パン職人の修造 江川と修造シリーズ
六本の紐 braided practice 江川
こんにちは、いつも読んで頂いてありがとうございます。「パン職人の修造 江川と修造シリーズ」これまでのあらすじを親方が説明します。
よう!
俺は関東にあるパン屋のパンロンドのオーナー柚木阿具利(ゆずきあぐり)だ。俺は二十五の時に夫婦でパンロンドを開店した、その五年後、全国の高校に求人を出して色んな場所から来た学生を面接したんだ。
その中の一人に九州出身の田所修造(たどころしゅうぞう)がいた。
あいつは一言でいうと「熱い男」だ。
口数は少ないがいつも真剣にパンと向き合ってる。奴は結婚して子供が生まれた後、ドイツに修業に行きたいって言いだした。よく考えた末らしいので奥さんと子供は俺達夫婦が面倒見る事にして、奴は旅だったんだ。
5年って長いようであっと言う間だったなあ。
修造は帰ってからすぐ奥さんに許してもらって家族で上手くやってるよ。
その後若者の職人何人かを育てていて、その中でも熱心な19歳の江川卓也(えがわたくや)と世界大会を目指すと決めてきて、今度パン界の重鎮ベッカライホルツのオーナー大木シェフの所で修業をするそうだ。
さあ、今回はどうなるかな?
六本の紐
江川と修造は二人で世界大会に出ると約束をした。
修造はベッカライボーゲルネストの鳥井に世界大会に出ると約束した次の日、江川と二人でもう一度業界最大のパンやお菓子の展示会に行った。
そこで行われているコンテスト『パン職人選抜選考会』に出場している高い技術の職人が作ったパンを感心して眺めていると、大会の重鎮ベッカライホルツのオーナーシェフ大木が声をか
「
「そう、よろしくな江川」
「こんにちは、よろしくお願いします」
「俺達いつシェフの所に行ったら良いですか?」
「そうだな、お前達次の休みはいつなんだよ」
「火曜日が休みです」
「そうか、じゃあ次の火曜日に来いよ」
「はい、お世話になります」と二人で大木に頭を下げた。
次の日の昼頃
パンロンドで作業中、修造が江川に声をかけた。
「江川、明日早番だろ?あれとあれ忘れないでやっといて。」
「
追加のあんぱんを成形しながら、それを聞いていた杉本が藤岡に「あれとあれってなんですかね?」
藤岡は、パイローラーという機械でクロワッサン用の生地を薄く伸ばして、運びやすい様に巻き、それを成形台の上に広げながら言った「
「
「
「
「そう!あれ取ってくれよ」
「
「やっぱ勘の問題だけじゃないかもね」
火曜日
今日は大木シェフの店に初めて練習に行く日だった。
修造と江川は東南駅の改札前で待ち合わせしていた。
「修造さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
江川は元気いっぱいに挨拶した。
「お前その服どこで売ってるの?」
修造は江川の服装を見て驚いた
色合いもデザインもちょっと他にはない。
「僕古着屋さんとか巡るの好きなんです。
「へぇ〜」
失礼とは思ったが江川の服をしげしげ見ながら修造は思った。
こいつかなり個性
そう言えば通勤のときの格好も結構派手な服装が多かったな。
「俺なんて白いTシャツしか持ってないもんな」
「色んな服が似合うと思いますよ。今度僕が買ってきてあげましょうか?」
「えっっ!いや~遠慮しとくよ」
そんなやりとりをしながら善田駅の階段を降り、中央口から歩いて10分。大木シェフの店ベッカライホルツにたど
ホルツの店の前には沢山の客が並んでいて、その横を通り過ぎて従業員用の裏口を探して戸を開けた。
「ようこそマイスター!」ホルツで働く者達が威勢よく声をかけてきた。
工場で働く従業員からは歓迎ムードが漂い、
10人ほどの職人が二人を取り囲み皆修造の経歴や体験を聞きたがり
ここにはやる気のある人しかいないんだ。
みんなが一流を目指す意識の高い人が集まってるんだな。僕のイメージしてたパン屋さんとは雰囲気が違うな。
江川は修造を取り囲む人達を見ながらそう思った。
そして少し気後れした。
ここからしたらパンロンドってアットホームだな。
そのうちに大木シェフが奥の事務所らしい所から現れ、皆素早く元の持ち場に戻って行った。
「2人ともよく来たな」
「さあ、じゃあ早速練習場と言うかパンの学び小屋と言うか、
「更衣室を案内するから着替えたら来てくれよ」
「はい」
その別室は工場の奥の廊下から繋がっていてガラス戸や窓からから
白い壁の小さな建物の下半分がアルミ、
「
パンロンドしか知らない江川は何もかもが珍しくてキョロキョロし
パンロンドでは親方が開店当時大枚をはたいてフランスから取り寄
「カッコいい」
憧れ半分、緊張がその半分、残りは修造がいる安心感。
今日は生地の仕込みを見せて貰い二人とも別々に仕込みをして、
規定の同じ重さ同じ長さに成形できるか、
職人達はかわるがわる修造の成形を見ていた。
みな工場に戻っては、修造の作業について理想的だとか他のやり方と
一方の江川は初めて通しでやってみたので中々上手くは行かない。
一つ一つの工程を大木にアドバイスを受けながらやってみたが、
大木は江川に「まだ9ヶ月あるからこれからだな」
「今日はありがとうございました」
帰りの電車の中で「みんな僕が下手くそだから見切ったのかな」
と思っていた時、修造に「今日は通しでやってみてどうだった?
