2022年03月13日(日)

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structure

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structure

今日はベッカライホルツでの練習の日。

選考会までの日にちがいよいよ1か月をきり、緊張も高まって来た頃。

修造、江川、鷲羽は3人で立体の飾りパン(パンデコレ)の練習中だった。

修造は、円形の生地の薄い台に三つ編みの生地を平らなまま輪にし続けて円を作りながら鷲羽に話しかけた。
「パンデコレはどんなのをするつもりなんだ?」

鷲羽は三つ編みの旋盤の美しい編み目を見て惚れ惚れしながら言った「俺も編み込みを使いたいと思っています。それと、俺は花とか自然とかより幾何学的な物と組み合わせた感じにします」と言って設計図を見せた。

「へぇ!江川とはまだ違う味があるね」

「本当ですか!」修造に褒められて鷲羽は物凄くテンションが上がった。
そして江川の横で「俺、絶対江川に勝ちます」と言った。

「お前な、そう言う所を治せって」修造に注意されて「あ」と江川の方を見た。

江川は頑なに修造の助手も自分のコンテストも頑張ると大木に宣言して、またその通りにやろうと必死だった。

留基板金のおじさんが作った何種類かの六角形の抜き型で生地を丁寧に抜いて行き、蜂の巣がモチーフのパンデコレを作ろうとしていた。

選考会では修造たちの出る世界大会のコンテストのパンデコレは大型で背も高い。
しかし若手のコンテストのパンデコレはその3分の1の大きさだ。
大きさは関係なく技術の高さを競い合うので手抜きはできない。

江川は鷲羽に「勝つのは僕だ」と手を休めず生地の方を見ながら言った。

鷲羽は修造が焼成後の円盤形のパンの裏に拍子木の様な生地を貼り付けていくのを見ていた。
「これを向こうで組み合わせる時に引っ掛かりがないと輪が落ちるからあらかじめ茎の部分と凹凸をつけておく。十字相欠き継ぎ(じゅうじあいがきつぎ)みたいなやり方だな。それと旋盤に付ける花の裏には仕掛けをして、そこを引っ掛ける様にして水飴で留める。立てても落ちないし時短にもなる」

修造はピッタリ木の幹と旋盤の凹凸がはまったので悦にいった表情をした。

「はい」

鷲羽はワクワクして当日現場でもよく見ようと思っていた。

「修造さん達の出る選考会は初日なので見学が出来ます。自分達のコンテストは3日目なので参考になりますよ。他にはどんな選手が出るんですかね?」

「4人のうちの1人は北海道の北麦パンの佐々木さんなんだ。俺と年は変わらないみたいだね。道産の小麦と自家製酵母のパンが美味い店だよ」

「へぇ」

「2人目はブーランジェリー秋山って店で働いてる職人らしい。資料が無いんだよ。きっと凄い腕前なんだろうな」

「謎めいてますね」

「3人目はパン工房エクラットの寺阪って人でパンの種類が豊富なお洒落な店だ」

「俺、早くどんなパンが並ぶのか見てみたいです」

「俺は緊張する」

修造と鷲羽の会話を尻目に江川の手は止まる事は無かった。

それを見た修造が「俺も1番綺麗に仕上ったと思えるまで何度もやってみるよ。鷲羽、お前も早く作業に戻れ」

「あっ、はい!」

鷲羽は生地を細く細く伸ばしてマクラメ編みを作っていた。コンテストではそれを使って長方形と曲線で立体的なパンデコレを作る予定だ。

そこにベッカライホルツのオーナー大木が入ってきた。

「みんなよく頑張ってるな。選考会まであと半月程だ。会場は関西だから宿泊の準備、備品、材料、資材など忘れるな。運送屋の手配はしておいてやるから」

「お世話になります」

「半月なんてすぐですね」

「うん」

修造は緊張をほぐす為に胸の辺りを摩って「ふぅーっ」と息を大きくついてまた作業に戻り、美しい立体の花を作り出した。
それはブルーベリーで色付けした生地で修造の故郷の山に夏になると風にゆらゆら揺れる愛らしい『ヒゴダイ』という葱坊主によく似た花をモチーフにしている。
その後上品な夕顔や、ヒゴシオンなどの紫色の高山植物を次々に作っていった。

それを見た江川は修造の助手の座を鷲羽や他の選手に取られまいと執念の炎を燃やしていた。

「絶対に」江川は呟いた。

「修造さん、明日は打ち合わせの後、通しで助手としてやらせて下さい」

「江川、お前大丈夫なのか?無理するなよ。現場では俺が頑張るからな」

「僕だって頑張ります」

修造は江川の目の周りの青白い色を見て「疲れたら休めよ」と注意した。

江川は以前過労で倒れた事があったのだ。

「大丈夫です。僕やれます」

「お姉さんに聞いたよ、弟は頑固だって」修造はそう言いながら笑った。

つられて江川も恥ずかしそうに

「ウフフ」と笑った。

さて、3人のいるホルツとは遠い所、北海道の南の方にある北麦パンは広い駐車場が併設された今風の建物で、店内には色とりどりのフルーツやナッツののったデニッシュ、美味しそうな自家製ソーセージの調理パン、ライフルーツがいっぱい入った自家製酵母のパンがズラリと並んでいた。

どのパンも個性的で技術の高いオススメパンばかりだ。

客は皆、方々から車で町にやって来た時に北麦パンで好きなパンを買っていく。

その工房の奥ではシェフの佐々木がパンデコレの仕上げをしていた。

「先生にコーチして貰ってここまで来たなあ」と佐々木は自分の技術の始めと今を思い比べてしみじみと言った。

佐々木の後ろに立っていた先生と呼ばれる背の高い男は「シェフの元々の腕前が良いんですよ」と、こことここを変えてと指で指示しながら言った。

「俺、修造さんには負けませんから」とまるで宣言する様な言い方を聞いて背の高い男は「何故その修造さんだけ?選手は他にもいるでしょ?」と作品から目を離さずに聞いた。

「あの人は生まれる前からパン作りをしてたんじゃ無いだろうか?そのぐらいパンにピッタリ寄り添ってる。俺はそれに勝ちたいんです。俺のパンに対する気持ちの方が上だって証明して見せますよ」

「生まれる前からですか?面白い。シェフには是非頑張って貰わないとね」背の高い男は何故かおかしくて腹筋を2回ほど揺らした。

「勿論です。俺、明日から選考会が終わるまで店を休んで集中します」

「いいの?半月も店を休んで」

「大丈夫です」佐々木は自分の作ったパンデコレを上から下まで点検する様に見回しながらそう言った。

「あと半月で修造さんとの闘いだ」

その日の夜

帰り際の大木が別室を覗くと鷲羽が1人でパンデコレの仕上げをしていた。

「鷲羽、まだ帰らないのか?」

「はい、シェフ、これが俺のパンデコレです」

鷲羽の作品はらせん状の板の組み合わせで構成されていて、正面にはマクラメ編みが取り付けられた物で、鷲羽の技術の程度が良くわかるものだった。

「ふん、悪くないぞ鷲羽、らせんの間隔が美しい。マクラメ編みなんてよく考えたな。明日から最終仕上げの段階に入るから更に磨きをかけろ」

「分かりました。江川に絶対勝ちます」

「江川だけじゃないぞ、全員で5人だ。」

その時鷲羽は修造の言う言葉を思い出していた。

お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。

つづく

honeycomb structure(ハニカム構造)

この場合は江川と修造の心の絆が丈夫で壊れにくい事を指しています。

修造は段々説明が上手くなってきました。

輝く毎日は心の充実。

江川のお蔭かも知れません。


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