パン職人の修造 江川と修造シリーズ Genius杉本 リングナンバー7 後編
前編のあらすじ
パンロンドで働く杉本龍樹は書くとなんでも覚えられる特技を他の職人に発見される。交際中の森谷風花にもスキルアップを進められるが勉強なんて大嫌い。社員旅行で京都に来たパンロンド一行。2日目はどうなる?
京都旅行2日目の朝
「なあ、昨日夜指輪買いに行くって言ってたろ?早く寝たじゃん」と同室の藤岡が聞いてきた。
「え、風花が俺に試験の事を言い出して、、」
「逃げたな?受ければ良いじゃん」
「嫌ですよ勉強なんて」
「風花はお前のために言ってんだろ」
そこに江川が部屋をノックした。
「朝ごはんに行きますよ〜」
「江川さん朝から元気ですね」
「うん。今日時代村に行った後、修造さんとパン屋さん巡りするんだ」
「昨日も行ったじゃないですか。好きだなあ」
「パン屋さんが沢山あり過ぎて昨日随分計画を練ったんだ。バスや電車の乗り継ぎも色々あって」
「俺も行きますよ、杉本は風花と用があるらしいから」
「そうなの?じゃあ一緒に行こうね藤岡君」
「はい」
ーーー
時代村では親方がみんなの為に計画を練っていた。
入り口の所にある大きな土産物屋の奥に、お江戸の館があり、全員を連れて行った。そこでは好きな着物を選んで時代劇気分を味わえる。
「好きな衣装を選んで!記念撮影もしよう」
風花は町娘の衣装を選んで、江川は衣裳の1番派手な振袖若衆を、藤岡は新撰組隊士、など其々好きな衣装を選んでいた。
「修造さんは?」
「俺は良いよ」
江川は恥ずかしがる修造を奥に連れて行き、スタッフの人に「すみません、この人にも似合うのをお願いします」と引き渡した。
「どれにします?」
「じゃあ、、、この1番地味なのを、、、」
全員が着替えて写真撮影の後、修造は着物の柄をシゲシケ見ていた。
「ちょっと!風花をジロジロ見過ぎですよ」
「え?違うんだよ杉本。俺はただ日本の文化を学ぼうと思って」
「えー?本当ですかあ?」
「ほ、本当だよ」
修造は忍者の扮装の唯一見える目の周りが真っ赤になって走っていった。
「あれ?修造さんどこ行ったの?」
「忍者はあっちに行きましたよ」
「探してくる」
と言って派手な江川侍も走って行った。
杉本は、新撰組の格好で爽やかに決まっている藤岡を見てにやにやしながら「お化け屋敷行きましょうよ~藤岡さ~ん」と背中を押して言った。
「えー!お化け屋敷!」
聞いただけで足がすくんで背中がゾワゾワした藤岡は「キャーっ」と叫んで走って行った。
「ちょ、みんなどこ行ったのよ?」みんな走って行ったので風花が驚いて言った。
「そのうち合うかも」
「そうね。私達も行きましょ。ねえ、お芝居見に行きたい」
2人は町娘と侍の格好で江戸時代調の建物の中を歩き、芝居小屋を探した。
「あ、あれ」
「うん」
芝居小屋の建物の前に忍者と芸者の格好をした人がいて、呼び込みをしている。
「もうすぐ始まるから入ってって下さい」
中に入ると薄暗い中、みんなそこに座っている。
「あ、杉本君こっちこっち」
江川が手招きした。
お芝居は抜け忍が悪と戦うストーリーで、音とか光とかで演出されている。
「殺陣がすげえ」
杉本はみんなの後ろに座りながら全員の背中を見て「ほのぼのしてあったけえ人達だな。うちのオカンとオトンの言う通りパンロンドに入って良かったよ。それに、、、杉本は横に座ってお芝居を見ている風花の横顔を見た。
