パンの職人の修造 江川と修造シリーズ Annoying People
今日もまたグーググーグーグーっていう喉の奥から響く音が聞こえる。
江川は杉本と一緒にパンロンドの工場の奥で生地の分割と丸めをしていて修造に背を向けて
でも珍しいものをみる様な目で見たら失礼だし、、
江川はちょっとだけ振り向いてまたパッと元に戻った。
凄い嬉しそうな顔してる。
夏が終わり、修造の家族の律子、緑、
久しぶりに会えて嬉しい限りだった。
江川がちらちら修造を見ていると、
「何?杉本君」
「江川さん、顔と首にに赤いブツブツがいっぱいありますよ?」
「半月前、
滝壺に飛び込んだからびしょ濡れになっちゃって、
思い出しただけでも泣けてくる。
おまけに大会の為のスケジュール表を暗記したいが複雑で完全に覚
「杉本君みたいに書いて覚える特技があったらなあ。
「なかなか俺みたいな天才にはなれませんよね」
なんだかすごく腹の立つマウントの取り方をされて頭にくる。
「なにそれ!」
だが杉本は藤岡と2人して製パン技術士3級の試験に受かって、
呑気で悩みのない感じの杉本をみてちょっと羨ましい。
「グ〜」っと江川も喉の奥から変な声を出した。藤岡がいたら冷静に杉本に何か言ってくれたかもしれないが今日は休みだし。。。
目を三角にしながら分割した生地の乗ったバットを持ってきた江川
「おい大丈夫か?疲れが溜まってんのか?無理すんなよ江川」
疲れてる時に優しい言葉をかけられると泣けてくる。
「親方、僕工程が複雑で覚えられなくて」ちょっと涙が浮かぶ。
「うーん。修造の助手は正直大変と思うけど、
と親方も応援するしかないなあと思っていたら。
「江川君、私が良い方法を教えてあげる!」
「えっ?」
2人の会話を聞いていた親方の奥さんが得意げに言い放った。
「良い方法があるんですか?」
「そう!暗記方があるのよ」
「へえ」
「漢字の暗記法なんだけどね、まず覚えたい言葉を見ながら膝に書いてその後眼を瞑って同じように3回ぐらい書いてみるの。どんどん書いていったら良いんじゃない?」
「やってみます」
奥さんは「覚えられなかったらごめんね〜」と言って店に戻って行った。
江川は早速家に帰ってやってみた。
えーとまず目を開けて膝に書いてそのあと目を瞑って膝に書く、、
それをびっしり書いてある工程表の上から下へと何回かやってみた
一行目から二行目へそして三行目へ、、
ーーーー
一方田所家では
「大地はまた重くなったな。首もグラグラしなくなったね」
「あー」
「うー」
とお話の量も増えて、お返事してくれる。
「可愛いなあ」とほっぺをぷにぷにした。
さて、夕方になり、東南マートのセールの時間が近づいてきた。
「さ、緑、出かけよう!」
「うん」
2人はスーパーへの道のりでいつも色んな話をしていた。
「夏休みは楽しかった?」
「うん、
サンマリーンながのとラーラ松本は流れるプールやらでっかい滑り
「ラーラ松本は結構おじいちゃんの家から遠くない?」
「朝早くから車で行ったのよ」
「それは、、」
修造はそんなに若くない巌が朝早くから夜遅くまで面倒見てくれて
「それとね、花火とかスイカ割りとかもしたよ。楽しかった」
「おじいちゃんも楽しそうだった?」
「うん、ニコニコしてたよ。
「そうなんだ」
ひと夏自分の修行の為に家族の面倒を見てくれた巌の気持ちに応え
夕陽が眩しい坂道を降りながら修造は決意を新たにした。
スーパーでチラシを見ながら特売品を探していると「修造シェフ」
「はい?」
「初めまして、私株式会社石田・メリットストーンの有田悠と申します」
名刺を受け取り有田の顔を見た。
メリットストーンって中堅の製パン会社で関東の各駅に一軒あるだ
「
有田は人懐こい笑顔を見せた。
ほうれい線と目尻に深い笑い皺がある。
「シェフ、業界のシェフへの期待感は凄いですよ。
なんだか嘘くさい大袈裟な言い方の様に修造には感じた。
「ここには俺を探して来たんですか?」
「シェフ。そうなんです。
「ご用件は?」
「
え?
なんの話だこれ。
「大会が終わったら是非弊社においで下さい」
え?引き抜き?
