パン職人の修造 江川と修造シリーズ Mountain View
※このお話はフイクションです。実在する人物、団体とは何ら関係ありません。
Mountain View
「修造、用意はできたの?」選考会の前々日親方が聞いて来た。
「はい、大体は。
「そうか、大荷物だな。
「はい、
「修造!」
「親方!」
2人は親指を上にして掌をガシッと合わせた。
なんだか少年漫画の様なシーンを見て江川の大きな瞳がウルウルし
「修造さん、江川さん、俺も応援してますね」藤岡も2人に握手を
「俺もっす!」杉本も勢いよく言ってきた。
「ありがとう」
修造の瞳にも水分が滲み出る。
「おい、江川」
「はい親方」
「皆、
「
「よし!」
親方は江川の二の腕を挟んでヒョイと持ち上げトン!
関西への車の中で
東名自動車道に入って車を走らせながら
「親方って僕のこと子供みたいに扱いますよね」とこぼした。
「可愛いって思ってるんだろ。親方なりの愛情表現だよ」
「そうなんですかねぇ?修造さん、2時間毎に交代だから休んでて
「はいよ」
大切なものを乗せてるのだから、
早朝6時から始まり、仕込み、一次発酵、分割、ベンチタイム、成形、二次
その後はパンデコレの組み立てだ。
落ち着いてやる、例えミスしてもそんな事ありませんと言う顔をするかも知れ
「とにかく修造さんの足を引っ張らない事だ」
そうこうしてるうちに江川は左の道に逸れて、車は山々に囲まれた東名高速道路 静岡県 EXPASA足柄に着いた。
「修造さん、休憩しましょう」
「んあ?よく寝たな」
「富士山だ」
「きれいだな」
名物の桜海老としらすの乗ったわっぱめしをフードコートに持って行って食べた後、富士ミルクランドのカップ入りのジェラートを買って外のベンチに座る。
2人にとって久しぶりにのんびりした瞬間だった。
天気はよく、駐車場と雑木林の向こうに富士山が綺麗に見える。
「僕、神奈川より西に来たの初めてです」
「江川、日本の山って言うとまず富士山を思い浮かべるだろ?」
「はい」
「
「えーすごいスケール。
「俺の実家はその外輪山のまた遥か遠くの山の上なんだ」
「へぇー」
「俺は大会が終わったらそこで俺のベッカライを作ろうと思う」
「えっ、じゃ僕もパンロンドを辞めてそこで働きますね」
「えっ?」
「えっ?」
この話はこの場では終わったが
修造は心の中で
そうか
と思っていた。
その時
遠くからおーいと声がする。
「鷲羽と園部の2人もここで休憩をしてたんだ」
2人は休憩が終わったのか車に乗り込もうとしてたところだった。
手を振っている2人はなんだか青春ぽくて楽しそうだった。
「あの2人は仲が良いんだな」
「園部君ってよく鷲羽君と一緒にいてますね。僕なら無理だな」
「相性ってものもあるんじゃない?
「それだと僕と修造さんもですよね」
「だな」
空は徐々にだが色が変わりはじめ、富士山を赤く染め始めた。
「さ、行こうか江川。俺が運転するよ」
「はい」
関西に夜着いた4人は会場から電車で2駅程行った安い中華屋で合
流行りの店らしく人でぎゅうぎゅうだった。
皆オススメの満腹セットを頼んで一息ついた。
好きなスープが選べるラーメンに半チャーハン、
「明日午前中材料の買い忘れがないかチェックして、
それを聞いて江川は思い出
「僕、パン王座の時の搬入で失敗してました。
「あの時は焦ったけど、
鷲羽はチャーハンをモグモグ食べながら自信満々で「
「何その自信!信じられない」
宿泊先は会場の近くのビジネスホテルで、
海は黒く湾岸を照らす灯りがどこまでも続いている。
次の日
修造達は会場に車を付けて荷物を運び込んだ。
自分達が使うブースを教えてもらい荷物を置いていると、
会を牛耳るメンバーは皆とてもキャリアの豊富な凄腕のシェフばか
大木の横には鳥井がいてその横の佐久間に小声で聞いた「なあ、
その時、関係者がゾロゾロそろって輪になってきたので大木が「
修造もそれに気がついて見返した。
他にもじっとこちらをみてる者が2人。
1人はブーランジェリー秋山の萱島大吾と言われて手を挙げた。
一方の江川の対戦相手はコンテストが明後日ということもあって鷲
今日与えられた準備の時間は1時間。
種の状態も良いので長時間発酵の生地を仕込み明日の朝に備える。
そのあと会場を練り歩いてあのブースは包材屋さん、
次の朝 修造は綺麗に髭を沿った。江川は髭の無い修造の顔を不思議そうに見ていた。