町娘の格好も可愛い。
杉本はキュンとした。
修造さんは良い先輩だけど風花は譲れません。
と、勝手にまだ誤解して思っていた。
よし!今日こそ指輪を買いに行くぞ。
ーーー
時代村を出て自由時間になった。
「夜までには昨日のホテルに戻ってきてね」と奥さんがみんなに言った。
「はーい」
杉本と風花は四条大宮駅まで移動した。
ここから河原町までの間に探すつもりだったのだ。
こうなりゃ雑貨屋でも百貨店でも良いから指輪売ってるところを探すぞ。
色んな店に風花が入りたがって指輪の店には中々入れなかったが、それはそれで楽しい。
錦市場で食べ歩きを楽しんだりお土産を買ったり、細い路地に迷い込んで、こんな所にこんな店があるんだねとか、あちこち見て時間の経つのは早い。
「楽しいわあ。旅行に来れて良かったね」
「うん、風花そろそろ指輪見に行こうよ。俺サイズ分からないから」
「それは昨日言ったじゃない?合格したらね」
「なんでそうなるの?なんでみんな俺に勉強させたがるの?俺は遅刻も欠勤もしないで仕事してるのにまだ不満?」
不満と言われて風花も言った。
「不満じゃないわよ。でもやればできるのにそんなにやる気ないのって不思議なだけ」
「だから真面目にやろうとしてるでしょうが?」
「そうじゃないんだってば!ひょっとして磨けばもっと光るのに自ら曇らせてる気がして勿体ないの!」
「俺は修造さんみたいにガチ勢になるのはカッコ悪りぃんだよ」
「なにそれ!どこがカッコ悪いのよ!めちゃくちゃカッコいいじゃない!」
2人は寺町通りの通行人が大勢いる中でどんどん声が大きくなっていった。
風花は売り言葉に買い言葉で、とうとう修造がカッコいいと言い出した。
「俺はただのプレゼントで指輪を渡したいだけじゃないのに!」嫉妬も相まって、普段は絶対怒らない、どちらかと言えば温厚な態度の杉本が語気をちょっとだけ強めてしまった。
風花はその事がショックで「龍樹のバカ!」と言って来た方と反対の、河原町の方に走り出した。
「待ってくれよ!危ねぇって」
人混みの中をうまく避けて風花はどんどん見えなくなっていく。
杉本も瞬発力と動体視力を駆使して人混みを避けて走って行った。
四条河原町の大通りを越えて行く時、ここどこなんだと全く土地勘のないまま心配になる。
そのうち橋が見えて来た。
「風花!」
杉本は段々距離が縮まって来た。
四条大橋の手前で信号を渡り、風花はこのままでは追いつかれると思ったのか急に左に折れて鴨川の方へ降りて行った。
「えっ」
川に向かう階段からピョンと飛んで風花に追いついた。
2人はハアハアと息が上がり話せないまま河原に座った。
辺りは段々暗くなり、川の脇の小道にはカップルがどこからともなくやってきて等間隔に距離をあけて座って何か楽しげに囁いている。
杉本は風花が逃げられないように手を繋いだ。
「ごめん」
風花は下を向いて言った。
「何が腹立ったの?」
「修造さんがカッコいいって言うから」
杉本は正直に言った。
「あの人の事は最近怖いのが少しマシになった程度よ。カッコいいって言ったのはパン作りに対する姿勢の事じゃない」
そうだったのか、、ちょっとホッとしたりして。
それにあんな愛妻家見たことねえもんな。修造さんごめんなさい。
「俺風花が誰かに取られたらどうしようって心配だったんだ」
「私は物じゃないのよ取られるって何よ。私の事信用してないの?」