修造は思いもよらない声掛けに驚いた。
有田はホルツやパンロンドと離れている瞬間を狙ってスカウトしに来ていた。
「俺、パンロンドで働いてるんです」
「存じております。ですが〜
「すみません、俺、
有田は修造の表情が固くなって来たのを見た。
「わかりました。今日はご挨拶に来ただけです。またそのうちに、こちら御目通しを」
と茶色の封筒を渡して頭を下げて立ち去った。
修造はその中の紙を見て「えっ」
「統括主任、、
さっき夕陽に誓いを立てたのにもう金の話なんて気が散るなあ。
もらった紙を丸めてポケットに入れ「緑ごめんね、お待たせ」と言って
お菓子売り場の食玩コーナーをウロウロしていた緑と買い物を済ま
ーーーー
後日、修造と江川はホルツに来ていた。
修造は有田の話を大木にした。
「メリットストーンはお前の目指すパン作りとは違うだろう」
「会社と俺のパン作りを摺り寄せようとしてるんですかね?」
「ま、お前のステイタスが欲しいんだろうよ」
「俺の?」
「独立するとそういう話は無くなるよ」
修造は花を付ける予定の編笠の土台を作りながら「そうですね、
そしてパンデコレのあれこれを考えを巡らせながら作っていった。
それはこんな風だった。
編笠とそれに付ける花を窯に入れてタイマーをセットした。
「留木さん、良い仕事するな」と呟いた。
蝶の色は青に紫に濃い茶色。「よし、良いのができそうだ」
修造が作っている大会のパンデコレは和装の女性だ。
1番難しいのは流れる帯の模様の土台の生地に、色違いの生地をピッ
修造は大工の様に、嵌め込む生地の膨らみを計算して設計図を作
次に土台作り。平らで安定感が大切だし、
本体と土台はフランスには空港便で送れるのかな?
フランスには食べ物の持ち込みは禁止だ。荷作りの箱を空港で検閲犬にクンクンされて見つかったらはねられてしまうかも。
そんなことを考えながら窯に入れた時江川が話しかけてきた。
「ねぇ修造さん、僕、
「そう?じゃ今度から通しでやってみよう。特訓だな」
「はい」
出来るだけ練習しないと頭で覚えただけでは動きが染み付かない。
機械の置き場を大木に教わって動けるように考えた。
「江川、虫刺されのあと、治ってきた?あの時は悪かったな。
「修造さんが精神統一をしに行ってたって途中で気が付きました」
「まあ心と身体を鍛えに行ってたんだよ。集中力は大事だしな」
「僕なら何をやったら良いですか? 座禅?」
「寝る前に呼吸を整えるとか、音楽聞くとか?」
ーーーー
次の日
修造は工場の奥でいつもの様に仕込みをしていた。
その時奥さんがお店から大声をだして「誰か〜
丁度仕込みの手が空き、次の作業まで時間がある。
「俺行きますよ。すぐ戻れると思うんで」
「じゃお願いね」
「はい」
修造は奥さんに届け先の住所を聞いてメモした。
「ここって最近毎日注文が入るのよ。昨日は親方、
「はい」修造はパンの入った2段のケースを受け取り配達用の軽バン『パンロンド号』に運んだ。
カーナビに住所を入力して出発する。
その時青色の軽自動車が少し離れてこっそり跡をつけていったのを修造は全然気がつかなかった。
現場に到着。
閑静な民家の間に配達先の建物がある。
4メートル程の道幅の道路に車を止めて荷物を運んだ。
「ここでいいのか?」
建物の中には誰もいない様だった。
窓の中を見ると、
修造はドアに貼ってあるメモを見つけた。
『パン屋さんへ この建物の裏に回ってください。
5軒のうち真ん中の建物の赤い入り口を開けて入ってください』
と書いてあるので修造はその通りに行った。
空き家っぽい家が並んでいる。
メモの通り真ん中の廃屋の様な家の赤い入り口の横開きのドアを開けて入った。
「あの〜すみませーん」
返事もない。
ここでいいのか?誰もいないのか?と思って2、3歩
「うわ!モガガ!」こんな時でもパン箱を落とすのは嫌だ。地面に置いた時足を掬われ、両手を後ろに縛られて奥の部屋に放り込まれた。
「なんだー⁈」
ーーーー
一方その頃パンロンドでは、江川が工場の奥から店の方をチラチラ見ていた。
「ねぇ藤岡君、修造さん遅いと思わない?藤岡君と親方が行った時なんて
「あ、ほんとだ。出発してから40分以上経ってますよね」
「でしょう?親方、修造さん遅いと思いませんか?」
「何かあったのかな?江川、ちょっと電話かけてみて」
「はい」
江川は何度もしつこくコールしてみたが出ない。
「出ませんよ!何かあったのかな?」
「事故ったとか?」
「どうしよう!修造さん!」
江川が色々想像してパニくりだしたので「落ち着いて江川さん。大丈夫、俺が見てきますよ」と藤岡が言った。
「俺、道を覚えてるから自転車で現場まで行きます。
ーーーー
藤岡が配達先に着いたがパンロンドの車は無い。
「おかしいな」
自転車を停めて中を覗いたが電気が消えてて建物は閉まっている。
「あの〜すみません!誰かいますか?」
ベルを鳴らしたが誰も出てこない。
一昨日は人が何人かいて調理中の様だった。建物の中にテーブルが置いてあって、
「誰もいないのか、どう言うことなんだ」
藤岡がキョロキョロしていると、
中を覗いたらパンフレットらしいものや封筒が後部座席に置いてあ
メリットストーン?聞いたことあるな、、
そうだ!パン屋の名前だ。一体なぜこんな所に?