「とうとう当日になったね。
修造は幼い頃川で溺れていた所を師範に助けて貰って以来、
試合には何度も出て、途中からはよくトロフィーを手にした。
早朝6時
選考会が始まった。修造は空手の時の癖で心の中で「
集中力を身につけて、より精進する。これが今迄の、
どのみち隣のブースはよく見えないし、気にしても仕方ない。
粛々と素早く己れの最大の力を出す。
江川は修造が欲しいと思うものを用意して次の段階を準備していく
人々からは、静かに進行していくパン作りを見ているように感じるかも知れない。
だが実は工程が幾つも編み込まれていて網目のひとつも狂わせない
親方に教わったチームワークと優しさ、大木に教わったバゲット、
修造のパンデコレは編み込みの旋盤に花を施した紫が主
隣の北麦パンの佐々木は修造がパンデコレに取り掛かってから追い
パン王座選手権で負けて、
北の海の荒波に揉まれて大波が来た瞬間それを乗り越えようとする
波のしぶきを立体的に作るのに苦労したが、
ただただ一生懸命に。損得など考えず。わき目もふらず。
その隣のブーランジェリー秋山の萱島大吾は故郷の岡山県英田郡西
双方錐(そうほうすい)
一番左のブースのパン工房エクラの寺阪明穂は、女性らしい感性で雨の降る日
飾られた傘も可愛らしい。
この様に皆個性的で似たものはなく、それ故審査は難しかった。
修造が最後の仕上げをして、江川と2人で片付けに入った。
さて、時間になり選考会はタイムアップになった。
重なる工程を全て終えて、
鷲羽達は選考会の様子を逐一観察して写真を撮ったりメモしたりと
それを見ていない分不利になるが実際に現場での工程を体験した江
「江川ありがとうな、感謝してるよ。疲れたろ?今日はゆっくり休めよ」
「大丈夫ですよ修造さん、今日の結果発表って3日目にならないと
「さあどうかな」
「修造さん、あまり気にならないんですか?」
「そりゃ気になるよ。顔に出さないだけだよ」
夜、疲れ切って早々と寝た江川の横で修造は身重の律子に電話していた「今日精一杯やったよ。こんな時にごめんね家を空けて。
そしてその後、窓際に立ち、江川の寝顔を見ながら「
「いや、今は世界大会が先か」
次の日
大会の中日、修造は色んな企業のブースを訪れた。
「
多くの機械がその職種専用のもので、
規模の大小は違えどミキサー、パイローラー、オーブン、ホイロ、
それらが何十万から何百万とする。
修造は金の話は嫌いだが、
「あ、田所シェフ、昨日はお疲れ様でした。
「
「あ、どうも」
後藤は修造の背中を押すようにしてブースの中に入れ、
「へぇー」
「あらゆる事に対応して、
「どうも」
次に歩いていると今度はドゥコンの機械屋さんの営業マンと目があった。「こんにちはシェフ!」とすぐさま修造を中に引き入れた。
「今日は何をお探しですか?」「はい、
ドゥとは生地の事でそれをコンディショニングすると言う意味でド
「
また「へぇー」と言いながら最新のドウコンの中を隅々まで見た。
そして次にミキサーを見に行った。
色んな機械屋があり迷う。「とりあえず全部見ていくか」
歩いているとパンやケーキの本が売られている所に出くわす。
なんだか興味のありそうな本ばかりで目移りしているとその中に以前パンロンドに送り主不明で届いたバゲットの本と同じものがあっ
結局誰があの本を送ってきたのかは分からないけど勉強になったな
その本にはメモが挟んでありこう書かれていた。
『必ず一番良いポイントがやってくる。その時をじっと待つ事だ』
あの時のメモ、俺はずっと心掛けてパン作りをしている。
誰が送ってくれたんだろう。
「お、修造」
「あ、鳥井シェフどうも」
鳥井はパンパンに膨らんだ鞄の中を覗いて「随分回ったな」
「はい」
「まだ回ってないところはあるの?」
「そうですね、食材関係はこれからです」
「そうか、俺が知り合いを紹介してやるよ」
「去年もこうして一緒に来ましたね」
「そうだな、
何軒か回った後、鳥井は興善フーズのブースに入っていった。
あれ、あいついないのか
鳥井は誰かを探してる様だった。
「修造、ここは大手の小麦粉の卸なんかをやってるんだ。
「ありがとうございます」
「国産のライ麦について知りたいんですが」
「はい、有機栽培の道産のライ麦粉を扱っています。全粒粉、
修造のカバンはもっとパンパンになった。
つづく