風花の声は等間隔に並ぶ二人組の遠くまで響いた。
揉めてるの?揉めてはるね。
などと聞こえる。
サワサワと流れる鴨川の音以外には囁きしか聞こえない。
辺りは暗く薄明かりに人のシルエットだけが見える。
杉本は小声で言った。
「風花、パンロンドに入って途中からは俺なりにパン作りを教わった通りにやってきたつもりだよ。俺、まだまだ頼りないけど進歩してるつもり」
「知ってるわ。龍樹は頑張ってる。いつもそばで見てるもの」
「だろ?だから俺はこのままで進んで行っていいと思ってる」
「でもね」
と風花は言い出した。
「何故」
「え」
「そんなに勉強を嫌がるの?書いたら覚えられるなら書いたら良いんじゃない?」
「風花、俺は生涯机に座っての勉強はしないと決めてるんだ」
「大人になっても勉強は続くんじゃない?」
「普通に仕事してるのが俺の勉強だよ。それこそガチ勢の先輩もいるし」
「そりゃそうだけど。何故嫌がるの?」
堂々巡りの会話に気がつきもうやめようと思った時「答えて」と言われて杉本の何かがプチっと音がした。
「しつけえな。絶対やらないから。めんどくせえし眠くなるし」
「そう、わかった」
風花はそう言って立ち上がり、さっき降りた階段を登って泊まるホテルのある四条大宮に向かって歩き出した。
杉本は離れて歩き、風花を見守りながら「もうダメかもな」と呟いた。
ロビーでは修造、江川、藤岡が今日行ったパン屋の話をしている最中だった。
店舗の様子や各店の特徴や売れ筋、シェフの事など。
入ってきた杉本を見て江川が声をかけた「おかえり杉本君、さっき風花ちゃんは上がって行ったよ?」
「そうなんですよ。俺、疲れたんでもう寝ますね。お休みなさい」と言ってエレベーターに乗った。
お風呂に入ってベッドに横になったが全く眠れない。
戻ってきた同室の藤岡が「喧嘩でもしたの?」と聞いてきた。
「風花とはもうダメかもしれません。俺、なんでこんなに勉強が嫌なのか過去を振り返ってました。覚えてないけど何かあったんだろうな」
「トラウマとか?」
「そうかな。勉強の2文字が働いてからもついて回るんだって驚いてます」
「一生勉強だろ。ただ風花の言う勉強はまた違うよね」
「どっちでも俺の嫌いな言葉に変わりありません」
ーーー
「なあオカン」
「ん?」
「俺、いつから勉強嫌いになったっけ?なんでかな」
旅行から帰ってしばらく風花と業務上の最小限の事しか話さず、みんなもなるべく気にしないようにしていた。
ある時帰ってから台所に座って夕食後、洗い物をする母親に聞いた。
恵美子はエプロンで手を拭きながら息子に向き直った。
「あんたは小さい時、神童って呼ばれてたのよ,物覚えが早くて誰よりもやる気あった。そんな時、2階にあった教室から飛び降りて両足首を骨折してね、しばらく休んでから一切勉強しなくなってたわ」
「そんな小さい時に?」
あ、そう言えば俺、小さい時入院してたわ。
その後学校に行ったら、勉強が進んでて浦島太郎みたいになんか色々ガラリと変わってて、1番だった俺が1番ダメになってたんだっけ。
小さい俺はいじけて勉強におさらばしたんだっけ?
つまんねえ理由だな。
大体低学年だったんだからすぐ取り返せたのに、本当にやらなくなって、他との差がどんどん開いていったんだ。
それから荒んでいったんだったな。
やりゃあ良かったな。
今からでも遅くねえってか。
磨けばもっと光るのに自ら曇らせてる気がして勿体ないの!