建物の周りを一周しようと裏に回ったら40代ぐらいのスーツ姿の
こいつがメリットストーンのやつかな?
動きが怪しい。
藤岡はちょっとその男を観察した。
「何やってるんだ?」藤岡はその男の背後に行って「おい」
「ヒェッ」男は心底驚いた様で腰を抜かしたが、
「そうだよ。俺はパンロンドの藤岡だ。何でここでウロウロしてるの?」
「怪しいものじゃ無いんです。
「それでどこに入ったのか覗いてたの?」
「そうですそうです」
倉庫の裏には建物が4.5軒あってどれに向かって入ったのかは分
「どれかな?」
「おい」
一軒ずつ見ていこうとする男に藤岡が詰め寄った。
「それも早く見つけなきゃだけど、
「えっ」
ーーーー
一方その頃
修造は
椅子に縛られていた。
「おい!誰だ!お前らなんなんだ!モガモガ」
何者かが修造に被せた布を取った。
「あ?」
「え?!」
と2人の社員風の男が修造の顔を覗き込んだ。
1人はロン毛でもう1人は短髪、2人ともカッターシャツでネクタイ姿だ。
一体何故こんな奴らが?
「こんなむさ苦しい感じでしたか?」
「いやもっと綺麗だろ、、、」
「ひょっとして間違えた?」
2人は顔を見合わせてまた修造を見た。
「なんだむさ苦しいって!」
失礼だし、どうやら間違って捕まった様だし。
「どうする?こいつ」
「こんなの連れてったらダメだろ」
はあ?
あ、そうだそろそろ生地の※パンチの時間だ。
江川に言わなくちゃ。
修造は縛られていた紐を手首をグニグニして紐を緩めて思い切り広
「うおりゃあ〜っ!」
そして引きちぎって1人目の男の肩を掴んだ。
ーーーー
その廃屋の前の路端では
藤岡に問い詰められて男は白状していた。
「私はメリットストーン・
「怪しいなあ。何故?」
「
「転職、、しないでしょう?修造さんは」
「はい、断られましたが。
有田は一軒一軒覗きながら言った。
どうやら悪いやつじゃなさそうなので今のところは信用するか。。
「パンロンドの車は知らないですか?」
「えっ?車?」有田は少し戻って車がないのを見た。
「誰か隠した奴がいるのかな?さっきまでありましたよ」
「あ、この家から何か聞こえませんか?」
空き家っぽい家の方からドン!と言う音が聞こえる。
藤岡は耳を澄ませた。
ーーーー
修造は手首を摩った後、1人目の左脇腹を右足で回し蹴りでふっ飛ばした。
一撃必殺。
こんな所師範に見つかったら叱られるな。
1人目は「うがっ」
「グフォ」っとアニメの様な声を出して立てなくなった様なので、
「ひいい〜」っとびびる男の肩を掴んで「おい!電話を返せ!」
慌てて修造のスマートフォンを渡して警察を呼ばれると思っていたら「
拍子抜けして修造を見ていたらもう一度肩を掴まれて「
修造が2人目の男の首根っこを掴んだまま玄関のドアを開けると藤
「修造さん大丈夫なんですか?」
「ああ!今からこいつが白状するから聞いてみよう」
2人目の男は藤岡を見て「こっちが正解だったんだよ」と言った。
ーーーー
5人は壊した椅子を片付けて部屋の真ん中に突っ立って話をし出した。
「私たちは鴨似田フードって言う会社の中途採用で入ったばかりの社員です。私は歩田、こちらは兵山と申します」とショートヘアーの方の男が話しだした。「3日前、
「それで俺を捕まえたのか」
「はい、すみませんでした。実はここの何軒かの空き家は鴨似田が買い取ってマンションにする予定で、その一軒を使ったんです」
「連れてくるなんて簡単に言われたけど凄く難しい様に思えて、
「俺を連れて帰ってどうするつもりだったんだよ」と藤岡が冷静な口調で言った。
「お金でなんとかできると思ったんじゃないでしょうか?」
「そんな訳ないだろう!車もお前達がやったのか?」
「あれは私が裏口から回ってこの建物の裏に隠してあります」ロン毛のほうの男が答えた。