「おっ!やる気あるじゃないか」
「えへへ」
江川は東南駅の階段を降りながら「修造さんってすごい人なんですね。みんなの尊敬の眼差しがすごかったです」と言った。
「そんなことないよ、みんな物珍しがってるだけだよ」
「僕も修造さん目指して頑張ります」
「そうだな、一緒に頑張ろう」
「はい」
「じゃあまた明日」
帰ってからノートを書いて江川はちょっと不安になった。
いや、
ホルツの職人の何人かが自分に向けた厳しい目をしてたのを思い出す。
「今度行った時も修造さんから離れないようにしよう」
次の練習の日、駅前で待ち合わせしていると修造が自転車で来た。
「おはようございます修造さん」
「あのさ、江川。
「え!僕一人で行くんですか?」
「そうなんだよ。頑張れよ」
江川はとりあえず電車に乗った。
「どうしよう、不安しかないや。僕無事に帰れるかな」
ベッカライホルツには工場に従業員が8人いた。
8人が必死になってパンを作ってもまだ足りないぐらいだ。
「江川さんこんにちは」
「こんにちは」
名札に北山と書いてある江川と同じ歳ぐらいの職人が「あの、
「えっそうなんですか?じゃあ僕帰ります」
「
「逃げられないようにしてるのかな」江川は怖くなった。
そして工場の真ん中に立たされて一緒に成形をしだした。
「
パンロンドの何倍もの仕事量を皆てきぱきとこなしている。
みんな凄いな、動きが正確で素早いな。
「江川さん遅いですよ」
「早くして」
それがそのうち「
北山が「きつく言わないでよ可哀想でしょ。イライラしないで」
「ハン!」と鷲羽は言い放ち「こんな奴が世界大会!
「まだ9ヶ月あるんでしょう。分からないじゃない」
「分かるだろ!無理だよな?」と江川の顔を覗き込んで言った。
「
園部と名札に書いてある職人が江川と鷲羽に生地を渡し
それは丸められた生地が何個もバットに並べられた菓子パン用の生地で、江川に1枚、
「
「僕、何回かしかやった事ありません」
「仕方ないなあ。
鷲羽が4つの生地を細長く伸ばしてそれを3つ編みならぬ4つ編み
4つ編みパンも色々な編み方があるが、鷲羽がやったのはこうだ。
まず、4本の生地を細長く同じ長さ、同じ太さに伸ばし、1番上で4本を留める。
4本のうち左の生地をその隣の生地の上に持って行く、右の生地を隣の生地の下にする、真ん中の生地は右のを左にする。するとまた新たに4本の生地が並んだので同じように動きを繰り返し、最後の端まで編んだら両方の先っちょを下に入れ込んで体裁を整える。
基本は必ず次の動きの為にクロスしたところの体裁を整えてから次の編み込みの動作をする。編み込みの最中常に中心軸を意識して編んでいくと美しさが保てる。
「こんな感じだよ」
鷲羽はいくつか成形して天板に並べてラックに挿した。
「よし!じゃあ成形を始めよう、まずは3つ編みから」
鷲羽は自身満々で成形を始めた。
江川も3本の細長い生地を並べて成形しだした。
出来上がった3つ編みのパンを二人で並べて見比べた。
「次は4つ編みパンだな」鷲羽は張り切って成形し出した。
江川も生地をなるべく同じ長さに伸ばした。
「あー、、」
江川の編み込みパンは網目が詰まってるところと伸びたところの差
「よし!決まった!
