?」
鷲羽って意地悪な印象だったが、こうしてパリに来て充実してるのか表情もイキイキしていてなんならちょっとかっこいい。
「モンパルナス、、、」聞いた事しかない。
「心配なら明日一緒に行ってやろうか?」
「え?いいのぉ?」なんて
今から夕食に行って明日はモンサンミッシェルに行くとか楽しそうに話が展開している。
それを側で見ていた江川の様子を観察していた後藤が優しく話しかけて来た。
「江川さん、本当にお疲れ様でした。大変だったのに頑張りましたね」と、キラッと輝く白い歯を見せた。
「後藤さんありがとう」
「せっかくだから世界大会で優勝したパンの前で記念写真を撮りましょう」
「はい」
後藤はトロフィーを持たせたり手を前にやったり横にやったりと、江川の写真を何枚も撮った。
そしてそれをさっき撮った授賞式の写真と一緒にすぐに会社のネットに何枚も載せた。ここに基嶋の機械が無くて残念だ。
それを江川に見せながら「これをみんなが見るでしょうから江川さんも業界の有名人ですね」
「えー」
「前途有望な若者のサクセスストーリーなんですから」
「サクセス?」
「これから修造さんはお店を持つのですから江川さんもますます活躍できますね」後藤は修造が江川をとても大事にしていると思っていた。それは江川の打算や欲のない一生懸命さのせいなんだろう。なので行く末に自分も関わっていくつもりなのだ。
「将来的には江川さんもお店を持つわけなんですから」
「先の事すぎてわかんないや。それに僕貯金が全然無くて」
有れば使うのもあるが、この何ヶ月か結構移動費も含め色々必要だった。
「まだまだ若いんですからそりゃそうですよ。積み立てを始めたら意外と溜まっていくものですよ」
「積み立てかあ。考えた事なかったです」
「それに今日までの事は全て江川さんの財産なんですよ」
江川は後藤が今まで考えたことも無かった事を色々教える大人だと思っていた。
「後藤さん、勉強になるな。確かにこれからの事って考えなきゃ。もっと色々教えて下さいね」
「はい」
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エーベルトが帰った時の修造は寂しそうだった。
後ろ姿が見えなくなるまで2人で手を振った。
もう片付けて帰らないと。
後藤や五十嵐に手伝って貰って荷造りを済ませて日本に送り返す。
パンデコレを包みながら「これ、パンロンドの出窓に並べよう」と親方を思い出しながら修造が言った。
「はい、3っつ分なのでキチキチですね」
「本当だ、入るかな」
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その後、2人はみんなと別れて飛行場に移動し、マカロンやヌガー、ぬいぐるみやらのお土産を買ってるうちに時間が足りず走って行く。
どうにか間に合った飛行機の中で
「修造さん、今日凄い良いことが二つありましたね」
「表彰式とエーベルトだろ?」
「ウフフ」
「江川」
「はいなんですか」
「俺はドイツにいた頃、エーベルトに言われた事があるんだ」
「はい」
「修造よ、マイスターとは若手に製パン技術を教え、知識を教える立場なんんだよ。伝統的な技術や決められた製法を守るんだ。いつかお前もお前が教わった様に下の者に継承して行くんだ。ってな」
「はい」
「俺は今からそれを実現しようと思う」
「あ!僕にも教えて下さいね」
修造は江川をまっすぐ見て「そういう事だ」と言った。
「江川、俺は店作りをしようと思ってる。その前にパンロンで改めてみんなにも伝えておきたいんだ」
「はい」
藤岡と杉本の顔が浮かんだ。
「僕達2人が抜けたら大変ですものね。誰か新しい人を探すんでしょうか?」
「親方と話し合ってみるよ」
そういった後修造は待ち受け画面の家族の写真を見ていた。
そろそろあれが始まるぞ。
なんて考えていると、江川の思った通りに「早く帰ってトロフィーを律子に見せてやろう。緑と大地に会いたいなあ。大地は産まれて5ヶ月経ったんだ。寝返りもできて離乳食もちょっとずつ始まったんだよ」と可愛い写真を見せてきた。
「ホッとしたら家族に無性に会いたくなるんですもんね」
「そうなんだよ江川」
「早く逢いたいですね」
「うん」
修造はそう言いながらふーっと安堵の吐息を吐き、椅子に深くもたれてそのまま寝てしまった。
律子さんの恋人で夫でお父さんなんだ。そして空手家で世界一のパン職人だ。
江川はその横顔に
「お疲れ様」
と言った。
江川は帰りの飛行場の免税店で自分へのご褒美にリュックを買った。
それと凱旋門のマグカップと置物。
そしてみんなにはエッフェル塔のスノードーム。
柚木の奥さんと風花にはトリコロールカラーのスカーフだ。
ちょっと使い過ぎちゃったな。
後藤の顔を思い出して、帰ったら積み立てを始める決心をした。
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その時
成田ではドイツから来た飛行機から1人の女が降り立った。
質素ななりだが遠くから見ても女性らしいフォルムでスタイルの良いのが分かる。
髪色は派手でシャンパンゴールドに赤いメッシュが入っている。
ぱっと見強い印象なのに、よく見ると表情は儚げで歩き方もおずおずとしている。
空港から出たあと、日本の空を眺める。
「これから私はどうすればいいのかしら」小声で呟く
女は目的があったが行く先は決まっていなかった。
駅の券売機の横にあった無料の求人雑誌を開いて電話をした。
しばらく相手の質問に答えた後電話を切り、人混みの中に消えていった。
おわり
※TGB フランスの超特急列車。最高速度は300キロを越え日本の新幹線と並ぶ速さ。