「ちょっと調べればすぐ足がつくだろう!」
「だな、そろそろ警察を呼ぼう」修造も呆れて言った。
修造が電話をしかけた時、なぜか有田が遮った。
「え?」
「あの〜そのレセプションパーティー、私も出ておりまして」
「そうなんですか?」
「はい、うちと取引があるんです。奥さんの鴨似田湘子さんは存じていますがそんな悪い方ではないと思います。警察沙汰になって鴨似田フードに何かあって納品が滞るとうちの会
なんと有田は手を合わせて隠蔽を頼んできた。
「仕方ないな、その奥さんを呼べよ。俺が説教してやる!」
「え〜」っと修造以外の全員が言った。
「踵落としは勘弁してくださいよ」
「ガツンと言ってやる!」修造が力強く言った。
ーーーー
鴨似田フードの鴨似田幸代を怒鳴りつけてやると息巻いていた修造
「あのー奥さん、困りますよこういうの。
「この度は私の勝手な思い込みによりご迷惑をお掛け致しました」
高級菓子折りを渡されて修造は頭をかきながらつい受け取ってしま
「色々誤解があった様で申し訳ございません」幸代はややくねりながら頭を下げた。
「
「具体的にはどんな事を望んでらっしゃったんですか?」
「次のパーテイーでパンとサンドイッチのコーナーに立って頂ければと考えておりまし
それが本当だとするとお前らどんな受け取り方をしたらこんな事に
「すみません」
2人は小さくなっていた。
「私が悪いんです。2回目と3回目の注文は関係ないのにしました
それを見て修造は考えた。
確かに藤岡はイケメンだが再びトラブルになるのは本人も周りも困るよな〜。。そうだ!
「奥さん、
「な、、、!」
藤岡は悔しそうに修造を睨みつけた。毎日一緒の職場にいれば修造がこんな事を言うような人間じゃないとわかってはいるが腹が立つ!
「グ〜」藤岡も喉の奥から声を出した.
「ねっ!こんな顔をいつもしてるんです」
「はい」
奥さんの顔から少しずつ血の気が引いてる気がする。
「おっと!俺そろそろ分割の時間なんで帰ります」
物凄く不機嫌な藤岡はそのまま出て行き、自転車で帰ってしまった。
車を持ってきた2人は修造に言い訳をした。
「確かに奥さんはどうやってもあのイケメンを連れてきて!
「本当すみませんでした」
「今回は有田さんの手前許してやったけどさぁ。藤岡には2度と迷惑かけないでくれよ」
と言って2人を後始末に戻らせた。
修造はもう一度江川に電話した「ごめん、分割しといて。
と言って有田の方を見た。
「修造シェフ、お怪我なくて良かったです」
「あのぐらい全然平気ですよ。。それより有田さん。なんで藤岡と一緒に入ってきたんですか?」
「はい、実はもう一度話を聞いて頂こうとしてここまで追いかけて来ました。で、藤岡さんと修造シェフを探していました。会社へのメンツもありますが、さっきの鴨似田さん達を見ていて金や力づくでは人の心は動かないと思い直しまし
「すみません、力になれなくて」
「今日はいい勉強になりました。私も応援していますから」
ーーーー
パンロンドに戻ると江川が慌てて出てきた「修造さーん!
「全部藤岡に聞いた?」
「はい、
「えっ」
「おい修造大変だったな」
すると藤岡が言った「丸見えですよ、何隠れてるんですか!」
「
「もう良いですよ、あれで事件が解決したんですから」
「クッ」と時どき藤岡の方から聞こえる。
「ねぇ修造さん、
「えっ?
もう一度掘り返す勇気はない。
修造はとぼけた。
おわり
Annoying People 迷惑な人々
どんな時もパンチと分割の時間は忘れない。
※パンチ ケースに入れた発酵中の生地をそっと持ち上げ空気をふくませるように折りたたみまた横にしてたたみ休ませ、また蓋をして発酵させる製パンの作業。パンチのやり方は様々だが、こうすることでグルテンが強くなり発酵を促します。