「そんな事勝手に決められないわよ」
それは前回の成形と今日の仕事ぶりを見ての総合的な評価だった。
鷲羽は江川に「お疲れ様でした」と言って、また肩に手をやり、
そのあと江川はどうやって店を出て電車に乗ったのか分からない程
ぐうの音も出ない、
住んでいるワンルームマンション『東南マンション』の3階の部屋
今日一日の事が何度か頭を巡る。
僕ってそんなに遅くて下手なのかな。
パンロンドで修造さんに面接して貰って採用して貰ってから、
僕もうやめた方が良いのかな。
その方が修造さんの為なのかな。鷲羽君、仕事も早いし成形も綺麗だったな。
江川は枕に顔を埋めて「嫌だ」と言った。
次の日、誰が見てもしょんぼりしてる江川を見てパンロンドのみんなは驚いた。
「江川、昨日何があったの?」修造が聞いても「何もありません」
倉庫に物を取りに来た時、藤岡も材料を取りに来て「どうしたんですか?」と聞いた。
「
「何故ですか?」
「僕、4つ編みパン対決で鷲羽君に負けちゃったんだ。
江川のやるせない言い方を聞いてよっぽどな事があったんだなと悟
「そんな事で負けた気持ちになってるんですか?
藤岡は続けた「俺は江川さんに頑張って下さいねって言いましたよね、
「でもそれは、、」確かに
「本当にそんな事で諦めて良いんですか?修造さんは江川さんとぴったり息を合わせようとしてるんじゃないですか?
江川はうわーっと叫びそうだった。
「嫌だ」
「じゃあ答えは簡単です。そいつをぶち負かして下さいよ。
「藤岡君」
藤岡君も出たかったんだ。
「ごめんね、僕やっぱりもう一度やるよ」
「はい」
「鷲羽君に勝つよ」
江川は帰りに粘土をいっぱい買って編み込みのパンの練習を始めた
誰よりも早くそして綺麗に
誰よりも早くそして綺麗に
と、呪文のように繰り返した。
次の日、藤岡から事情を聞いた親方が「おい、
「段々うまくなってきたじゃないか」
親方に優しくして貰って江川は初めて泣けてきた。
「はい」
「よし!俺がぶちまかしスペシャルを教えてやる」
修造はそれを工場の奥で生地を作りながら見ていて「3つ編みパンで何かあったのか?」と言った。
「ホルツにも修造さんと組みたい奴がいるんですよ」とそばにいた藤岡に言われ「ええ?ホルツの職人が?一人で行った江川に何か仕掛けてきたのか?」「その様ですよ」
「江川」
「はい」
「次の火曜日ホルツに行くことになってるけど」
「その日僕も一緒に行きます」
「そりゃそうだろ、と言いたいところだが、
「はい、
「鷲羽?」
「はい」
「行って大丈夫なのか?」
「はい、僕行きます、行かないわけにはいきません」
ホルツに再び行くのは3日後、江川は
とうとうホルツに行く日が来た。
江川は修造と東南駅前で待ち合わせて、
「おはようございます」
何人かは大木シェフの決めたことなんだからそりゃ来るよねと思っている様だったが、他の者は江川が意外とメンタルが強い事に驚いていた。特に鷲羽は。
2人は着替えて練習場に行き、今日もまたバゲットの練習をした。
通しで仕込みから焼成までを、前々回大木シェフの行った通りやってみた。
「こないだよりマシになったな」大木は江川を見て言った。
「ありがとうございます。
「おう、頑張れよ」
「はい」
江川はドアを開けて工場の中の鷲羽を見た。
「なんだよ」
「僕ともう一度勝負して下さい」
北山は江川と鷲羽の前にそれぞれ生地の入ったバットを置いた。
「また3つ編みパンですかぁ?」
「3つ編みとは限りませんよ」
そう言ってまずは3つ編みパンを成形して鷲羽の前に置いた。
前よりは落ち着いていて綺麗に成形できている。
「おっ!ちょっとマシになってるじゃないか」
そう言って鷲羽も成形をして江川の生地の横に置いた。
どちらも甲乙は付け難い。
次に江川が4つ編みパンを成形した。
前回とは全く違う綺麗なフォルムの4つ編みパンを見て驚いた。
鷲羽も負けずに美しい4つ編みパンを成形した。
園部は正直どちらか勝ってるか答えが出せないなと思っていた。
「うっ」鷲羽がうめいた。しかし思い出し思い出しなんとか5つ編みを完成させて横に置いた。
「僕まだやれます」江川は6本を使って素早く編み出した。
そして鷲羽の目の前に置いた。
「くっ!」
「僕の勝ちですね?」
仕方ない「ああ」と鷲羽は言わざるを得ない「俺の負けだ」
「ほんとですか?7本目は流石に分かりません」
江川はホッとした「
それを横開きのドアの向こうから大木と修造が「へぇ〜
「やるなあ江川Sechsstrangzopfじゃないか」ドアの向こうの修造に気付き、
おわり
六編みパン=Sechsstrangzopf(セックシュトラングツオップフ)