って言われたな。
もう遅いけど。
マジなバカだな俺は。
——
次の日パンロンドで
藤岡と杉本はバゲットを成形しだした。
細く折りたたんだ生地を伸ばしながら
藤岡は言った。
「お前のスティタスを上げることの方が貴金属より上なんだね」
「なんで俺に資格を取らせたいんですかね」
相変わらず勘が鈍いな、、、
「お前の格を上げたいのさ
愛が故に」
「愛!」
愛か
パッと店の方を見た。
すると杉本の方を見ていた風花と目があった瞬間風花が目を逸らした。
風花
いつも俺のことを1番に考えてくれてる人。
俺が意地になって大切な事を逃したんだ。
「お前には勿体ないのかもね。誰も何も言ってくれなくなって、そのままで良いの?」
うーんそれは、、
杉本は頭を抱えた。
発酵した生地が入った箱を渡しながら修造が言った。
「なあ、勉強じゃなくて知識を身につけるって考えてみたら?※パン屋で2年働いたら2級が受けられるんだ。その5年後に1級、その7年後に特級の試験が受けられるんだよ。先に2級を受けて合格したら自信がついて先に進みたくなるもんだって」
「そうですよね、修造さん、俺も一緒に受けようかな。目標ができますし」
「え?藤岡さんも?」
「とりあえず2人で2級の試験を受けてみようよ杉本。俺達もうすぐパンロンドで働き始めて2年経つじゃん。だから受験資格はあるし」
「はあ」
「勉強は自分の為にやるものだ。書いて書いて書きまくれ!知識をどんどん上書きして行くんだ」修造が力強く言った。
試験の内容は実技試験と筆記試験の両方。
筆記は65点以上あると合格。
実技は食パンを3本作る。その際に中力粉と強力粉を当てなければいけない。
実技試験と学科試験は違う日にある。
学科試験は試験日は決められてるが、実技は2ヶ月間のうちのどれか。
杉本はとうとう藤岡と一緒に申し込みをした。
色々もう遅いかもしれないけど
俺やらなきゃ
自分の為に
毎日実技を意識して
山食パンを仕込んだ。
修造に色々教えてもらい説明を聞く。
ガチ先輩
確かにカッコいいぜ
その時店から風花は杉本を見ていた。
毎日
藤岡が風花に話しかけた。
やっとやる気になったみたいだよ。
来月の11日に試験があるって。
俺達受けてくるよ。
試験は昼前に終わるからね。
ーーー
とうとう学科試験の時が来た。
試験は4択、50問で時間は1時間40分だ。
同じ教室の斜め前に座ってる藤岡はスラスラ書いてるように見える。
杉本も今迄書いてきた全ての問題を暗記してきた。
それに実際にやってみて覚えた事もある。
手応えを感じて試験が終わったが、まだ合格の2文字を見るまではわからない。
藤岡と2人で答え合わせをしながら階段を降りて行く。
「あ、風花」
杉本は校門の前に立っている風花を見つけた。
「お疲れ様」
「まだ合格したかわからないけど、結構早く発表あるみたい」
「うん」
「腹減ったなあ。なんか食べて帰ろうよ」
「あ、俺寄りたいパン屋があるから。じゃあまた明日」
「お疲れ様です」
歩き出した藤岡はちょっとだけ振り向いて2人を見た。
「全然元通りじゃん」
2人は駅の辺りのカフェを探しながら歩いて行った。
「来週実技試験があるんだって」
「そう、頑張ってね」
「うん」
2人は探り探り会話をしながら
少しずつ距離を縮めていった。
「こうやって歩くのも久しぶりだね」
「そうだね」
あのね
毎日お店から
龍樹を見てたわ
一生懸命な姿
私、好きが止まらなかったの。
「実技試験頑張ってね」
うん
「合格したら約束守ってもらうぞ」
「はい」
風花は
マジックを出して
杉本の手の甲に7と書いた。
あ!
これ!?
おわり
※お話の中では技術士と書きましたが
製パン製造技能士 という試験が実在します。
特級、1級、2級があります。
パン製造技能士とは パンづくりの実務経験者を対象として、製パン工程における技能を認定する国家資格
(資格の王道より引用)
https://www.shikakude.com/sikakupaje/panseizo.html
過去問 試験問題コピー申込書
https://www.kan-nokaikyo.or.jp/doc/copy-service0601.doc
技能検定試験問題公開サイト
3級と2級の実技の問題が載っています。
テキストが販売してないとよく書いてありますが、私はモバックショーの仮設の本屋さんで書いました。
あとはネットでラクマなどで売りに出されるのを見ました。